December 9, 2016

横山大観旧宅及び庭園が国史跡・名勝へ


 当部では半世紀以上も複製画事業に取り組んでおりますが、その初期の頃から長きにわたり大変お世話になっております『横山大観記念館』につきまして、此度の喜ばしいお知らせをこの場を借りて改めてご連絡させて頂きます。


 東京都は上野池之端に佇む『横山大観記念館』。横山大観画伯のご自宅兼画室及び庭園は、貴重な文化財であることから、今年2016年11月に「横山大観旧宅及び庭園」として国の史跡・名勝の両方に指定される運びとなりました。


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画像提供:横山大観記念館


木造二階建ての数寄屋風日本家屋。文化庁文化審議会による指定答申では、
① 横山大観画伯が自ら指示して造営(デザイン)している点。
② 横山大観画伯の思想・感性が大きく反映されている点。
③ 実際に創作が行われた場であり、その素材となったものも多くあると考えられる点。
などが評価されたそうです。


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画像提供:横山大観記念館


これもひとえに、この旧宅及び庭園を「記念館」として一般公開し、保存・維持に努められた『横山大観記念館』理事長である横山隆様をはじめ、関係者の皆さまのご尽力による、近代美術界への多大なる賜物と存じます。


【横山大観記念館のご紹介】

kinenkan_maingate.jpg住 所 東京都台東区池之端1-4-24
電 話 03-3821-1017

休館日 毎週月~水
長期休館 夏期休館、冬期休館あり
開館時間 10:00~16:00(入館は閉館30分前まで)
入館料 大人 550円
    団体割引(20名様以上)450円
    小学生 200円
    障がい者料金 大人450円、子人100円
    年間パスポート 1,500円

最寄駅 東京メトロ千代田線「湯島」から徒歩7分
     東京メトロ銀座線「上野広小路」、都営大江戸線「上野御徒町」から徒歩12分
     JR「上野」「御徒町駅」から徒歩15分
     京成線「京成上野」から徒歩15分

ホームページ http://members2.jcom.home.ne.jp/taikan/




 当部商品・横山大観画伯「霊峰飛鶴」をご紹介いたします。我々も微力ながら、この貴重な文化財産の益々の発展を祈念し、今後も事業展開に努めてまいる所存です。




彩美版®
彩美版 横山大観 《霊峰飛鶴》
販売価格 120,000円+税


 昭和28年(1953年)に横山大観画伯の澄み切った境地が描かれた吉祥作品。金泥で刷かれた瑞光を背景に、富士の前に鶴が群れをなし飛翔しています。


<仕様体裁>
◆共通仕様
監修 公益財団法人横山大観記念館
原画 公益財団法人横山大観記念館所蔵
技法 彩美版®、シルクスクリーン手摺り(本金泥使用)
用紙 特製絹本
限定 950部(軸装、額装の合計)
証明 監修者検印入り証書を貼付

◆軸装仕様
画寸 天地39.5cm×左右52.5cm
軸寸 天地135cm×左右72.1cm
表装 三段表装
箱  柾目桐箱、タトウ付
 
◆額装仕様
画寸 天地39.2cm×左右52.8cm
額寸 天地58.7cm×左右72cm
重量 約3.6kg
額縁 特製木製金泥仕上げ、アクリル付(国産、ハンドメイド)


※「彩美版」は共同印刷株式会社の登録商標です。


横山大観《霊峰飛鶴》(軸装)


横山大観《霊峰飛鶴》(額装)


<関連記事> 横山大観記念館にて

December 2, 2016

早雪の雪花 ~首都圏で54年ぶりに11月の積雪を観測~


 いつも美術趣味をご覧いただきありがとうございます。

 紅葉が色づき始めた奥多摩の山道から撮影した写真です。穏やかな気候で、澄んだ空気にとても癒されました。



奥多摩の紅葉


 そんな秋めく最中にもかかわらず、先週(2016年11月24日)は突如、東京都心で11月としては54年ぶりの積雪が観測されました。この季節外れの雪は「紅葉の中に雪が降る」という、首都圏ではなかなか見ることの出来ない赤・黄色と白のコントラストが美しく映えわたりました。
 そこで今回は、「雪」をテーマにご紹介いたします。

 皆さんは「雪」と聞いて、どのような雪を思い浮かべますか?住んでおられる地域や、幼少期の記憶などから「雪」と言っても様々とは思いますが、実は「雪」にはびっくりするくらい沢山の種類があることをご存知でしょうか。
 以下、その数ある中から、一部を抜粋しましたのでご覧ください。

【降る時期で変わる雪の名前】
・ 初雪(はつゆき)...夏を過ぎて初めて降る雪。
・ 早雪(そうせつ)...例年の初雪の時期より早く降る雪。
・ 初冠雪(はつかんせつ)...夏を過ぎて初めて山を白く染める雪。
・ 名残雪(なごりゆき)...春近くに冬の季節を名残惜しむように降る雪。
・ 残雪(ざんせつ)...春になっても溶けずに残っている雪。
・ 万年雪(まんねんゆき)...富士山等、標高の高い山岳地帯に1年中溶けない雪。
・ 三白(さんぱく)...正月の三が日(1月1日、2日、3日)に降る雪。

【降り方や状態で変わる雪の名前】
・ 細雪(ささめゆき)...細やかにまばらに降る雪。
・ 粉雪(こなゆき)...粉のようにさらさらとした細かい雪。
・ 粒雪(つぶゆき)...粒になっている雪。積もるのが特徴です。
・ 牡丹雪(ぼたんゆき)...雪の結晶が集まって「ぼたんの花」のように固まって降る雪。
・ 綿雪(わたゆき)...綿をちぎったような大きな雪。牡丹雪よりやや小さめ。
・ にわか雪...一時的に降ってすぐやむ雪。にわか雨の雪バージョン。
・ 風花(かざばな)...晴れているのに、風上から風に舞ってキラキラと飛んでくる雪。
・ 霰(あられ)...直径5mm未満の氷の粒。
・ 雹(ひょう)...直径5mm以上の氷の塊。あられの大きいバージョンです。

【積もり方で変わる雪の名前】
・ 新雪(しんせつ)...積もりたての雪。結晶の形がまだ残っているのが特徴。
・ しまり雪...積もって数日経って結晶が壊れ、固く締まった雪。
・ どか雪...短時間に一気に積もる雪。
・ 衾雪(ふすま雪)...一面に降り積もった雪。
・ 雪持(ゆきもち)...枝や葉に雪が積もっている様子。
・ 松の雪(まつのゆき)...松の木に積もった雪。
・ 撓雪(しおりゆき)...降り積もって木や枝をたゆませる雪。
・ 友待つ雪(ともまつゆき)...次の雪が降るまで健気に溶けないで残っている雪。

【その他、色々な雪の名前】
・ 銀世界(ぎんせかい)...雪が美しく降り積もり、辺り一面が真っ白になった様子。
・ 白雪(しらゆき、はくせつ)...真っ白で美しい雪の様子を表すことば。
・ 雪花、雪華(せっか)...雪の結晶、または雪が降る様子を花にたとえたことば。
・ 深雪(みゆき)...雪が深く積もって美しい様子。
・ 小雪(こゆき)...少しだけ降ったり積もったりする雪。
・ 瑞雪(ずいせつ)...おめでたい印とされる雪。
・ 雪明り(ゆきあかり)...積もった雪の反射で、日が落ちても薄明るくなっている状態。

 いかがでしょうか。雪は降り方や積もり方、雪の状態などによってたくさんの種類に分けて表現されていることが解ります。美しいことばの数々。同じ雪でもこれだけ多くの呼び名があるのは、四季の自然を楽しむ日本ならではの情緒なのかもしれませんね。

 年末を控え、日に日に寒さの増す今日この頃。皆さまお身体ご自愛ください。
 さいごに、先日ご逝去された日本画家・後藤純男画伯を偲び、画伯の作品より「秋の談山神社」「大和 雪のしじま」の当社彩美版を、謹んでご案内させて頂きます。

 ※ しじま:静まりかえって、物音ひとつしないこと。静寂。




彩美版®
後藤純男 《秋の談山神社 多武峰》
販売価格  240,000円+税


後藤純男「秋の談山神社 多武峰」


<仕様体裁>
原画 後藤純男美術館所蔵
監修 後藤純男美術館
解説 行定俊文(後藤純男美術館館長)
限定 500部
技法 彩美版®、シルクスクリーン手摺り、本金泥使用
用紙 版画用紙(かきた)
額縁 特製木製額金泥仕上げ、アクリル付き
画寸 36.0cm × 72.5cm(20号)
額寸 57.0cm × 93.5cm
重量 約6.1kg
証明 監修者の承認印入り証書を貼付
発行 共同印刷株式会社




彩美版®
後藤純男 《大和・雪のしじま》
販売価格  240,000円+税


後藤純男「大和・雪のしじま」


<仕様体裁>
原画 後藤純男美術館所蔵
監修 後藤純男美術館
解説 行定俊文(後藤純男美術館館長)
限定 500部
技法 彩美版®、シルクスクリーン手刷り
用紙 版画用紙(モロー)
額縁 特製木製額金泥仕上げ、アクリル付き
画寸 37.0cm×73.0cm(20号)
額寸 58.0cm×94.0cm
重量 約6.2kg
証明 監修者の承認印入り証書を貼付
発行 共同印刷株式会社


※「彩美版®」は共同印刷株式会社の登録商標です。

November 25, 2016

未来を見つける祭典


 それは去る9月下旬の雨の日、買い物から戻った妻が、「そこの公園にシートで覆われた荷物の端からすっごく大きな靴が覗いていたよ。」と物珍し気に話していました。想像すると極めて奇妙な光景ですが、ああ、とピンときました。「さいたまトリエンナーレ2016」は開催前に妻の発見から幕を開けました。
 9月24日から12月11まで79日間続くアートイベントで、さいたま市が初めて取り組む国際芸術祭。現在既に終盤に入ろうとしています。ディレクター・芹沢高志氏の掲げた「未来の発見!」をテーマに市内各所で多様な文化関連プロジェクトが展開されてきました。アートプロジェクトでは、国内外で活躍するアーティスト34組が参加。内容は多岐にわたり私もすべてを体験出来ていませんが、大きくは3地域に分けられた各所の展示をぶらぶら鑑賞した一部を紹介します。



 冒頭の作品は、武蔵浦和駅~中浦和駅周辺地域にある西南さくら公園に置かれた「さいたまビジネスマン」。ラトビアの作家、アイガルス・ビクシェ氏による強化ポリウレタン製の10m近い彫刻作品です。仏陀の涅槃の像を想わせるかのように芝生に横たわり、体中に虫が這っても動じないサラリーマンの姿は悲しいような滑稽なような・・・しかし心を和ませます。

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アイガルス・ビクシェ 《さいたまビジネスマン》


 すぐ近くにある会場「旧部長公舎」は70年代に建てられたレトロモダンな邸宅。4軒それぞれでアーティストがインスタレーションを公開しています。写真家・野口里佳氏は、故郷さいたまを独自の視点で取材した映像作品の投影と展示。高田安規子+政子姉妹は縄文期にベイエリアだったこの場所の海の痕跡や絶滅危惧種の生き物の切り絵装飾で家を再生。松田正隆+遠藤幹夫+三上亮の俳優不在の演劇インスタレーションは、実際にかつて2006年まで何組もの家族が営んだ生活の記憶を、今もその時代に生活しているような室内で、物音・声などで重層的に再現。過ぎ去った日常への郷愁と共に、姿の見えない人の生々しい気配に恐怖心を覚えたのは私だけでしょうか。
 真っ白な空間に変えた邸宅内で展開される鈴木桃子氏の鉛筆ドローイングパフォーマンスは、開催前から作者が室内に緻密に描き続けてきた壮大な生命の増殖(火の鳥)が、ある時点から観客によって消されて何もない空間に帰るというプロセスをたどります。

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鈴木桃子 《アンタイトルド・ドローイング・プロジェクト》


 この地域でもう1つ外せないのは、日比野克彦氏の「種は船プロジェクトin さいたま」。日本各地を巡り人をつないできた朝顔の種の形をした船・TANeFUNeは前年にプレイベントで埼玉の川を航行。このトリエンナーレでは、金沢と横浜からやってきた「種は船」作品の2艘が、別所沼公園のワークショップに参加した人たちの手で埼玉バージョンとして塗り替えられ、公園の池に美しく浮かべられています。海のないさいたま市で「水のさいたま」の記憶を積み込んで、さて次はどこへ向かうのでしょうか。

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日比野克彦 《種は船プロジェクトinさいたま》


 与野本町駅~大宮駅周辺、岩槻駅周辺も、開催される場である建物の特色(歴史・背景)と絡めたコンセプチュアルな展示内容は深く印象的。岩槻の旧埼玉県立民俗文化センターは集中してたくさんのインスタレーション作品に出会える場で、個人的に興味深かったのは「犀の角がもう少し長ければ歴史は変わっていただろう」という川埜龍三氏の作品です。現在われわれが住んでいる世界を「さいたまA」とし、架空に存在する並行世界「さいたまB」で発見された奇妙な埴輪群とその発掘現場の様子を展示する「歴史改変SF美術作品」。中心にあるのは、犀の形をした巨大な犀型埴輪です。思わず笑顔を誘う作品で、本当にこんな世界がすぐ隣にあったら・・・という夢とロマンへの少年的憧れを刺激します。

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川埜龍三 《犀の角がもう少し長ければ歴史は変わっていただろう》


 このトリエンナーレを象徴する「息をする花」の作者、韓国のチェ・ジョンファ氏作「サイタマンダラ」は、市民が消費を通じて自動的に制作に参加してしまう作品で、芸術は物事の捉え方次第で成立することを再認識しました。ご紹介した以外でも、各作家はさいたまという地の特色を研究し、作品イメージを紡ぎだし創出しています。もちろん理解しやすい作品・しにくい作品はあるものの、各々の「未来の発見!」の解釈が垣間見えてきます。おそらく身近で体験したこのイベントに触発され、表現活動を始める未来のアーティストもいるのではと思います。3年後はどんなテーマでどんな表現が見られるか、楽しみにしています。





■さいたまトリエンナーレ2016
会期:2016年9月24日(土)~12月11日(日)[79日間]
鑑賞無料(一部の公演、上映を除く)
定休日:水曜日
主な開催エリア:与野本町駅~大宮駅周辺、武蔵浦和駅~中浦和駅周辺、岩槻駅周辺
開場時間:10:00~18:00(最終入場17:30)
主催:さいたまトリエンナーレ実行委員会
ディレクター:芹沢高志(P3 art and environment 統括ディレクター)
URL:https://saitamatriennale.jp/


November 18, 2016

秋日和、名家伝来の禅画と「つばきやま」界隈


 この秋、禅画がブームである。秋晴れの日、細川家に伝来する文化財を展示している永青文庫に仙厓義梵(せんがい ぎぼん)の禅画を見に行くことにしました。仙厓義梵は江戸時代後期の臨済宗の僧侶で、ユーモアある禅画を描いている。



 東京は文京区。近くに流れるのは神田川であるが、江戸川橋という駅で下車する。既にお昼時、まずは食事をしてから展覧会に臨むことにする。神楽坂方面に向かって上る坂が大きく曲がり始める手前に「マティーニバーガー」はある。こちらはニューヨーク生まれで、デザインの仕事をされていたオーナーが経営しているハンバーガーショップ。ニューヨークではマティーニを片手にハンバーガーを食べるとのことだが本当であろうか。お店に並んでいるマティーニグラスはどう見てもダブルの量、ちょっとランチで飲むというには困難である。ハンバーガーの種類はアメリカの地名にちなんでいる。ベーコン、オニオン、バーベキューソスのウェストサイドをオーダー。只管打座でじっと待つこと、出てきた料理はベーコンがカリッとして、ビーフ100%のパテはジューシーでとても美味しくボリュームもある。
 お店の雰囲気も、オーナーも感じがとても良いお店です。

「マティーニバーガー」のカウンターの後には、ウォッカの瓶がアーティステックに飾られている。
「マティーニバーガー」のカウンターの後には、ウォッカの瓶がアーティステックに飾られている。



 さてお腹もくちくなったので、いざ永青文庫へ。永青文庫は椿山荘がある小高い台地の上にある。明治の時代、軍人・政治家の山縣有朋(やまがた ありとも)が「つばきやま」と呼ばれていたこの一帯を買い取り、邸宅として「椿山荘」と名付けた。今ではホテル椿山荘東京として生まれ変わっている緑豊かな斜面と神田川の間を通り、急峻な胸突坂を上る。坂の右側には、かつて松尾芭蕉が住んでいた関口芭蕉庵がある。上りきった左手の鬱蒼と茂った木々の奥に瀟酒な白い洋館が見える。ここが永青文庫である。文武両道にすぐれた細川家に伝来する歴史資料や美術品を保存、展示している。建物は4階から2階が展示スペースとなっており、「平成28年度秋冬季展 仙厓ワールド」(~2017年1月29日まで開催中:期間中展示替えあり)では、4階は仙厓の掛軸など、3階は仙厓の茶碗やアジアの器など、2階では明、清時代の文房四方(筆、墨、硯、紙)などが展示されており、仙厓の素朴な表現や墨の文化をテーマにしている。

庭から永青文庫の玄関を望む
庭から「永青文庫」の玄関を望む。

 仙厓の禅画は一切衆生を極楽往生へと誘ってくれるありがたい絵かと思いきや、まるで無垢な子供の描いた絵のようである。大猫と、目を回した不思議な生物が描かれている「竜虎図」を見た衝撃は、もう「え〜!」なのである。正しく「ゆるキャラ」のようなユニークさがある。仙厓の絵に臨む際は、古伊賀水指 銘「破袋(やぶれぶくろ)」を愛でるかのように、歪みをも楽しむ数寄者の心持ちが肝要であるか。解説で賛の訳や絵の内容をわかり易く説明しているので、親切でありがたい。仙厓は難解な公案(禅問答)をわかり易く庶民に伝えるために、楽しいタッチで禅画を描いたのかもしれない。公案は会社の会議でも使える。「指月布袋図」(布袋さんが月を指さしている図)の意味するといわれていること(月=悟り、指=教典、悟りは教典の教えの遥か遠くにある。)を元に、「計画数字そのものを追うのではなく、その先にあるのが本当の目標です。皆さんで業務に励みましょう。」なんて訓示してみようかしら。



 永青文庫を後に、講談社野間記念館との細い道を抜け、椿山荘の正門へ出る。その向かいには、特徴的な容姿と大きさ(金属製の巨大な鳥が、大きな翼を広げて地上に降り立った姿?)で知られている「カトリック東京カテドラル関口教会」がそびえている。カテドラルとはカテドラ(司教座)のある教会のことで、関口はこの辺りの地名である。この教会は有名な建築家の丹下健三が設計し、1964年に落成した。建物の壁面は垂直に近い角度で空から落ち込み、美しいカーブを描いている。外壁はステンレス張りになっており、陽光にまぶしくキラキラと輝いている。美しい建築に見惚れているうちに秋の日はつるべ落としに黄昏れて来た。関口台地の坂を下って元来た江戸川橋駅へと向かう。本日はお腹も目も心も満たされ、心願成就と相成り、すばらしい一期一会に感謝し帰路についたのでありました。


November 11, 2016

雲上の世界へ


 いつもブログ「美術趣味」をご覧頂きましてありがとうございます。


 先日、中央アルプスの千畳敷へ行ってきました。中央高速道路を走り、長野県駒ヶ根ICを降りて約10分、菅の台バスセンターが見えてきます。これより先、一般車両は通行禁止となっており、路線バスに乗り換えます。蛇行する山道をゆっくりと進み、徐々に標高が上がっていくと木々が紅葉に彩られてきます。そんな景色に見とれているうちに、「しらび平駅」に到着です。ここから日本一高い駅「千畳敷駅」まで、駒ヶ岳ロープウェイで一気に標高1,000m近く上がります。すると、そこはもう標高2,600m、雲上の世界。森林限界を超え、高い木は生えていません。そしてこの駅を出ると待っていたのは、眼前に広がる大迫力の岩の壁。氷河が山肌を削り取りできた千畳敷カールの眺めは圧倒的で、荒々しい岩山に抱かれているような感覚に陥ります。特に紅葉の時期は日本でも屈指の美しさと言われています。残念ながら、訪れた10月末頃の山の上は冬支度に入っていましたが、それでも晴天で最高の景色を満喫することができました。眼下に広がる雲海を見下ろしながら飲むコーヒーは大変美味でした。


日の出(宝剣岳山頂より)
日の出(宝剣岳山頂より)


 翌朝は日の出に合わせ、宝剣岳(2,931m)頂上を目指しました。明け方の頂上付近は、この時期としては少し暖かいかなと思いつつも、岩肌は凍っており慎重に歩みを進めます。頂上まで辿りつくと、他の登山客はおらず山頂からの眺めを独り占めすることができました。岩の影で風を避けながら少し待っていると、連なる南アルプスの向こう側から太陽がゆっくり昇ってきました。周りの山々が光で徐々に赤く染まり、富士山もはっきり確認できて、なんとも神秘的な光景です。西側には中央アルプスの主稜線がどこまでも見えて、その先に日本百名山のひとつ空木岳(うつぎだけ)を望むことができました。思わず一歩を踏み出しそうになりましたが、今回はそのまま千畳敷へと下山しました。


空木岳
空木岳(2,864m)


千畳敷カール
千畳敷カール 


 「千畳敷」は高山植物の宝庫としても知られており、小一時間で周遊できる遊歩道も整備されています。駒ヶ岳ロープェイは通年営業をしていますので、四季折々の大自然を気軽に楽しむことができます。
 かつてはアルピニストのみに許された雲上の別世界へ、足を運んでみませんか。

November 4, 2016

四季を感じる


 いつもブログ『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。

 秋の気配から急に寒さが厳しくなって参りました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
 寒くなると一層並木や林や森や野山が色づき赤や黄色と紅葉し始め、を私たちの目を楽しませてくれます。

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 先日、福島県の裏磐梯五色沼周辺の散策し、秋の景色を楽しみながらハイキングをしました。踏みしめる足元の枯葉の音、遠く聴こえる鳥の囀り、冷たく澄んだ空気の匂い、小さな渓流の水の冷たさ、目に映る青い沼と紅葉と、季節を感じ楽しみました。

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 紅葉を楽しむ「紅葉狩り」の文化は平安時代にはじまったそうです。身近に感じられる秋を和歌や俳句、紅葉を手にして美人画や風景画として残し、秋を楽しむ知恵を私たちは古来から引き継いでいるのでしょう。日本の四季が素晴らしく感じられる今日この頃です。

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【商品紹介】


彩美版®
奥田元宋 《秋渓淙々》 特別版
販売価格 120,000円+税


奥田元宋《秋渓淙々》特別版

<仕様体裁>

監修 奥田小由女(人形作家、日展理事長、日本芸術院会員)
原画 水野美術館所蔵(長野県長野市)
限定 500部
技法 彩美版®、シルクスクリーン手刷り
用紙 版画用紙
額縁 木製金泥仕上げ、アクリル付
画寸 天地26.5cm×左右60.5cm
額寸 天地40.0cm×左右74.0cm
重量 約2.5kg
証明 著作権者承認印を奥付に押捺
発行 共同印刷株式会社




彩美版®
奥田元宋 《秋耀白雪》
販売価格 180,000円+税


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<仕様体裁>

監修 奥田小由女(人形作家、日展理事長、日本芸術院会員)
原画 ホテル賀茂川荘所蔵(広島県竹原市)
限定 300部
技法 彩美版®、シルクスクリーン手刷り
用紙 版画用紙(モロー)
額縁 特製木製額金銀泥仕上げ(国産、ハンドメイド)
画寸 38cm×53cm
額寸 53cm×68.5cm
重量 約3.3kg
証明 著作権者承認印を奥付に押捺
発行 共同印刷株式会社


※「彩美版®」は共同印刷株式会社の登録商標です。

October 28, 2016

山種美術館「速水御舟の全貌」展


 山種美術館で開催中の展覧会『速水御舟の全貌』ブロガー内覧会に参加して参りました。

 近代日本画の巨匠、横山大観や下村観山などに激賞され、若くして日本美術院の同人となり、数々の素晴らしい作品を世に送り出して40歳でその短い生涯を閉じた天才、速水御舟。

 山種美術館は近代日本画では初めて重要文化財に指定された《名樹散椿》や《炎舞》をはじめ速水御舟作品の充実したコレクションでも知られており、今回の展覧会は美術館開館50周年を記念して、山種美術館所蔵の御舟作品をはじめ、公立美術館からも名作を一堂に揃えた、まとまって御舟作品を見ることができる素晴らしい機会です。


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 展覧会は、入ってすぐの《鍋島の皿に柘榴》(1921年)から始まり、群青と不思議な構図に引き込まれる《洛北修学院村》(1918年)、御舟が若いころに描いた《萌芽》(1912年)、墨画なのにまるで色彩があるかのように感じられる《木蓮(春園麗華)》(1926年)、昭和モダンな《花の傍》(1932年)など、目を見張る作品の連続ですが、私の一枚は《名樹散椿》です。


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《名樹散椿(めいじゅちりつばき)》 1929年 紙本金地・彩色 山種美術館所蔵


 通常は霞などの表現に部分的に用いるという砂子を全面に蒔いた「蒔きつぶし」による背景は、制作するのにかなりの手間と費用を要する技法だそうですが、その分金泥や箔押しとは違う鈍い独特の輝きがあり、それがボリュームのある椿の樹と相まってとても美しい作品でした。ぐにゃりと曲がった椿の枝はデフォルメしているのかと思われましたが、実際にこのようなものがあったそうです。


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金色の表現比較。左から金箔、金泥、撒きつぶしの技法による。
御舟はこれらの金を作品によって使い分けている。


 こうした徹底した制作姿勢や、執拗なまでの写実主義、緊張感ある作風、その時々である方向性を極めようと集中して作品を制作している様子から、神経質そう...と勝手なイメージを持っていた速水御舟ですが、実は家族や友人を大事にし、おちゃめなところも持ち合わせた人物だったということが伺えるエピソードを聞き、意外だったのと同時に親近感が湧いてきました。

 山崎館長が「一人の画家の展覧会とは思えないですよね」とお話しされたとおり、展覧会を通してみると、短期間に御舟の作風が様々に変化しているのがよくわかります。でもその一方で、根底に流れる何か「御舟らしさ」のようなものが、どの時代でも変わることなくあるように感じられ、それゆえ決して違う人が描いたとは思えない印象が残り、御舟の多彩さが際立つ展覧会でした。


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《炎舞》 1925年 絹本・彩色 山種美術館所蔵


 山種美術館のカフェでは展覧会の会期中、作品をモチーフにした和菓子を頂くことができます。
 《花の傍(かたわら)》をイメージしたストライプの綺麗なもの、《翆苔緑芝(すいたいりょくし)》をイメージした紫陽花と兎など、どれも綺麗で迷ってしまいましたが、私は《炎舞》をイメージしたお菓子を頂戴し、美味しく、美しいお菓子に目でも舌でも芸術を味わいました。


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黒い懐紙に炎を表現したオレンジが美しい《炎舞》をイメージしたお菓子。
食べるのがもったいない。


 後期の後半には御舟最大の問題作であった《京の舞妓》や《菊花図》が展示されるので、また観に足を運びたいと思います。




※ 掲載画像はブロガー内覧会において特別に許可をいただき撮影したものです。




【展覧会情報】

開館50周年記念特別展 「速水御舟の全貌」

2016年10月8日(土)~12月4日(日)
前期:10月8日~11月6日、後期:11月8日~12月4日
山種美術館
東京都渋谷区広尾3-12-36
http://www.yamatane-museum.jp/exh/2016/gyoshu.html


October 21, 2016

藤牧義夫とモダン都市東京


 藤牧義夫をご存じだろうか。

 群馬県館林市出身の天才的版画家藤牧義夫(1911~1935失踪)の活動期間は、昭和初期のわずか数年に過ぎない。明確な記録が残っているのは昭和6年(1931)から10年(1935)までの5年間、この短い期間に藤牧は精力的かつ濃密な創作活動を行い、同時代の創作版画関係者の注目を集めた。藤牧は新進の商業デザイナーとして活躍する傍ら、昭和7年(1932)、小野忠重(版画家、版画史研究者/1909~1990)らの呼びかけで生まれた新版画集団に参加し同集団の発行する版画誌や展覧会を主な作品発表の場として活動した。新版画集団のメンバー中最も若年であったが、すぐに頭角を現し抜きんでた存在となり、昭和8年(1933)の第14回帝展(帝国美術院美術展覧会・東京府美術館)で《給油所》が入選し一段と注目を集める。当時版画雑誌『白と黒』を出版していた料治熊太(号「朝鳴」/1899~1982)も藤牧を高く評価していた一人である。藤牧また創作版画の創生期から活躍する恩地孝四郎、平塚運一や彼らに続く世代である畦地梅太郎ら一流作家とも親交があった。

 活動のピークに突如失踪という悲劇的な結末が訪れる。昭和10年9月2日、雨の降る夜を最後に彼の姿を見たものはない。弱冠24歳の若者であった。
 戦後長く忘れられた存在であった藤牧が再び注目されるようになったのは、銀座の画廊「かんらん舎」を主宰する大谷芳久氏が開いた遺作展(昭和52年/1978)が切っ掛けである。作品は小野忠重の協力で集められた。遺作展の準備過程で未発表の白描絵巻3巻の存在も明らかになった。この時展示された版画作品の主だったものは東京国立近代美術館が一括購入し、白描絵巻3巻(《絵巻隅田川》2巻、《申孝園》1巻)は東京都現代美術館が購入することになる。

 藤牧が活躍した時代は、関東大震災により破壊された東京が、いわゆる「帝都復興事業」によりモダン都市として再生された時代と重なっている。
 大正12年(1923)9月1日に発生した地震とその直後の大火災で東京は徹底的に破壊され、江戸の面影を色濃く残していた古い東京は壊滅した。山本権兵衛首相は直ちに「帝都復興」事業に着手、帝都復興院が設置された。総裁は内務大臣後藤新平、後藤の推薦で東京市長に就任し復興事業を推進したのは、満鉄総裁、鉄道院総裁を歴任した中村是公(よしこと)である。中村は夏目漱石の親友としても知られる。

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 後藤がまとめた復興計画の主だったものとしては、放射状と環状を組み合わせた近代的道路網の整備(靖国通りや明治通りなど)、耐震性と不燃性を備えた鉄の橋(清洲橋や永代橋など)や小学校(中央区泰明小学校や台東区小島小学校など)の建設、緑地を備えた大規模公園(墨田公園、浜町公園、錦糸公園)の整備などが挙げられる。公の事業と並行して民間でも次々と新しい大規模建築が建設された。

 この時期の建築はその後の戦火をくぐり抜け意外なほどの数が現存している。例えば国会議事堂、上野の東京国立博物館、国立科学博物館、日本橋の三越、髙島屋、日比谷公会堂、銀座和光、教文館など枚挙に暇がない。

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 ちなみに、小石川の当社ビル群や小石川植物園本館もまさにこの時代に建設されたものであり、また当社前から春日通りへと上がる播磨坂(さくら並木)は、後藤の都市計画に基づき建設された環状道路(環状3号)の名残である。

 藤牧は鉄とコンクリートとガラスによる新たなランドマークが続々と誕生する躍動的新生都市・東京の今をわくわくとした気持ちで描き続けた。少し長くなるが藤牧の言葉を紹介する。
(原文旧字旧仮名は新字新仮名に変更)

 「都会風景―その姿は複雑であり、単純であり、或は壮大に、或は明快に、或は力強く、或は速力をもって、われわれに迫ってくる、それはつねにより高く、より能率的に動いて居る。そして、われわれがスケッチブックを持って歩くとき、これらのすべては自分のものだ。
 われわれはモット、モットこの美しさを見つめなければならない。その無限に新鮮な形態を思ふままに賛美し、且つこの近代的な都市美を形成するところの鉄を感じ、コンクリートの皮膚を感じ、更にギラギラと輝くガラスをながめて、その立体美にくい入るのだ。今われわれはこの近代的都市美を版画によって、最も適切に、ハッキリと表現することの出来るのを何よりも大きな悦びとする。」

(1933年9月1日、『総合美術研究』5、「木版画実習[都会風景]」より)


 2020年に開催される東京オリンピックにむけて都内各地で新たな建築工事が急増している。前回の東京オリンピック(1964)の舞台、神宮外苑の国立競技場はあっさりと破壊されてしまった。昭和初期に建設されたモダン都市東京のランドマークもこれから多数が破壊され、新たな建物に置き換わっていくのだろう。

 《白描絵巻(絵巻隅田川)》(白鬚橋から西村勝三像周辺まで)の冒頭に、藤牧は以下の文章を記している。
 「未来すみだ川 橋の発達によりて川の面は何十年後遂に覆はれ昔日のおもかげを偲ふ事不可能になるにや、余写生中この予感あり、幸いにいまだ橋少なし精出して写生を勉むべしとす 昭和九年十月下旬考 義夫」
 藤牧は、鉄、コンクリート、ガラスといった最新の材料と優れたデザインにより構成される近代都市美に感動するとともに、近代都市のランドスケイプが常に流動的で変化が速いこともよく理解していた。藤牧の作品には疾走するようなスピード感が感じられる。日々の感動をダイレクトに画面に描写するため、絵筆を使うように彫刻刀を自在に駆使して版画を描き続けた。

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 藤牧を記念する碑が、故郷館林にある。藤牧が最注目されるきかっけを作った大谷氏による遺作展の売上の一部を原資として昭和53年(1978)、藤牧が好んで訪れた城沼(じょうぬま)の畔に建てられたものだ。黒い御影石に藤牧の版画《冬の城沼》をもとにしたブロンズのプレートがはめ込まれ、その下に藤牧の、熱き情熱が迸る言葉が刻まれている。


 
「時代に生きよ 時代を超えよ」

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【参考文献】
・『季刊 すみだがわ』'80第7号から'81第10号 隅田川クラブ(1980年12月~1981年9月)
・『別冊太陽』No.54 SUMMER '86 平凡社(1986年6月)[洲之内徹「藤牧義夫 隅田川絵巻]
・大谷芳久著『藤牧義夫 眞僞』 学藝書院(2010年11月)
・駒村重吉著『君は隅田川に消えたのか―藤牧義夫と版画の虚実』 講談社(2011年5月)
・『生誕100年 藤牧義夫』群馬県立館林美術館・神奈川県立近代美術館編 求龍堂(2011年7月)




【付記】(2016.10.24改稿)

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藤牧義夫《鉄の橋》の取材地について

 《鉄の橋》は、昭和8年(1933)9月発行の『新版画』第10号(新版画集団)に貼りこまれた作品だが、同年8月に発刊された『総合美術体系』第3号に写真版で掲載の版画《橋梁》の原版の一部に手を入れて摺られたものと考えられている。《橋梁》は黒一色で摺られた作品だが、《鉄の橋》は画面の上部に空色の手彩色1色が加えられている。簡潔で力強いモノクロームの版に鮮やかな空色の手彩が美しいコントラストを見せ、強い印象を与える傑作である。
 力強い鉄の橋を、疾走するオートバイが渡ろうとしている。その緊迫したスピード感も作品の魅力のひとつである。余談だが、国産初の量産オートバイ、宮田製作所のアサヒAA号が登場したのは本作と同じ昭和8年(1933)だそうだ。当時約4万台が販売されてという。藤牧は時代の花形である航空機のファンであり、また作品中にしばしば自動車が登場する。オートバイも当時とすれば時代の先端的存在であったろうから、力強く疾走するオートバイに藤牧が魅かれたとしても不思議はない。
 藤牧は《橋梁》の制作意図について以下のように語っている。
 「これは鉄の橋梁がもつ力強さに美を感じ、その美を強調するために出来るだけ簡素な線で鉄の強さを頭におきながら、最後まで同じ気持ちで彫ったものだ。道路もスケッチした時は工事中で、大変汚れていたが、そのままをスケッチ通りに彫った。用具(刀)は三角ノミでグイグイと押して行き、画面全部の構成が済んでから簡単に丸ノミで浚った。」
(1933年9月1日、『総合美術研究』5、「木版画実習[都会風景]」より)

 取材地については、私の調べた範囲では今のところ明確に特定されてはいないようだ。(最新の研究成果により特定されている可能性はある。)
 藤牧の版画作品中恐らく最高傑作と思われる《赤陽》(東京国立近代美術館)は前述の大谷氏の調査により上野松坂屋の屋上から湯島方面を眺めた風景であることが判明している。また大作《白描絵巻》4巻も大谷氏らの克明な調査で詳細が明らかになっている。
 現場に幾度も足を運び、他の藤牧作品や昭和初期の写真資料等に照らし合わせるなどの独自調査の結果、《鉄の橋》(《橋梁》)の取材地は、江東区佐賀の松永橋付近である可能性がでてきた。考察を簡略に付記する。



 取材地を特定する際の手がかりとなるのは主に以下の5点だろう。


 ① 中央に描かれた鉄の橋の構造的特徴。
 ② トラスの左右に歩道が設置されている。
 ③ 向こう岸の右奥に高く巨大な煙突2本と高い建築が描かれている。
 ④ 向こう岸の左右に倉庫のような切妻平屋の建物が並んでいる。
 ⑤ 左側の建物群の奥に煙突が2本描かれている。


橋の構造は、専門的には「1径間鋼製トラス橋」というもののようだ。
江東区内に多数現存する「震災復興橋梁」はいずれも鋼鉄製のトラス橋だが、ほとんどは左右のトラスが鋼鉄の横桁で結合された構造である。
この横桁が省かれたトラス橋は少なくとも三つ建造されたことが判明している。その内二つ(緑橋、平久橋)は現存し一つ(松永橋)は平成11年(1999)に新たな橋に架け換えられている。




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◇平久橋 昭和2年(1927)竣工(現存)
場所:江東区牡丹三丁目~木場一丁目間(平久川)
構造:1径間鋼製トラス橋
江東区牡丹と江東区木場を結ぶ橋。
①と②の条件は一致している。
③は木場側には藤倉電線(現フジクラ)の巨大な深川工場と富士アイスの深川工場があった。
藤倉電線の工場敷地は概ね現在深川ギャザリアがある場所にあたる。工場には当時高い煙突があったが写真で見る限りその本数や配置、周囲の建物の外観等は版画と一致しないようだ。
富士アイスの外観や正確な場所については調査中。
④、⑤に関連する情報としては、木場側の袂に江東区立平久小学校がある。平久小学校は昭和3年(1928)平久尋常小学校として現在地に開校している。




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◇緑橋 昭和4年(1929)竣工(現)
場所:江東区佐賀一丁目~福住一丁目間(大島川西支川)
構造:1径間鋼製トラス橋
江東区福住の首都高9号深川線の福住ランプの横にある。歩道とトラスの位置関係は作品と一致しない。鉄鋼のトラスが道路と歩道の双方を挟む構造になっている。
首都高9号線は、油堀川(運河)を埋め立てて造られたものであるから、藤牧の時代には緑橋のすぐ横、上流側に油堀川があった。③の高い煙突を持つ建物の存在は確認されていない。④、⑤も同様。




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◇松永橋 昭和4年(1929)竣工(平成11年(1999)架替)
場所:江東区佐賀二丁目~福住二丁目間(大島川西支川)
構造:1径間鋼製トラス橋⇒1径間鋼製ガーター橋
緑橋のすぐ上流、仙台堀と大島川西支川が交差する場所のあたりにある。
残念なことに平成11年に架け替えられ、藤牧の時代とは構造・外観が変わっている。
①以前の橋は写真で確認したところ、平久橋とほぼ同じ外観であり、作品と一致していると言える。②の条件も満たしている。

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③佐賀側の右奥に、仙台堀を挟んで浅野セメントの巨大な工場があった。両者の距離は200mほど。
浅野セメントの工場は、藤牧が好んで描いたモチーフのひとつであり、《鉄の橋》(《橋梁》)の右奥に描かれた高い建物と外観が良く似ている。高い煙突の配置も一致しているように思う。

④佐賀側の左右は三井倉庫の敷地である。
写真資料により少なくとも戦後間もなくから2000年代初頭まで切妻平屋の倉庫が多数立ち並んでいたことが確認されている。戦前の状況は確認できていないので追加調査が必要。

⑤松永橋は隅田川の河畔と200mほどしか離れていない。松永橋から向こう岸の箱崎の建物が間近に見える。藤牧の《白描絵巻 試作》(浜町公園から相生橋まで)には箱崎(現中央区)の風景が精密に描写され、多数の倉庫や煙突が描かれている。だが、煙突と手前の建物を比較すると箱崎の煙突にしては大きすぎるかもしれない。推測になるが三井倉庫(当時の名称は東神倉庫か)に煙突があったかもしれない。さらなる検証が必要である。

以上、④⑤は追加検証が必要だが、ひとまず松永橋付近が取材地である可能性がある。




松永橋にほど近い浅野セメントと清洲橋は藤牧が好んで描いたモチーフである。松永橋は清洲橋に対し、浅野セメントを挟んでほぼ対角の位置にある。追加調査は必要だが、《鉄の橋》あるいは《橋梁》の取材地が松永橋付近である可能性は十分あると言えよう。

October 14, 2016

秋・上野の森でゴッホの傑作と出会う


 いつもブログ≪美術趣味≫をご覧いただき、まことにありがとうございます。清涼の秋気が身にしみる今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
 今回は上野で開催中の東京都美術館「ゴッホとゴーギャン展」と、上野の森美術館「デトロイト美術館展」をご紹介いたします。
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 「ゴッホとゴーギャン展」はゴッホ(1853~1890)とゴーギャン(1848~1903)が友情を結び合い1888年の10月に南仏アルルで共同生活を始めるも、結局生い立ちも作風も大きく異なる二人は仲違いし、ゴッホの「耳切り事件」で終わりを迎えた史実にスポットを当てて企画された展覧会です。
 現実の世界から着想を得て力強い筆触と鮮やかな色彩で作品を生み出すゴッホ。目に見えない世界を装飾的な線と色面で表現するゴーギャン。二人の偉大な芸術家の誕生と出会いから、アルルでの破局、その後も続いた交流と影響を60点余りの作品を通じて振り返ります。これまであるようでなかったゴッホ、ゴーギャンの関係性に焦点を当てた展覧会は、二人の偉大な巨匠の作品と芸術を改めて知るとても貴重な機会といえるでしょう。
 わたくしは中でもゴッホの自他ともに認める最高傑作のひとつ《収穫》に深く心を動かされました。南仏の麦畑を主題にした調和の取れた風景はゴッホの心の一時の平穏が投影された興味深い作品です。
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 一方「デトロイト美術館展」は、1885年の美術館創立以来、同時代の画家の作品を積極的に収蔵し造り上げた近代絵画コレクションの中から、印象派、ポスト印象派、20世紀美術の選りすぐりの名品を紹介する美術展です。モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、マティス、ピカソ等のこれぞ名画と呼ぶべき作品が集結し、心ゆくまで芳醇な美の世界に浸れます。
 中でも本展覧会のメインビジュアルにもなったゴッホの《自画像》に注目です。ゴッホが残した数ある《自画像》の中でも、1887年に制作された本作は、印象派や日本の版画に強く影響を受けた作風で、画家が自らの魂の激しさを描き上げ、人間の魂のもっとも根源的なものにまで到達しえた正に奇跡の名画です。

 芸術の秋の到来を迎え、皆さまもぜひ上野の森に足をお運びになり、豊かな美の世界をご堪能ください。



【展覧会情報】

●ゴッホとゴーギャン展
会場 東京都美術館
会期 2016年10月8日(土)から12月18日(日)まで
    ※休室日=月曜日
時間 9:30~17:30
※毎週金曜他、20時まで(詳しくは美術展公式HPをご覧下さい)


●デトロイト美術館展
会場 上野の森美術館
会期 2016年10月7日(金)から2017年1月21日(土)まで
    ※休館日=10月21日(金)のみ
時間 9:30~16:30
※毎週金曜と10月22日(土)は20時まで


October 7, 2016

秋、食べる芸術『お菓子調進所 一幸庵』を訪ねて


いつもブログ「美術趣味」をご覧頂きましてありがとうございます。
季節は秋です。
朝方少しひんやりすると、ふかふかの落葉に包まれたくなる東山魁夷の《行く秋》を思い起こします。
しかし、秋はなにより味覚を楽しみたい!
そこで共同印刷、手土産利用頻度ナンバーワン「栗ふくませ」を販売する和菓子店、弊社からは播磨坂を上ったところ小石川5丁目にあります『お菓子調進所 一幸庵』さんをご紹介したいと思います。


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こちらの風情ある外観「一幸庵」さん店舗は、茗荷谷駅からは徒歩5分。
名物はわらびもち、栗蒸し羊羹など顔となる名品を多々生みだし、夕方に寄ると売り切れてしまっていることも珍しくない人気沸騰中の老舗和菓子店です。
店主・水上力(みずかみちから)さんはロサンゼルスの美術館でのワークショップ、講演会など技術の継承にも精力的にご活躍され、今年のバレンタインデーにはテレビ番組でも番組史上初の和菓子職人として特集されるなど、世界を舞台に脚光をあびる稀有な存在でいらっしゃいます。
先日お忙しい中にも関わらず、一幸庵店主・水上力さんにお会いすることができましたのでその感動をお伝えいたします!


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水上力氏は昭和23年、戦前より名高い和菓子職人の家に生まれます。
自身の道を進むと決意し大学卒業後には京都と名古屋で修業を積み1977年に一幸庵を創業されました。
以来、繊細で芸術的な和菓子をつくり続け辿りついたのが、「お茶のうまさを引き立てる和菓子」だといいます。
特に日本の季節を四季のみならず、日本古来の節「七十二候(しちじゅうにこう)」という細分化された暦をコンセプトに72の季節の情景を表現した和菓子は前代未聞、うっとりするような芸術品です。


それを目で味わうことができるブランドブック、『IKKOAN』も今大変話題になっております。
こちらは水上氏のお菓子に魅せられた方々がクラウドファンディングにより資金を集め、日本の和菓子を世界に発信するため作られた、これまた大変美しい本なのです。(2016年グッドデザイン賞受賞)
去る今年の造本装幀コンクールにも出品されておりました。お茶の美味を引き立てる水上氏のお菓子そのもののように主張しすぎない紙の質感、和菓子のフォルムを思い起こさせるかわいくて現代的なタイトルロゴには本当に見入ってしまいました。


このように和菓子の世界で芸術的な表現をされている水上氏に質問させて頂いたのは、
「目で見ているだけでも満たされる美しい和菓子ばかり。グローバルな視点をもち日本人にとって大切な和菓子の存在を世界へ発信されている水上氏は、日々どのような物事からインスピレーションを得て和菓子づくりに反映されていらっしゃいますか?また休日は何をされていますか?」
ということ。

その問いに水上氏は、
「たまに駅前のスーパーに買い物に行ったり、予約が取れたら食事にでかけたり。休みの日は半径5メートルでの生活。身近な四季の変化、例えば桜や紅葉、つゆ草など自然の細かい変化に気付くなど感性は常に養うようにしています」とのこと。
しかしある時期には積極的にさまざまなカルチャーから刺激を受けていたとのお話。
「青山や銀座のブティックのショーウィンンドーをみては色使いを勉強したり」
「一番ショックを受けたのは、パリでフォション本店に行った時。ワンダーランドだと思った、独特な色使いを和菓子に取り入れられないか、と思ったね」とのこと。
40代で世界を見ていたら今日本にはいなかったかもしれない、とも。


『IKKOAN』七十二候のうち六十九候に「雉始雊(きじはじめてなく)」という和菓子がありますが、それについての興味深い裏話も教えて頂きました。
「サモトラケのニケ(勝利の女神ニーケーの彫像)、ナイキのロゴ、社名の由来にもなっている彫像をルーブル美術館でみたことが印象に残っていてこんなデザインが出来上がった」とのお話。
「雉始雊(きじはじめてなく)」は、白一面の雪景色に一声鳴いて降り立った雉により雪に彩りが加わる情景が見たてられた繊細かつ鮮やかな和菓子。
雉は強い発色でシャープな流線型、はかなくもあり斬新で格好良いのです。写真でお見せできないのが残念ですが、そのセンスには脱帽です。
「和菓子の世界は制約が無く何をやってもいいからね」とのこと。色々お伺いしていくとやはり絵画や版画もお好きだとのこと、水上氏の感性やインスピレーションにはやはり半径5メートル以上のものが詰まっているようです。


また、文化的レベルの高い世界各国のパティシエから称賛をうけ、教えを請われている水上氏ですが、
「日本文化は明治維新以降、欧米への劣等感など引きずっているものもあるがグローバルになろうと思えばなれる。ただしこちらは草食、相手は肉食だから最低限の知識をもってきちんと日本文化を理論武装していかないと」とおっしゃいます。
「日本人は五感で食べるし、腹八分目の文化。お腹一杯にならなくてもその分誰かに分けてあげられるんだよ」とのお話。
またバレンタインにはもっと和菓子を贈る人が増えて欲しい、と。「古来日本人は毎日歌を詠んで贈っていたのだから...」
水上氏だからこそ語ることができるグローバルな視点には改めて日本文化の魅力をひしひしと感じさせられます。


そしてやはり、職人でいらしゃいます。
栗の下処理をしている水上氏、動きはとても早く大量の栗をあっという間にさばいていきます。
素早い動作、刃が入る瞬間だけ別のリズムになります。
失礼ながら手先が震えているのかと思ったほど。ではなくほんの一瞬あまりにも柔らかく繊細なタッチに変化するのでした。
その感性やお味にはもちろんですが、何より手さばきに驚嘆させられました。


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皆様も是非お近くに寄られた際は、食欲の秋、食べる芸術を楽しんでみてください!!


一幸庵(いっこうあん)
東京都文京区小石川5-3-15
※営団地下鉄丸の内線:茗荷谷駅より徒歩5分
Tel: 03-5684-6591

一幸庵ブランドブック『IKKOAN』

プロフィール

共同印刷株式会社SP&ソリューションセンター アート&カルチャー部では、日本画を中心とした複製画や版画の制作、販売をてがけています。制作の裏側や、美術に関係したエッセーを続々とアップしていきます。尚、このサイトの著作権は共同印刷株式会社又は依頼した執筆者に帰属します。

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