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November 28, 2007

古川美術館 vol.1  「大観・玉堂・龍子 三巨匠展」

近・現代の日本画を中心に幅広いコレクションを誇る古川美術館。
「大観・玉堂・龍子 三巨匠展」を開催中(12月16日まで)の美術館にお邪魔して、学芸員の浅野さんと林さんのお二人にインタビューしてきました。(全3回)
初回のインタビューでは、美術館の特徴と開催中の展覧会の見所、また、学芸員ならではの苦労話を教えて頂きました。
 
 
―― まず、古川美術館の特徴を教えてください。
 
古川美術館 館内浅野 当館のコレクションは、近・現代の日本画など初代館長の古川爲三郎が蒐集したものが中心であるため、個人の趣向が強く出ているのが特徴です。
例えば爲三郎は富士山がすごく好きでしたので、富士の絵は画家を問わずたくさんあります。爲三郎は元々実業家でしたので、さらに上を目指す、常に自分に飽きたらずに前進していく姿勢を、日本一の高さを誇る富士山に重ねていたのだと思います。
また、爲三郎は地域の芸術の振興を大変推奨しておりまして、地元の若い画家の支援もしていました。その爲三郎の志を受け継ぎ、市野龍起先生をはじめ愛知県ゆかりの画家の作品を数多く所蔵し、現在も展覧会を開いております。
名古屋市内に美術館があることの意味も踏まえ、地元の画家を取り上げることには大きな意味があると考えております。
 
―― それでは、開催中の「大観・玉堂・龍子 三巨匠展」の見所を教えてください。
 
  大観と玉堂と龍子はそれぞれ全然違う道を歩んでいます。院展と、文展と、在野の青龍会。その彼らがある時期、合作を作ります。その合作が、調べたところ10作品もなく、しかも所蔵者がわかるものはさらに少ない。当館ではその内の3作品を所蔵し、今回展示しておりますので、それが一番の見所です。
また、三人の初期の作品から晩年に描いたものまで網羅でき、画家としての歩み始めから筆が立ってくる円熟の時期、そして三人の合作に到るまでの流れがおわかり頂けるかと思います。
あとは・・・川端龍子の作品が、東海地方であまり見られないんですよね。展覧会は東京での開催ばかりなんです。

―― 確かに、東京には大田区龍子記念館があります。
 
  江戸東京博物館でも2005年に大きな回顧展がありました。でも、東海地方に龍子の大作が来ることはほとんどありません。今回は有名な作品を幾つかお借りできたので、特に東海地方の皆様にとっては見どころになるでしょうね。
 
―― この展覧会企画のきっかけは何だったのでしょうか?
 
  川合玉堂の没後50年である今年、何か因んだ展覧会をしたいと考えたのが始まりです。ただ、玉堂が生まれたのは一ノ宮ですから、(古川美術館のある)名古屋市で玉堂展を開く意味合いが薄い気がしたんです。
そのときに、玉堂・大観・龍子、三人の合作に注目しました。他の美術館からも借用の目処が立ったため、3作家を組み合わせた企画にまとめていきました。他ではできない、こぢんまりとした当館だからこそできるパンチのあるものをと意識しながら準備を進めました。
 
古川美術館 外観―― 確かに今年は各地で玉堂展が開催されていますが、こうした企画はあまり見かけません。珍しい組み合わせだな、と思いました。
 
  そこが問題なんです。(一同笑) やはり三人を結び付ける裏づけには苦労しました。合作があるとはいえ、逆にその合作だけが一人歩きしないように展覧会全体の構成を練りました。
 
―― 他に苦労されたことはありますか?
 
  龍子の作品を他館に借用に行ったときです。現場で作品を見るとすごく大きいから、当館の展示室に入るかどうか思わず不安になってしまって。美術館に待機していた浅野さんに「ちゃんと入りそう?」って確認したり。(笑)事前に計算はしていたんですが、作品を一点だけ見るとすごく大きくて。焦りました。
 
―― では、今回の展示作品の中で特におすすめの作品を教えて頂けますか?
 
  やはり三巨匠の合作ですね。第一回の「雪月花展」での合作(富士美術館所蔵、展示期間は終了)は見物です。
残念なことに、この「雪・月・花」の書の軸は、もともと一幅だったものが三つに切断された作品なのです。もともとは一枚の紙に収まっていました。
その一枚に、三人が書き合わせたんです。雪は大観、花は玉堂、月は龍子。一枚の紙に書くということは、三人で回覧したということです。大観が最初に書いて、次に玉堂、最後に龍子に回ってくる。大御所の大観と玉堂に比べれば龍子はまだ若手で、緊張しながら最後に書くんです。そのせいか落款が微妙に震えています。龍子は本来、絵のようなのびのびとした字を書きます。でも緊張して、何枚も何枚も下書きを書いた。自分が失敗すると、巨匠の二人に書き直してもらわなければならない。そのプレッシャーと闘いながら書いたと思うと、見方も変わってきますよね。
 
―― おもしろいですね。玉堂没後50年というテーマから始まって、かなりふくらんだ企画になりましたね。
 
  そう、なんとか一つにしたという展覧会ですね。
 
浅野 苦労が多かったです。
 
  心労も多かった。(笑)
 
―― やはり一般の方には、学芸員の苦労はなかなかわからないでしょうね。どんなところで苦労するのか、とか。華やかなイメージばかり先行しています。
 
林さん、浅野さん  そう、綺麗なイメージがあるみたいですね。
 
浅野 華やかというか、あまり実態がわからないんでしょうね。何をしているんですか、って訊かれます。
 
  ずっと研究しているの?って。そんな訳ない。(笑)
 
浅野 現場ですから。
 
  学芸課と書いて「肉体課」です。(一同笑)肉代労働ですから。
 
浅野 展示の構成を考えながら備品を作るような細かいこともあれば、大きな絵を担ぐこともあります。作品保護の為に身を挺したり。(笑)けがが絶えないですね。
 
  当館2階の展示室にガラスケースがあって、特別展示の前にきれいに磨いたんですよ。それに気付かずに思い切りぶつかってしまって、たんこぶができました。
 
浅野 私はハシゴから落ちました! 一番上からどーんって。今でも全身があざだらけです。しかも落ちた私の上にはしごが落ちてきたという…(苦笑)
作品を守らなきゃ!と思ってはしごを蹴飛ばしたら、自分の上に落ちてきたんです。
 
  そう、何があっても作品を守らなきゃいけないからね。
 
浅野 野外展示だったので、こういうことが起こり得たんです。
 
―― ・・・決して華やかなだけの仕事ではないということですね。
 
  華やかな仕事の方が少ないです。
 
浅野 ないですね。(笑)

 
 
古川美術館
名古屋市千種区池下町2丁目50番地
TEL:052-763-1991
http://www.furukawa-museum.or.jp/

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