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08 April 2020

国立西洋美術館 主任研究員 川瀬 佑介 氏 インタビュー・後編


ロンドン・ナショナル・ギャラリー展についてのインタビュー後編をお送りします。前編では、美術館の絵画収集がもたらした美術史への余波などを伺いました。
後編は、ゴッホ《ひまわり》をはじめとした魅力溢れるロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵作品や、美術の定義について解説いただきます。


ー川瀬先生ご自身は、《ひまわり》がどのような作品であると考えていますか。作品から受けるイメージや率直なご感想をお聞かせください。
ゴッホは花瓶に生けたひまわりを7点描きました。ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《ひまわり》は、その4番目の作品です。4番目までは実物を見て描き、その後は、描いた絵を見ながらバージョンをつくっていきました。そのことを考えると、この作品は抜きん出た重要性を持っていると思います。
展開を辿ると、最初の3点は、青系統の色を背景に描いています。花の数や置き方は3番目までで確立します。しかし、4番目で背景を黄色に変えたというのが、最大の革新です。黄色い花を描くのに、机も花瓶もすべてを黄色にしてしまうのは、伝統的な絵の描き方からすれば反則技です。しかし、ゴッホは黄色をテーマにして、画面をつくっていけるかチャレンジしたわけです。そもそも花を描くときには通例、一輪挿しに1本を描くのでなければ、色々な花を盛ります。一つの種類の同じ色の花を盛って描こうという出発点からまず冒険しています。これがゴッホのすごさですね。
また、4番目はフレッシュさがあります。実物を前に限られた時間で描かなくてはいけない制約や、実際に目の前にものを置いてみたときに、画家は何を見たかということがダイレクトに伝わってくると思います。それから(壷の中心部分、白っぽい斑点を指さして)、壷の立体感を強調するために光が当たり、白いハイライトが付いています。このハイライトは、5番目以降の作品にはありません。同じ絵を基に描いていても、それ以降の絵にはハイライトを載せていないため、「臨場感」は4番目の方が強いですね。そして3番目と4番目にだけサインを入れています。一種の完成作と見なして、この2枚をゴーガンの部屋に飾ろうと思ったらしいですから、ゴッホにとって特別な作品であったに違いありません。

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フィンセント・ファン・ゴッホ《ひまわり》


ー今のお話を伺うまで、花瓶の白い斑点は何かと疑問に思っていました。
この絵には影が描かれていないので、立体感を再現する唯一の要素がこのハイライトですね。必ず目の前に描くものを置いて絵を描いたゴッホらしいディテールです。



ー日本人は印象派、特に後期印象派が好きだと思います。その理由は何だと思われますか。
良くも悪くも、深いことを考えずに見て楽しめるからだと思います。古い時代の絵は、絵の肝心な一部分にストーリー(物語)があり、それを知らないと踏み込めない部分がかなりあります。印象派の絵は、勉強しないとわからない要素というのが、鑑賞の肝心な部分を占めていません。
高尚なストーリーを伝える美術に対する反動として生まれた印象派では、身の回りの花や街の景色などが描かれています。絵を観るとき、何に絵心を見出すかというと、多くの人は風景や美しい花です。私たちが住んでいる日本の現代社会は、モネたちが描いた19世紀後半の、ヨーロッパの近代社会と密接につながっていますよね。ですから、わかりやすくて感情移入もしやすい、比較的同じところに美を見出したり、関心を持ったりできます。



ー印象派の作品は、観ていて気持ちが明るくなります。
今の美術の画一的な定義は、美しいもの・観て心地よいものです。これはいつの時代においても当たり前、ではありません。美しいことも重要でしたが、美術は人々が知っているべき重要な物語や、その道徳や教訓を伝えるツールでもありました。
また、美術、アートは、人々の日常生活に存在しない感情や感覚、知識を与える役割も担っています。「美しい・観て心地よい=美術」という限られた美術の理解の仕方が通用するのは、印象派だけです。



ー最後に、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の作品のなかから川瀬先生が選ぶ1点を、今回来日する作品・しない作品ごとに、その魅力と共に教えてください。
来日する作品では、アルベルト・カイプ《羊飼いに話しかける馬上の男のいる丘陵風景》です。
カイプは17世紀のオランダで活躍した、家畜がモチーフの風景画を得意とした専門家です。風景に特徴があり、光に包まれた幻想的な雰囲気を描きます。
この描き方が18世紀のイギリス人に好まれました。イギリス人が最も尊敬した風景画家は、クロード・ロランという17世紀のフランス人の画家ですが、カイプが描く作品はクロードが確立した「理想風景画」というスタイルに似ています。カイプは18世紀のイギリスで「オランダのクロード」とも呼ばれ、高く評価されたのです。

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アルベルト・カイプ《羊飼いに話しかける馬上の男のいる丘陵風景》


ーこの作品は、カイプのユートピア、ということでしょうか。
そうです。「理想風景画」のアイデアは、自然の優れた要素を組み合わせて存在しない理想の美をつくろう、というものです。我々がよく親しんでいる17世紀オランダの風景画は、目の前に広がる風景をそのまま描いたものが典型とされていましたが、カイプはユートピア的な風景を描いたことで人気を得ます。


ー写実的な風景画を描いた画家が多かったなかで、カイプは異端者扱いをされなかったのでしょうか。
そのようなことはありません。当時「理想風景画」を描いた画家はオランダでも重要な一派を成し、一つの風景画のジャンルでした。景色をそのまま写すというのは、印象派以降の私たちが持つ限られた認識であって、むしろ歴史的にはそうではないものの方が多かったです。


来日しなかった作品では、17世紀スペインの画家、ディエゴ・ベラスケスの《鏡のヴィーナス》です。
これは現存するベラスケスの作品では唯一の裸体画です。鏡を持つ少年には羽根が生えています。そのため、この少年はキューピットで女性はその母ヴィーナスだとわかりますが、キューピットの羽根がなければ神話の絵であることがわからないくらい、写実的に描かれています。ヴィーナスは背面から描き、顔が鏡に示唆されるにすぎない絵の構成も画期的でした。
また筆致は太めの筆で雑に描かれているようにも見えます。しかし距離を置いて観ると人物の存在感や肌の柔らかさ、血の通った温かさなどの雰囲気がリアルに表現されています。
この絵は主題が彼の作品のなかでは珍しく、それを差し置いてもベラスケスのテクニックの見事さが際立った作品です。


ーモネやルノワールの作品のようですね。
筆致の使い方は印象派を先駆しています。


ー鏡に映る顔は、キューピットが持っている角度では絵のようには実際に映らないかな、と思いました。
はい、映らないと思います。ベラスケスは技巧を使って、絵画にしか存在しないリアリティを描こうとした人です。それはこの絵にとてもよく出ていると思います。



ーぜひ一度観てみたいですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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―インタビュー後記―
ロンドン・ナショナル・ギャラリーの魅力溢れる所蔵作品について明快に解説していただき、開幕への期待にますます胸が弾みました。
伺ったお話を思い出しながら、当社で販売しているロンドン・ナショナル・ギャラリー《ひまわり》の複製画を眺めていると、制作当時のナショナル・ギャラリーとのやり取りなどが思い出され、さらに愛着が増しました。(I)

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ロンドン・ナショナル・ギャラリー展
国立西洋美術館(東京・上野) 2020年3月3日(火)~6月14日(日)
国立国際美術館(大阪・中之島)2020年7月7日(火)~10月18日(日)
※東京会場の開幕が延期となりました。詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。


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