November 10, 2017

浅井忠と明治美術学校


 朝晩めっきり冷え込むようになってまいりました。小石川後楽園の紅葉は例年11月中旬からが見ごろ、そろそろですね。
 さて今回は、今年没後110年を迎えた日本洋画の開拓者、浅井忠(1856~1907)と、かつて小石川にあり浅井が関わった明治美術学校について記します。

 浅井忠、幼名忠之丞は、1856年(安政3年)江戸木挽町の佐倉藩中屋敷に佐倉藩重臣伊織常明の長男として誕生しました。父の死によりわずか7歳にして家督を相続し、佐倉に移住します。

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佐倉城址には浅井忠の友人、正岡子規の句碑がありました。
「常盤木や冬されまさる城の跡」



 10年を佐倉で過ごした後再び上京し、1876年(明治9年)、20歳にして国沢新九郎の画塾彰技堂で初めて洋画を学びました。同年工部省により開校されたばかりの工部美術学校に入学し、バルビゾン派の流れを汲むイタリア人画家アントニオ・フォンタネージの指導を受けました。しかし敬愛するフォンタネージはわずか2年後の明治11年に辞任・帰国してしまい、後任の教授に不満を抱いた浅井や小山正太郎、松岡寿ら多くの学生は自主退学を選び、十一会を結成しました。その影響もあってか、工部大学校は5年後に閉鎖されます。

 その後1887年(明治20年)、文部省により東京美術学校(東京藝術大学の前身)が開校されますが、設置された学科は日本画、木彫、彫金のみで洋画は意図的に排除されました。反発した浅井ら洋画家は、1889年(明治22年)明治美術会を設立し独自に洋画の普及、発展を目指します。明治美術学校(当初は「明治美術会教場」)は同会が設けた洋画教育機関です。

 1890年(明治23年)頃は京橋区内にあり、翌1891年(明治24年)の春上野公園内の華族会館に事務所を構えた明治美術会ですが、財政難から同年本郷龍岡町に移転、更に翌1892年(明治25年)に小石川伝通院の裏手にあった「鼠色に塗られた木造の洋館」へ移ります。移転先の「小石川表町109番地(文京区小石川3丁目)」は、元陸軍省用地の荒地を切り開いて新たに道を通した場所で、現在「舞姫通り」と呼ばれている小路沿いの住宅街一帯にあたります。明治美術会事務所があった正確な位置は、残念ながら分かりませんでした。浅井は当時自宅のあった下谷根岸から、馬で通っていたそうです。(余談ですが、舞姫通りの北西側の端からさらに200メートルほど進むと当社裏門に至ります。)

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小石川伝通院界隈


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舞姫通り 通りの両端にバレエやダンスのスクールがあります。


 小石川移転2年後の1894年(明治27年)、明治美術会はアトリエ機能の強化などを目的に建物を改築し、これまでの教場を明治美術学校と改称しました。設計は東京駅設計者として広く知られる帝大教授の辰野金吾。辰野はまた明治美術学校の校長に就任します。浅井は風景画の主任を務めました。弟子の石井柏亭によると当時の小石川は「家がまだまばらで画になる材料があった」ので、「時には教場の近くで風景写生をする生徒達を浅井が批評したり」する姿が見られたそうです。近隣で生まれ育った小説家永井荷風は、少年時代にそうした浅井を目撃していたのでしょう。小石川について記した随筆のなかで浅井に触れています。

 その後の明治美術会ですが、1896年(明治29年)、黒田清輝、久米桂一郎、岩村透ら海外留学組を中心とするメンバーが退会し白馬会を創設、また同時期に東京美術学校に洋画科が新設され、黒田、久米が教授に就任しました。白馬会は「新派」あるいは「外光派」、明治美術会が「旧派」あるいは「脂(やに)派」と呼ばれる風潮となり、浅井ら明治美術会には逆風が吹きます。翌1897年(明治30年)明治美術学校は閉鎖され、その4年後明治美術会も解散しました。

 浅井は明治美術学校閉鎖後、下谷上根岸町の自宅(現在の鶯谷駅前、元三島神社附近)に家塾「根岸倶楽部」を置き、後身の指導育成にあたりました。1898年(明治31年)の東京美術学校騒動後、ようやく美術学校洋画科に白馬会以外の教授を置くこととなり、明治美術会に推されて浅井が教授に就任します。翌年、パリ万博の鑑査官としてまた文部省の命による留学のためフランスへ渡り1902年(明治35年)まで2年余り滞在します。バルビゾンにほど近いグレー村を気に入り、油絵のほか多くの水彩画を制作しました。
 東京の美術界に嫌気がさした浅井は、帰国後京都に転居し京都高等工芸学校教授に就任。翌1903年(明治36年)には聖護院洋画研究所、後の関西美術院を設立し、後身の育成に注力しました。巨匠、梅原龍三郎や安井曾太郎はここで直接浅井の指導を受けた生徒のひとりです。また向井潤吉は、浅井の没後ですが関西美術院で洋画の基礎を学びました。

 文豪夏目漱石と浅井は、共通の友人正岡子規の紹介で知り合ったと思われますが、浅井が漱石の処女小説『吾輩は猫である』の挿画を描くなど深い親交がありました。浅井が1907年(明治40年)に亡くなり、翌年明治美術会の後身たる太平洋画会の第6回展で回顧展が併催されると、漱石は小説『三四郎』のなかで「深見画伯」の遺作展に仮託し、この浅井の回顧展を描きました。亡き友に寄せた漱石の想いが伝わってきます。

 浅井忠は、51年の生涯を通し洋画を志す若者たちの育成に力を注ぎ、近代洋画壇の礎を築きました。また小石川の地が、彼の活動を支える一端を担いました。最後に、『三四郎』のなかから、浅井の作品について語った言葉をご紹介します。画家原口(黒田清輝がモデルと言われます)が美彌子と三四郎に語った言葉です。

 「深見さんの水彩は普通の水彩のつもりで見ちゃいけませんよ。どこまでも深見さんの水彩なんだから。実物を見る気にならないで、深見さんの気韻を見る気になっていると、なかなかおもしろいところが出てきます」




【参考】 明治美術会略史 (石井柏亭『浅井忠 画集及評伝』他をもとに編纂)


1889年 明治22年
2月下旬、本多錦吉郎、小山正太郎、柳源吉、浅井忠、松岡寿、松井昇、長沼守敬らの発意協議により明治美術会の仮規則草案作成される。
4月9日、相談会開催され山本芳翠、渡辺文三郎、佐々木三六ら賛同。当日出席できなかった曽山幸彦、川村清雄も賛同。
4月19日、第三回美術家親睦会(根岸「伊香保」にて)でより広い範囲に会則が示されるが依存なし。
5月、明治美術会創立される。会頭に渡辺洪基(帝大総長)就任。春秋2季に展覧会開催を定める。展覧会のための学術委員15名、事務委員20名を互選。浅井は双方に選ばれたが学術委員は辞退。第一回展の会場は上野不忍池畔にあった共同競馬会社の馬見所、会期は10月20日から29日に決定。(開会後11月3日まで延長、11月4日には明治天皇の皇后、昭憲皇太后が行啓)浅井は「馬蹄香」、「春畝」(東京国立博物館)、「山驛」の3点を出品。
12月、明治美術会第1回大会開催。


1890年 明治23年
この頃、京橋区内に事務所を構えていた。(明治23年4月付有志者親睦会案内書面、同年10月11日付月例会案内書面)
4~7月、第3回内国勧業博覧会を上野で開催。明治美術会は春季展を見合わせ内国勧業博覧会に出品を決定。浅井、小山、松井、川村らは出品せず。明治美術会から小山、松岡、長沼らが油画の審査官に加わる。
4月27日、明治美術会第2回大会開催され文学博士外山正一が講演し物議をかもす。
9月3日、華族会館が鹿鳴館に移転。跡地は学習院分校となる。
9月、渡辺会頭が特命全権公使に任ぜられ、田中不二麿が新たな会頭に就任。
11月、第二回明治美術会展覧会開催(上野公園旧華族会館)され、皇后(昭憲皇太后)、皇太后(公明天皇の女御、英照皇太后)、皇太子(大正天皇)行啓。浅井は「漁村」二図、「漁磯」、「収穫」(東京藝術大学蔵)の4点出品。


1891年 明治24年
明治美術会、4月より旧華族会館を永続的使用することとなる。旧華族会館に事務所を置き展覧会や月次会を行い7月から常設の陳列館を開く。
11月、地代による負債が嵩み、旧華族会館の事務所を閉鎖、本郷龍岡町へ移転。


1892年 明治25年
1月、明治美術会事務所に仮教場(絵画科、三学年)を開設。教授内容は、一学年~二学年前期は幾何画法と鉛筆、チョークによる臨画、二学年後期から三学年にかけては素描と着色の写生、透視画法(当時は「照鏡画法」と呼んだ)と解剖。彫刻科も計画されたが実現に至らず。絵画科教授は浅井のほか本多錦吉郎、加地為也、柳源吉、松井昇、松岡寿、平瀬作五郎(幾何学画法、透視画法)の計7名。
同月、明治美術会月次会開催され、本多が提議の「裸体画ノ絵画彫刻ハ本邦ノ風俗ニ害アリヤ否ヤ」を討議。浅井は時期尚早論を展開。
3~5月、第4回明治美術会展が芝公園弥生館にて開催される。浅井は水彩画1枚を出品するのみ。この頃浅井は、従兄弟の窪田洋平が計画した神田の「パノラマ」(「忠臣蔵」のジオラマと「富士」のパノラマ/明治23年暮れから製作開始し24年4月に開館、25年4月の神田大火で焼失)製作に時間を費やしていたため出品画が少ないとされる。浅井ら明治美術会の主だった画家が製作に従事した。
5月11日から6月30日まで第3回明治美術会展覧会開催。浅井は出品せず。また秋季展は開催されず。
6月、会事務所・教場を小石川表町109番地(伝通院裏の元陸軍省用地)にあった「鼠色」の木造洋館に移転。北畠大学建設用地となっていたところを建物ごと会が入手。浅井は根岸の自宅からよく馬で教場を訪れた。


1893年 明治26年
明治美術会、米国コロンブス世界博覧会への出品を取りやめる。
4月、第5回明治美術会展覧会開催(上野公園元博覧会5号館)。田中会頭が辞任し花房義質が就任。


1894年 明治27年
明治美術会事務所を改築(設計辰野金吾)。教場を明治美術学校と改称し、辰野金吾(建築家、帝大教授)を校長とする。(「辰野の設計によって北窓を改造したりしたのでそれは漸くアトリエらしいものになつた。廣い室の一つが人物寫生に充てられ、より小さいのが石膏寫生や臨模に充てられ、尚其外に事務室會議室もあつた。」石井柏亭『浅井忠 画集及評伝』より)浅井は風景の主任、松岡が人物の主任で、松井や本多はあまり実技指導を行わなかった。表町周辺はまだ家がまばらで画になる材料があり、教場の近くで浅井指導による風景写生が行われた。
夏、日清戦争勃発し浅井、時事新報の通信員の名目で従軍画家として戦地に赴く。
11月11日から末日まで第6回明治美術会展覧会開催される。浅井は出品せず。この年帰国した黒田清輝、「朝粧」を初めて出品。


1895年 明治28年
4~7月、京都で第4回内国勧業博覧会開催され黒田清輝「朝粧」を出品し物議をかもす。浅井は「旅順戦後の捜索」(東京国立博物館)を出品、二等妙技賞受賞。
10、11月明治美術会秋季展開催。浅井、「旅順戦後の捜索」、「樋口大尉小児を扶くる図」(油画)ほかに水彩画9点を出品。
浅井、明治29年頃まで教科書出版に注力。(金港堂『中学画手本』、吉川書店 中等教育『彩画初歩』、金港堂『新按小学画手本』など)


1896年 明治29年
6月、黒田清輝、久米桂一郎、岩村透ら明治美術会を退会し白馬会を創設。
東京美術学校に洋画科新設され黒田、久米講師となる。この頃から白馬会を新派、明治美術会を旧派と呼ぶ風潮興る。
明治美術会秋季展開催されず。
7月、浅井、元三島神社前の下谷上根岸町38番地に転居。


1897年 明治30年
4~5月明治美術会展覧会開催。浅井「漁婦」、「海上の春雨」、「房州根本村の景」2図、計4点出品。
明治美術学校閉鎖。浅井、自宅隣に家塾「根岸倶楽部(後の同友会研究所)」を置き後進を指導。


1898年 明治31年
3月、明治美術会創立10年記念展覧会開催。浅井「冬枯」を出品。
東京美術学校騒動の後、洋画科に白馬会以外の教授を置くことが議論され、明治美術会の推薦で浅井が教授となる。


1899年 明治32年
浅井、内閣よりパリ万博鑑査官に任命される。また文部省よりフランス留学を命ぜられる。


1900年 明治33年
2月、浅井、渡欧。(~1902年)


1901年 明治34年
11月、明治美術会解散。翌年、吉田博ら後身の太平洋画会結成。

September 22, 2017

秋の気配が暮らしを彩ってまいりました


 爽涼の候、澄んだ青空に心洗われ、少しずつ早まる日暮れとともに虫の音が心地よい季節がやってまいりました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。

 この季節の移ろいは、日増しに五感が優れてくるような気配すら感じます。

  【 視 覚 】
    【 触 覚 】
      【 嗅 覚 】
        【 味 覚 】
          【 聴 覚 】

...と文学的なことを言っておきながら、結局のところ私が気づく事と言えば、身近なスーパーの果物売場の盛り沢山さ、食欲をそそるとても色鮮やかなこと。

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 まさに、「天高く馬肥ゆる秋(空は澄み渡って晴れ、馬が食欲を増し、肥えてたくましくなる秋)」ですね。

 さて、果物は古代から豊穣のシンボルとして、また愛情のしるしとして美術のさまざまな場面で描かれてきました。静物画のモチーフとしても時代や国を超えて多くの作品に描かれており、身近なものとして親しまれてきました。

 19世紀末、セザンヌは「静物画のモチーフは果物がよい」として、リンゴを好んで描いたそうです。リンゴの形や重さといった「物質としての存在感」を表現するために、テーブルクロスや花瓶などを同じ画面上に置き、果物の瑞々しさと無機質な素材とを描き分けるなど絶妙なバランスを配し、その制作姿勢は後の画家たちへ大きな影響を与えました。

 また、印象派の画家たちは、果物を描くことで、キャンバスを通じて自然界の光を屋内に持ち込むといった願いを抱いていたとも言われています。

 そこはかとなく秋の気配が感じられる今日この頃、文学的・芸術的な思考を巡らせながらも、皆さまの日常にある秋色=ご近所にあるスーパーの果物売場を散策し、五感で楽しく味わって頂ければ幸いです。

September 15, 2017

ローカル線で行く芸術の里、中房総いちはらの旅


 「ローカル線」という言葉にノスタルジーを感じるのは私一人ではないでしょう。多くの人にとって鉄道は、忘れ得ぬさまざまな想い出の場面にその背景として登場することでしょう。想い出が一杯詰まった鉄路とローカル線はイメージのなかで重ね合わされそれが郷愁として意識されるのでしょうか。故郷のローカル線はある意味人生そのものと言えるかもしれませんね。
 地方のローカル線は合理化のため次々と廃線となっています。私が幼いころ通学に利用していた片田舎の鉄道もはるか以前に廃されバスに取って代わりました。私の故郷の鉄路は既に想い出の中にしか存在しません。もう一度乗ってみたいと願ってもそれは叶わないのです。しかし、今も営業を続けるローカル線の旅を通じ、疑似的ではありますがその思いを叶えることは可能でしょう。鉄道ファンならずともローカル線に魅力を感じるのは、こうしたことも理由のひとつかもしれません。夏も終わりの週末、私は東京近郊のローカル線・小湊鐵道を利用した小旅行に出かけてきました。写真を交えて簡単にご紹介させていただきます。


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小湊鐵道五井機関区


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五井駅


 房総半島すなわち千葉県のほぼ中央部に位置する市原市内を南北に貫く小湊鐵道は、関東地方のローカル線の代表格と言えるでしょう。近年、沿線の風景の美しさや鉄道施設のノスタルジックな魅力に加え首都圏から日帰り可能な利便性が評価されマスコミに取り上げられることが多くなり、知名度も高まっています。創業は1917年(大正6年)ですから、今年100年を迎えました。
 東京湾沿岸部にありJR内房線と接続する五井駅を起点とし、山間部の上総中野駅を終点とする片道39.1kmの路線は、養老川と併行するように走り、車窓から眺める美しく穏やかな田園風景はこの路線の魅力のひとつです。ことに養老渓谷の眺めはそのハイライトと言えるでしょう。小湊鐵道の魅力は多くの表現者の心を捉え、写真や映像作品に取り上げられています。また、鉄道をテーマにした作品で知られる日本美術院同人の小田野尚之画伯はしばしば小湊鐵道に取材した作品を発表されています。(第66回春の院展「定刻着」ほか)


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月崎駅


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緑のトンネル


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トロッコ列車


 同鉄道は全線単線で電化されておらず、基本的には気動車(ディーゼル車)の1両または2両編成で運行されています。このほか開業当時使用していた蒸気機関車そっくりに仕立てられたディーゼル機関車が牽引する観光むけの里山トロッコ列車が平日上り下り各2本、土日祝日各3本運行されています。開業は1925年(大正14年)、まず五井~里見間での運行が始まり、終点上総中野までの全線が開通したのは1928年(昭和3年)です。当初計画では、日蓮上人ゆかりの誕生寺がある外房の小湊まで延伸する予定でした。小湊鐵道という社名はその名残です。駅舎など多数の施設が開業当初からのもので、簡素な造りながら古典的美しさを保っています。2016年(平成28年)、文部科学省文化審議会により同社の22施設を国の登録有形文化財へ登録する答申がなされ、今年5月に正式登録となりました。


登録有形文化財案内板.JPG
登録有形文化財案内板


 小湊鐵道沿線の観光としては養老渓谷と養老温泉が代表的ですが、近年では市原市が主催する中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス」という現代アートのイベントが注目されています。この芸術祭は、東京近郊のベッドタウンとして開発が進み人口が急増する市北部と対照的に緑豊かな自然や里山が残る一方深刻な過疎化が進行する市南部地域の活性化をアートの力を借りて行うべくスタートしました。いわゆるアートによる「まちおこし」のひとつと言えます。第1回は2014に開催され、今年第2回目が4月から5月にかけて開催されました。特徴のひとつは、小湊鐵道沿線に点在する、廃校となった小中学校校舎や里山そのものを作品展示会場とすることです。人々が暮らす地域ごとにアートの拠点を構え、文化活動によるまちづくりを行うことがうたわれています。また、個々の地域を貫く地域の交通の要である小湊鐵道の活用ももうひとつの重要なポイントとされています。地域間の移動手段であるばかりでなく、駅舎などの施設そのものも活用されています。
 上記の通り今年のイベントは5月に終了してしまいましたが、そこかしこにイベントの活気の名残のようなものが感じられました。途中下車した月崎駅には、木村崇人氏による作品「森ラジオ ステーション」がありました。小湊鐵道でかつて使われていた詰所小屋を植物で覆い、いささか陳腐な表現ではありますが、「となりのトトロ」などジブリアニメのワンシーンを彷彿とさせる幻想的空間を具現化しています。


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木村崇人「森ラジオ ステーション」


 月崎駅から五井方面に三駅戻った高滝駅の近くには、養老川をダムで堰き止めた高滝湖がありその湖畔に市原湖畔美術館が建っています。「いちはらアート×ミックス」開催にあわせて既存の展示施設「水と彫刻の丘」(1995年開館)をリノベーションし2013年再オープンしたもので、数少ない公立現代美術館のひとつとして知られます。「いちはらアート×ミックス」の主要会場のひとつであるほか、年5回ほどの企画展を開催しています。現在は音楽の一ジャンルで、若者に人気のラップ・ミュージックを取り上げた「ラップ・ミュージアム展」を開催中です。


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高滝湖と市原湖畔美術館


 ラップ・ミュージックをご存じない方のために、かいつまんでご説明しますと、一般的な音楽が音階による旋律(メロディ)を主体とするところ、韻を踏む歌詞とリズムが最も重要な構成要素であるところに特徴があります。リズムに合わせて詩を朗読するイメージと言えば少しはご理解いただけるかもしれませんね、私は正直なところラップそのものには余り興味がなく、予備知識も持ち合わせていなかったのですが、音楽をテーマにしたアート展示がいかなるものか興味がもたれて覗いてみました。拙い私の文章で読者の皆様にご理解いただけるかどうかわかりませんが、特殊な電子装置を用いたリズムと言葉の緊密な関連性をビジュアル的に表わす展示を通し、作者それぞれのユニークなリズムと韻を踏む歌詞の連鎖が、あたかも和歌のように、練り上げられた計算に基づく美しい精緻な構造を形作っていることを知りました。また日本のラップ・ミュージックが既に30年近い歴史を持つことにも驚きました。少なくともこの企画展は私にとって、多少なりともラップを理解する手掛かりとなり、少なからぬ興味を持つきっかけとなったことは確かです。喰わず嫌いよりまずはチャレンジですね。


 ご紹介してきました小湊鐵道とその沿線ですが、実はこれからの季節、秋がお勧めです。田園地帯の黄金色の実りや紅葉の美しさは千葉県内でも一、二を争う魅力です。ことに、養老渓谷の紅葉はお勧めです。
JR東京駅から五井駅(JR内房線)まで片道約1時間、小湊鐵道・五井駅から終点・上総中野までは1時間余り。上総中野駅でいすみ鉄道に乗りかえれば、外房の大原まで抜けることができます。この秋、ローカル線の旅に出かけてみませんか。


※小湊鐵道やいすみ鉄道は一日の運行本数が少ないため、事前に時刻表をよくお確かめの上お出かけください。




【市原湖畔美術館】
<基本情報>
所在:千葉県市原市不入75-1
電話:0436-98-1525
開館:(平日)10:00 - 17:00
(土・祝前日)9:30 - 19:00
  (日・祝)9:30 - 18:00
休館:月曜(祝日の場合は、翌平日)、年末年始


<開催中の企画展>
ラップ・ミュージアム RAP MUSEUM
開催期間:8月11日~9月24日
入場料:料金:一般800(700)円
 大高生・シニア(65歳以上)600(500)円。
 ()内は20 名以上の団体料金。
 中学生以下・障害者手帳をお持ちの方とその介添者(1 名)は無料。

August 25, 2017

身近なもののけ伝説



 強い日差しとどんよりした雨雲が不規則に入れ替わる怪しい天候の続く中、桶川市にある、さいたま文学館で開催中の「さいたまの妖怪」という企画展を観に行きました。(7月22日(土)から9月10日(日)まで開催)

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 展示会では、古くは平安時代の今昔物語の記載や鎌倉時代の絵巻物などに描かれた妖怪図をはじめ、江戸時代も葛飾北斎「北斎漫画」の鬼のスケッチや河鍋暁斎の百鬼夜行をモチーフにした「百鬼書談」、利根川図誌の生々しい「河童」の図などが紹介されています。 
 妖怪とは、古来、理解できない現象や病気、災難などに人々が遭遇した時、「神」「仏」のみならず、「妖怪」「鬼」「異形」などの仕業とし、畏怖、不安、恐怖を具象化したものと考えられます。それらはその地方の風土、郷土生活と密着し、民話や伝説として語り継がれてきました。
 会場で多くの原画が展示された埼玉県在住のイラストレーター、池原昭治氏の描く昔ばなしの世界は、埼玉に伝わる妖怪伝承を温かく、親しみを込めて、(時に怖ろしく)表現しています。それを観て、あらためて自分の住む地域の近隣に伝わる伝承に興味を持ちました。そこで私の身近に見聞きする伝説の地を確認してみました。




<見沼の竜神伝説>
 現在のさいたま市見沼田んぼは江戸時代中頃まで巨大な沼でした。そこには竜神が住んでいたと言われ、いくつもの伝説が残っています。代表的なのはその沼の干拓工事を行った井沢弥惣兵衛にまつわる以下のような伝承です。
 
 見沼に住む竜神は美女の姿で弥惣兵衛に干拓工事を延期するよう請うたが、聞き入れず工事を進めると、災難が続き、弥惣兵衛自身も病床につく。竜神の美女は願いを聞けば病を治すと言い、毎夜訪れる。弥惣兵衛は快方に向かったが、家臣が覗いてみると美女は大蛇の姿で弥惣兵衛の体をなめまわしていた。恐れた弥惣兵衛はこっそり居を移し、工事は順調に進み、竜神は沼を去った。

 現在の見沼は、水田や畑が雄大に広がる情景に代表される場所となっています。さいたま市のマスコットキャラクターも「つなが竜 ヌゥ」といいます。

見沼たんぼ(加田屋新田付近).jpg




<白幡沼の巨人伝説>
 白幡沼は、現在さいたま市南区のJR武蔵浦和駅の近く、高台にある白幡中学の麓にあります。ここは、雨の日に巨人が足を滑らせて転び、その時に拳をついたところに水が溜まってできた沼と言われ、かつては「拳が池」または「こぶし沼」と呼ばれたそうです。
 たくさんの葦が茂る静かで落ち着いた場所ですが、訪れた日は白鷺が優美な姿を見せ、カメラを向ける一団体がいらっしゃいました。
 なお、同じ南区に太田窪(だいたくぼ)という場所があり、この地名は日本各地に伝わる巨人伝説「大多(ダイタ)ぼっち(巨人)」~ダイダラボッチ~に由来すると言われています。

白幡沼.jpg




<志木の河童伝説>
 さいたま市のすぐ隣の志木市は、3本の川に囲まれ水との関わりが深く、河童にまつわる伝説がいくつもあります。市内の宝幢寺には柳瀬川の河童伝説があり、柳田国男の『山島民譚集』にも紹介されています。

 昔、柳瀬川に住む河童はたびたび馬や人を襲っていたが、ある日、寺に飼われていた馬を川に引きずり込もうとし、暴れた馬に踏まれて衰弱していた。村人達が、悪さをしてきたその河童を焼き殺そうとするが、寺の和尚は哀れに思い、人々に命乞いをして助け、河童も、今後は人や馬に危害を加えないと誓い泣きながら川に帰って行った。翌朝、和尚の寝ている枕元に大きな鮒が2匹置いてあり、それ以来人や馬が襲われることはなかった。

 なお、市内には愛称のついた20体以上の河童の像があり、志木市商工会では「カッピー」、(公財)志木市文化スポーツ振興公社は「カパル」というカッパキャラを立て、市全体で河童と親しんでいます。

柳瀬川で遊ぶ河童像「流ちゃん」.jpg




 足を伸ばせば、まだまだたくさんの伝承の地があります。そういう視点で各地を見ると何気ない場所にも浪漫が感じられ、空想が広がります。




■さいたま文学館
埼玉県桶川市若宮1-5-9   TEL 048-789-1515
展示室営業時間 10時~17時30分
定休日 月曜(祝日の場合開館)、館内整理日
展示室料金 一般210円、学生・生徒100円、(団体20人以上は割引あり)

July 28, 2017

豪雨被災地の皆さまへ、心よりお見舞い申し上げます


 ようやく梅雨が明けたものの、災害レベルの豪雨に心を痛める毎日です。この度の九州北部、東北北部の豪雨災害、被害を受けられた地域の皆さま、関係の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

 恨むべきは突然の豪雨でありますが、古くより農耕に携わる生活をしてきた日本人にとって、雨は切っても切れない存在です。雨にまつわる言葉の数々からは、古人がどのように雨と接してきたかを伺い知ることもできます。以下、穏やかな言葉をまとめました。

・ 霧雨(きりさめ)...霧のように細かい雨。
・ 時雨(しぐれ)...降ったり止んだりする雨。
・ 村雨(むらさめ)...急に降りだして短時間で止むような雨。
・ 瑞雨(ずいう)...穀物を育む雨の意。
・ 慈雨(じう)...恵みの雨の意。
・ 甘雨(かんう)...草木を潤す雨の意。


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庭のトマト


 また、雨のあとには、天に美しい虹が映えるときがあります。

 以下の作品は、女性初の文化勲章受章者で、美人画の巨匠として知られる上村松園の名作《虹を見る》(原画は京都国立近代美術館所蔵)です。右隻には雨上がりの夕べ、振袖姿の姉に抱かれた愛らしい赤ちゃんが、天空に微かに映える虹を見上げて微笑む姿が印象的な構図で描かれています。

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松園_虹を見る(右隻).jpg
上村松園《虹を見る》(当社彩美版®より)


 このような雨あがりの情景を、穏やかに慈しみたいものです。

 被災地の一日も早い復旧・復興をお祈り申し上げます。

July 14, 2017

大正時代のガーデニング男子


 梅雨だというのに、東京では雨があまり降りません。うだるような暑さが続き木々や草花も心なしか元気がないように見えます。水が足りないのではないでしょうか。我が家の子どもがまだ幼い頃は、家庭菜園が人気で、我が家でも地元自治体が運営する菜園を借りて野菜を育てていました。植物を育てるのは手間がかかるもの、夏場は水やりが大変です。水道が離れた場所にあり重いバケツを運んで何往復もしたものでした。

 ここ数年でしょうか、ガーデニングを楽しむ男性が増えてきているとの話題を耳にしました。そういえば、NHK「趣味の園芸」の講師はイケメン俳優の三上真史さんでしたし、作家いとうせいこうさんのエッセイをもとにして作られた田口トモロヲさん主演のNHKBSプレミアムドラマ「植物男子ベランダー」も、かなりディープな内容で人気だそうです。

 私自身はガーデニングにそれほど興味があるわけではないのですが、植物好きの家族のおかげで緑に囲まれた生活を送っています。リビングのど真ん中には、天井にとどかんばかりのウンベラータという観葉樹が鎮座し、四方に大きく枝葉をひろげています。ウンベラータの大きな葉は繊細でなるべく触らないようにしなけれなならないのですが、さほど広くない我が家のリビングですから、どこに行こうとしてもかならずこの樹の枝先ぎりぎりを通過しなければならず、不便を強いられています。それでも、活き活きとした植物たちに囲まれた空間には不便を上回る快適さと心を満たす歓びがあります。ことに室内にいながら樹下に憩う爽快さは、何物にも代えがたいものがあります。簡単な水やりでも続けていると、植物への愛情が自然と湧きあがってくるのが不思議です。

 ところでガーデニング、すなわち園芸は当初身分や教養の高い限られた人たちの趣味だったそうです。盆栽も含めていわゆる文人の嗜みの一つでした。江戸時代後期には一大ブームが興り、貴賤を問わずひろく愛好されたました。様々な花の品種が作出され園芸にかかわる出版も盛んでした。余談ですが、私はこうした園芸ブームと日本画の主題としての草花には、もちろん総てにあてはる訳ではないですが、なんらかの関連性があるのではないかと考えています。例えば酒井抱一や弟子鈴木其一ら江戸琳派の作品に多い花卉画は、園芸ブームという同時代性も併せて考えてみるべきではないでしょうか。機会があればもう少し深く探ってみたいと思います。

 話を戻します。近代日本を代表する文人の一人森鴎外(1862~1922)は園芸のスペシャリストでした。医学者らしく研究熱心で極めて高度な専門的知識を身に着けていたそうです。著名な植物学者牧野富太郎とも園芸を通じた親交がありました。自邸観潮楼(現在文京区立鴎外記念館のある場所)の裏庭は鴎外が園芸を楽しむ場所でした。毎日のように庭に下りて草花の生育状況を観察していたようです。鴎外がつけていた日記には草花の記述がしばしば登場します。また、花の開花記録である「花暦」を記しています。

 鴎外の弟子を自認していた一人に作家永井荷風(1879~1959)がいますが、荷風もまた園芸を好む男子の一人でした。荷風は随筆『偏奇館漫録』にこう記しています。

 「余花卉(かき)を愛すること人に超えたり。病中猶年々草花を種まき日々水を灌ぐ事を懈(おこた)らざりき。」


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断腸亭にほど近い余丁町の抜弁天。
荷風は大正6年12月の縁日に沈丁花一鉢を買い求め、自邸の窓下に植えている。



 断腸亭という彼の号の由来も花とかかわっています。大久保余丁町(現新宿区余丁町)の実家の庭園に咲いていた断腸花(秋海棠の別名)を好み、自らの書斎に名づけたのでした。断腸花は秋の花ですが、夏の花としては紫陽花と椎の花を特に好みました。

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荷風が好んだ夏の花、紫陽花。


 荷風の日記『断腸亭日乗』には草花の記述がしばしば出てきます。多くは季節の花の開花記録ですが、自ら雑草を抜き、種をまき、球根を植え、根分けをしたというような具体的園芸の記述もあります。また時には、樹医のようこともしています。大正9年に移り住んだ古いペンキ塗りの洋館、偏奇館には椎の老樹がありましたが、その樹に蟻がついて弱ったのを手入れして甦らせたのです。夏はこの椎の木の下で読書をするのが彼のお気に入りでした。

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偏奇館跡地に立つ泉ガーデンタワー。


 草花を好んだ荷風でしたが、偏奇館の庭は人から見れば、荒れ放題だったようです。しかし荷風自身は、綺麗に手入れされた庭園より手をあまりかけず荒廃した雰囲気に雅趣を見出したのでした。『断腸亭日乗』大正6年12月1日の記録にはこう記されています。

 「蝋梅(ろうばい)の黄葉末落尽さゞるに枝頭の花早くも二三輪開きそめたり。予今年は病のため更に落葉を掃(はら)はざりしが、今になりては荒果てたる庭のさま却て風趣あり。」

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偏奇館庭園を偲ぶ:道源寺に隣接する六本木坂上児童遊園の樹立。


 麻布市兵衛町にあった偏奇館は戦災で焼け、その跡地には今、泉ガーデンタワーが聳え立っています。泉屋博古館分館のすぐ裏手です。この周辺は大規模開発により荷風が住んでいたころとはすっかり様子が変わってしまいました。私は、荷風が通った道源寺坂にわずかに残る面影をみつけ心に刻みました。坂下の西光寺の木芙蓉が、午後の陽射しを浴びて可憐な花を咲かせていました。

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麻布道源寺坂。


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道源寺坂に咲く木芙蓉。




【夏の花いろいろ】※クリックするとリンク先の記事に飛びます。
ツツジ: 小倉遊亀 《初夏の花》
ガクアジサイ: 中村岳陵 《八仙花》
セイヨウアジサイ: 山口蓬春 《榻上の花》

スイレン: クロード・モネ 《睡蓮の池》


【お知らせ】
■ロビー展「私たち、自然保護しています。」を日本自然保護協会様にご紹介いただきました

6月22日付当ブログで、自然保護活動がテーマの当社ロビー展の記事を掲載しましたが、このロビー展の概要を、協力いただいた日本自然保護協会様に同会ホームページでご紹介いただきました。以下リンクからご覧いだだけます。

公益財団法人日本自然保護協会(企業連携)http://www.nacsj.or.jp/partner/2017/06/4629/

June 16, 2017

木の森の生命たち


 私の住む区内にちょっと気になる「美術館」があると知り、天気の良い休日を見計らって訪れることにしました。初夏の日差しが急に増してきたと感じながら、自転車で、もたもたペダルをこぎ、閑静な住宅街の中を何となくこのあたりだろうと目途をつけたものの、そう甘くはなく右往左往。ようやくそれらしき建物を見つけました。(もう一度すんなり行ける自信がありません。)

 美術館と言っても大きな住宅の風情。しかし入口の意匠はとても神秘的で、樽に乗った馬の首の彫刻があり、壁にかかった味わいある木の板には、M●KKINKANと読みづらいロゴが記されていました。ここはしまずよしのりさんという彫刻家の作品を展示する、モッキンカン木の森美術館です。

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木の森美術館入口

 館長である奥様のリコさんに案内されて入ると、大小様々な木彫りの彫刻が所狭しと置かれています。楽器を奏でる動物や巨大な顔面などインパクトある作品や、小さく可愛い不思議な人形類などとともに、額装された絵や小さなスケッチも壁を覆っていました。
 しまず先生はとても多才な方で、書や詩も書き、童話も作られます。小さな彫刻作品はアニメーション制作に使用したもの。ご自身で微妙に人形を動かしては撮影しコンピュータのソフトで作り上げたオリジナルアニメ作品がたくさんあります。

 正式な展示室である2階に上がるとさらに圧倒されます。様々な木彫りの作品は皆大きく、生命が宿っているかのように生き生きして佇んでいます。殆どが大きな木から彫りだされた一木造の作品で、モチーフも様々。巨大なアゲハチョウやトンボが宙を舞っていたり、羽を畳んだ妖精が眠っていたり、夥しくざわめくキノコと笛を吹く少年、祈りを捧げる森の精など、異界に住む住人が集合したようです。

 女性が馬車に乗った作品は未完成とのことですが、館長に促され背後から女性を見ると、たくさんの子供に乳を与えている動物の姿が現れました。表と裏が異なる造形になっている作品で作者のユーモラスな面が伺えます。作品の様相は制作年によっても変化しているようで、それも楽しめる要因です。初期からの膨大な作品はここ以外に米蔵の倉庫に保管されているとのこと。絵画作品中心に展示された小さな部屋もあり、無垢でファンタスティックな世界は私の心の琴線に触れ、何度も見入ってしまいました。

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賑やかな彫刻展示風景

 しまず先生は、1944年東京都生まれで、幼少は長野育ち。その後浦和に移り美術に没頭。高校卒業後作家活動に入り、絵画からレリーフ、そして独学で彫刻を始め、長野県での制作活動を経て70歳を超える今も精力的に制作を続けています。

 お会いして様々なお話を伺いました。哲学を感じる大人向けの寓話、なかでもサラリーマンを経験していないしまず先生だからこそ、サラリーマンの風習の奇異さが目に付く内容のお話は不気味でした。今の世は「無邪気さ」や「他愛ないこと」が少なくなったこと、しかし「人間はそんな少年時代がすべてを決定づける」ことなど、あらためて確かにと共感できる言葉にも接しました。

 しまず先生の作品は多様ですが、その作品には共通して、人間は自然と対立するものではなく、自然の一部だと捉えた思想が投影されています。「森から放たれた原木と対峙し、その原木に宿る『生命の立体』を見出し、迷うことなく彫り出す。彫り起こされた『生命の立体』はやがて連なり新たな森を形成する。」

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作品「羽化する少女」

■モッキンカン木の森美術館
さいたま市南区大谷口593
TEL 048-881-0524
営業時間10時~17時
定休日 木曜
Web  http://www.unpopu.com/cho/index.html

May 12, 2017

行く春


 春から夏へと季節の移り目を迎えました。今年は春らしい日が短く、冬からいきなり夏になったかのような印象すらあります。
 私ごとですが、三月から四月にかけては冬に逆戻りしたような寒さに震え、厚手のウール・ジャケットを着こんでいました。日中は温かくても朝晩冷え込むため、着るものに迷う日が多かったように記憶しています。今や、日によっては30度近くまで上がる暑さに耐えられず、麻ジャケットのクールビズスタイルで過ごしています。
 タイトルの「行く春」は去りゆく春を惜しむ想いが込められた俳句の季語ですが、今年に限って言えば「いつ春?」が私の本音です。





 閑話休題、私は連休最後の一日、趣味のバードウォッチングを楽しむため千葉県習志野市の谷津干潟を訪れました。かつて東京湾(江戸湾)にはそこここに広大な干潟があり、豊かな海の幸を育んでいました。そのほとんどが60、70年代いわゆる高度経済成長期に埋め立てられ、工場地帯へと変わっていきました。谷津干潟は、隣接する船橋沖の三番瀬とともに東京湾に残る最後の干潟のひとつです。1993年に保護すべき貴重な湿地としてラムサール条約に登録されました。

 今頃の谷津干潟の主役は、シギやチドリの仲間です。その多くはシベリアなど北の繁殖地と中国南部から東南アジアにかけての南の越冬地との渡りの途中、一時的に日本に立ち寄る「旅鳥(たびどり)」です。ちょうど満潮となる時間帯でしたが、津田沼高等学校に隣接する南東側の岸壁近くの杭や浅瀬に集まったシギやチドリの群を間近に観察することができました。なかでも鮮やかな赤茶色の翼に、歌舞伎の隈取を想わせる白黒模様の顔が印象的なキョウジョシギや、やや小柄で首から胸にかけてオレンジの羽根が目立つメダイチドリが印象的でした。そこから少し歩いた北東の岸近くでは、下向きの弧を描く細く長い嘴が特徴的なチュウシャクシギが干潟を突いてカニを捕えるところを観ることが出来ました。

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キョウジョシギ   ※画像をクリックすると大きな画像で見ることが出来ます。(以下同じ)


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メダイチドリ


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チュウシャクシギ

 さきほども申し上げた通り、これらの鳥たちは南から北へ帰る渡りの途中、我が国でしばし翼を休める旅鳥です。キョウジョシギやメダイチドリはムクドリよりやや小さい20㎝前後の大きさです。チュウシャクシギはだいぶ大きく40㎝余りありますが、それでも多くのカモ類より一回り二回りも小さな体です。彼らが挑む、数千kmから1万km以上にも及ぶ命を懸けた旅路を想うと、深い感動を覚えずにはいられません。





 今からおよそ330年前、元禄2年(1689)の春、松尾芭蕉(1644~1694)は深川の芭蕉庵を引き払い、弟子の曾良とともにおくの細道の旅に出立しました。深川から舟に乗り千住で陸に上がって見送りの親しい人々と別れる際に詠んだのが、有名な次の一句です。去りゆく春を惜しむ想いを表現したものと言われます。


 行く春や鳥啼き魚の目は泪
 ゆくはるや、とりなきうおのめはなみだ


 おくの細道への旅立ちの日は、新暦の5月16日にあたります。まさに今頃のことだったのですね。芭蕉はこの折の心境を「上野谷中の花の梢又いつかはと心ぼそく」と吐露しています。すなわち「上野や谷中の桜を再び観ることができるのはいつだろうか」と心細く思ったということです。生きて帰れる保証もないおよそ5か月間、600里(約2,400km)にも及ぶ長い旅路です。自ら望んだこととは言え、老境(とは言ってもまだ40代!)の芭蕉には、相応の覚悟があったことでしょう。「行く春や」の句には、そうした気持ちが重ねられているように感じられます。





 若い時分には、過ぎ去った春はまた必ずまた巡って来るものと信じ、身近な老人たちの警句に耳を傾けることなく安閑と過ごしてきました。しかし年を重ねた今、人生に必ずまたということは無いのだというシンプルな真実を認めざるを得ません。「今を生きる」ことを大事にしていきたいと思います。







関連記事:鳥帰る春 -谷津干潟にて(2017年3月3日)


April 21, 2017

色褪せない芸術『岩田ガラス』とおすすめ展覧会『生誕100年 長沢節展』


いつも美術趣味をご覧いただきましてありがとうございます。

先日のブログ、彩美版®新作・小倉遊亀筆「初夏の花」はご覧いただけましたか。
透(すき)のボディに白砡(しろぎょく)が潔く、ツツジの伸びやかさを一層強調しているかのような存在感のあるこのガラス花器が、岩田久利(ひさとし)氏の手になるものであることはご存知でしたでしょうか。


本日は、「初夏の花」画中のガラス花器制作者、ガラス芸術家・岩田久利先生についてです。
遊亀が陶磁器を愛好していたことはよく知られていますが、1980年「耀」、1980年「椿」など遊亀の静物画には特徴的なガラス花器がたびたび登場します。
これらはみな遊亀がコレクションしていた、岩田久利氏によるガラス芸術です。


今回の彩美版®「初夏の花」制作を機に、久利氏の二女でいらっしゃる岩田マリさんとお会いする機会に恵まれ、たくさんの作品を拝見することができました。
そこでこれまで持っていたガラスのイメージがくつがえされてしまいました。
また、マリさんより貴重なお話がうかがえましたのでご紹介いたします。


ガラスは、食器、窓や蛍光灯などの工業製品も含めると、私たちの生活にとても身近な素材です。一般的にガラスにイメージするものといえば、「透明」「割れやすい」「冷たい」「静」などが想起されることと思います。
しかし、久利氏の父・藤七氏よりはじまる岩田家のガラス芸術は、それだけではないガラスの多面的な魅力を教えてくれます。
その魅力の真髄は、真逆にも「鮮やかな色(透明・不透明あり)」「重厚感(何層にもなり厚みがある)」「躍動感」でした。
(さらに制作時に直面するガラスの特徴、「柔らかさ」「熱さ(環境も含む)」についてはガラスを扱う困難さ、どのようにしてガラス芸術が生みだされるかに至る大事な特徴なではありますが、ここでは語りきれません。)


岩田家のガラス芸術の歴史を簡単にですがご紹介します。(以下敬称略)


■日本の色ガラス芸術のパイオニア 父・岩田藤七
(明治26年・1893年生まれ)

明治大正時代、板ガラスなど実用製品が躍進の一途を辿っていたガラス工業界。それに比べ、"ガラス工芸"は江戸時代以降途絶え不毛の時代を迎えます。
数十年の空白期の後、藤七は、現代ガラスのパイオニアとして色ガラスによる宙吹きの作品を作り始めます。
日本においては古来より陶器の作品が好まれ、茶道の影響もあり高いレベルの作品とされている中で、藤七はガラスの作品を日本の美術界にアートとして認められるよう努力を続け、近代ガラス工芸を日本の美術界に位置付けるに至ります。


代表作「貝」は、藤七ならではの大胆な気質だからこそなせる技だったといいます。
作品は今も日生劇場、ホテルオークラのオークバー(現在はリニューアル工事中)、メトロポリタン美術館(NY)、国立近代美術館などで観ることができます。


■「ガラス芸術」へ高めた功績者・岩田久利
(大正14年・1925年生まれ)

父・藤七の長男として生まれ幼い頃よりガラスに携わります。
久利は東京美術学校工芸部図案科卒業、その他、科学的基礎やガラス組成についても学び、藤七の築いたものをさらに極めていきます。
久利の作品は、端正・優美、高い技術に裏付けされた理知的な作品といわれ、初期の緻密な作風にはじまり、50歳代にはこれでもかと技術を凝らした根気のいる作品を、60歳代からは、線が細くなっていく身体とは対照的に壮大な自然をモチーフに力強い作風へと昇華します。


久利氏の作品は、幾何学模様のミニマムでモダンなデザイン的なものもあれば、ごつごつした大地や岩を髣髴とさせるプリィミティブなものまで多彩な創造性が魅力的でもあります。

iwataglass.jpg岩田久利作 〈第十回日展出品作〉 制作:昭和29年

1960年代には、家庭における食器、照明などのガラス製品が普及します。
特に岩田ガラスが生みだしたガラス照明は、一世を風靡します。金赤(ガラスの金赤は可愛らしいピンク色)でフリルをまとったガラス照明は結婚式の引き出物として多くつかわれていた、とのこと。
もしかしたら皆さまのご自宅にあるかもしれません。


今なお新しさが感じられる、岩田久利氏の作品を下記よりホームページにてご覧ください!


岩田家のガラス芸術
HP : http://www.iwataglassart.com


■岩田久利氏の長女でいらっしゃる、ガラス芸術家・イワタルリ氏の個展のご案内です。

イワタルリ展 
開催場所 SAVOIR VIVRE サボア・ヴィーブル 東京都港区六本木5-17-1 AXISビル3F
開催日時 2017年6月23日(金)から7月2日(日)まで
詳細につきましてはホームページにてご確認ください。
HP : SAVOIR VIVRE



【オススメ展覧会のご案内】

岩田ガラスの会社ロゴ、包装紙をデザインしたのが、「スタイル画」デッサンの名手・長沢節(せつ)氏でした。
久利氏は、画家、文芸家、俳優などジャンルを超えたお付き合いがあったといいます。
東京文京区弥生美術館にて、今年4月23日で閉校するセツ・モードセミナー公式の、最後の展覧会として下記展覧会が開催されています。
ファッションイラストレーターの先駆けであった節の〈スタイル画〉は鉛筆のほか毛筆で描かれた作品もあります。毛筆書に慣れ親しんだ世代だからこそ為し得るものなのでしょうか、「セツ美学」あふれる流麗なイラストは必見です!



IWATAlogo.jpg左上:岩田ガラス・ロゴ(長沢節)
setsu.jpg右下:岩田ガラス・包装紙(画:長沢節)


『生誕100年 長沢節展』- デッサンの名手、セツ・モードセミナーのカリスマ校長 - 

長沢節は1917年生まれ、文化学院卒、20歳で挿し絵画家としてデビュー。
太平洋戦争前より池袋近く要町の芸術家村・通称「池袋モンパルナス」に暮らす。
終戦後アメリカ兵より流れてきたヴォーグやハーパス・バザーを参考にみようみまねで洋服を描く。節の描くファッショナブルな女性像は〈スタイル画〉と呼ばれファッション界もリードする存在となる。
1954年より美術学校セツ・モードセミナーを主宰。(設立当初は「長沢節スタイル画教室」)
卒業生は、金子国義、山本耀司、安野モヨ子など。



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左上:C.ディオール「マリ・クレール」1998年6月号 掲載原画
右下:女性デッサン 1960年代


■開催要項■
会場:弥生美術館 1~2階会場
住所:東京都文京区弥生2-4-3
会期:2017年4月1日(金)~6月25日(日)
休館日:毎週月曜日 ただし、5月1日(月)は臨時開館
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
入館料:一般900円(800円) 大高生800円(700円) 中小生400円(300円)
※竹下夢二美術館と併せての料金。()内は20名様以上の団体割引料金
TEL:03(3812)0012 FAX:03(3812)0699
HP : http://www.yayoi-yumeji-museum.jp

April 12, 2017

桜に思う、いろいろ。


寒暖の差が激しい今年の春ですが、桜の季節もそろそろ満開から葉桜に移りつつあります。
共同印刷の近くの名所と言えば、間違いなく播磨坂の桜並木でしょう。
登り下りの道路を挟んで3本ある歩行者用道路に沿って坂の上から下まで植えられた桜は、満開になると本当に見応えがあります。

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入社してはや十数年。それでも毎年この季節の桜並木を通るときは新入社員と同じように新しい季節の空気を感じ、前向きな気分になれます。
そして若い葉が混ざり始めた桜の木は何となく美味しそうな色合いで、桜餅を思い出してしまうのは私だけでしょうか。

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自転車で外堀通りの桜を観に行きました。こちらも満開で見ごろを迎えています。
先日見たときはどんより空の中で、一緒にいた3才の子供の目には暗い桜の木々がお化けのように写るようで「黒い、怖い。」と終始言われ続けました。


画家の目に写る桜はどんな風でしょうか。
現代日本画家で桜花図の第一人者でもある中島千波先生の桜はというと...
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中島千波「千歳櫻」

樹齢700年を超える福島県の名樹「千歳櫻」を描いた作品です。柔らかな花びら一枚一枚が重なり合いながら画面いっぱいに咲き誇る姿には、華やかながらも堂々とした名樹の風格が漂います。

近代日本画の巨匠、小倉遊亀の桜は...
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小倉遊亀「爛漫」

力強い幹と満開の桜の優しい色合いに、女性らしい柔らかさと同時に芯の強さののようなものを感じます。遊亀はこの作品を母校の奈良女子大学に集う学生の前途を思い、大学講堂の緞帳原画として制作しました。


ちなみに暖かい日を狙って播磨坂でお花見ランチの帰り、先輩が道沿いのケーキ屋さんでプチケーキを買ってくれました。「花より団子」を地でいく今年の春でもあります。
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※掲載画像の中島千波「千歳櫻」、小倉遊亀「爛漫」はいずれも当社商品です。
 作品に関するお問い合わせは、共同印刷アート&カルチャー部(TEL:03-3817-2290)まで

March 24, 2017

ギャラリー「都道府県の花」 ―皇居をめぐる花の輪


 いつもブログ「美術趣味」をご覧頂きましてありがとうございます。


 先日、皇居周辺を散策してきました。皇居の周りは約5キロで、その距離感と信号がなく止まらずに一周できるので、日本でもっとも人気のあるジョギングコースとしても親しまれています。当日もたくさんのランナーの方々が走っていました。


 皆様は、この周回コースの歩道100メートル毎に都道府県の花のプレート(石板)が埋め込まれていることはご存知でしょうか(正確には47都道府県と2つの花の輪と千代田区のプレートの計50枚)。このプレートは通称「花の輪タイル」と言うのだそうです。スタートは皇居正門のある二重橋にあります。北海道の道花「はまなす」が彫られたプレートより、反時計回りに南下し、最後に沖縄県の県花「デイゴ」で一周します。と言われても、自分の住んでいる所の花も知らない方が多いのではないでしょうか。かくいう私も知りませんでしたので、この際一周して47都道府県全てのプレートを確認することにしました。


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花の輪タイル (左)北海道・はまなす (右)沖縄・デイゴ


 一周を5キロと考えると長い道のりとお思いでしょうが、いざ歩き始めれば100メートル毎に次々とプレートが現れるので、写真を撮りながら歩いていると、思いのほか忙しいことになってしまいました。さながら、ギャラリー「都道府県の花」です。プレートを逃さないように下ばかり見ていると、皇居周辺の景色をゆっくり楽しむことができないという、大変悩ましい状況です。それでも、少し寄り道をして千鳥ヶ淵緑道に入ってみると、3月上旬頃に咲く大寒桜が咲いていました。その実、千鳥ヶ淵の桜はその大部分がソメイヨシノで、今では東京屈指の桜の名所となり、多くの方々に親しまれています。間もなく迎えるシーズンにはライトアップもされますので、夜遅くまで楽しめます。


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千鳥ヶ淵の大寒桜


 さて、無事に47都道府県すべてのプレートの写真を撮り、お陰様で自分の県花も確認することができました。プレートを追いかけながら、歩いているとあっという間の一周です。こちらのプレート、ランナーの中には1km毎のラップを計ることや、居場所の確認に使われている方もいるそうです。確かに何県のプレートは何々門の所にあるなどと覚えておけば便利ですね。


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花の輪案内板


 少しずつ陽気も暖かくなり、東京では桜の開花宣言が出されました。お花見も兼ねて、スタンプラリー感覚で皇居一周を歩いてみることをお薦めします。全てのプレートを確認することができれば、きっと達成感を得られることでしょう。


January 5, 2017

酉年によせて-バードウォッチングの勧め


 皆様、明けましておめでとうございます。
 本年もよろしく本ブログをご愛顧のほどお願い申し上げますとともに、今年一年の皆様のご多幸をお祈り申し上げます。
 さて今年は酉年ということで、鳥に因んだ小話をさせていただきます。


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隅田川のユリカモメ


 以前あることを調べるため、明治16年に作成された小石川の地図を眺めておりましたら、今当社が建つ場所に大きな池のようなものがあることに気づきました。当社が初めて小石川に社屋を構えたのは明治31年(1898)ですから、それ以前のことです。
 特徴のあるその形を以前どこかで見たことがあるように思い暫し考えたところ、千葉県市川市新浜(にいはま)にある宮内庁の御猟場(新浜鴨場)の元溜(もとだまり)と呼ばれる池に酷似していることを思い出しました。すなわち、当社の敷地内にかつて鴨の猟場があったのです。


 江戸時代以来、明治期までの小石川地区は、ほぼ現在の千川通りにあたる場所を流れていた谷端川(やばたがわ/別名「礫川」)を挟んで両側に水田が広がっていました。大型の渡鳥が飛来し越冬する場所であったことから、将軍家の鴨場や鶴場が設けられたとのことです。今では想像できないほど自然豊かな田園地帯だったのです。その面影は小石川植物園に残っています。


 鶴はさておき、鴨は今でも毎年東京に渡ってきます。例えば当社の近くで言えば上野の不忍池は渡り鳥の観察地(探鳥地)として知られています。渡ってくる鴨の種類は年によりその数の割合が異なりますが、近年はアニメの人気キャラクター、ダフィー・ダッグに良く似たキンクロハジロが優勢のようです。その姿ですが、比較的小柄で腹部を除くほぼ全体が黒い羽で覆われており、後頭部には冠羽と呼ばれる飾りのような羽があります。眼の色は黒い羽によく映える黄色。むくむくとして愛らしいその姿は一度観たら忘れられません。


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不忍池のキンクロハジロ


 酉年の今年、バードウォッチングを体験してみてはいかがでしょうか。道具はひとまず倍率7倍前後の双眼鏡と鳥類図鑑があれば十分です。初心者の方には比較的観察が容易な、海辺の鳥たち(鴨や鴫、千鳥、カモメなど)がお勧めです。鳥を観察するところ、探鳥地はもちろんお近くの鳥が観られる場所でよいのですが、東京湾周辺であれば、施設が充実している大田区の東京都立東京港野鳥公園や千葉県習志野市の谷津干潟自然観察センターがお勧めです。どちらも専門のレンジャーが常駐しています。また、高倍率の望遠鏡(フィールドスコープ)が設置されていますので、手ぶらで楽しむことも可能です。


 あなたもキュートな鳥たちの魅力にはまってみませんか。


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野島崎灯台上空を舞うトビ




【東京都立東京港野鳥公園】
東京都大田区東海3-1
電話:03-3799-5031
アクセス:東京モノレール「流通センター」より徒歩15分
入園料:中学生150円、高校生以上370円、65歳以上180円、小学生以下無料
開園時間:2月~10月 9:00~17:00(入園は16:30まで)
     11月~1月 9:00~16:30(入園は16:00まで)
休園日:毎週月曜日(月曜日が祝日または都民の日の場合、翌火曜日休園)
    年末年始


【谷津干潟自然観察センター】
※谷津干潟はラムサール条約登録湿地です。
千葉県習志野市秋津5-1-1
電話:047-454-8416
アクセス:JR京葉線「南船橋駅」または「新習志野駅」より徒歩20分
入館料:高校生以上大人300円、65歳以上150円、中学生以下無料
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は次の平日)、年末年始


※詳細は各施設へお問い合わせください。




【1月10日追記】
1月8日(日)に谷津干潟でバードウォッチングをしてきました。最初は曇り、途中から強い雨となり視界は終始あまり良くありませんでしたが、1時間半ほどの滞在で以下10種の鳥を観ることができました。


ハマシギ、セイタカシギ、ヒドリガモ、オナガガモ、コガモ
オオバン、ユリカモメ、ハクセキレイ、ムクドリ、メジロ
※使用機材:双眼鏡(8×30※)※倍率×対物レンズの口径






-画家の夢見る世界への誘い-
彩美版® 上村淳之 《四季花鳥図》
販売価格 160,000円+税


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※背景の銀色をシルクスクリーンで再現しています。


【仕様体裁】
原画 近畿日本鉄道株式会社所蔵 松伯美術館委託
監修 上村淳之、松伯美術館
技法 彩美版®、シルクスクリーン手摺り
限定 300部 
画寸 天地25.2cm×左右65cm
額寸 天地41.4cm×左右81cm
重量 約2.3kg
用紙 版画用紙
額縁 特製木製銀泥額、アクリル付(国産、ハンドメイド)
証明 監修者の承認印押印証紙を額裏に貼付
発行 共同印刷株式会社



※「彩美版®」は共同印刷株式会社の登録商標です。


December 2, 2016

早雪の雪花 ~首都圏で54年ぶりに11月の積雪を観測~


 いつも美術趣味をご覧いただきありがとうございます。

 紅葉が色づき始めた奥多摩の山道から撮影した写真です。穏やかな気候で、澄んだ空気にとても癒されました。



奥多摩の紅葉


 そんな秋めく最中にもかかわらず、先週(2016年11月24日)は突如、東京都心で11月としては54年ぶりの積雪が観測されました。この季節外れの雪は「紅葉の中に雪が降る」という、首都圏ではなかなか見ることの出来ない赤・黄色と白のコントラストが美しく映えわたりました。
 そこで今回は、「雪」をテーマにご紹介いたします。

 皆さんは「雪」と聞いて、どのような雪を思い浮かべますか?住んでおられる地域や、幼少期の記憶などから「雪」と言っても様々とは思いますが、実は「雪」にはびっくりするくらい沢山の種類があることをご存知でしょうか。
 以下、その数ある中から、一部を抜粋しましたのでご覧ください。

【降る時期で変わる雪の名前】
・ 初雪(はつゆき)...夏を過ぎて初めて降る雪。
・ 早雪(そうせつ)...例年の初雪の時期より早く降る雪。
・ 初冠雪(はつかんせつ)...夏を過ぎて初めて山を白く染める雪。
・ 名残雪(なごりゆき)...春近くに冬の季節を名残惜しむように降る雪。
・ 残雪(ざんせつ)...春になっても溶けずに残っている雪。
・ 万年雪(まんねんゆき)...富士山等、標高の高い山岳地帯に1年中溶けない雪。
・ 三白(さんぱく)...正月の三が日(1月1日、2日、3日)に降る雪。

【降り方や状態で変わる雪の名前】
・ 細雪(ささめゆき)...細やかにまばらに降る雪。
・ 粉雪(こなゆき)...粉のようにさらさらとした細かい雪。
・ 粒雪(つぶゆき)...粒になっている雪。積もるのが特徴です。
・ 牡丹雪(ぼたんゆき)...雪の結晶が集まって「ぼたんの花」のように固まって降る雪。
・ 綿雪(わたゆき)...綿をちぎったような大きな雪。牡丹雪よりやや小さめ。
・ にわか雪...一時的に降ってすぐやむ雪。にわか雨の雪バージョン。
・ 風花(かざばな)...晴れているのに、風上から風に舞ってキラキラと飛んでくる雪。
・ 霰(あられ)...直径5mm未満の氷の粒。
・ 雹(ひょう)...直径5mm以上の氷の塊。あられの大きいバージョンです。

【積もり方で変わる雪の名前】
・ 新雪(しんせつ)...積もりたての雪。結晶の形がまだ残っているのが特徴。
・ しまり雪...積もって数日経って結晶が壊れ、固く締まった雪。
・ どか雪...短時間に一気に積もる雪。
・ 衾雪(ふすま雪)...一面に降り積もった雪。
・ 雪持(ゆきもち)...枝や葉に雪が積もっている様子。
・ 松の雪(まつのゆき)...松の木に積もった雪。
・ 撓雪(しおりゆき)...降り積もって木や枝をたゆませる雪。
・ 友待つ雪(ともまつゆき)...次の雪が降るまで健気に溶けないで残っている雪。

【その他、色々な雪の名前】
・ 銀世界(ぎんせかい)...雪が美しく降り積もり、辺り一面が真っ白になった様子。
・ 白雪(しらゆき、はくせつ)...真っ白で美しい雪の様子を表すことば。
・ 雪花、雪華(せっか)...雪の結晶、または雪が降る様子を花にたとえたことば。
・ 深雪(みゆき)...雪が深く積もって美しい様子。
・ 小雪(こゆき)...少しだけ降ったり積もったりする雪。
・ 瑞雪(ずいせつ)...おめでたい印とされる雪。
・ 雪明り(ゆきあかり)...積もった雪の反射で、日が落ちても薄明るくなっている状態。

 いかがでしょうか。雪は降り方や積もり方、雪の状態などによってたくさんの種類に分けて表現されていることが解ります。美しいことばの数々。同じ雪でもこれだけ多くの呼び名があるのは、四季の自然を楽しむ日本ならではの情緒なのかもしれませんね。

 年末を控え、日に日に寒さの増す今日この頃。皆さまお身体ご自愛ください。
 さいごに、先日ご逝去された日本画家・後藤純男画伯を偲び、画伯の作品より「秋の談山神社」「大和 雪のしじま」の当社彩美版を、謹んでご案内させて頂きます。

 ※ しじま:静まりかえって、物音ひとつしないこと。静寂。




彩美版®
後藤純男 《秋の談山神社 多武峰》
販売価格  240,000円+税


後藤純男「秋の談山神社 多武峰」


<仕様体裁>
原画 後藤純男美術館所蔵
監修 後藤純男美術館
解説 行定俊文(後藤純男美術館館長)
限定 500部
技法 彩美版®、シルクスクリーン手摺り、本金泥使用
用紙 版画用紙(かきた)
額縁 特製木製額金泥仕上げ、アクリル付き
画寸 36.0cm × 72.5cm(20号)
額寸 57.0cm × 93.5cm
重量 約6.1kg
証明 監修者の承認印入り証書を貼付
発行 共同印刷株式会社




彩美版®
後藤純男 《大和・雪のしじま》
販売価格  240,000円+税


後藤純男「大和・雪のしじま」


<仕様体裁>
原画 後藤純男美術館所蔵
監修 後藤純男美術館
解説 行定俊文(後藤純男美術館館長)
限定 500部
技法 彩美版®、シルクスクリーン手刷り
用紙 版画用紙(モロー)
額縁 特製木製額金泥仕上げ、アクリル付き
画寸 37.0cm×73.0cm(20号)
額寸 58.0cm×94.0cm
重量 約6.2kg
証明 監修者の承認印入り証書を貼付
発行 共同印刷株式会社


※「彩美版®」は共同印刷株式会社の登録商標です。

October 21, 2016

藤牧義夫とモダン都市東京


 藤牧義夫をご存じだろうか。

 群馬県館林市出身の天才的版画家藤牧義夫(1911~1935失踪)の活動期間は、昭和初期のわずか数年に過ぎない。明確な記録が残っているのは昭和6年(1931)から10年(1935)までの5年間、この短い期間に藤牧は精力的かつ濃密な創作活動を行い、同時代の創作版画関係者の注目を集めた。藤牧は新進の商業デザイナーとして活躍する傍ら、昭和7年(1932)、小野忠重(版画家、版画史研究者/1909~1990)らの呼びかけで生まれた新版画集団に参加し同集団の発行する版画誌や展覧会を主な作品発表の場として活動した。新版画集団のメンバー中最も若年であったが、すぐに頭角を現し抜きんでた存在となり、昭和8年(1933)の第14回帝展(帝国美術院美術展覧会・東京府美術館)で《給油所》が入選し一段と注目を集める。当時版画雑誌『白と黒』を出版していた料治熊太(号「朝鳴」/1899~1982)も藤牧を高く評価していた一人である。藤牧また創作版画の創生期から活躍する恩地孝四郎、平塚運一や彼らに続く世代である畦地梅太郎ら一流作家とも親交があった。

 活動のピークに突如失踪という悲劇的な結末が訪れる。昭和10年9月2日、雨の降る夜を最後に彼の姿を見たものはない。弱冠24歳の若者であった。
 戦後長く忘れられた存在であった藤牧が再び注目されるようになったのは、銀座の画廊「かんらん舎」を主宰する大谷芳久氏が開いた遺作展(昭和52年/1978)が切っ掛けである。作品は小野忠重の協力で集められた。遺作展の準備過程で未発表の白描絵巻3巻の存在も明らかになった。この時展示された版画作品の主だったものは東京国立近代美術館が一括購入し、白描絵巻3巻(《絵巻隅田川》2巻、《申孝園》1巻)は東京都現代美術館が購入することになる。

 藤牧が活躍した時代は、関東大震災により破壊された東京が、いわゆる「帝都復興事業」によりモダン都市として再生された時代と重なっている。
 大正12年(1923)9月1日に発生した地震とその直後の大火災で東京は徹底的に破壊され、江戸の面影を色濃く残していた古い東京は壊滅した。山本権兵衛首相は直ちに「帝都復興」事業に着手、帝都復興院が設置された。総裁は内務大臣後藤新平、後藤の推薦で東京市長に就任し復興事業を推進したのは、満鉄総裁、鉄道院総裁を歴任した中村是公(よしこと)である。中村は夏目漱石の親友としても知られる。

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 後藤がまとめた復興計画の主だったものとしては、放射状と環状を組み合わせた近代的道路網の整備(靖国通りや明治通りなど)、耐震性と不燃性を備えた鉄の橋(清洲橋や永代橋など)や小学校(中央区泰明小学校や台東区小島小学校など)の建設、緑地を備えた大規模公園(墨田公園、浜町公園、錦糸公園)の整備などが挙げられる。公の事業と並行して民間でも次々と新しい大規模建築が建設された。

 この時期の建築はその後の戦火をくぐり抜け意外なほどの数が現存している。例えば国会議事堂、上野の東京国立博物館、国立科学博物館、日本橋の三越、髙島屋、日比谷公会堂、銀座和光、教文館など枚挙に暇がない。

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 ちなみに、小石川の当社ビル群や小石川植物園本館もまさにこの時代に建設されたものであり、また当社前から春日通りへと上がる播磨坂(さくら並木)は、後藤の都市計画に基づき建設された環状道路(環状3号)の名残である。

 藤牧は鉄とコンクリートとガラスによる新たなランドマークが続々と誕生する躍動的新生都市・東京の今をわくわくとした気持ちで描き続けた。少し長くなるが藤牧の言葉を紹介する。
(原文旧字旧仮名は新字新仮名に変更)

 「都会風景―その姿は複雑であり、単純であり、或は壮大に、或は明快に、或は力強く、或は速力をもって、われわれに迫ってくる、それはつねにより高く、より能率的に動いて居る。そして、われわれがスケッチブックを持って歩くとき、これらのすべては自分のものだ。
 われわれはモット、モットこの美しさを見つめなければならない。その無限に新鮮な形態を思ふままに賛美し、且つこの近代的な都市美を形成するところの鉄を感じ、コンクリートの皮膚を感じ、更にギラギラと輝くガラスをながめて、その立体美にくい入るのだ。今われわれはこの近代的都市美を版画によって、最も適切に、ハッキリと表現することの出来るのを何よりも大きな悦びとする。」

(1933年9月1日、『総合美術研究』5、「木版画実習[都会風景]」より)


 2020年に開催される東京オリンピックにむけて都内各地で新たな建築工事が急増している。前回の東京オリンピック(1964)の舞台、神宮外苑の国立競技場はあっさりと破壊されてしまった。昭和初期に建設されたモダン都市東京のランドマークもこれから多数が破壊され、新たな建物に置き換わっていくのだろう。

 《白描絵巻(絵巻隅田川)》(白鬚橋から西村勝三像周辺まで)の冒頭に、藤牧は以下の文章を記している。
 「未来すみだ川 橋の発達によりて川の面は何十年後遂に覆はれ昔日のおもかげを偲ふ事不可能になるにや、余写生中この予感あり、幸いにいまだ橋少なし精出して写生を勉むべしとす 昭和九年十月下旬考 義夫」
 藤牧は、鉄、コンクリート、ガラスといった最新の材料と優れたデザインにより構成される近代都市美に感動するとともに、近代都市のランドスケイプが常に流動的で変化が速いこともよく理解していた。藤牧の作品には疾走するようなスピード感が感じられる。日々の感動をダイレクトに画面に描写するため、絵筆を使うように彫刻刀を自在に駆使して版画を描き続けた。

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 藤牧を記念する碑が、故郷館林にある。藤牧が最注目されるきかっけを作った大谷氏による遺作展の売上の一部を原資として昭和53年(1978)、藤牧が好んで訪れた城沼(じょうぬま)の畔に建てられたものだ。黒い御影石に藤牧の版画《冬の城沼》をもとにしたブロンズのプレートがはめ込まれ、その下に藤牧の、熱き情熱が迸る言葉が刻まれている。


 
「時代に生きよ 時代を超えよ」

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【参考文献】
・『季刊 すみだがわ』'80第7号から'81第10号 隅田川クラブ(1980年12月~1981年9月)
・『別冊太陽』No.54 SUMMER '86 平凡社(1986年6月)[洲之内徹「藤牧義夫 隅田川絵巻]
・大谷芳久著『藤牧義夫 眞僞』 学藝書院(2010年11月)
・駒村重吉著『君は隅田川に消えたのか―藤牧義夫と版画の虚実』 講談社(2011年5月)
・『生誕100年 藤牧義夫』群馬県立館林美術館・神奈川県立近代美術館編 求龍堂(2011年7月)




【付記】(2016.10.24改稿)

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藤牧義夫《鉄の橋》の取材地について

 《鉄の橋》は、昭和8年(1933)9月発行の『新版画』第10号(新版画集団)に貼りこまれた作品だが、同年8月に発刊された『総合美術体系』第3号に写真版で掲載の版画《橋梁》の原版の一部に手を入れて摺られたものと考えられている。《橋梁》は黒一色で摺られた作品だが、《鉄の橋》は画面の上部に空色の手彩色1色が加えられている。簡潔で力強いモノクロームの版に鮮やかな空色の手彩が美しいコントラストを見せ、強い印象を与える傑作である。
 力強い鉄の橋を、疾走するオートバイが渡ろうとしている。その緊迫したスピード感も作品の魅力のひとつである。余談だが、国産初の量産オートバイ、宮田製作所のアサヒAA号が登場したのは本作と同じ昭和8年(1933)だそうだ。当時約4万台が販売されてという。藤牧は時代の花形である航空機のファンであり、また作品中にしばしば自動車が登場する。オートバイも当時とすれば時代の先端的存在であったろうから、力強く疾走するオートバイに藤牧が魅かれたとしても不思議はない。
 藤牧は《橋梁》の制作意図について以下のように語っている。
 「これは鉄の橋梁がもつ力強さに美を感じ、その美を強調するために出来るだけ簡素な線で鉄の強さを頭におきながら、最後まで同じ気持ちで彫ったものだ。道路もスケッチした時は工事中で、大変汚れていたが、そのままをスケッチ通りに彫った。用具(刀)は三角ノミでグイグイと押して行き、画面全部の構成が済んでから簡単に丸ノミで浚った。」
(1933年9月1日、『総合美術研究』5、「木版画実習[都会風景]」より)

 取材地については、私の調べた範囲では今のところ明確に特定されてはいないようだ。(最新の研究成果により特定されている可能性はある。)
 藤牧の版画作品中恐らく最高傑作と思われる《赤陽》(東京国立近代美術館)は前述の大谷氏の調査により上野松坂屋の屋上から湯島方面を眺めた風景であることが判明している。また大作《白描絵巻》4巻も大谷氏らの克明な調査で詳細が明らかになっている。
 現場に幾度も足を運び、他の藤牧作品や昭和初期の写真資料等に照らし合わせるなどの独自調査の結果、《鉄の橋》(《橋梁》)の取材地は、江東区佐賀の松永橋付近である可能性がでてきた。考察を簡略に付記する。



 取材地を特定する際の手がかりとなるのは主に以下の5点だろう。


 ① 中央に描かれた鉄の橋の構造的特徴。
 ② トラスの左右に歩道が設置されている。
 ③ 向こう岸の右奥に高く巨大な煙突2本と高い建築が描かれている。
 ④ 向こう岸の左右に倉庫のような切妻平屋の建物が並んでいる。
 ⑤ 左側の建物群の奥に煙突が2本描かれている。


橋の構造は、専門的には「1径間鋼製トラス橋」というもののようだ。
江東区内に多数現存する「震災復興橋梁」はいずれも鋼鉄製のトラス橋だが、ほとんどは左右のトラスが鋼鉄の横桁で結合された構造である。
この横桁が省かれたトラス橋は少なくとも三つ建造されたことが判明している。その内二つ(緑橋、平久橋)は現存し一つ(松永橋)は平成11年(1999)に新たな橋に架け換えられている。




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◇平久橋 昭和2年(1927)竣工(現存)
場所:江東区牡丹三丁目~木場一丁目間(平久川)
構造:1径間鋼製トラス橋
江東区牡丹と江東区木場を結ぶ橋。
①と②の条件は一致している。
③は木場側には藤倉電線(現フジクラ)の巨大な深川工場と富士アイスの深川工場があった。
藤倉電線の工場敷地は概ね現在深川ギャザリアがある場所にあたる。工場には当時高い煙突があったが写真で見る限りその本数や配置、周囲の建物の外観等は版画と一致しないようだ。
富士アイスの外観や正確な場所については調査中。
④、⑤に関連する情報としては、木場側の袂に江東区立平久小学校がある。平久小学校は昭和3年(1928)平久尋常小学校として現在地に開校している。




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◇緑橋 昭和4年(1929)竣工(現)
場所:江東区佐賀一丁目~福住一丁目間(大島川西支川)
構造:1径間鋼製トラス橋
江東区福住の首都高9号深川線の福住ランプの横にある。歩道とトラスの位置関係は作品と一致しない。鉄鋼のトラスが道路と歩道の双方を挟む構造になっている。
首都高9号線は、油堀川(運河)を埋め立てて造られたものであるから、藤牧の時代には緑橋のすぐ横、上流側に油堀川があった。③の高い煙突を持つ建物の存在は確認されていない。④、⑤も同様。




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◇松永橋 昭和4年(1929)竣工(平成11年(1999)架替)
場所:江東区佐賀二丁目~福住二丁目間(大島川西支川)
構造:1径間鋼製トラス橋⇒1径間鋼製ガーター橋
緑橋のすぐ上流、仙台堀と大島川西支川が交差する場所のあたりにある。
残念なことに平成11年に架け替えられ、藤牧の時代とは構造・外観が変わっている。
①以前の橋は写真で確認したところ、平久橋とほぼ同じ外観であり、作品と一致していると言える。②の条件も満たしている。

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③佐賀側の右奥に、仙台堀を挟んで浅野セメントの巨大な工場があった。両者の距離は200mほど。
浅野セメントの工場は、藤牧が好んで描いたモチーフのひとつであり、《鉄の橋》(《橋梁》)の右奥に描かれた高い建物と外観が良く似ている。高い煙突の配置も一致しているように思う。

④佐賀側の左右は三井倉庫の敷地である。
写真資料により少なくとも戦後間もなくから2000年代初頭まで切妻平屋の倉庫が多数立ち並んでいたことが確認されている。戦前の状況は確認できていないので追加調査が必要。

⑤松永橋は隅田川の河畔と200mほどしか離れていない。松永橋から向こう岸の箱崎の建物が間近に見える。藤牧の《白描絵巻 試作》(浜町公園から相生橋まで)には箱崎(現中央区)の風景が精密に描写され、多数の倉庫や煙突が描かれている。だが、煙突と手前の建物を比較すると箱崎の煙突にしては大きすぎるかもしれない。推測になるが三井倉庫(当時の名称は東神倉庫か)に煙突があったかもしれない。さらなる検証が必要である。

以上、④⑤は追加検証が必要だが、ひとまず松永橋付近が取材地である可能性がある。




松永橋にほど近い浅野セメントと清洲橋は藤牧が好んで描いたモチーフである。松永橋は清洲橋に対し、浅野セメントを挟んでほぼ対角の位置にある。追加調査は必要だが、《鉄の橋》あるいは《橋梁》の取材地が松永橋付近である可能性は十分あると言えよう。

October 7, 2016

秋、食べる芸術『お菓子調進所 一幸庵』を訪ねて


いつもブログ「美術趣味」をご覧頂きましてありがとうございます。
季節は秋です。
朝方少しひんやりすると、ふかふかの落葉に包まれたくなる東山魁夷の《行く秋》を思い起こします。
しかし、秋はなにより味覚を楽しみたい!
そこで共同印刷、手土産利用頻度ナンバーワン「栗ふくませ」を販売する和菓子店、弊社からは播磨坂を上ったところ小石川5丁目にあります『お菓子調進所 一幸庵』さんをご紹介したいと思います。


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こちらの風情ある外観「一幸庵」さん店舗は、茗荷谷駅からは徒歩5分。
名物はわらびもち、栗蒸し羊羹など顔となる名品を多々生みだし、夕方に寄ると売り切れてしまっていることも珍しくない人気沸騰中の老舗和菓子店です。
店主・水上力(みずかみちから)さんはロサンゼルスの美術館でのワークショップ、講演会など技術の継承にも精力的にご活躍され、今年のバレンタインデーにはテレビ番組でも番組史上初の和菓子職人として特集されるなど、世界を舞台に脚光をあびる稀有な存在でいらっしゃいます。
先日お忙しい中にも関わらず、一幸庵店主・水上力さんにお会いすることができましたのでその感動をお伝えいたします!


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水上力氏は昭和23年、戦前より名高い和菓子職人の家に生まれます。
自身の道を進むと決意し大学卒業後には京都と名古屋で修業を積み1977年に一幸庵を創業されました。
以来、繊細で芸術的な和菓子をつくり続け辿りついたのが、「お茶のうまさを引き立てる和菓子」だといいます。
特に日本の季節を四季のみならず、日本古来の節「七十二候(しちじゅうにこう)」という細分化された暦をコンセプトに72の季節の情景を表現した和菓子は前代未聞、うっとりするような芸術品です。


それを目で味わうことができるブランドブック、『IKKOAN』も今大変話題になっております。
こちらは水上氏のお菓子に魅せられた方々がクラウドファンディングにより資金を集め、日本の和菓子を世界に発信するため作られた、これまた大変美しい本なのです。(2016年グッドデザイン賞受賞)
去る今年の造本装幀コンクールにも出品されておりました。お茶の美味を引き立てる水上氏のお菓子そのもののように主張しすぎない紙の質感、和菓子のフォルムを思い起こさせるかわいくて現代的なタイトルロゴには本当に見入ってしまいました。


このように和菓子の世界で芸術的な表現をされている水上氏に質問させて頂いたのは、
「目で見ているだけでも満たされる美しい和菓子ばかり。グローバルな視点をもち日本人にとって大切な和菓子の存在を世界へ発信されている水上氏は、日々どのような物事からインスピレーションを得て和菓子づくりに反映されていらっしゃいますか?また休日は何をされていますか?」
ということ。

その問いに水上氏は、
「たまに駅前のスーパーに買い物に行ったり、予約が取れたら食事にでかけたり。休みの日は半径5メートルでの生活。身近な四季の変化、例えば桜や紅葉、つゆ草など自然の細かい変化に気付くなど感性は常に養うようにしています」とのこと。
しかしある時期には積極的にさまざまなカルチャーから刺激を受けていたとのお話。
「青山や銀座のブティックのショーウィンンドーをみては色使いを勉強したり」
「一番ショックを受けたのは、パリでフォション本店に行った時。ワンダーランドだと思った、独特な色使いを和菓子に取り入れられないか、と思ったね」とのこと。
40代で世界を見ていたら今日本にはいなかったかもしれない、とも。


『IKKOAN』七十二候のうち六十九候に「雉始雊(きじはじめてなく)」という和菓子がありますが、それについての興味深い裏話も教えて頂きました。
「サモトラケのニケ(勝利の女神ニーケーの彫像)、ナイキのロゴ、社名の由来にもなっている彫像をルーブル美術館でみたことが印象に残っていてこんなデザインが出来上がった」とのお話。
「雉始雊(きじはじめてなく)」は、白一面の雪景色に一声鳴いて降り立った雉により雪に彩りが加わる情景が見たてられた繊細かつ鮮やかな和菓子。
雉は強い発色でシャープな流線型、はかなくもあり斬新で格好良いのです。写真でお見せできないのが残念ですが、そのセンスには脱帽です。
「和菓子の世界は制約が無く何をやってもいいからね」とのこと。色々お伺いしていくとやはり絵画や版画もお好きだとのこと、水上氏の感性やインスピレーションにはやはり半径5メートル以上のものが詰まっているようです。


また、文化的レベルの高い世界各国のパティシエから称賛をうけ、教えを請われている水上氏ですが、
「日本文化は明治維新以降、欧米への劣等感など引きずっているものもあるがグローバルになろうと思えばなれる。ただしこちらは草食、相手は肉食だから最低限の知識をもってきちんと日本文化を理論武装していかないと」とおっしゃいます。
「日本人は五感で食べるし、腹八分目の文化。お腹一杯にならなくてもその分誰かに分けてあげられるんだよ」とのお話。
またバレンタインにはもっと和菓子を贈る人が増えて欲しい、と。「古来日本人は毎日歌を詠んで贈っていたのだから...」
水上氏だからこそ語ることができるグローバルな視点には改めて日本文化の魅力をひしひしと感じさせられます。


そしてやはり、職人でいらしゃいます。
栗の下処理をしている水上氏、動きはとても早く大量の栗をあっという間にさばいていきます。
素早い動作、刃が入る瞬間だけ別のリズムになります。
失礼ながら手先が震えているのかと思ったほど。ではなくほんの一瞬あまりにも柔らかく繊細なタッチに変化するのでした。
その感性やお味にはもちろんですが、何より手さばきに驚嘆させられました。


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皆様も是非お近くに寄られた際は、食欲の秋、食べる芸術を楽しんでみてください!!


一幸庵(いっこうあん)
東京都文京区小石川5-3-15
※営団地下鉄丸の内線:茗荷谷駅より徒歩5分
Tel: 03-5684-6591

一幸庵ブランドブック『IKKOAN』

September 23, 2016

アメリカの休日

 
 秋の風情がなかなか顔を見せない残暑厳しい9月初旬、少し気分を変えてみようと、近年話題のジョンソンタウンを初めて訪れてみました。

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 場所は埼玉県入間市。国道463号をひたすら西へ走ると、彩の森入間公園の向かいに白い木造の建物群が現れました。青い看板にJOHNSON TOWNの文字。そして星条旗がなびいています。敷地に入っていくと、三角屋根に横張りの板壁、そしてポーチがついたアメリカの家屋そのものが立ち並んでいます。ノスタルジックなアメリカ映画や古き良き時代を描いたアート作品などで目にした家々の現物が目の前にあり、違うとわかっていても異国の空間に迷い込み、その空気を吸っているような錯覚を覚えます。カフェや手作り雑貨等たくさん並ぶお店がそのイメージを倍加させ、ディスプレイされた商品やレトロな看板が明るい楽しさ、愛らしさを訴えかけてきます。家と家の間に高い塀のない開放的な空間。そうでありながら静かに暮らす人々の日常が保たれているとのこと。

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 約2.5haに60棟ものアメリカ風建築が並ぶこの地区は、国土交通省主催の平成27年度都市景観大賞の都市景観部門で大賞を受賞しました。1945年、戦後GHQが入間基地にあった陸軍航空士官学校を接収してジョンソン基地とし、朝鮮戦争勃発時には民間にも米軍ハウスをつくるよう要請。たくさんのハウスが建てられたものの、基地返還後は老朽化・荒廃化しました。しかし民間会社により「進駐軍ハウス」は改修・保全され、それを模した新たな「平成ハウス」も設計・建築され、インフラ・植樹整備、コミュニティ支援等多岐にわたり地区の再生・活性化が図られました。アメリカ風の自由で文化的な空気に惹かれ生活する家族で活気に満ちた風土が培われ、文化遺産としても見直されているということです。

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 時間がたつのも忘れてゆるゆる散策。港町でもリゾート地でもない埼玉県の何気ない場所に目いっぱい「本物」の異国の風情が?という感覚的ギャップにわくわくするインパクトを受けた日でした。変わり映えのしない日常風景に飽きたとき、是非また気軽に行けるアメリカで休日を過ごしたいと思いました。


 
■ジョンソンタウン

埼玉県入間市東町1-6-12   
TEL 04-2962-4450(ジョンソンタウン管理事務所)
店舗のみ見学可

September 16, 2016

坐ることを拒否する椅子に拒否された話


 東京の青山、表参道には美術書が豊富な青山ブックセンターや、ワタリウム美術館のショップなどがある。また美術館やギャラリーもある。昨日まで続いた雨模様も今日は久方ぶりに晴れたので、青山、表参道の散策を楽しむことにした。

 先ずは表参道の路地を入った所にある「岡本太郎記念館」から始める。ここは芸術家、岡本太郎が自宅兼アトリエとして暮らしていた場所である。門を入ってすぐ横に、カフェ「a Piece of Cake」があるので人心地を付くことにする。注文したパンケーキセットは、メープルシロップ、大きめのバター、ジャム、そしてたっぷりのホイップクリームが添えられている。大きく開放的なガラス窓からは、庭の眺めが良い。ふと建物の上の方を見ると、「太陽の塔」が2階のバルコニーから庭を覗いている。

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パンケーキにはa Piece of Cakeの焼き印

 記念館の扉にある足裏の形の把手をつかんで中に入と、館内には岡本太郎の等身大の人形や、さまざまな立体、平面作品が展示されている。美術館に来たというよりは、太郎さんの家に遊びに来たという感覚である。制作に使用したアトリエが残されていて、巨大なキャンバスがいくつも棚にしまわれている。イーゼルに立てかけられた作品や、机に並べられた絵筆を見ていると、今でも岡本太郎の息づかいを感じるよう。2階の企画展「岡本太郎の沖縄」(~2016年10月30日まで)では、岡本太郎が返還前の沖縄を撮影した写真が展示されている。

 こちらの記念館の小さな庭はとても居心地がよい。うっそうと植物が茂った庭には、精霊のような不思議な作品が点在している。そして小さな広場には「坐ることを拒否する椅子」が並べてある。この椅子は座面が丸く凸型になっており、そこに目や口が凸凹と付いているので、とても落ち着いて坐れない。この椅子が坐ることを拒否することに、断固拒否して無理無理坐ってみた。立ち上がってみると、お尻が濡れている。昨日降った雨が、座面の窪みに溜まっていたようである。美術館の作品というものは、黙っておとなしく鑑賞者に見られて居るモノであるが、岡本太郎が生み出したアート達は違う。彼らも何かを仕掛けて来るから油断がならない。いい年をした大人が濡れたお尻を抱えたままでは、青山、表参道をうろつくこともままならない。始めたばかりであるが、ほうほうの体で帰途についた。



August 26, 2016

海が見えるレトロな電車「江ノ電」


 いつも美術趣味をご覧いただきありがとうございます。気付けば8月も下旬。夜には虫の鳴き声も聴こえてきて、秋の気配が近づいてきました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。残暑お見舞い申し上げます。

 さて、私は先日、テレビや映画でもお馴染みの鎌倉レトロ電車「江ノ島電鉄」に乗ってきました。地元民に限らず多くの観光客にも愛されている通称"江ノ電"は、1902年(明治35年)に開業。鎌倉駅から藤沢駅までの10キロを結ぶ(約34分)、車内から美しい海や自然の景色を眺めることのできるレトロな電車です。

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 写真は、私が「鎌倉高校前駅」で途中下車したときに撮影したものです。ちょうど夕暮れ時で、「江ノ電が走る踏切」、「穏やかに波打つ海辺」、「江の島の夕陽」をとても綺麗に撮影することができました。

 ローカル鉄道にもかかわらず、年間乗客は1,700万人にも達するとのこと。また江ノ電の駅のうち「極楽寺駅」と「鎌倉高校前駅」は『関東の駅100選』にも選定されています。その情景の美しさはもちろん、電車に揺られ"非日常を感じさせてくれる優しいひと時"が、人々を惹き付けてやまない江ノ電の魅力なのだと感じました。

 暑い夏が過ぎゆく今日この頃、きっと皆さまの心身も少しお疲れなのではと思います。そんなときは都会の喧騒を離れ、何も考えず江ノ電の心地よさに身を委ね、心癒されてみてはいかがでしょうか。


August 19, 2016

始まりの秋を探して


 いわゆる月遅れのお盆の時期(8月13日~16日)には、多くの方が夏休みを取り、帰省や家族旅行に出かけられたことでしょう。現代の感覚ですと8月は夏のイメージだと思いますが、日本古来の伝統に従えば、秋の始まる季節です。実際、二十四節季の「立秋」が8月7日(2016年の場合)ですから8月は概ね秋と言って過言ないでしょう。お盆(盂蘭盆会うらぼんえ)にしても伝統的には秋の行事とされ、俳句では秋を表わす季語とされています。そうであれば、「夏休み」と言い慣わされたお盆のお休みは、本来「秋休み」というべきなのかもしれません。

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 閑話休題。季節が巡るこの時期、訪れたばかりの秋の気配を探して田園の細道を辿る自転車の小旅行に出かけてきました。照りつける太陽の光の、身を焦がすような熱さを嫌い、しばらく足が遠のいていましたが、久しぶりに走る谷津(やつ)沿いの小路は、通い慣れているはずなのに新鮮な魅力に溢れていました。

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 谷津とは、北総地方に広く見られる台地に挟まれた細長い低湿地の地形で、江戸期まで存在した広大な内海のなごりです。古くから開墾され主に稲田(谷津田)として用いられています。谷津のほぼ中央付近には小川が流れ、台地と谷津の境目を地形に沿って曲がりくねる古道(谷津路)が走っています。谷津路沿いの台地側には点々と農村集落があり、集落の境目あたりには古い石の野仏が祭られています。いずれの仏様も今なお大切に御守りされていることが一目でわかります。

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 小川の土手など谷津田の周辺には葛や蘆、荻、野アザミなどの秋草が繁茂し、沢山のシオカラトンボが飛び回っていました。それはまるで、酒井抱一(1761~1829)が描いた《秋草図》を彷彿とさせる光景でした。

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 この日は雲間から青空が少し覗くといった曇り勝ちの天候で真夏に比べれば暑さも和らぎ、過ごしやすい一日でした。走りながら仰ぎ見れば、秋らしい巻雲が翩翻と空に浮かび、谷津田の上を数羽の白鷺が悠然と飛翔していました。重く頭を垂れて豊かに実った黄金色の稲穂は、今更ながら「豊穣の秋」という言葉を思い起こさせてくれました。お盆明けには稲刈りが行われるそうです。帰り道、農家の庭先で見つけたのは栗の木。まだ青いけれど大きな毬(いが)がたわわに実っていました。

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 秋が更に深まれば、小川沿いの谷津路は無数の昆虫たちに覆われます。それはあたかも虫たちの謝肉祭の如く、生命の最後の焔を輝かせ踊り続けるのです。その頃には、小川に沿って繁茂する荻の美しい銀色の穂波が風にそよぎ、はるか彼方まで続く光景が見られることでしょう。

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彩美版®、限定200部
上村松園 《初秋》 軸装・額装
販売価格(各)120,000円+税


<仕様体裁>
原画 古川美術館(名古屋)所蔵
監修 上村 淳之(日本画家・日本芸術院会員)
解説 古川美術館 学芸課
技法 彩美版®、シルクスクリーン手刷り
用紙 特殊絹本
限定 200部
証明 監修者承認印・限定番号入り証書を貼付
発行 共同印刷株式会社




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■額装仕様
額装 特注木製額金泥仕上げ、しぐれ袖織りマット、アクリル付き
画寸 縦43.5cm×横53.0cm
額寸 縦63.0cm×横72.5cm
重量 約4.5kg



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shoen_shoshu_kiribox.jpg■軸装仕様
箱書 上村松園(シルクスクリーン印刷)
表装 三段表装
材料 天地:利休茶色無地
   中廻:浅葱鼠色地流水文緞子
   風帯・一文字:白茶色地唐花唐草文金襴
   軸先:新牙
   箱:柾目桐箱、タトウ付き
画寸 縦43.5cm×横53.0cm 
軸寸 縦139.0cm×横72.2cm






【監修 上村淳之(うえむらあつし)】

1933年上村松篁の子として京都に生まれる。
松園を祖母に親子三代続いての画業に進む。
現在、日本芸術院会員。京都市立芸術大学名誉教授。
上村家三代の作品を展示する松伯美術館の館長も務める。
2013年には文化功労者として顕彰された。



【古川美術館のご紹介】

 古川美術館は、初代館長古川為三郎が長年にわたって収集し大切にしてきた美術品を、「私蔵することなく広く皆様に楽しんでいただきたい」という想いからその寄付を受け、平成3年11月に開館しました。
 所蔵品は2,800点にのぼり、美人画、花鳥画などの近代日本画を中心として、油彩画、陶磁器、工芸品、また西洋中世の彩飾写本など、多岐にわたります。現在は所蔵品を中心とした企画展示を行うとともに、美術講演会やワークショップなど、幅広い活動をしています。
 また、分館として初代館長が愛した数寄屋建築の居宅を、平成7年より公開、様々な企画を開催しています。

名古屋市千種区池下町2丁目50番地
ホームページ:http://www.furukawa-museum.or.jp/
お問い合わせ:052-763-1991


※古川美術館についてはこちらの過去記事もご参照ください。
なお記事中でご紹介した企画展は、既に終了しております。開催中及び今後開催の展覧会につきましては美術館のホームページにてご確認くだるようお願い申し上げます。


夏の出張、西から北へ美術館めぐり(2015年7月24日)
古川美術館vol.1 「大観・玉堂・龍子 三巨匠展」(2007年11月28日)
古川美術館vol.2 「茶の湯 インテリアデザイナー内田繁の世界」(2007年11月30日)
古川美術館vol.3 "おもてなしの心"(2007年12月3日)


July 29, 2016

「『尋常小学算術』と多田北烏」を読んで


 いつも美術趣味をご覧頂きありがとうございます。

 手前みそですが、印刷愛がわいた本をご紹介いたします。

 今回、タイトルにあります本「『尋常小学算術』と多田北烏-学びはじめの算数教科書のデザイン-(発行:風間書房2014年2月)」にて、昭和の美しい教科書と多田北烏ついて知り、印刷というひとつの表現技法にとても愛着がわいてしまいました!

 多田北烏(ただ ほくう)は、資料が少ないゆえにあまり情報を知られていない存在ではありますが、美術出版の先駆者として昭和に活躍した美術家でした。
 北烏がデザイナーでありアートディレクターを務めた教科書、「尋常小学算術」は、1935年から1940年(昭和10年から昭和15年)にかけて使われた
低学年向けの初めての児童用教科書で国語に続いて初めてカラー印刷されたものだそうです。

 とにかくこちらの美しい画像をご覧ください。

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(画像4点 巻頭のカラー資料より転載)


 画像にある通り、とても教科書とは思えないほど情緒的なのです。

 なぜこのように美しいのか。

 弟子の風間四郎の言葉によると(当時の共同印刷の製版者)
 「印刷で効果が上がる原画、印刷しやすい原画」を目指したからだということです。

「挿絵画家として著名になっても、なおタブロー画家として認められようと、苦悶した画家も多かった。北烏が個人所有となるタブローよりも、庶民の生活を彩る美術、労働者との共同意識を重視したのは、当時としては特異な態度であったが、その原点となる背景は後述することにする。」(p.92より抜粋)

 とあるように、北烏は、単なる原画作家ではなく、印刷方法の原理を理解し、方法を指示したり、画家と印刷技術者との共同の芸術としてとらえていたという事でした。
 印刷で表現しきれないものは初めから描かなかった、ということです。
 まるで浮世絵版画の絵師のようです。
 戦前、デザイナーにとって印刷はまさしく表現だったことがうかがえる内容でした。

 また北烏の芸術観は現代美術の範囲に及んでいます。
 「元来私は従来の絵の具のみが絵画の永久な表現形式では決してない、将来吾々の感度がいよいよ高まり益々複雑になって来ると、更に更に変った形式が発明され、要求されて来ると思いますが、そうした場合の一形式として、此の物で描くという方法が盛んになるかと思うのです。
 例えば音で描く、光で描く、物で描く、これはまだ少し漠然としていますが空間に描く、或いは言葉で描く、或いはこれ等のものを綜合して描く、というようなものです。」(p.94より抜粋)

 この時代、北烏が語っている芸術論にも感銘を受けました!



<出典>

『尋常小学算術』と多田北烏
-学びはじめの算数教科書のデザイン-

著者: 上垣渉、阿部紀子 著
発行: 風間書房(2014/02/20)
定価: 本体7,000円+税
ISBN: 978-4-7599-2020-8


※本稿中の引用・転載につきましては、著者様と発行元様の御許可をいただいております。
謝して御礼申し上げます。


July 8, 2016

都心の最高峰から坂を上り下りして、トレンディーな街で日本の美を再発見した事。


 東京23区の最高峰(自然の地形で)愛宕山。その高さは約26m。その頂上にある愛宕神社は、徳川家康公の命により防火の神様として祀られたのがはじまりという。愛宕神社へは、大鳥居をくぐった先の激坂「出世の石段」を上る。江戸の昔、三代将軍徳川家光公が愛宕山の源平の梅を見て、「誰か馬に乗ってあの梅を取ってこい!」というむちゃな命令に、曲垣平九郎(まがき・へいくろう)なる家臣が、見事に馬で石段を上り下りして梅を献上したという。今も昔も上司の無理な命令に応えた部下が出世の階段を上るのは、世の常か...。

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愛宕山の「出世の石段(男坂)」は降りる方が怖い。


 この愛宕山を上り越して桜田通りへ出から、更に江戸見坂なる激坂を上る。坂が大きく曲がる所に「菊池寛実記念 智美術館(きくち・かんじつきねん ともびじゅつかん)」がある。こちらは実業家の菊池寛実のご息女で、現代陶芸コレクターの菊池智のコレクションを母体とした現代陶芸の美術館である。展示会場へはガラスの手摺り(ガラス作家・横山尚人制作)が美しい螺旋階段を下りて地下へ行く。現在開催中の展覧会は「秋山 陽 アルケーの海へ」(7月24日まで開催中 ※アルケーとは原初、根源の意味)。

 秋山陽(あきやま・よう)は現代陶芸の最先端を走り続けている作家。その陶芸作品は、土に潜む生命力引き出したような有機的な怪しさと、圧倒的な存在感がある。何か太古の生物の化石ではないかと見まがう作品は、いわゆる陶芸とはまるで思えない。また展示会場の演出もすばらしく、鑑賞者は太古の海底に眠る作品達の間を漂うに巡る。会場の積極的な演出姿勢には、美術館の陶芸作品に向ける熱い想いを感じる。美術館の1階にはフレンチ・レストラン「ヴォワ・ラクテ」(フランス語で天の川の意味)がある。瑞々しい緑の庭を見ながらいただくランチは見た目も美しい。ホタテのポワレのランチをいただく。場所柄かお客さんも上品で、自分一人浮いているか...。

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レストランの庭は緑が鮮やか。


 美術館を出て大倉集古館(2019年まで改修工事中)の脇の坂を上がって六本木一丁目駅方面へ向かう。駅の手前、旧住友麻布別邸の跡地には「泉屋博古館分館(せんおくはくこかん ぶんかん)」が建っている。こちらは住友家第15代当主で、数寄者としても知られている住友吉左衛門友純(ともいと)(号春翠)が蒐集した美術品を中心に所蔵している京都「泉屋博古館」の分館。「泉屋(いずみや)」は江戸時代の住友家の屋号である。現在開催中の、バロン住友の美的生活「数寄者住友春翠--和の美を愉しむ」(8月5日まで開催中)は、住友家の当主が集めた東洋美術の逸品が展示されている。屏風、絵巻、茶道具、陶磁器など住友当主自らの美意識で集めた品々が見られる。
 
 港区のこの辺りは外国の方も多くトレンディースポットが集まる街であるが、日本の美にも目を向けて見たら、さらにこの街を楽しむ事が出来た。



June 10, 2016

小説家と挿絵画家

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泉鏡花「草迷宮」の舞台、三浦半島の長者ヶ崎と秋谷の海岸

 歌集に用いられた華やかな料紙や《源氏物語絵巻》などの美しい絵巻に見るように、装幀や挿絵への強い拘りは日本文学の古くからの伝統であろう。出版文化が花開いた江戸期においては浮世絵師が挿画や装幀を手掛け、文学と絵画は極めて緊密な繋がりを保っていた。
 明治に入ってもこの伝統は受け継がれ、当初は浮世絵師の流れを汲む日本画家がこうした役割を担っていた。明治中期に黒田清輝(くろだせいき1866~1924)らの活躍で西洋画の人気が高まると、洋画家が小説や雑誌、新聞等の出版物の装幀を手掛ける例が増加してきた。小説家のなかには装幀に拘る者も少なくなかったから、この時代の小説の装幀は今では考えられないほど贅をこらし華やかに装飾されたものが多い。例えば明治28年(1895年)に創刊された博文館の『文芸倶楽部』は大衆向け文芸雑誌であったが、毎号木版や石版(リトグラフ)による美しい口絵が添えられていた。

 博文館編輯局の一員として『文芸倶楽部』誌上に作品を発表し、一躍新進作家として広く知られるようになったのが、泉鏡花(いずみきょうか1873~1939)である。
 泉鏡花は近世以来、独特の芸術文化が栄えた金沢の出身で、父親が加賀象嵌(ぞうがん)の彫金師、母親が加賀藩お抱えの能楽師の家柄という芸術的血筋を色濃く受け継いだ。尾崎紅葉(おざきこうよう1868~1903)に憧れ弟子入りし、小説家としての道を歩み始めた。明治28年(1895年)から明治30年(1897)にかけて、紅葉を中心とした文学者集団である硯友社(けんゆうしゃ)と深いつながりのあった博文館(当社の前身は博文館印刷工場)の書籍編輯に携わるとともに、同年発刊された同社の文芸雑誌『文芸倶楽部』誌上に作品を発表、「外科室」が評論家に絶賛され一躍新進作家として注目を集めることになった。

 この『文芸倶楽部』創刊号の口絵は浮世絵師の流れを汲む日本画の水野年方(みずのとしかた1866~1908)が描いたものであるが、年方の弟子としてその挿絵の仕事を継承したのが、後に美人画の大家として画壇に重きをなした鏑木清方(かぶらききよかた1878~1972)である。清方は東京神田の生まれ、父條野採菊(じょうのさいぎく1832~1902)は戯作者でジャーナリストを兼ね、東京日日新聞(現・毎日新聞)創立者の一人。鏑木は母方の姓。清方は、父の勧めで13歳で年方に入門したが、当時年方は、父採菊が創刊した『やまと新聞』の挿絵を手掛けていた。清方は入門数年後には、師の仕事を引き継ぎ、新聞、雑誌等の挿絵画家として活動を始めた。特に『文芸倶楽部』には明治36年(1903年)以後400点近い作品を提供している。このように鏡花と清方は共に『文芸倶楽部』誌を舞台に活躍し、後に終生にわたる深い絆で結ばれるが、この時はすれ違いで出会っていない。
 博文館を辞した鏡花は、明治33年(1900年)1月に春陽堂に入社する。この両社はライバル関係にあった。春陽堂が当時出版していた文芸雑誌『新小説』の編輯局に所属し2月に発行された同誌に発表したのが代表作のひとつ「高野聖(こうやひじり)」であり、この作品で一層評価を高め人気作家の仲間入りをした。
 二人が出会うのはその翌年8月のことである。切っ掛けは、春陽堂から出版された小説「三枚続」の挿絵を清方が依頼されたことだが、安田財閥の御曹司、安田善之助邸で二人は初めて面会、その翌月には鏡花が書き上げたばかりの原稿を持参し清方宅を訪ねている。意気投合した二人は生涯の友となった。爾来、鏡花文学には清方の口絵・挿絵が定番となり数々の傑作が世に送り出されることになる。
 出会う以前から鏡花文学に傾倒していた清方は、口絵・挿絵としてではなく、独立した自己の作品テーマとしても、鏡花文学を取り上げた。昭和2年(1927年)の作品《註文帳》である。鏡花の小説は、二人が出会う少し前の明治34年(1901年)4月に『新小説』に発表された作品であるが、清方は門下を集めた「郷土展」に墨画淡彩、全13図の作品を発表している。

 清方に遅れること6年後の明治40年(1907年)に初めて鏡花と出会い、以後鏡花文学には無くてはならない存在となった装幀者が小村雪岱(こむらせったい1887~1940)である。雪岱は川越出身、東京美術学校日本画科を卒業後、美術雑誌『國華(こっか)』の古画複製図版(当時は木版刷)の制作に携わっていた。雪岱自身が『鏡花先生のこと』という文章に書き記しているが、当時まだ21歳の若者で、鏡花文学の愛読者であった雪岱が、医学博士久保猪之吉(くぼいのきち1874~1939/京都帝大福岡医科大教授)に依頼された浮世絵師「豊国の描いた日本で最初に鼻茸を手術した人の肖像」の模写の仕事のために久保の宿泊していた宿屋に通っていたところ、たまたま久保夫人を訪ねてきた鏡花夫妻と出会ったのであった。「雪岱」の画号は鏡花が名づけてくれたものである。
 雪岱が初めて手掛けたのは、大正3年(1914年)に刊行された『日本橋』(千章館)である。雪岱の回想によると、「中々に註文の難しい方で、大体濃い色はお嫌いで、茶とか鼠の色は使え」なかった。また鏡花は、「自己というものを常にしっかり持った名人肌の芸術家」であり、世間常識では変人と言っていいほど神経質だった反面、「大変愛嬌のあった方で、その温かさが人間鏡花として掬(く)めども尽きぬ滋味を持っておられた」という。(引用部分は『鏡花先生のこと』より)

 人間的魅力に溢れた鏡花を慕い、多くの芸術家や文化人が鏡花のもとに集った。明治期の「鏡花会」や昭和3年(1928年)から始まった「九九九会(くうくうくうかい)」がそうした会の代表である。
 鏡花と言えば、幽霊や化物など超自然的存在を描いた幻想文学で知られる通り、怪奇、怪異譚の愛好者であったが、知人、友人を集めて、怪談を語る会合をしばしば主催していた。明治期には、欧米で流行した「スピリチュアリズム(心霊主義)」の影響もあり、江戸時代に流行ったいわゆる「百物語」が復活し大流行した。明治42年(1909年)に刊行された『怪談会』(柏舎書楼)は、前年に向島有馬温泉で開催された鏡花主催の「化物会」の内容を書籍化したものと推定されているが、鏡花が序文を記し、鏡花に加えて清方夫妻がそれぞれ怪談を寄稿している。
 この『怪談会』にはもう一組の著名な画家夫妻が寄稿しているのだが、それは洋画家の岡田三郎助(おかださぶろうすけ1869~1939)とその妻で小説家、劇作家の八千代(1883~1962)である。岡田もまた、鏡花と終生にわたる深い絆を持った画家であった。最初の出会いがいかなるものかは浅学にして不明であるが、明治41年(1908年)に春陽堂から刊行された『草迷宮』の口絵は岡田によるものであり、確かではないが二人の共作としては最も早い時期のものではないだろうか。
 大正14年(1925年)から刊行開始された『鏡花全集』(春陽堂刊)は、鏡花のたっての希望で岡田三郎助が装幀を手掛けた。美しいタイポグラフィは雪岱によるものである。編輯者には小山内薫(岡田八千代の実兄)、谷崎潤一郎、里見弴、水上瀧太郎、久保田万太郎、芥川龍之介ら錚々たるメンバーが名を連ねている。

 このように長く深い交流を続けた鏡花ら四人であったが、昭和14年(1939年)、岡田と鏡花が相次いでこの世を去り、雪岱も翌年、53歳の若さで亡くなってしまった。一人残された清方は、既に老境にあった昭和26年(1951年)、若き日の鏡花との出会いを懐かしみ《小説家と挿絵画家》という作品を描いている。




彩美版®
鏑木清方 《 朝涼(あさすず) 》
販売価格 180,000円+税


 鏑木清方は、大正12年当時帝展審査員として画壇に重きをなしていましたが、東京・本郷龍岡町の自宅で関東大震災に遭遇しました。この《朝涼》は翌々年(大正14年)、震災後初めて開催された第6回帝展に発表され、清方の画業の転機となる重要な作品といわれています。

 金沢八景の別荘でひと夏を過ごしたある日の早朝の空に、残月が淡くかかるのを見つけ、長女をモデルとして描いたものです。清らかな女性のすらりとした立ち姿、たおやかな手つき、背景に蓮の花を配す造形は、安らかに心を落ち着かせる風情を漂わせます。


朝涼


<仕様体裁>

原画 鎌倉市鏑木清方記念美術館 所蔵
限定 100部
技法 彩美版®、シルクスクリーン手刷り
用紙 特製絹本
装丁 三段表装
材料 天地 白茶無地
   中廻薄茶綿ムラ経
   一文字・風帯 牙地唐花唐草文金襴
   軸先 朱塗頭切
   箱  柾目桐箱、タトウ入り
画寸 天地100.0×左右38.5cm
軸寸 天地169.0×左右57.0cm


May 13, 2016

さきたま古代探検


 埼玉県の誕生は、明治4年11月14日、埼玉県設置の大政官布告が出された時で、当初の管轄区域の中で最も広い郡が埼玉郡でそれが県名となりました。埼玉郡は当初は前玉郡(さきたまぐん)という表示もされ、前玉神社もさきたま古墳群そばにあり、埼玉(さきたま)の地こそ埼玉郡の中心地と考えられ、ここが県名発祥の地とされました。

 その場所、「さきたま古墳公園」に、GW連休の好天気の中初めて訪れました。行田市街地から南東約1㎞にある広さ約37haの地に、5世紀後半から7世紀初めまでに作られた9基の大型古墳が集まっています。駐車場に着く直前、草の生い茂ったなだらかな山が見え、胸がわくわくしました。それは二子山古墳というこの公園内で最も面積の大きな前方後円墳です。通常は周囲の堀に水があるのかもしれませんが、現在長期整備中のようで、水は見当たりませんでした。

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◆丸墓山古墳
 
 園内には芝生広場があり、5月4日に行われる火祭りのため用意されたわらの古代住居が建っていました。当日神話に模し、ここに火が放たれ燃やされるそうです。この広場からは四方に古墳が見渡せますが、目立つのは日本一の円墳と言われる丸墓山古墳です。高さ約19mで、階段で登頂できます。頂上からの眺めはなかなかのもので、ここからあの「のぼうの城」忍城(現在は行田市郷土博物館)も見渡せます。実際、1590年豊臣秀吉にこの城を水攻めで落とすよう命を受けた石田三成は、この丸墓山古墳頂上に陣を張ったそうです。(水攻めで沈まなかったこの城は「浮き城」と呼ばれました。)

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◆笑う埴輪

 古墳すべてを見て回りましたが結構な運動になります。園内には埼玉県立さきたま史跡博物館があり、古墳から発掘された埴輪や副葬品が展示されています。展示物の中でも稲荷山古墳から出土した「金錯銘鉄剣」は剣身の両面に115文字の銘文が記され歴史的価値の高い発見として話題となり、「画文帯環状乳神獣鏡」などとともに国宝となっています。それにしても、豊富で多様な埴輪に感じる古代人の造形センスは、あらためて見てもユーモラスで愛らしく、遠い昔の創作という気がしません。

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◆八幡山古墳石室

 この地域には古墳公園以外にもいくつか古墳はあり、それぞれ貴重な価値のあるもので、その中の1基に立ち寄ってみました。さきたま古墳群の北東方向、八幡山公園の一角にある「八幡山古墳」です。周辺は工場・住宅地でこんなところに古墳?とそれらしい場所が見つけられず迷ったのですが、さり気ない案内看板を見つけ、何とか辿り着きました。盛り上がった草地の上に、石を積んだ石室が露出し、奈良の石舞台に似ていることから「関東の石舞台」と呼ばれています。確かに独特の存在感があります。

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◆八幡山古墳石室内部

 入口には扉が設置されていますが、開いていて内部に入れます。中は昼でも暗くて、あまり居心地がよくありません。羨道、前室、中室、奥室と続きますが最後の奥室は真っ暗ということもあり、入る勇気はありませんでした。なお、本来古墳内にあるはずの石室が露出しているのは、昭和初期に沼の干拓に墳丘盛土が使われてしまったためで、石室がむき出しになった時点で事の重要性に気づいた当時の村長が保存へと動き埼玉県指定史跡となりました。古墳の規模は推定直径80m・高さ9.5mの円墳で石室全長16.7m。ちなみに、ここを築いたのは聖徳太子側近の舎人だったと考えられているそうです。

 遥かな古代のロマンに浸った一日でした。帰宅してから子供の高校日本史の教科書を見ると、さきほど史跡博物館で見た「金錯銘鉄剣」がしっかり掲載され、なるほどと展示物の重要性をあらためて認識しました。



■埼玉県立さきたま史跡の博物館
埼玉県行田市埼玉4834   TEL 048-559-1111(代表)
開館時間 9時~16時30分(入館受付は16時まで)
     7月1日~8月31日 9時~17時(入館受付は16時30分まで)
休館日 月曜日 (祝日、振替休日、埼玉県民の日(11月14日)を除く)
    12月29日~1月3日
観覧料 一般 個人200円 団体120円
    高校生・学生 個人100円 団体60円
    中学生以下、障害者手帳等をお持ちの方(付き添い1名含む) 無料

■八幡山古墳石室
埼玉県行田市藤原町1-27-2
公開日 土曜日、日曜日および祝日(年末年始を除く)
公開時間 10時~16時

April 28, 2016

日本民藝館を訪れた事及び、大きな屋敷で靴を持って歩き回った事。


 一度は訪れてみたいと思いながら、なかなか行くことのない場所が誰にでも一つ二つはあるのではないだろうか。私にとっても「東京タワー」と「日本民藝館」は正しくそれであった。しかしブログの掲載が差し迫って来た事もあり、この機に「日本民藝館」の方を訪れてみる事にした。

 東京の若者の街、渋谷から井の頭線に乗り2番目の駅の駒場東大前で降りると、ほど近いところに「日本民藝館」はある。民衆の用いる日用品の美に着目した柳宗悦(やなぎむねよし:1889〜1961年)は「民藝」という新しい美の概念の普及と、「美の生活化」を目指す活動をし、柳氏が収集した古今東西の工芸品を展示しているのがこの民藝館である。

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瓦と白い壁が美しい、日本民藝館の入り口


 この民藝館の本館の建物は柳氏自身が設計を手がけた和風意匠を基調とした特徴的な建物で、登録有形文化財にもなっている。玄関の引き戸を開け中に入ると、上がりかまちで靴を脱ぎスリッパに履き替えてチケットを買う。玄関を入った正面には2階へと続く大きな木製の階段が存在感を放っている。展示室は1階、2階にある複数の部屋に分かれている。木のぬくもりと白い壁のコントラストが美しく、階段の吹き抜けを中心に開放感のある館内はとても居心地が良い。この時点で訪問して良かったと思ってしまう。

 この度の展示は、創設80周年特別展として日本民藝館所蔵の「朝鮮工芸の美」(6月12日の日曜日まで開催)と題して、国内屈指の質と量を誇るという民藝館所蔵の朝鮮時代の工芸品(陶磁器、木工品、石仏、掛軸など様々な品)を展示している。朝鮮時代の工芸といえば白磁と漆塗木工品ぐらいのイメージしかない浅薄な私であったが、展示物の幅の広さに驚いた次第である。

 白磁に対して、ゴロッと黒い蝋石製面取薬煎(19世紀末)。草虫図(19世紀)の掛軸に描かれているのは、ハチ、チョウ、セミ、カエルなどの生き物達で、西洋のモチーフとは違った、日本と共通する小さきものに対する慈悲を感じる。変わったところでは、木製の枕(鼓のように両端が広く平らで、真中がくびれている)は、頭をのせる面が小さく(直径10cmぐらい)これでは、寝返りをうったら床に頭をぶつけてしまう。「たわし」の形も変わっており、「こけし」の様に縦に長い。朝鮮と日本の視点の違いと共通点を楽しめる展覧会であった。

 民藝館を出たすぐ近くには、旧前田家本邸洋館のある駒場公園がある。緑の樹々が多いこの都会のオアシスには日本近代文学館もあり、館内の「BUNDAN COFFEE&BEER」で食事が出来る。BUNDANの名に相応しく店内には天井にとどく書棚が並び、約2万冊の書籍があるという。こちらではメニューも作家にちなんでおり、コーヒーの品書きは「芥川」や「寺田寅彦の牛乳コーヒー」など、食事は「ハードボイルド・ワンダーランド(村上春樹)の朝食セット」や「シャーロック・ホームズのビールのスープとサーモンパイ」と遊び心が溢れている。僕は「シャーロック〜パイ」にしたよワトスン君といった体で昼食をいただく事に。

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シャーロッキアンではないが、シャーロック・ホームズのビールのスープとサーモンパイを注文

 公園の中心の建物「旧前田家本邸洋館」は、加賀百万石の第16代当主であった前田利為(まえだとしなり)侯爵の本邸として昭和4年に建てられた。建物はイギリスのチューダー様式で、地下1階、地上2階、延床面積約2,930平方メートルという豪邸である。隣には連絡通路で行き来できる和館もある。入場無料との事なので洋館を見学する。まずは玄関(といっても私のアパートの延床面積の約半分ぐらいある)で靴を脱いでスリッパに履き替え(今日はやたらに靴を脱ぐ日である。この後、和館を訪れた際も靴を脱ぐのであった。)、靴は設置してあるビニール袋に入れて持ち歩く。

 この館とにかく部屋数が多い。食堂が大小2部屋、サロン、書斎、家族の各部屋の他に、女中室が4部屋と女中溜、小使室、従者室、執事室が1部屋ずつある。その他の部屋も合わせると30以上にもなる。静かな館内を散策していると、どこからか「ネコふんじゃった」のぎこちなさのあるピアノのメロディーが聞こえてくる。館内をぐるぐる回っていると方向感覚も危うくなる。それにしても、人のほとんど居ない大きなお屋敷の中を部屋から部屋へと靴を持って歩き回っている自分の姿に、どろぼうになった様な気持ちになるのであった。


April 1, 2016

私たちはローリングストーン

 
 春は門出の季節、学校を巣立った全国各地の若者たちが新社会人として新たな人生を歩みはじめました。私たちも初々しい大勢の若人を新たな仲間として迎えました。若者たちの未来に幸多からんことを心より祈ります。

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 さて、今月は当社の前身のひとつである美術印刷専門の印刷工場、精美堂の創設110周年にあたります。精美堂は、後に当社初代社長となる大橋光吉(1875~1946)により、明治39年(1906)4月に設立されました。

 精美堂設立の目的は、当時光吉が行っていた美術出版事業の合理化を目的としたものです。光吉は、明治37年(1904)に日本葉書会を設立し、月刊誌「ハガキ文学」とコレクション対象となる趣味性の強い絵葉書を刊行していました。

 この絵葉書は、和田英作、中村不折、鏑木清方など当時の一流画家に依頼した原画をもとに石版(リトグラフ)や木版でつくられた極めて芸術性の高いものでした。今で言えばハガキサイズのミニ版画に相当します。この時代、すなわち日露戦争期の絵葉書ブームに乗り、光吉の美術出版事業は大いにに当たりました。当初石版や木版刷は外注でしたので、事業の伸長により内製化による合理化が求められ精美堂が設立されました。

 現代の私たちが取り組むアート&カルチャー事業は、半世紀以上も前の昭和33年(1958)、印刷技術の向上を目的として始められた油画の複製技術開発を端緒としています。今日主力とする「彩美版®」は、最新の精密なデジタル画像加工技術と伝統的な職人の手仕事による版画技法を融合させ、それぞれの特長を最大限に活かした複合的版画技法(ミックスドメディア)です。

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■最初の彩美版®、菱田春草《落葉》

 彩美版®は20世紀の終り、平成11年(1999)から研究開発が始まり平成15年(2003)の秋、足かけ5年にわたる研究の成果として最初の商品が上梓されました。それから今年で14年目を迎えますが、弛まぬ技術改良により長足の進歩を遂げ、著名画家や美術研究者など、美術のプロフェッショナルから高い評価を受けるまでに成長しました。現在の評価に甘んじることなく、更に上を目指して改良を続けてまいります。

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■2015年発売の東山魁夷《静映》には彩美版®プレミアムという新技術が使われています。



 私たちはローリングストーン。転がる石の如く苔むすことなく、常に新鮮な好奇心とチャレンジ精神を忘れず、時代に即して変わり続け、新たな価値を生み出し続けられるチームでありたいと願っています。



March 11, 2016

In My Town・・・ポエジーな休日


 旅気分で足を伸ばして美術館やギャラリーを訪れるのも楽しいですが、ごく身近な場所を見渡してみると、ほんのりアートの薫りに出会えるスポットがあります。休日にさいたま市の自宅近辺で目にしたそんな場所を紹介します。

 JR武蔵浦和駅西口近く、子供が通っていた小学校のすぐそばにあるお店、器ギャラリーハセガワ。小ぶりな店構えですが、気づいてみると洒落たセンスにあふれたお店で、小さな吊り看板やOPENを示す手作りディスプレイは味わい深いものがあります。外からは大きなウインドウ越しに、格子状の棚に置かれたやきものの商品が見られ、どれも愛らしくオリジナリティある作品。お雛様の陶器の置物もありました。お店の中も形や色、デザインが個性的ながら使い易そうなやきものが品よく並んでいます。ひとつひとつ手作りでできた陶器は当然全く同じものは2つなく、商品というより作品と呼べるものです。

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 ショップを営むのは長谷川正治さん、松浦唱子さんでお二人とも通常は千葉の富津市で陶芸家として活躍されています。お二人以外にも全国各地の作家さんの作品が置かれていますが、もともとは常滑のセラミックアートスクールで陶芸を一緒に学んだ方たちで、その後各地に移ったものの、やきもの市などで交流を続け、陶器を仕入れているそうです。

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 お店には、なかなかこうは描けない脱力系のオリジナルイラストポストカードも置いています。無垢の力ともいうべき示唆に富んだ作品群は、やきものの無心の様相にマッチすると感じました。何気なく通り過ぎる道に、趣深い作品世界の広がる場所がある。そんな印象を受けました。



 もう一つですが、JR中浦和駅東側にある、以前は毎週のように訪れた別所沼公園。子供が成長してからは、何年も行っていませんでしたが、ここにもアートスポットがあります。彫刻家 中野四郎の作品「掛けた女」や、メキシコ州から贈られた「風の神の像(エヘーカトル・ケッツアルコアトル)」などもですが、はずせないのは2004年に園内に建てられた「ヒアシンスハウス(風信子荘)」という小さな家。詩人・建築家の立原道造(大正3年~昭和14年)が24歳で夭折する1年前に構想した別荘です。道造は東大建築学科で学び、在学中に辰野賞(奨励賞)を3度も受賞。同時に詩歌においても少年時代から才能を示し、著名な作家たちが名を連ねる「四季」同人となって活躍、第1回中原中也賞を受賞しました。そんな彼の未完の夢がこの小さな空間であり、没後65年後に、地元の建築家、文芸家たちの協力で、道造の遺したスケッチをもとに作り上げられました。

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 河津桜が少しだけ咲く日曜の午後、人々が思い思い寛ぐ穏やかな公園の空気の中にその家は溶け込んでいました。大きな窓から、沼と、河津桜も見えます。緑豊かな季節なら木々の爽やかな息遣いが感じられたでしょう。据え付けの机や椅子もベッドも彼のスケッチを忠実に再現しています。木の温もりの中に、そよ風が渡る自然を感じる家。道造はこんな心地よい秘密めかした空間を望んでいたのかと深い共感を覚えました。この家は芸術・文化の催しにも活用されているようです。過去の詩人の想いが何十年もの時を超えて人々に継承され実現する、その情熱の結集力に感動を覚えました。

 すぐそばにある見知った場所も、気づかないうちに変化し、アートに根ざした憩いの場として存在感を増していた・・・時を想い、感慨にふける日でした。

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■器ギャラリーハセガワ
 さいたま市南区沼影1-5-20  TEL 048-837-0639
 営業日 木・金・土  (イベント開催時は変更の場合有り)
 営業時間 13時~18時 (不定休)


■ヒアシンスハウス
 さいたま市南区別所沼公園内  
 開室日 水・土・日・祝(年末年始は休室)
 開室時間 10時~15時

February 19, 2016

春一番


 いつもブログ『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。
 立春を迎え路地の水仙や梅の花が目に留まり春の気配を感じますが、まだまだ寒さが厳しく厚手のコートや手袋が手放せません。その寒さから一変、先週末東京都心は3月~5月中旬並みの陽気となり春一番の観測がされました。急な陽気の変化に驚かされますが、体調を崩さないよう皆様ご自愛くださいませ。

 そんな春の陽気に誘われ、荒川の土手沿いから散策し西新井大師へ行って参りました。境内には梅が見ごろを迎え、都内ではめずらしい寒桜が咲き誇っていました。頬にうける風はまだヒンヤリと冷たいですが、春の訪れを感じました。


【西新井大師】
〒123-0841 東京都足立区西新井1丁目15-1
03-3890-2345(代)受付・電話対応時間 9:00~16:30


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 さて今回は、当社「彩美版®」から春の訪れを感じさせる作品3点をご紹介いたします。お求め、お問い合わせは、こちらの当社代理店までどうぞ!


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前田青邨 《 紅白梅 》
販売価格(額・軸) 各190,000円+税



 淡く下地に金泥を刷いた画面に、琳派に由来する垂らし込みの技法で、華やかな紅白梅が描かれています。リズミカルにデザイン化された幹と枝は、光琳の紅白梅図屏風を連想させます。よく観ると濃い紅色、淡い紅色、白色と異なる色の花を咲かせた三本の樹々が、あたかも家族のように互いを抱きあいながら、複雑に絡み上方へと伸びています。香り高い梅の花が一面に咲きこぼれ、上品で華やかな青邨独特の画面をつくりあげています。



<仕様体裁>
■基本情報
監修: 平山郁夫
原画: 公益財団法人石橋財団 石橋美術館 所蔵
解説: 石橋美術館
技法: 彩美版(R)・シルクスクリーン
用紙: 和紙
限定: 300部
証明: 著作権者承認印入り奥付及び所蔵者承認印入り証紙を貼付
■額装仕様
画寸: 天地43.9×左右60.3cm
額寸: 天地65.5×左右81.9cm
重量: 約5.8kg
額縁: 木製金泥仕上げ特製額(ハンドメイド、国産)
※この作品は掛軸もございます。



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安田靫彦 《 梅花定窯瓶(ばいかていようへい) 》
販売価格(額・軸) 各120,000円 +税



 赤い壁を背景に置かれた白い壺に、紅白の梅の枝が活けられています。
 梅は靫彦が最も愛した花と言われます。壺(瓶)は中国・宋時代を代表する定窯の白磁です。あたたか味のある乳白色の釉に特徴があります。
 色彩、構図とも一見さりげない感じながら緻密に計算されており、明快で絶妙な調和をもたらしています。気品高く深い精神性を感じる靫彦芸術が、この一作に凝縮されています。



<仕様体裁>
■基本情報
監修: 安田建一
原画: 豊田市美術館 所蔵
解説: 豊田市美術館
技法: 彩美版®・シルクスクリーン
用紙: 和紙
限定: 300部
証明: 著作権者承認印入り奥付を貼付
■額装仕様
額縁: 木製白茶仕上げ特製額(ハンドメイド、国産)
画寸: 天地45.3cm×左右38.6cm(8号)
額寸: 天地64.2cm×左右57.5cm
重量: 約3.7kg
※この作品は掛軸もございます。




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小倉遊亀 《 梅 》
販売価格 190,000円 +税

※この作品は額装仕様のみです。


 金箔を背景に鮮やかな絵付け文様の古壺に紅白の梅の枝が活けられています。華麗な色彩で構成された小倉画伯独特の画風が眼に鮮やかです。画中から春を告げる芳しい香りが漂ってくるかのようです。
 壺は(古赤絵酒次)は小倉画伯が愛蔵した磁器で、中国・明代に景徳鎮の窯で製作されたものです。上絵付けの技法で赤を主体に緑や黄色で華やかな模様が描かれており、わが国では「古赤絵」と呼ばれています。



<仕様体裁>
■基本情報
監修: 有限会社 鉄樹
解説: 谷岡 清(美術評論家)
技法: 彩美版®・シルクスクリーン、本金箔使用
用紙: 版画用紙(かきた)
限定: 200部
証明: 著作権者承認印を画面左下部と奥付に押印
■額装仕様
額縁: 木製金泥仕上げ特製額(ハンドメイド、国産)
画寸: 天地41.0cm×左右28.5cm(6号)
額寸: 天地59.0cm×左右46.5cm
重量: 約2.4kg


※「彩美版®」は共同印刷株式会社の登録商標です。


February 12, 2016

日本の中心、日本橋(にほんばし)


 いつも美術趣味をご覧いただきありがとうございます。今回のテーマは「日本橋」です。


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 「日本橋(にほんばし)」は、東京都中央区に流れる「日本橋川」に架かる石造りの橋で、この地域の地名でもあります。江戸時代から「五街道(東海道、日光街道、奥州街道、中山道、甲州街道)」の起点として、郵便や銀行の発祥の地として、世界屈指の繁華街として日本の中心を担ってきました。


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 橋中央部の青銅製の街路灯には、幻獣「麒麟(きりん)」が鎮座しています。「麒麟」は神話に現れる伝説上の四霊獣(「応龍」「麒麟」「鳳凰」「霊亀」)のひとつ。平和を象徴する四霊獣の中でも【信義】を意味することから「日本橋」にふさわしいモチーフとして選ばれたとされています。厳つい顔なのに実はとても心の優しい生き物であるとされる麒麟。凛として、まるで東京の守護神のような出で立ちが印象的です。一方で、橋の両端にある「獅子像」は、奈良県の手向山八幡宮にある狛犬などを参考にして製作されたそうです。


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 橋の寿命は1,000年と言われていますが、震災や空襲などにより幾度となく架け替えを余儀なくされ、現在の橋は19代目、明治44年(1911年)に開橋したものです。平成11年(1999年)には国の重要文化財(建造物)にも指定されました。しかし、高度成長期、昭和39年(1964年)の東京オリンピックの開催にあわせて首都高速道路が作られたことで、街のシンボルである「日本橋」の上空が覆われたままになっており、都市景観の在り方を含めた多くの議論を抱えているという実情もあるようです。

 そんな中、平成16年(2004年)、旧東急日本橋店の跡地に新しい商業施設「COREDO日本橋(日本橋一丁目ビルディング)」がオープン。また都内の川を結ぶ"水の道"プロジェクトとして平成23年(2011年)にはかつての舟運都市を彷彿とさせる「船着場」が完成しました。近い将来、日本橋はかつての景観と賑わいを取り戻し、昔から引き継がれる「伝統」と、新しい魅力で未来を切り開く「革新」が共存する街として、世界中から多くの人々が訪れる街になることでしょう。

 2020年の東京オリンピックへ向け、名実ともに世界への懸け橋になることを望みます。

February 5, 2016

アート鑑賞「わたし流」


 皆様、いつも「美術趣味」をご覧いただき有難うございます。さて、本日はアート鑑賞をテーマにお送りします。
 私は社会人となって以来今日まで、仕事としてアートと向き合う毎日を送っていますが、プライベートでは仕事とは異なるアプローチで、気軽に楽しくアート作品を「鑑賞」しています。手前味噌ながら、「わたし流」の楽しみ方を簡単にご紹介いたします。


1.頭をからっぽにして、作品と向き合う。

 美術館に展示されている作品には、説明プレートが添えられていますよね。必ず記載されているのは、作品名に作者名、制作年や材質、原寸等のスペックの三項目です。学芸員の方による解説が添えられていることもあります。
 素直に考えれば、これらはすべて、作品を正しく理解するために欠かせない情報なのですが、私は「頭をからっぽにして、作品と向き合う」ことを旨としていますので、作品と向き合う前にこのプレートを見ることは敢えて避けています。
 少し気取った表現をすれば、作品鑑賞は私にとって作品との真剣勝負です。予め色々な情報がインプットされてしまうと、自分自身の未熟さもあり、ともすれば「先入観」という名の色眼鏡をかけて作品を眺めてしまいかねません。真剣勝負の場に雑念を持ち込むことは、作品やそれを制作した作者に対して失礼なのではないかと思うのです。(学芸員の皆様ごめんなさい。わたしの未熟さ故です。)
 作品は、作者が封じた繊細な電波を自ら発しています。わたしのアンテナがその微細な電波をキャッチできるよう、日頃から感度を高める努力を重ねるとともに、雑音となりかねない余計な情報は極力排除し、真っ白な気持ちで作品と相対したいと思うのです。未熟なりに素直な、生のままの感性を、言わば「童心」を大切にしたいと考えています。


2.自分の感性を大事にする。

 「自分の感性を大事にする」とは、どういうことでしょうか。
 どなたにも経験あることだと思うのですが、著名な画家や評論家が素晴らしいと讃えたアート作品が、自分にはどこが良いのか解らない、あるいはそれほどの出来とは感じられなかったりすることがあります。ともすれば、「自分は未熟なのだ」と自分の感性を恥じてしまいがちです。
 でも、例えば音楽や演劇、文芸作品ならどうでしょう?「好き嫌い」という自分自身の感性の物差しでもっと気軽に評価できますよね。アート作品も同じでよいと思うのです。他人の感じ方を鵜呑みにする必要はありません。自分の感性を信じましょう。
 ちなみに最近のわたしのお気に入りは「現代美術」です。自己判定による今の自分のレベルは「現代美術超初心者」です。だからこそ「現代美術」が面白いのです。
 正直に申し上げて、作者の意図を正しく理解できていないだろうなと自覚しています。ですが、自分の素のままの感性を信じて向き合えば、面白い!と感じる作品に出合うことができます。
 感性を磨く努力も怠ってはなりません。矛盾するようですが、感じ方は経験を積むことで変わるものです。様々なアート体験を重ねることで、見えなかったものが見えてくるということです。その「成長過程」もまた面白いのです。
 ひねくれて感覚の鈍い大人に育ってしまいましたが、今思えば無垢な子ども時代は、今よりはるかに感受性豊かでした。アート作品にダイレクトに反応し、魂を揺すぶられるような強烈な感動を覚えることも、しばしばでした。「現代美術」作品と向き合うことで童心に還り、再び打ち震えるほどの感動を体験したいと願っています。


3.これは!と思った作品は徹底的に深堀する

 大学で美術史を学んだ経験を活かし、仕事でかかわりあう作品は「熟覧」と言われる作品実物の詳細な調査を行うとともに、出来うる限り多くの文献資料や証言等を集めて分析するのを常としています。場合によっては、作品のモチーフとなった場所を実際に訪れて作者の視線を辿る、フィールドワーク(実地調査)を行うこともあります。
 プライベートで出会った作品についても、これは!と言う作品は同様の調査を行うことがあります。言わばパズルのピースを一つ一つ探し拾い集めて、自分なりの作品像を再構成する作業です。気になる作品は次々に疑問が湧いてきますので、知りたいという欲求が高まってきます。研究というほど大げさなものではなく、ただ自分自身の「好奇心」を満たしたいがための事、所詮は趣味ですから。
 文献調査よりフィールドワークの方が楽しいことは、言うまでもありません。作品にまつわる情報の収集だけでなく、その土地の名産や料理も合わせて楽しむことができます。
昨年の12月に、「墨東の過去・現在・未来-永井荷風と藤牧義夫の視線」(2015年12月11日)という記事を載せましたが、あれは永井荷風や藤牧義夫の作品にかかわるフィールドワークをベースにしてまとめたものです。
 荷風は、二編の随筆、「深川の散歩」と「元八まん」に描かれた深川地区を作品に描かれた通りに辿るフィールドワークを複数回、藤牧義夫は「隅田川絵巻」を描く際に彼が歩んだであろうルートを辿り、藤牧の視線を追体験するフィールドワークを一回行いました。
 藤牧の調査の際は、「相生橋から浜町公園まで」と「三囲神社から白鬚橋まで」の隅田川沿いのルートを徒歩で辿りました。ついでと言ってはなにですが、藤牧もスケッチの途中に立ち寄って食べたであろう「長命寺のさくら餅」を家族へのお土産に買って帰りました。
 いずれの調査でも、作品その他の資料だけでは見えてこない様々な発見があり、それにより新たな疑問も出てきました。少し暖かくなってきたらまたフィールドワークに出かけたいと思っています。

20160205fieldwork.jpg※左上から時計回りに、三囲神社裏門、清洲橋(藤牧義夫「絵巻隅田川」の調査より)、元八幡・富賀岡八幡宮(永井荷風「元八まん」の調査より)、岡本太郎《太陽の塔》(現代美術)


 以上が「わたし流」鑑賞法のあらましですが、一言で言えば、「頭でっかちにならず、ハートで感じようぜっ!」ということです。「鑑賞」と表現するのが申し訳ないくらい「娯楽」に振った楽しみ方ですね。「正しい鑑賞法」あるとすればその真逆かもしれません。でも私の辞書には「楽しくなくちゃアートじゃない!」という言葉があります。「わたし流」が、皆様のアートライフを充実する一助になれば幸いです。

January 22, 2016

春を待つ鎌倉へ


 こんにちは。東京は積雪で始まった一週間となりました。

 きりりと寒い日が続く中、今週は鎌倉へ行ってまいりました。快晴の日とはいえ1月の寒い平日、鎌倉大仏も改修中で布を被っているそうですが、駅周辺には大勢の観光客がいました。今回私が訪問した瑞泉寺は、鶴岡八幡宮の東、中心部の喧騒を離れ鎌倉宮より徒歩13分ほど行ったところにあるとても静かな寺院です。山門を通り、うっそうと木が茂る道を進んでいくと、小さな本殿と庭園のある境内に着きます。


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瑞泉寺境内


 瑞泉寺は、円覚寺開山の仏光国師(無学祖元)の孫弟子である夢窓国師が開山し、足利尊氏の四男で初代鎌倉公方の足利基氏以降、鎌倉公方足利家の菩提寺となった格式ある寺院です。仏殿背後にある庭園は、岩盤を彫刻的手法によって庭園とした「岩庭」とも呼ぶべき造りで、書院庭園のさきがけをなすものでもあり、現在鎌倉に残る鎌倉時代唯一の庭園だそうです。鎌倉石を大きく彫った洞(天女洞)はとても見応えがありました。


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天女洞


 夢窓国師は優れた作庭家でもあったそうで、瑞泉寺のほかに、現在国の特別名勝・名勝に指定されている京の天竜寺、苔寺で知られる西芳寺、美濃の虎渓山永保寺なども夢窓国師が作ったお庭だそうです。とても季節感を感じる場所で、境内にはたくさんの種類の木が植えられており、いまは綺麗に刈り込まれた木々の合間に椿と南天の実の赤がよく映え、またところどころ小さく膨らむ黄梅のつぼみが印象的でした。


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真っ赤な実をつけた南天


 寺院の入り口の門に掲示されていた句にも春を待つ心が感じられます。


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高浜虚子の句「時ものを解決するや春を待つ」


 お寺に向かう道中、見上げると視線の先に梅の花がぽつぽつと咲いていて、ほんのりと良い香りが漂い、まだまだ寒い1月ではありますが少しだけ春の足音の聞こえる鎌倉でした。


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咲き始めた白梅の花

January 15, 2016

山猫の森から

 
20160115entrance_door.jpg 宮沢賢治の作品から店名を起用する例は多々あると思いますが、ここまで自然に作品と現実の印象がシンクロしてしまうことはあまりないのでは...。今回伺ったギャラリーの感想です。

 お正月が終わってすぐの連休初日、寒いながらも穏やかに晴れた気候にほだされ、思いついて越生まで車を走らせました。梅林が見られたら幸運と思いつつ、道に迷いながら辿り着いてみると、さすがにまだ早く、花の気配は全くありませんでした。

 越生梅林を通過する埼玉県道61号からあじさい街道へ入り山林の中の細道を上がっていくと、右手にロッジのような一軒家が見えてきます。門前には、猫のシルエットが乗る年季の入った金属とガラス玉のオブジェ風アーチがあり、「山猫軒」という文字が形作られていました。宮沢賢治の「注文の多い料理店」に登場する店の名前ですが、この場所にあるとまさしく幻想譚の世界そのもの。古びたたたずまいにやや気後れしながら、門を通り階段を上がると建物の扉も巨大な山猫の笑い顔でした。靴をスリッパに履き替えて入ってみると、そこはパンやお菓子、その他グッズが並ぶプチ賑やかなスペースで、外観とのギャップに一瞬異界に入り込んだ印象を受けます。

20160115yamanekoken.jpg 開けかけたガラス戸の奥の部屋に絵が掛かっているのが見えたので、入って行くと何点かの展示作品と共に岩田壮平画伯の、金地に赤い椿を描いた小品もありました。その右の部屋はグランドピアノといくつかのテーブル席が設置された広いメインホール。木材で組まれた高い天井には天窓から光が差し込んでいます。柱や壁にはさり気なく絵画作品が展示されています。さらに吹き抜けの正面のロフトは2階の空間となっており、こちらにも作品が並んでいました。こことつながる右側のロフトに多数のスピーカーが置かれ、静かな音楽が流れています。暖炉には火がくべられ、テーブルのお客さんも寛いだ感じで静かに飲食を楽しんでいます。私は古代米の野菜カレーとコーヒーを賞味した後、展示作品を鑑賞させていただきました。現在「倶楽部山猫絵画展」(越生での田植えを通して出会った日本画のグループ展)が開催されており、岩田画伯を含む総勢24人の作家さんの多様な作品が展示されています。いずれも、テーマ・作風ともに日本画という枠にとらわれていない若々しさが感じられるアート作品です。

20160115gallery_and_cafe.jpg 展示作品もさることながら、和と洋の要素を持ったレトロ感あるこの建物自体に強く興味がわき、オーナーの南さんに建物の来歴を伺ったところ、驚くべきことに、南さんご自身の手で平成元年に建てられたということでした。当時大きく紹介された建築雑誌2誌を見せていただきました。釘を1本も使わない伝統工法で、1,000本もの楔を作って組んでいるそうで、大変な手間暇がかかったとのこと。しかしそれはそれで充実した楽しい時間だったそうです。仲間の方たち40人ほどの協力をいただいて作り上げた家は、外装、内装に様々な人々の個性あるこだわりの意匠・造形が見られます。建物自体が複数の造形家のコラボレートによるアートといえるかもしれません。

20160115Second_floor.jpg ここにはもう1つ神秘的な場所がありました。亡き奥様の名のついた千代文庫です。農業、田舎暮らし、植物 他様々な蔵書とともに、宮沢賢治の手書き原稿の複製も置いています。隠し部屋のような造りの空間に、「~料理店」に登場する一番最後の部屋を連想しました。

 お土産に、入口付近にあったオーナーおすすめのカンパーニュ(田舎パン)を買って帰りました。帰り際、ハンモックのあるオープンテラスを見ると、暖かい時期に是非また来たいと思いました。


 
■ギャラリィ&カフェ 山猫軒

所 在 埼玉県入間郡越生町龍ヶ谷町137-5
電 話 049-292-3981
営業時間 11時~19時
営業日 金、土 日 祝日のみオープン
企画展示 倶楽部山猫絵画展(2016年1月1日~2月28日)


December 11, 2015

墨東の過去・現在・未来-永井荷風と藤牧義夫の視線


 「墨東」と呼ばれる隅田川の東側の地域、すなわち東京スカイツリーが聳える向島や本所・深川には江戸時代以来の運河がいく筋も流れ、そのこには大正末から昭和の初めにかけての震災復興事業で架けられたモダニズム様式による鋼鉄の橋が数多く残っています。

20151211sumidaandskytree.JPG 近未来的な超高層建築の代表とでも言うべき聳え立つ東京スカイツリーを背景として、下町が醸す江戸の残り香と鋼鉄の橋が映すモダン都市東京の残影が重なり合うこの地は、過去・現在・未来が溶け合った独特の風情を漂わせています。多くの芸術家がこの地に魅せられ、作品のモチーフとしました。

 例えば、東京小石川に生まれ育った「墨東奇譚」や「すみだ川」などの小説で知られる作家永井荷風(1879~1959)は、作品を通じて、失われゆく江戸の名残の欠片をひとつひとつ慈しむように拾い集めました。この地をモチーフにした随筆、「深川の散歩」、「元八まん」等では、新しい鋼鉄の橋が次々と架けられ、コンクリートの道路が作られるなど急速に江戸の風情を失いながらモダン都市へと変貌を遂げる東京を描きとどめました。当時五十代半ばであった荷風は、過去・現在・未来を重ね合わせ、その幻視を作品に描き留めた、過去へ向かう時の旅人だったのでしょう。

 一方、昭和初期の画壇に彗星のごとく現れ忽然と消えた天才的版画家、藤牧義夫(1911~1935失踪)もこの地に魅せられた芸術家の一人です。群馬県館林に生まれ育った藤牧は、十六歳で上京しデザイン会社に勤務する傍ら、表現主義的作風の版画作品で画壇に鮮烈な印象を与えました。1935年、弱冠二十四歳で失踪した彼の画業は四十年余り後、画廊「かんらん舎」の大谷芳久氏により再発掘されるまでほぼ忘れ去られていました。活動期間が極めて短いこともあり現存作品はわずかです。

20151211shirahige_bridge.JPG 私がその中で特に注目している作品が「絵巻隅田川」です。奇しくもこの作品は、荷風が随筆「深川の散歩」や「元八まん」を執筆したのと同じ昭和9年(1934)に描かれました。細い墨線による「白描」と呼ばれる技法を用い、白鬚橋から相生橋にかけての隅田川両岸の景色(注)を細部に至るまで克明に描写していますが、一見して見たままをただ写したように見えながら、映画の撮影技法にヒントを得たと思われる驚くべき奇想が隠されています。二十三歳の若き天才画家が胸に秘めた、情熱の火照りを今なお宿すこの絵巻は、一瞬にして私の魂を鷲掴みにしてしまいました。

20151211kiyosu_bridge.JPG 絵巻の冒頭に彼はこう記しています。

 「未来すみだ川 橋の発達によりて
 川の面は何十年後遂に覆はれ昔日のおもかげを
 偲ふ事不可能となるにや、余写生中
 この予感あり、幸いにいまだ橋少なし
 精出して写生を勉むべしとす
 昭和九年十月下旬考  義夫」


 隅田川両岸の景色が新たに架けられたモダンな橋梁により変貌を遂げたように、何十年後の未来は現在の景色を偲ぶことができないほど変化するであろうという予感を抱きつつ、写生に励んだという、制作中の藤牧の心境が書かれていますが、この絵巻を描くに至ったきっかけとなったのは、江戸時代の版画家、歌川豊春と葛飾北斎の作品であったことが指摘されています。

 藤牧もまた過去・現在・未来を重ね合わせた幻視を「絵巻隅田川」という作品に描き留めた時の旅人として、未来へ旅立ったのでしょうか。



(注)白鬚橋から三囲神社までを描いた完成作二巻と浜町公園から相生橋までを描いた試作とも言うべき一巻とに分かれ、前者は東京都現代美術館、後者は館林市立資料館に所蔵されている。


20151211sumida_river_shirahige.JPG


November 20, 2015

展覧会図録について思う


 皆さんは展覧会に行くと図録を購入されますか?私は気に入った展覧会の図録はだいたい購入するようにしています。この場合、展覧会を見た興奮と勢いで「購入してしまう」と言う方が正しいかもしれません。装丁も、それぞれに凝っていたり、素敵なものが多いので、買ってしまう、というのもあります。

20151120books.jpg たった今、展覧会で目にした素晴らしい作品の数々を、いつでも、何度でも見返すことが出来る!という満足感と共に、分厚〜い図録を揚々と携えて帰ってくるのですが、熱が冷めるのは早いもので、帰って眺めるのはほんの数回で、ましてや解説を含めて隅々まで読み尽くしたものなど一体いくつあったか...いや、無いのではなかろうかと思うのです。私に購入された図録達にとっては悲しい運命です。実家に帰れば、これまでに買い集めた図録が、もはや本棚の中でインテリアの一部と化して、もう何年も開かれることなく寂しげに並んでいます。

 ですが最近、私の中での図録の位置付けが少しだけ変わってきました。この仕事に携わるようになってから、作品調査をする上で貴重な資料となることが、何よりの理由ではありますが、見返すたびに新しい発見があり、また読み物としても面白い本だなぁと思うのです。(何を今さら、と思う方、すみません...)

20151120rinpa.jpg ちなみに最近読んで面白かったのは、京都国立博物館で開催中の「琳派 京を彩る」展の図録です。琳派400年の今年、京都で大いに盛り上がっているこの展覧会に訪問したので、先の例に漏れず厚さ2センチはある図録を購入して帰りました。

 巻頭の河野元昭先生のお話、「琳派私的旅行」は、国宝級の作品を多数収録する雅で重厚感ある図録のイメージとは裏腹に、誠に失礼ながら巻頭にもかかわらずかなりラフな旅行記になっており、図録をみているというよりもちょっとしたエッセイを読んだような楽しさがありました。ともすれば堅苦しくなりがちな本の内容に向かう心を、ゆるく解きほぐしてくれるような効果があって、「琳派」というテーマと自分を少し近づけてくれたように思われました。

 そんなこんなで、最近の私にとって図録は、一過性のものではなく何度でも見返して楽しい、作品や作家と自分を近づけてくれる、そんな存在になってきました。先日実家に帰った際に、久しぶりに過去の図録を開いてみました。展覧会を見たときのことや、自分があの頃何に興味があり、どんな作品が好きだったか、そんなことを少し思い出したり、新たな魅力ある作品を発見したりして、ああ、やっぱり買ってよかったなぁ、と思ったのでした。

 皆さんは購入した図録、どうされていますか?私と同じように本棚に眠っているのであれば、時々は見返してみると、あの美術館にまた行きたいな、またあの人の作品を見てみたいな、と思うものがきっと見つかるかもしれません。



琳派誕生400年記念
特別展覧会「琳派 京を彩る」

会期:平成27年10月10日(土)~11月23日(月・祝)
場所:京都国立博物館


October 9, 2015

秋を探して-田園を巡る旅


 早や10月、季節が深まってきましたね。当社周辺の銀杏並木もほんのりと色づいてまいりました。今年は10月8日が二十四節気の「寒露」にあたり、晩秋の始まりの日です。夏の喧騒のなごりは消えて、ついこの間までの暑さがうそのように朝晩少し肌寒さを覚えるようになりました。移ろい行く季節に柄にもなく、ふと感傷的気分が心を去来したりします。

20151009OOTANBA_chestnut.jpg 秋は実りの季節、豊かな自然の恵みが嬉しくて、食いしん坊揃いの我が家では今、柿や梨、みかん、栗など沢山の秋の果実が食卓を彩っています。写真は「大丹波」という、一粒が普通の三倍ほどもある大きな栗です。
 9月末の休日に、この「大丹波」を求めて、いつものように自転車で千葉県の印旛地方へ出かけてきました。あいにく前日までは雨で、当日もどんよりとした曇り空でしたので、久しぶりの谷津道はところどころ泥濘んでいました。帰宅してから自転車にこびりついた泥を拭い落とすのが大変でしたが、澄んだ田園の空気を思いっきり肺の奥底まで吸い込みながら、気持ちよく走ることができました。

20101009autumn_countryside.jpg 印旛へ行くにあたり、気がかりなことがひとつありました。今年9月10日から11日にかけて、関東や東北地方を襲った豪雨の被害です。
 利根川の下流域、印旛沼から霞ヶ浦にかけては「香取の海」と呼ばれた、古の広大な内海のなごりです。そのため土地が低くかつては大雨のたびに印旛沼が溢れて洪水を引き起こしていました。
 今回の豪雨の際は、印旛沼周辺では大規模な洪水は起きませんでしたが、付近の稲田は冠水したところもあったようで、収穫直前の黄金色に実った稲穂が、無残にもすべて倒れ伏す様子が確認されました。

20151009Shinkawa_river.jpg この日は家を出た時刻が遅く、買い物を終えてから直ぐに帰らねばなりませんでしたので、翌週末に改めて、爽やかに晴れた空のもと、印旛から利根川まで往復約100kmの道を走ってみました。
 田んぼの傍らを流れる新川はもとの穏やかな容貌を取戻し、美しい秋空を映しつつゆったりと流れていました。土手に沿って植えられた河津桜の並木は既に大方葉を落とし、春の華やかな川辺と同じ場所とは信じられないくらい、寒々とした景色に変わっていましたが、群れ飛ぶ赤とんぼや土手を跳ねるトノサマバッタなどの虫たちが、無数に息づく小さな命の存在を実感させてくれました。

20151009Persimmon.jpg 空はすっきりと晴れ渡り、美しく繊細な絹雲がかかっていました。秋空の青さは夏の青とは明らかに異なるほんのりと白を混ぜたような柔らかな青です。そこに純白の絹糸の束を浮かべたかのような、しみじみと心に沁み入る秋空の風情は、私がこの季節を愛する所以のひとつです。
 農家の庭先で見つけた小さな秋。たわわに実る柿の実の艶やかな橙色が青空に照り映えていました。思わず自転車を止めて見入ってしまいました。

 田園の美しさは、先祖代々その土地に根ざして暮らす人たちの日々の営みが自然とともに創り上げてきたものです。季節や日々の天候の変化、植物の成長などによって毎日異なる様相を見せるその景色は、例え毎週通ったとしても味わい尽くすことは出来ません。

20151009Inbanuma_lake.jpg 美しい景色に見惚れてゆっくり走りすぎたようです。利根川の畔に到着した頃には既に午後3時を回り、陽は大分西に傾いていました。印旛沼から流れ出た長門川が利根川に注ぐ河口堰の傍らで遅い昼食を摂った後、少しペースを速めて長門川沿いの道を遡り上印旛沼に出ました。湖畔では薄に良く似た葦の穂が、夕方の日の光を受けて銀色に輝いていました。

20151009sunset.JPG 当初は甚兵衛大橋の袂を抜け、印旛捷水路沿いの自転車道を使い佐倉城近くの下印旛沼へ出ようと考えていたのですが、予定を切り上げ家路を急ぎました。
 田んぼの真ん中を貫く小さな野川に沿った細道を急ぎ走るうちについに日が落ちてしまいました。周囲に人口の明かりは一切設置されておらず、唯一の灯りは自転車の頼りない小さなライトのみ、数メートル先の路面も全く見えずいささか心細い思いをしました。
 ようやく家に辿り着いたころには、とっぷりと暮れていました。それでも久しぶりの田園の旅は、私の心を暖かく満たしてくれました。


September 25, 2015

読書の秋


 空高く、秋を感じる季節となってまいりました。シルバーウィークは連日晴天に恵まれ、お出かけ日和でしたね。次回このような大型連休が訪れるのは11年後だそうです。

20150925autumn_sky.jpg
 さて、私は特に予定のない連休でしたので、久しぶりに集中して幾冊かの本を読みました。今日はその中の一冊、山口晃(やまぐちあきら)著「ヘンな日本美術史」をご紹介したいと思います。山口晃氏といえば、現在と過去がミックスされたような都市鳥瞰図が代表作の現代アーティストですが、結論から言うとこの方の絵画解説がとても面白いのです。

 タイトルの「ヘンな日本美術史」は、「変な(=ふしぎな)日本美術・史」というような意味合いだそうです。現代人が見ると何でこんな風に描いてあるのだろう?、どうやったらこんな風に描けたのだろうか?という疑問に答えるように、《鳥獣戯画》や雪舟、《洛中洛外図》、河鍋暁斎などの作品を古い順に取り上げ、独自の目線による解釈を踏まえて解りやすく紐解いています。

20150925autumn_clouds.jpg
 山口さんの解説を読んでいると、一見何でもない絵や、価値を見落としてしまいそうな作品がとても魅力に見えてきました。作品に関連して登場する過去の人達だけでなく、現代画家のモノの捉え方も垣間見た感じがしてとても面白かったです。美術史本とはいえ、気軽に読める内容なので、秋の夜長の一冊にいかがですか?

山口晃著「ヘンな日本美術史」
ISBN:978-4396614379

出版社:祥伝社
発売日:2012年10月31日
判 型:四六判ソフト(256ページ)
定 価:1,800円+税

September 18, 2015

Nostalgia for 深谷


20150918fukaya_station.jpg 関東にも凄まじい水害をもたらした台風を中心に、雨が降り続いた週でしたが、ようやく太陽が蘇った休日、高崎線に乗って深谷を訪れました。深谷と言えばレンガの街。深谷駅は東京駅に良く似た赤レンガで覆われ、中心市街地にも古いレンガ造りの建物が残っています。深谷の日本煉瓦製造会社で造られたレンガは東京駅や司法省(現法務省)、日本銀行(旧館)など日本を代表する建物に使用されていたとのことでした。

20150918nanatsuume_yokocho.jpg 深谷の街は休日ということもあってか、非常に静かでのどかです。レトロな骨董屋もあれば若者向けの洒落たコミュニティ・スペースも目にします。旧中山道沿いに古いレンガの煙突が見えてきます。「七ツ梅」という、酒造の煙突で、ここが本日訪れたかった場所です。七ツ梅は江戸時代を代表する銘酒のひとつで、元禄7年(1694年)創業し、以来三百年の歴史を持つ県内1、2を競う老舗蔵元でしたが、2004年廃業、現在は一般社団法人まち遺し深谷が、この施設の保存・運営・管理を行っています。

 敷地内の母屋、店蔵、精米蔵、釜屋の建物があらたに様々な店舗やホールとして活用されています。「とうふ工房」(手作りとうふ)、「深谷宿本舗」(手作りBOXマーケット)、「カフェ七ツ梅結い房」(コーヒー、カレー)「よろずの郷」(木工所)、「鬼義」(鬼瓦工房)などなど個性あるお店が集まっています。店舗はいつも全部開いているわけではなく、この日もいくつか閉まっていました。

20150918fukaya_cinema.jpg そんな中、七ツ梅の中核にあるのが「深谷シネマ」で、風情いっぱいの街の映画館です。この酒造跡に最初にできたのがこの深谷シネマだそうです。上映作品に穏やかな叙情を感じるのは気のせいでしょうか。今回は入りませんでしたが、いずれ是非映画を鑑賞したいと思います。



20150918sugata_syoten1.jpg そして「須方書店」という古書店の店内を物色しました。ギターのBGMが流れ、正面奥に、酒桶の蓋に見える巨大な丸い板が壁を覆っています。興味深い古本もいくつかあり、レコードも置いていました。手に取るのも気後れする和装の古書もあれば、書名は読めないものの装丁のデザインが目を惹く明治時代の古書も置いていました。売る側も買う側も本に接するのを楽しむ空間と感じました。様々な本が置かれる中で、本とは無関係に机上にディスプレイされたオブジェをアートとみるかどうか気になる内装でした。

20150918sugata_shoten2.jpg 古い民家や蔵をあらたに活用する試みはしばしば見られ、私自身とても惹きつけられます。特にこの七ツ梅横丁敷地の建物は極めて古く、歴史的・文化的に興味深い様相で、味わいに溢れていますが、老朽感がシュールすれすれの印象を受ける側面もあります。深谷に息づくノスタルジーの美学を象徴するかの様な濃い空間を体感しました。

August 7, 2015

若者よ、夢に向かって走れ!


 先日関西方面への出張の帰路、少し寄り道して京都嵯峨野の車折神社(くるまざきじんじゃ)に参拝してまいりました。

 車折神社は画聖・富岡鉄斎が一時宮司を務めていたところで、車軒文庫に多数の鉄斎作品が伝わっています。以前私たちはこちらのお許しをいただき、鉄斎の《宝船》という作品を彩美版にさせていただきました。その時以来、八年振りの再訪です。

20150807Geinou_Jinja.JPG 今回は、車折神社境内にあり芸能関係者から厚い崇敬を集める芸能神社に参拝し、念願叶って俳優となった若い友人の初舞台の成功と、役者としての成長を祈願することでした。友人は中学の頃から演劇の道を志し、プロの役者になる夢に向かってがんばってきました。今年あるプロの劇団のオーディションに合格し、精進の甲斐あってこの秋ついに初舞台を踏むことになりました。

 今はまだ、夢へと続くであろう道の入口に立ったばかりの彼ですが、この数か月で周囲が驚くほど目覚ましい成長を遂げました。プロの世界は厳しく、劇団の一員となれば必ず役がもらえるわけではありません。本番の舞台に立つには、稽古を通じて実力を認められ、信頼されなければなりません。顕著な実績を持つ素晴らしい先輩方との出会いが、彼を大きく成長させたのでしょう。

 普段はのんびり屋の彼のどこに、こんなに強い意志の力が秘められていたのだろうと正直驚いていますが、連日の厳しい稽古で肉体的には極限近くにまで追い込まれながら、精神的にはかつてないほど充実しているようです。活き活きと輝く表情にそれがよく表れています。夢に向かって必死に走る彼の未来が、大きく開けることを願って止みません。

 演劇に限らず、文化芸術の世界で日夜身を削る努力を重ね、夢を掴もうともがいている沢山の若者たちがいます。彼らこそが、我が国のこれからの文化芸術を担っていく存在となるはずです。私たちは事業を通じ、こうした若者たちの支援につながる活動を継続して行っていきたいと考えております。




【車折神社のご紹介】

所在地 京都市右京区嵯峨朝日町23
電 話 075-861-0039
ご祭神 清原頼業公
    天宇受売命(芸能神社)
最寄駅 嵐電「車折神社駅」


July 10, 2015

恵比寿の長い坂と前田青邨展


 久方ぶりに恵比寿駅に降りた。ビールの貨物駅として開業したこの駅の周辺には美味しいビールを飲ませてくれる店も多い。今日はこの駅の近くにある山種美術館で、前田青邨(せいそん)の生誕130周年を記念した展覧会を開催していると聞き、訪れてみることにした。そして叶うなら帰りにビールで喉を潤そうと、この地の利を最大限に活用する計画で臨んだ。

 駒沢通りに出て青山方面に向かうとすぐに長い坂に出る。果てが見えないような坂であるが、この頂にまだ見ぬ山種美術館がそびえているはずなので、汗をかきかき上って行く。この坂の辺りは住所でいえばオシャレの代名詞でもある広尾。坂の両側にも小洒落たレストランや、雑貨店がある。途中、巨大なダビデ像が立っているビルの前を通り過ぎ、ようやく坂の頂を制覇して山種美術館にたどり着く。

 展覧会名に「生誕130周年記念 前田青邨と日本美術院 −大観・古径・御舟−」※1とある。まずは展示会場に入る前に、エントランスにある「Cafe 椿」で一休みする事に。ここでは今回の展覧会のオリジナル和菓子が楽しめる。私は前田青邨筆《蓮台寺の松蔭》にちなんだ「こころざし」という練り菓子と抹茶のセットをたのんだ。「こころざし」は松蔭が読んでいる書物を模した形になっており、シナモンの香りと上品な甘みが抹茶の爽やかな渋味に合う。他にも速水御舟筆《炎舞》をイメージした「ほの穂」や、横山大観筆《作右衛門の家》を題材にした「青葉」など、色鮮やかで宝石のように美しい和菓子があって目移りする。

20150710nerigasi.jpg
「Cafe 椿」の美しい練り菓子


 一息ついたのでそろそろ作品鑑賞に移る事にする。この度の展覧会はタイトルに日本美術院とあるように前田青邨だけではなく、横山大観、速水御舟、平山郁夫など日本美術院で活躍した日本画の巨匠達の貴重な作品が一同に見られる。青邨の大作も間近で見られ、その筆使いや金の色使いなど、つぶさに観察でき大変勉強になる。なお、公益財団法人日本美術院が主催運営する院展は、今年の秋で再興第100回という大きな節目を迎える。本展覧会は現代日本画の巨匠の作品を見られる貴重な展覧会である※2。

 美術館からの帰り道、ソフトクリームの看板が目立つ雰囲気の良さそうなカフェがあったので入ってみる。元気の良い女性3人が切り盛りしていたこの店の中の壁は全て本棚になっており、そこには大量の写真集がきれいに収まっている。オーダーをすれば自由に閲覧できるようだ。後で知ったのだが、ここは「写真集食堂めぐたま」という変わった名前のお店で、壁の写真集は写真評論家の飯沢耕太郎氏の蔵書5,000冊だそうである。ちなみに私の隣のお客には、お店の人が「ねこまんま」をしきりにお勧めしていたようである。「ねこまんま」といえば、ご飯に鰹節をのせて醤油をたらしたあれだと思うのだが...。

 広尾、恵比寿といえばオシャレなお店が軒を連ねる所といったイメージをいだいていたが、この界隈は自家製のぬか漬けを売っている八百屋さんや、昔ながらのガチャガチャが置いてある雑貨店などもまだ現役でがんばっている。庶民的で昭和な商店も所々に顔を出す不思議な場所である。帰りに駅前でも魚屋さんが威勢よく、今風のカフェのマスターと魚の調理の仕方を話していた。良い感じに暮れかかって来たので、私も喉を潤しに行くことにした。

20150710gachagacha.jpg
ガチャガチャのある雑貨屋(ガチャガチャは私が子どもの頃に呼んでいた名前で、一般名称はカプセルトイ)


※1 「生誕130周年記念 前田青邨と日本美術院 −大観・古径・御舟−」展は山種美術館で2015年8月23日まで開催しているとの事です。
※2 再興第100回院展は9月1日(火)に東京都美術館から始まり各地を巡ります。また当社はこの図録の制作・製造を請け負っております。






【関連商品のご紹介】

今年、生誕130周年を迎える日本画の巨匠、前田青邨。
当社でもこの記念すべき年に新作高級複製画「牡丹」を制作いたしました。
富貴の象徴でもある牡丹が、色鮮やかな五彩花文壺に生けられた名作です。
華やかで気品ある本作品を皆様のご家庭にも是非どうぞ。



彩美版®
前田青邨 《牡丹》 軸装・額装
本体価格 (各)190,000円+税

<仕様体裁>
監修: 小山 硬(日本画家、日本美術院同人)
解説: 川口直宜(美術評論家、前・泉屋博古館分館長)
限定: 200部
技法: 彩美版®、シルクスクリーン手刷り、本金泥使用

※「彩美版®」は共同印刷株式会社の登録商標です。


seison_botan_S600x350pix.jpg

【軸装】
表装: 三段表装、柾目桐箱・タトウ付き
箱書: 小山 硬(シルクスクリーン刷り)
画寸: 天地41.1cm×左右53.0cm
額寸: 天地136.5cm×左右72.1cm




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【額装】
額縁: 特注木製額金泥仕上げ、金モール織マット、アクリル付き
画寸: 天地41.1cm×左右53.0cm
額寸: 天地59.2cm×左右71.0cm
重量: 3.3kg

June 12, 2015

日曜の午後、東京湾を望む


20150612BeachPark1.jpeg ここは最近お気に入りの東京湾に臨む小さな公園です。近未来的な海の風景がパノラマチックに広がり、来るたびにきっと夜景が綺麗だろうなと思うのですが、未だ夜に訪れたことはありません。たまにランナーが駆け抜けるのを除けば、ほとんど訪れる人がいない隠れ家的スポットです。



20150612BeacPark4.jpeg 海を望むベンチに座ると真正面が羽田空港です。直線距離にして12、3kmあるでしょうか、大気の薄いベールを透して、独特の形をした管制塔の姿が滲むようにぼんやりと眺められます。公園上空には羽田へ降りる航空機の着陸ルートがあり、大型ジェット旅客機が徐々に高度を下げながら、行儀良くほぼ等間隔の連なりで次々と目の前を通りすぎていきます。



20150612BeachPark2.jpeg 羽田のやや右側には平成24年(2012)に開通し東京湾の新名所として知られる東京ゲートブリッジが見え、さらに右へと首を廻らせば、都内の高層ビル群と葛西臨海公園が間近に望めます。海上には大型の運搬船や漁船、タグボートなどに混じって、時折夢の島マリーナを拠点とするヨットの姿も見えます。



20150612BeacPark3.jpeg さて、この風景を眺めなら聴くならどんな音楽が合うでしょうか?好みは人それぞれですが、今までの私なら無条件でジャズだと思っていました。例えばハービー・ハンコックの名盤「処女航海」なんかぴったりだと思いませんか?ところが最近、ある現代美術の映像作品に出会ってから、クラシック音楽もいいじゃないかと思えるようになってきました。



 ジャズが合うと決めつけて他は一顧だにしなかったかつての自分は、いわば食わず嫌いだったと反省しています。決めつけずに色々と試してみたほうが楽しみが広がるようですね。所詮は趣味の問題なのですから。

 ちなみに、私の眼を開いてくれた作品、ミヤギフトシ《オーシャン・ビュー・リゾート》は、6月28日まで東京都現代美術館で開催中の「他人の時間」展で観ることができます。沖縄の離島の風景にベートーヴェン《弦楽四重奏曲第15番イ短調 第三楽章》の旋律が見事に調和しています。他にも、香港の映画スター、トニー・レオン(梁朝偉)が出演した複数の映画の名シーンをコラージュして全く別の映像作品に仕立て上げたホー・ツーニェン《名前のない人》や、明治期に米国人地質・鉱山学者が北海道夕張川で行った地質資源調査の研究をテーマに創り上げられた深い余韻の残るサウンド・インスタレーション、mamoru《THE WAY I HEAR,B.S.LYMAN 第五章 協相のためのポリフォニー》など五感を刺激する素晴らしい作品が多数出品されています。

 「現代美術」はちょっとハードルが高いかなと思った食わず嫌いな貴方にも、是非チャレンジしていただければ幸いです。

※各画像はクリックすると拡大できます。



【他人の時間|TIME OF OTHERS】

会場:
  東京都現代美術館
  東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
電話:
  03-5777-8600(ハローダイヤル)
会期:
  6月28日(日)まで
開館時間:
  10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:
  月曜日


※詳細は東京都現代美術館のホームページ等でご確認ください。

May 22, 2015

野外のアート散策


 ゴールデンウィークも過ぎ去り、急に暖かく(いや、暑く)なってまいりました。皆様体調管理に気をつけてお過ごしいただきたいと思います。天気の良い日は気持ものびのびとし、戸外に出かける機会も多くなってきます。私自身も、休日ふらりと出かけ、今回は野外で鑑賞できるパブリックアート=彫刻に視点を置いて観て回りました。

20150522saitama_oozoranisumu.jpg 自宅から程近くにあるさいたま新都心は、話題のコクーンシティで賑わいを見せています。新都心駅西側のぺデストリアンデッキは、ランドアクシスタワー、合同庁舎を経て、日本郵政庁舎まで1.2キロほど続きますが、休日は賑わいから外れひっそりとしています。その歩道や広場のところどころにさり気なく立体造形作品が顔を見せています。2000年に完成したこの新都心を特徴づけるデッキの近未来的様相に合わせ計画的に設置されたアートらしく、多様な作品が点在していますが、特に作家と小学生たちのコラボレーションによるというオブジェ作品群が心に響きました。

20150522saitama_hosinisumu.jpg 小さくて愛らしく素朴性を持つ様々な夢の動物が並んでいたり、たくさんの子どもたちの作品を外から貼り付けて球体に形作った作品など、その場所と違和感のない立体が、目と心を愉しませる役割を果たしています。よく注意をしないと気付かないものも多く、こんなところにこんな彫刻発見!という散策の醍醐味を味わえます。発見できていないものもまだまだあるだろうと思いつつ本日はここを後にしました。



20150522kasukabe_jeans_summer.jpg 少し足をのばして、彫刻のある街づくりを標榜する春日部市を訪れてみました。目に付いたのは春日部駅東側の古利根公園橋にある数々の人体彫刻。佐藤忠良、舟越保武など著名な彫刻家を含む格調高い作品群が配置されています。その他駅前通りにも色々な彫刻が見られ、図書館や文化会館、市役所等にも設置されています。彫刻を身近に感じられる、美しく個性的な街づくりで人々に文化的なゆとりやうるおいをもたらそうという春日部市の事業により、1990年代に20体以上が設置されたようです。

20150522kasukabe_tabibitokokage.jpg 叙情性を感じたのはまちなみ公園にある池田宗弘作「旅人・樹陰」という古い自転車を前にたたずむ人の彫刻で、実際に緑豊かな木の下に設置されています。また、2人の離れた少女たちが見えない糸でつながった糸電話で話をしている廣嶋照道作「あのね」(公園橋通り)も懐かしさと深遠な意味を感じました。まだまだ見るべき作品があるはずとは思いながら、帰路につきました。

 野外彫刻は都市計画とも密接に関わるもので、時代・街の景観や目指す効果により設置される彫刻作品の傾向・内容は大きく変わります。さいたま新都心と、春日部駅周辺は明らかに景観が異なり、目指すイメージ、もたらせるものに差異があると思われます。文化的香りが異なる2つの街にとって、それぞれに適合した異なるパブリックアートは、街の重要なファクターとして生命を宿し息づいていました。


May 15, 2015

北陸で巡る2つの個性的な美術館、 及び食と温泉も堪能した事。


 北陸新幹線が今年の3月に開業して富山、金沢が時間的に近くなった。高かったハードルがぐっと下がったのを機に、気になっていた2つの美術館を訪れる事にした。石川県金沢市にある「金沢21世紀美術館」と、富山県下新川郡入善町にある「下山(にざやま)芸術の森 発電所美術館」である。

 東京駅からAM7:20発の北陸新幹線「かがやき」に乗ると、約2時間半後のAM9:54には金沢駅に着いた。この列車は途中の長野駅を出ると、停車するのは富山駅と金沢駅だけである。糸魚川を過ぎて富山県に入って行くと左手の車窓からは立山連峰が白く残雪をかぶって見えて来るので、修学旅行の学生のように心が浮き立って来る。まずは前田利家が治めた加賀百万石の城下町を金沢駅から南東方向へ続く広い道を歩き始める。

 大きな交差点にぶつかり道を渡ると活気のある「近江町市場」に出る。人気スポットとなったこの市場の店々の間を通ると、岩牡蠣、紅ずわい蟹などの海の幸、竹の子などの山の幸が所狭しと並んでいる。店先で食材を調理して提供している店もある。美味しそうな匂いに後ろ髪を引かれつつも先を急ぐ。金沢城址を整備して作られた広くてきれいな「金沢城公園」の中を通り抜けて「兼六園」の案内所前に出る。泣く子も黙る超メジャースポットの「兼六園」には寄らず「金沢城公園」と「兼六園」に挟まれた道を更に進むとそこに「金沢21世紀美術館」があった。

 「金沢21世紀美術館」はヴェネチアビエンナーレ国際建築展金獅子賞ほか数多くの賞を受賞している今話題の妹島和世と西沢立衛のユニット=SANAAが設計した建物である。上空からこの建物を見ると円盤の中に四角や丸の箱が詰め込まれたような独特の構造になっている。展示会場に入る前にまずは腹ごしらえをすることにする。ここにはおしゃれなレストランがあるのだが、お昼時に混雑する事は必至なので早めに昼食を済ませる(近江町市場での我慢はこのためである)。この美術館のレストランは白を基調としたモダンな空間で、建物の曲線に沿った大きな窓から外光が入って来るのでとても明るく、緑の多い外の景色も楽しめる。ゆったりとした席でブリオシュのポタージュグラタンセットとうオシャレなランチをいただいた。前の席では一人お婆さんが、心なし所在なげにジュースを飲んでいた。

20150515pool.jpg 食事が済んだので、まずは入場料を支払って、これを見るために来たという作品に向かう。
 レアンドロ・エルリッヒの《スイミング・プール》。美術館のほぼ中央の中庭にある約縦3m×横4mのこの小さなプールの底は空気のある部屋になっており、観客は地下の通路を通ってそこから水面を見上げることが出来る。プールサイドから作品を鑑賞する者は、水の層を通して、下から見上げている観客を見る事になる。揺らめく水面を通して見るその世界は原理的には単純であるにも関わらす、光や色彩、そして作品の中に取り込まれる観客の動きという要素が複雑に絡み合い、いつまで見ていても飽きることがない。プールの底に差し込む光の波紋も奇跡の様に美しい。

 また美術館をぐるりと囲む庭に設置されているオラファー・エリアソンの《カラー・アクティヴィティ・ハウス》は、3色のガラスの曲面を渦巻き状の家の様にした作品である。観客は作品の中に入り込む事で作品の一部になり、それを外から見ている別の観客が鑑賞する(中の観客も外の観客を鑑賞する)。これらの作品に共通しているのは、鑑賞者が作品に干渉する事で相互作用が起こり、作品が常に流動的な変化をして行く。絵画を一方的に鑑賞する展覧会とは違った双方向の鑑賞スタイルである。

 今ご紹介した作品の他にも恒久展示作品と呼ばれているアートが幾つかある。天井が四角くくり貫かれて、そこから見える空(ペタリと空の写真がはってあるようにも見える)を鑑賞するジェームズ・タレルの《ブルー・プラネット・スカイ》。非常に個人的な作品鑑賞の展示形態をしているピピロッティ・リストの《あなたは自分を再生する》。この作品は個室トイレの中にあり(よって基本的には一人しか鑑賞できない)、洋式便器の前にある円盤状のクリスタルに映し出される映像(血液、汗、排泄物など)を奇妙な音楽と共に鑑賞するというまさに神秘体験。恒久展示作品はいずれも、「どう見えるか、どう理解するか」を見る人に問いかけて来るが、それは頭でっかちなコンセプトアートではなく、目で感じて、心が楽しめるアートである。

 この美術館には入場料のいらない交流ゾーンと呼ばれているスペースがあり、建物の中をドーナツ状に包んでいる。市民が公園感覚で訪れては立ち去って行く、人々に開かれた参加交流型の美術館である。また、託児室やキッズスタジオ(子どもが主体となって作品を制作する空間)などもあり、誰もが訪れ易く出来ており、新しい美術館の可能性を提案している。(※恒久展示作品の一部は無料の交流ゾーンから見ることも出来る。また企画展の内容などにより恒久作品の見られるものが変わってくるので、望みの作品が見られるか事前に確認して訪れた方が間違いない。)

 さて美術館に大変満足したので、今度は街と歴史を堪能したいと思う。金沢城公園から北の方向に百万石通りを進み、浅野川を渡ると国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている「ひがし茶屋街」に出る。昔ながらの古い家々には「木虫籠(きむすこ)」と呼ばれている出格子がついており、タイムスリップでもしたように街並を散策出来る。また、川を渡り返して河口方向に入った所には、同じく重要伝統的建造物群保存地区の「主計町茶屋街(かずえまちちゃやがい)」がある。こちらも川沿いに昔ながらの茶屋が並ぶ風情ある通りである。明治の中頃には多いににぎわったとされ、隣町に住んでいた泉鏡花の作品にもこの辺一帯の事が書かれているそうである。そう聞くと、古い街並の路地の奥にはなにやら妖気めいた気配を感じる。

 歴史ある城下町を散策していたら、宵闇が迫り涼しい風が吹いて来る。続いてはやはり食を堪能しない訳にはいかない。新鮮な海の幸を食べさせてくれるお店を教えてもらい入る。この店はオーダーしたものを自分の前にあるコンロで焼いて食すスタイルらしい。メニューを見ると「ガス海老」、「ゲンゲ干物」、「金時草(きんじそう)のおひたし」といったあまり聞き慣れない品がある。「ガス海老、ゲンゲとはどのようなものか?」と店の主人に聞くと、「ガス海老はガス海老だ、ゲンゲは不細工な深海魚だ。」との返事。ともかく北陸ならではのもののようなのでを食してみようと、岩牡蠣とそれら3つを注文する。

 ゲンゲは正しく不細工な魚で、これが干物にしてあるからミステリードキュメントに出てくるような小さい人魚のミイラみたいである。味はししゃもに近い感じか...。ガス海老は甘みがあり、かりっと塩焼きにして殻まで食べた。ガス海老は鮮度が落ちるのが早いために東京近辺にはあまり出回っていないようである。金時草は加賀野菜と呼ばれているものの一つで、見た目のぬめりっぽさから想像できないシャキシャキとした歯ごたえがあった。地元の美味しいものと石川県加賀市にある橋本酒造の十代目という酒をちびりちびりとやりながら、金沢の夜は更けて行った。

 次の日は富山湾を見ながら第2の美術館「下山(にざやま)芸術の森 発電所美術館」を目指した。まずは能登半島の付け根の辺りにある高岡へ行き、そこから富山湾内の西側の氷見へ移動する。高岡では「高岡御車山祭(たかおかみくるまやままつり)」という祭りの日の昼前に着いたので、街の通りで祭りの準備が進められていた。

 豊臣秀吉が時の天皇を聚楽第に迎える際に使用した御所車にルーツを発するという歴史のある祭りである。私が偶然見た山車も黒塗りに螺鈿細工がきらびやかに光る格式のあるものであった。石川、能登は江戸時代より美術工芸を奨励した事もあり、その技術がふんだんに生かされているのであろう。さらに氷見では名物「氷見うどん」と「ホタルイカの沖漬け」をいただいた。氷見うどんは普通のうどんと、にゅうめんとの中間ぐらいの細いうどんである。これがあっさりとした薄味の汁に入っているので、するすると喉を通って行く。また「ホタルイカの沖漬け」は、イカの旨味がギュッと詰まった濃厚な味で、小さな一匹でご飯がぐいぐい食べられる美味しさであった。

 腹を満たして富山湾を東の方へぐいぐい移動する。富山市の海岸線にある「古志の松原」付近からは、立山連峰が望めて大変風光明媚である。さらに東に移動して滑川を過ぎると湾は北に曲がり始める。その先の魚津の辺りの海岸線は蜃気楼が見える事でも有名である。残念ながら私は見る事が叶わなかったが、確かに沖の方では海と空が一つに解け合ってねっとりとしている様は、現実的ではないような現象が起きるのに相応しい場所である。

20150515NizayamaForestArtMuseum.jpg さらに東に向かい、黒部川を越えて入善に入ると、そこは黒部川が作り出した広大な扇状地が広がっている田園地帯になる。この田園の中に目指す第2の場所、「下山(にざやま)芸術の森 発電所美術館」がある。取り壊される予定だった水力発電所を美術館として再生したという珍しい施設である。施設は展示会場の発電所美術館、レストラン棟、展望塔、アトリエなどいくつかの建物が分散してある。大正時代のレンガ造りの趣を残す発電所美術館は河岸段丘の下側にあり、上から引かれた巨大な導水管が2本、館内に口を開けて残っている。その他にも巨大なタービンをはじめ発電設備が残されており、そちらを見学するだけでも楽しい。水力発電所と美術館の両方が好きな私には一粒で二度美味しい美術館である。

 展示スペースは広く天井の高さも約10mあるので、立体作品の企画展が多いそうであるが、今回は開館20周年記念展という事で過去の企画展開催作家26名の作品が平面、立体交えながら展示されていた。駅から遠いせいか、人が少なくて美術館の建物自体と作品を心行くまで鑑賞できたのも嬉しい。美術館を出て河岸段丘に取り付けられた急峻な階段を上るとレストラン棟、展望塔等がある。大変残念なことにレストラン(お茶だけの様)はまだ開店していなかったが、そこからは扇状地を一望できそうな眺めの良いテラスもあった。気を取り直して展望塔に登る。頂からは目の前に残雪の立山連峰が望める。立山連峰を背景に田園の中に佇むレンガ造りの建物はとても美しかった。

 さて旅の終わりに、近くの日帰り温泉で疲れを流して行く事にする。浴場の大きな窓からは、初夏の日差しが燦々と入って来る。お湯は滑らかで透明感があり、肌にしっくりとなじむ。飲料用の温泉を口に含むと鉄分とナトリウムの味がした。風呂上がりに休憩した食堂からは立山連峰の山々がくっきりと見える。帰りの駅に行く途中、日本三奇橋といわれた愛本橋を渡ってみる。橋の上から上流を見ると山々の雪解け水が豪快に流れて来る。下流を望むと扇状地の田んぼに水の恵みをもたらし、富山湾に注いで行く広々した川の流れがある。新幹線に乗る黒部川宇奈月温泉駅に着き、立山連峰を望む青空のもと、ご当地キャラのジャンボ~ル三世(入善は巨大なスイカが特産)が印刷されたスイカ最中を食しながら東京行きの新幹線の到着を暫し待った。

 東京に帰ってすぐ、本屋で宮本輝が今年4月に出版したばかりの「田園発 港行き自転車」(集英社)という本に出会った。この本に出て来る場所が富山県、入善、愛本橋というように、今回の旅と妙な共通点があった。この本を読んでいただければ、私の駄文で伝わらない、富山湾から入善にかけての雰囲気を感じていただけると思う。



April 17, 2015

艶やかで美しい金沢箔の工芸品「箔一」ご紹介


20150417hakuichi_goldleaf.jpg いつも美術趣味をご覧いただきありがとうございます。桜も散り春本番かと願いたいところですが、冷たい雨が肌寒い今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

 私は先日、表参道の裏道散策をいたしました。大通りの賑やかさとは一変し、独特の静けさがある裏通りは、グルメやファッションの穴場が多く、新しい発見をする楽しみがあります。この度は、ひときわ黄金の輝きを放ちつつも、ひっそりと佇む素敵な店舗を発見したのでご紹介いたします。


20150417hakuichi_tumbler.jpg HAKUICHI「箔一」。その名の通り、金箔を施した工芸品を数多く取り扱っている店舗です。私はその美しさに惹かれ、店舗内にお邪魔してお話しを伺いました。

 日本における金箔のシェアが99%という金沢の中でも、唯一の金箔総合メーカーであるこの「箔一」は1975年に創業。当初は「箔屋と呼ばれる箔材料を卸す仕事」に留まっていたようですが、オイルショック後の不況によって材料である箔業界が大ダメージを受けたことをきっかけに「日本の伝統工芸の継続・繁栄のためにできること」として「金沢箔工芸品の独自製造」に着手したそうです。


 現在は更に新たな価値を創造するべく、建築業界(東京スカイツリーや成田国際空港ターミナルの装飾)、化粧品業界(エステ金箔)、食品業界(食用金箔)等々、幅広く展開しています。当部の事業においても、今後何かしら共同作業ができれば幸いと思いました。

 お話しを伺った後、「桜の形をした金箔が浮かぶお茶」をご馳走になり、春の暖かい気分を満喫することが出来ました。豪華絢爛、華やかな金箔工芸品の品々。表参道に来た際はぜひ裏通り散策をして、この美しい店舗に足を運んでみてはいかがでしょうか。


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HAKUICHI「箔一」
 住 所 〒107‐0062 東京都港区南青山5‐7‐21 芥川青山ビル1階
 公式HP http://www.hakuichi.co.jp/


February 6, 2015

冬の長瀞で山羊に和む


20150206PNB-1253_entrance.jpg 寒風にいたぶられる1月末、季節外れの長瀞に出かけました。シーズンではないため、花園ICも国道も実にすんなりと通り抜けてきました。冬枯れのほんのり赤味を帯びたグレイトーンの山々は雲間から日の光を部分的に浴びて美しい輝きを見せていました。本来ライン下り、カヌー、ラフティングの名所である皆野町。今はひっそりとし、荒川上流の澄んだ水は季節に関わらず連綿と流れているものの、人のいない河原は静かな水音のみが響き、時が静止したかのような落ち着きを覚えました。

20150206tsugumi_zuanten_works.jpg そんな親鼻橋の河原近くに、「PNB-1253」という洒落た名前のブック・カフェ・ギャラリーがありました。ラフな手作り看板や地味めな建物外装が、際どくアート感を滲み出しています。この日は『〈継組図案店〉デザイン工房・継組tsugumi』と称して、アルミパネル、折り紙、テキスタイルなどのデザインを展示していました。作者はたかはしふみこさんという秩父在住のデザイナーだそうです。自然をモチーフにした連続性のあるデザインは形も色彩も非常に高いセンスを感じます。理屈ではない恣意的好みを配慮した図案の本質を見る気がしました。(2月11日まで開催)

20150206PNB-1253_shop.jpg すっきりしたギャラリースペースの奥の、味わいある店内は、リラックス空間そのもの。ブックコーナーは、オーナーの好みの写真集や詩集、少年文学などが置かれ、珈琲を飲みながら好きな本の頁を捲ることができます。自分の書棚のような親近感を覚えました。全面サッシの外は素朴な野と雑木林の風景。その敷地には飼われている山羊くんがのんびりリラックスしていました。彼の存在がこの場所の雰囲気を象徴するかのようです。空には光を浴びた雲がゆっくり流れていました。

20150206butti_the_goat.jpg このギャラリーでは保坂彩樹という写真家の個展がくり返し開催されているようでした。
モノの存在の不可思議を、さり気ない対象を通じてシンプルに捉え、抑制した色調にフィルム現像・手焼きの温もりが加わる独特の作風です。オーナーに尋ねると案の上、保坂氏はオーナーご本人でした。もともと商業カメラマンとして働いていたが芸術表現としての写真に専念すべく2008年に自然豊かなこの地で、このカフェギャラリーを立ち上げ、撮影活動の傍らカフェという人を集める場を営み、作品発表の場にしているとのことでした。写真に用途を持たせて利用したくないという意向の言葉が印象的でした。

 企業カレンダー制作に携わる筆者としては気になり、最後にもし企業カレンダーに作品を起用させてほしいとオファーが来たらどうするか尋ねると、それはそれで嬉しいことなので、企画内容を検討し、納得できればお引き受けしたいということでほっとしました。

 帰りは近くにある「埼玉県立自然の博物館」に寄り、閉館前の短時間にあわただしく鑑賞しましたが、ここはここで意外に面白く、よりじっくり見たいと思いました。



■PNB-1253
住  所 埼玉県秩父郡皆野町大字下田野1253-1
電  話 0494-62-6323
営業時間 11時~19時(冬季は18時30分まで)
定 休 日 水曜日・第一木曜日


January 30, 2015

新年、大阪、新世界紀行。


 年明け早々に大阪へ行って来た。
 新大阪から御堂筋線に乗って「なんば」方面を目指す。電車の中には何やら笹の枝に鯛や小判、米俵の飾りが付いたものを手にしている人が多く乗っている。サラリーマンの集団であったり、ご夫婦であったり。何かと思いながら駅で降りて道に出ると、笹飾りを持った人がぞろぞろ歩いている。さては縁日か祭りかと、野次馬根性で人の流れの方向に一緒に付いて行くことにした。人々は屋台でにぎわう道を抜け、今宮戎(いまみやえびす)神社という所に入って行く。境内は活気で満ちており、「商売繁盛で笹もってこい♪〜」という節回しの付いた掛け声が鳴り響いている。盛り上がったコンサート会場のようだ。

20150130ebisu.jpg 私が訪れた日は1月9日で、たまたま十日戎(とおかえびす)の宵宮祭にあたったのであった。参拝者は古くなった笹飾り(福笹というものらしい)を神社に納め、新しい福笹に小宝(鯛や小判などの縁起物の飾り)を有償で付けてもらい、今年の商売繁盛を願う。私はこの風習の事を知らなかったのだが、関西ではかなりメジャーなイベントのようである。行事を知らなかった私であるが、なぜか「商売繁盛で笹もってこい♪〜」の節だけは記憶の奥にあった。

 関西の人は恵比寿神を親しみを込めて「えべっさん」と呼んでいる。これはこの地域の人の相手に対する親しみの心や、柔らかさといった気質に関係しているのかもしれない。まずは、このブログをお読みいただいている諸兄諸姉が今年一年、商売繁盛になりますようにお祈りいたします。

20150130tsuutenkaku.jpg さて「えべっさん」を後に、新世界界隈に向かう。昭和な雰囲気が今なお残っているこの街には、レトロな映画館がまだあったりする。新世界のランドマークといえば「通天閣」。声に出したときに「ツー、テン、カク」と滑舌の良い響きが独特である。将棋棋士の阪田三吉(正しくは吉の上が土です)も「サカ・タ・サン・キチ」と、やはり響きが良い。通天閣の下には阪田三吉の偉業をたたえた王将碑がある。

 通天閣は、命名した儒学者の藤沢南岳が込めた意味のように「天に通じる高い建物」といった外観。通天閣を設計したのは内藤多仲(ないとうたちゅう)という方で、東京タワーの設計もしている。塔の高さは地上100m、現在の通天閣は2代目で1956年(昭和31年)に完成した。初代通天閣は1912年(明治45年)に完成。上部の塔はエッフェル塔、下部は凱旋門とう形をしていたとのこと。残された写真を見るととてもエキゾチックな外観で、古典SF映画のジョルジュ・メリエス的世界が体現されている。さらに当時はルナパークという遊園地とロープウェイで結ばれていたというから、正しくレトロフューチャーなSFの世界か。是非とも個性的な初代の通天閣を見てみたかった。

 ところで新世界の近くには大阪市立美術館がある。せっかくなので開催中の「中国の彫刻」展(2月8日まで開催中)を見に行くことにした。この美術館は天王寺動物園のすぐ隣にある。もと住友家の本宅があった所に建てられたこの美術館は、シンメトリーで直線的なデザインの外観がすばらしい。さらに、ホールに吊るされているシャンデリアがまた美しい。大きなホールは、正面に大理石の階段があり、高い天井には巨大なシャンデリアが2基、暖かいオレンジの輝きを放っている。ホールを見るだけでも一見の価値がある。

 「中国の彫刻」展に展示されているのは南北朝時代の北魏から明時代までの仏教、道教の石造など。正直かなり地味かなと期待せずに入ったのだが、思った以上の収穫であった。その時代の地方色豊かな表現がされた石造たちは、個性的で奔放。ある意味不出来なものもあるが、かえってそこから素朴で偽りのない信仰心を感じる。そして技術がなく技巧に走っていないが故の自由さがほとばしっていて感動した。解説にも「バランスの悪い所もあるが、おおらかで暖かみのある地方性豊かな愛すべき仏像」というような内容が書いてあり、学芸員の方の展示物に対する愛情を感じることが出来た。

 地域色が豊かな事が、文化、芸術、生活、心の豊かさにつながっているのだと、今回個性的な街、大阪で強く感じた。


December 12, 2014

漫画と盆栽の町


 さいたま市北区盆栽町にある大宮盆栽村は、その昔、東京の文京区団子坂付近に住んでいた多くの盆栽職人が関東大震災を契機にこの土地に移り住み、たくさんの盆栽園を有する自治共同体となったのが始まりで、現在も世界的な盆栽の聖地と言われています。今季一番の急激な寒波が訪れたその日、その盆栽村に近接する2つの公立美術館を訪れました。

 閑静な住宅街は石畳と木目のマップ標識で統一され綺麗に整理された印象です。庭の敷地にいくつもの盆栽鉢が見える盆栽園も目にします。住宅の1つの様にさり気なく溶け込む「さいたま市立漫画会館」に到着。一部工事中でしたが、普通に観覧できました。入場は無料です。

20141212manga_museum.jpg この美術館は1966年に創設された日本初の漫画に関する公立美術館です。近代風刺漫画の先駆者で、日本初の職業漫画家といわれる北沢楽天の晩年の住居跡に建てられました。楽天は英字新聞社で西洋漫画の手法を学び、当時評価が低かった風刺画を、近代漫画として確立させました。その活躍ぶりは語り尽くせぬもので、明治から昭和にわたり、新聞や雑誌で、政治・社会の世相を巧みに捉えた風刺漫画や、ユーモラスなコマ漫画などを描き、後継の多くの漫画家に影響を与えました。ここには楽天の晩年の作品や愛用品が常設され、画室もそのまま保存されています。生前からあった日本庭園も鑑賞でき、穏やかな晩秋の風情を楽しめました。

20141212manga_museum_garden.jpg この日は企画展として、「さいたま市民漫画展2014」の展示会初日でした(2015年2月15日まで開催)。この漫画展は小学生から一般まで、国内外・プロアマを問わず作品を募集し、審査するコンテストです。毎年開催され来年30回目を迎える、全国で最も長く続いている漫画応募展です。11月に先行して同じ展示会を別の公共施設で開催済みということもあり、あまり鑑賞者は来ていませんでした。実は恥ずかしながら今回初入賞した筆者の作品も展示されています。今回の募集テーマは「しあわせ」でしたが、展示された小学生の素直な「しあわせ」観は、あらためてほのぼのとした気分にさせてくれました。

20141212oomiya_bonsai_museum.jpg ここから北へ数分歩くと「さいたま市大宮盆栽美術館」があります。こちらの建物も付近の住宅と違和感ない容姿で佇んでいます。盆栽文化を広く人々に親しんでいただくことを目指して、2010年に開館しました。盆栽というと、高齢者の渋い趣味という印象をもっていましたが、ここに展示されている作品は、そういうイメージよりも作品としての秀逸さに目を奪われます。

 展示室は、盆栽に関する知識を記載した解説パネルと季節に合わせて選定された盆栽がブース毎に展示されています。たくさんの美しく赤い実のなった作品が印象的でした。

 続いて「座敷飾り」として3種類の異なるスタイル(真・草・行)の床の間の見本が設営され、各部屋の特徴に合わせて、盆栽と掛軸が展示されています。掛軸と盆栽は密接に関わりあると感じました。

20141212bonsai_museum_garden.jpg 最後に戸外の盆栽庭園を鑑賞。常に40~50点の名品が見られます。ただひたすら寒かったので、スピーディーに見て廻り、建物内に戻りました。残念ながらこの日は展示替え期間で企画展示の開催はありませんでした。

 盆栽は人が自然に働きかけ、一緒に作り上げていく生きた芸術作品。優れた作品にはそこへ到達し維持するために想像を超えた根気がいるのではと敬服します。



■さいたま市立漫画会館

 さいたま市北区盆栽町150番地   
 TEL 048-633-1541
 開館時間 9:00~16:30
 休館日  月、祝日の翌日 年末年始

 
■さいたま市大宮盆栽美術館

 さいたま市北区土呂町2-24-3
 TEL 048-780-2091
 開館時間 11月~2月=9:00~16:00  3月~10月=9:00~16:30
 休館日  木曜(祝日の場合は開館) 年末年始 臨時休館あり
 観覧料  300円(20名以上の団体料金200円)


December 5, 2014

開業100年記念「東京駅」と、銀座をぶらぶらした事


 今月、2014年12月で東京駅が開業して100年を迎えるそうである。2012年には、開業当時の姿が再建されて話題となった。東京駅の丸の内駅舎は、1914年(大正3年)に完成した建物であり、その設計は、日本銀行本店(旧館)など数々の重要文化財となる建物の設計を手がけた辰野金吾によるものである。

 東京駅開業100年記念を迎えるにあたり、東京ステーションギャラリーでは、プレイベント的な「探検!発見!東京駅」という展覧会をやっているというので見に行く事にした(こちらは11月30日で終了)。東京ステーションギャラリーは東京駅丸の内駅舎の中にある美術館である。改修前は丸の内側の中央辺りに入り口があったのだが、行ってみるとシャッターが下りている。不覚にも今日は休みかと落胆し、ブログは別のテーマを探さなければと重い足で切符を買って帰ろうとしたら、ギャラリーの入り口が丸の内北口改札前に移っていたのを発見。気を取り直して入場券を券売機で購入し、まずエレベーターで3階まで上がる。

20141205Stainedglass.jpg 今回の展覧会では、2012年のイベントで行われたプロジェクションマッピング(建物など立体物に映像を投影する技術)が、1/20の大きさの丸の内駅舎の模型に映し出されるのが見られた。また復原前と後の駅舎の断面模型なども展示されていて、東京駅につて楽しく学べる事が出来た。ギャラリーの内装は、建設当時の構造用レンガ壁がむき出しになっており、歴史と趣がある。またフロアを下に移動するための八角形の回り階段の天井には、旧ギャラリーのアールデコ調のハイカラなシャンデリアがつり下げられている。美術館2階にあるミュージアムショップに入る手前には、北口ドームの八角形の回廊があり、この回廊から1階のホールを見渡すと、なんだか優越感を覚える。東京ステーションギャラリーは、美術館の建築自体が楽しめる所でもあった。なお、東京ステーションギャラリーでは12月13日〜2015年3月1日の期間、東京駅開業百年記念「東京駅100年の記憶」が開催されるとの事。

 さて東京駅を八重洲側から出て、銀座方面へ向かう事にする。山手線の高架線に沿って有楽町に向かって歩く。この高架線の下にはいろいろなお店が入っており非常に楽しい。しかしギャラリーで立ちっぱなしだったのでちょっと一休みしたい。銀座2丁目に古くからやっている十一房珈琲店がある。店先の焙煎機で焙煎した豆で珈琲を提供してくれる純喫茶で、また焙煎した豆も売っている。店内は落ち着いた雰囲気で、真空管アンプから流れるジャズの音色に、ほっとする場所である。ガスレンジの青い炎でコトコトと沸かされたお湯で、ゆっくりと丁寧にネルドリップで入れてくれた珈琲は美味しい。チェーン店のコーヒーショプが増えて、純粋な喫茶店が減って行く中、貴重なお店になった。ぜひとも喫茶店文化を残して行ってほしいと切に願う。さて家で飲むため、キリマンジャロのフレンチローストを買って出る。

 中央通りに出て、新橋方面に向かう事にする。この通りは正しく銀座の中心的な通り。ブランドショップや松屋、三越、和光などのデパートが並ぶ。和光の凝ったショウウィンドウを眺め、歩行者天国になった大通りの真中をさらに進む。松坂屋があった場所は再開発中で、ぽっかりと大きな空間が出来ている。銀座でこのスペースの空間があるという事が、何かシュールな感じさえする。

20141205Souvenir.jpg ほとんど新橋に近い銀座8丁目に、臙脂色のおしゃれなビルが建っている。資生堂パーラー本店が入っている建物である。このビルの地下には資生堂ギャラリーというスペースがあり、いろいろな企画の展覧会を行っている。今回は写真家アラーキーで親しまれている「荒木経惟」の「往生写集」展が開かれていた(12月25日まで開催)。展示会場には、強烈な色彩の写真が展示されている。ソフトビニール製らしい足の生えた深海魚に食われる人形の頭、どくどくしいまでに鮮やかな花、花、花、と、それに飲み込まれて行く人形達など。エロスとタナトスに満ち溢れた世界が展開している。地下の迷宮から地上に戻ると、そこは大人のお菓子の国。1階の資生堂パーラーショップにてお土産を探す。資生堂パーラーは1902年に誕生との事なので、100年以上の歴史がある。お気に入りのチーズケーキを購入する事にした。このチーズケーキは、一口サイズぐらいのブロックに、チーズがごろっと入ったような、チーズの美味しさがそのまま楽しめるシンプルで深い味わいのモノ。今日は東京、銀座の歴史と文化を楽しんだ一日であった。



 今回訪れた東京駅に関連して、当社商品にも鉄道画家の富田利吉郎作「東京駅」のリトグラフがあるのでご紹介します。赤煉瓦の趣を詳細なタッチで描いたこの作品は、駅舎の屋根が、戦災復興をした当時の三角屋根になっている。戦後の昭和生まれの世代(私も...)にはなじみのある、だが今は見られなくなった懐かしい姿である。この記念の機会に是非ご覧ください。なお、富田利吉郎の作品には、かわいらしい木造駅舎の原宿駅もあります。

【冨田利吉郎 略年譜】
大正8年 山形県新庄市に生まれる。
双台社研究所でデッサンを学んだ後日本画家・福田豊四郎に師事。
昭和31年 新制作協会日本画部(現在の創画会)に初出品。
昭和40年 日本橋丸善にて初の個展開催。
昭和44~47年 新宿ステーションビル、ギャラリー・アルカンシェルにて「蒸気機関車のある風景」展開催(通算4回)。
昭和49~56年 ギャラリー・アルカンシェルにて「停車場のある風景」展を開催(通算8回)。
平成3年 オリジナル・リトグラフ《東京駅》、《原宿駅》を制作
平成7年 3月逝去。享年76。
著書に、画集「蒸気機関車のある風景」(ノーベル書房)、画集「停車場のある風景」(講談社)など。


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オリジナル・リトグラフ
富田利吉郎 《東京駅》、《原宿駅》
販売価格 各95,000円+税


<仕様体裁>
作者 富田利吉郎
限定 各180部
技法 オリジナル・リトグラフ(作者自身が描版)
版数 各14版・14色
用紙 ヴェラン・アルシュ
額縁 木製金箔仕上げ(国産、ハンドメイド)
画寸 41×47cm
額寸 60.5×66.5cm 
重量 約2.2kg
発行 共同印刷株式会社

October 31, 2014

自転車散歩-江戸の風情が残る行徳界隈


 自転車を使った気ままな散歩、ポタリングが人気を集めている。江戸川を挟み東京に隣接する千葉県の行徳(ぎょうとく)はかつて多くの旅人が行き交い繁昌した宿場だった。自転車ならではの機動性を活かし江戸の風情が今も残る行徳の町を散歩してみた。



gyoutoku_benten201410.JPG 浦安市に隣接する市川市行徳地区は地下鉄東西線が開通して以来東京のベットタウンとして発展し駅の南側(海側)に向かって新しい街並が拡大している。バードウォッチングが好きな方であれば海側に宮内庁の新浜鴨場(御猟場)と市川野鳥の楽園があることをご存知であろう。東京ディズニーランドや葛西臨海公園にもほど近い。新興住宅地のイメージが強いが、本来の行徳は駅北側の旧江戸川と並行する行徳街道(県道6号線)沿いの本行徳を中心とした地域で、今も江戸の風情を残す古い町屋や社寺、古祠が多く残る。海側には、かつて遠浅の干潟を利用した大規模な塩田があった。駅前の弁天公園のあたりは弁財天を祠る鎮守の森で江戸時代は小島であったともいわれる。

 行徳は江戸から房総、常陸(現在の茨城県)方面への旅の起点となり多くの旅人や物資が行き交う交通の要所であった。今で言えば首都圏観光ガイドにあたる江戸時代末期に出版された『江戸名所図会』※には当時の行徳の賑わいが以下のように記されている。

 『行徳船場 大江戸小網町三丁目行徳河岸といえるより此地まで船路三里八丁あり。房総の駅路にして旅亭あり。故に行人絡繹(こうじんらくえき/「路行く人の往来が絶えない様」の意)として繁昌の地なり。殊更(ことさら)正五九月(1月、5月、9月)は成田不動尊へ参詣の人夥しく賑い大方ならず。』(「江戸名所図会」第7巻)

※江戸名所図会(えどめいしょずえ)
全7巻。1~3巻は天保5年(1834)、4~7巻は天保7年(1836)の刊行。江戸神田雉子町の名主を務めた斎藤長秋、莞斎、月岺の親子三代により編纂され、月岺が刊行した。挿図は長谷川雪旦。江戸文化の研究者必携の名著とされる。ちくま学芸文庫に収められているほか、原本は国立国会図書館デジタルコレクションに収録されインターネットで一般に公開されている。





常夜灯
gyoutoku_jouyatou201410.JPG 江戸市中には縦横に運河が張り巡らされ水運が盛んであったから、船を使う行徳経由のルートは人気が高く江戸から成田山新勝寺へお参りする人々で大いに賑わった。船着場の新河岸跡には『江戸名所図絵』に描かれた江戸末期、文化九年(1812)の常夜灯(市川市指定文化財)が今も残り周辺は公園として整備されている。この行徳ルートを開いたのは徳川家康と言われている。家康は新たに小名木川と新川という二つの運河を開削し日本橋と行徳の間を直接船でつなぐルートを設けた。行徳は古くから製塩業が盛んで家康は軍事的見地からこれを重視し厚く保護したと言われる。



笹屋うどん跡
sasaya_201410.JPG 当時行徳名物として親しまれたのは新河岸からほど近くの行徳街道沿いにあった笹屋うどんである。『江戸名所図絵』行徳河岸の挿絵にも「名物さゝやうんとん(饂飩)」と描かれている。笹屋のいわれは、「石橋山の合戦に敗れて安房へ落ち延びる途上行徳に着いた源頼朝一行を、うどん屋の仁兵衛がうどんでもてなし、頼朝から源氏の家紋「笹竜胆」を拝領し以後屋号を「笹屋」としたと伝えられる。残念ながら廃業して久しく、名物うどんがどんなものであったかはわからないが※、江戸時代の建物や太田南畝の筆になるという看板が今も大切保存されている。(看板は市川歴史博物館に展示)
※看板には「御膳ほしうどん」と書かれており、干麺を使ったものであったようだ。



徳願寺
tokuganji_201410.JPG 「行徳千軒寺百軒」といわれるほど数多い寺院を代表するのは、寺町通りにある徳願寺だろう。同寺は家康の帰依を受けて慶長十五年(1610)に開創され四百年余の歴史を持つ。本尊は運慶作と伝える阿弥陀如来像で江戸城に祀られていたものを当寺に移したといわれる。現存の山門と鐘楼は安永四年(1775)の建築でこちらも市川市指定文化財となっている。



成田道(なりたみち)
teramati_st_201410_02.jpg 江戸から成田方面へ向かう道には、千住、小岩を経て江戸川を船で渡り現在の千葉街道(国道14号線)を通り市川、船橋を経由して成田街道(国道296号線)へ抜ける陸側のルートと、日本橋小網町(現在の箱崎付近)行徳河岸から行徳の新河岸まで船を使い、行徳から船橋までは現在の「寺町通り」や県道179号線を経由して船橋に至る海側のルートがあり、どちらも「成田道」と呼ばれた。(両者は船橋宿の入口で一つに交わる。)



権現道(ごんげんみち)
gongenmiti_201410.JPG 行徳街道と並行するように行徳地区を縦断する「権現道」と呼ばれる狭い路地は、東金御殿へ向かう家康が通ったと言い伝えられている古道だ。行徳街道成立以前からあったといわれ、この道に沿って多くの寺社や小祠が立ち並ぶ。
 古い歴史を持つ道だが地域住民にとっては今も大切な生活道であり、車が行き交う表通りを避けてこの小路を利用する方が多いようだ。







 日本橋から行徳までは地下鉄東西線で20分余り、都心から近く手軽に楽しめる行徳はお勧めだ。行徳駅や一つ隣の南行徳駅に置かれている無料のレンタサイクルが利用できる。また市川市が作成した「歴史的街並の散歩道」と題するガイドマップを是非携帯したい。イラストで描かれた地図には見どころが満載されている。市川市役所文化振興課で無料配布されているほか市川市のホームページからダウンロードすることもできるので是非活用されたい。



October 24, 2014

小江戸美術散策


 翌日は関東に台風が直撃すると目されていた曇り空の休日、気分だけでも晴れやかにと、久しぶりに好きな街・川越を訪れてみました。

 いうまでもなく川越は、小江戸の異名を持つ通り江戸時代の城下町の風情が色濃く残されており、歴史を刻まれた建物やそれを大切にする景観づくりがとても魅力的です。私にとっては街そのものがアートであり、心和むドリームランドです。見るものが尽きない中で、今日は美術館を中心に散策することにしました。

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 氷川神社と新河岸川のすぐそばにヤオコー川越美術館がありました。2012年開館の新しい美術館です。小ぶりながらその洗練された未来的外観は不思議な存在感があります。直線の建物に緩やかな曲線の道を組み合わせた、計算された造形美。建築設計は、世界的建築家・伊東豊雄氏の手によるそうで、建築雑誌などにも紹介され、海外からも建物を見に訪れる方がいらっしゃるそうです。

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 展示作品は、写実絵画の巨匠、三栖右嗣(みす ゆうじ/1927~2010)画伯の作品で、美術館自体、画伯の記念館となっています。迫真の写実的描写で桜花や人物画を描いていますが、とりわけ今回の展示では一連の林檎の作品が取り上げられていました。単なる静物としてではなく、自然風景の中にある生命体として、その生と死、再生を見つめ続け、作品にしています。150号大の大判・モノトーンのリトグラフ<林檎の樹>は墨画のように勢いある筆致やはねが迫力いっぱいで目をひきました。シャープな三栖画伯の作風はA.ワイエスを連想しますが、やはり画伯も敬愛していたようでした。

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 この美術館とは対照的に、川越に根付く歴史を想わせる山崎美術館は、全く異なる味わいがありました。江戸時代から続く菓子店・亀屋のオーナー山崎家が、その蔵や工場を改造して、1982年に開館した美術館です。川越藩のお抱え絵師だった日本画壇の巨星・橋本雅邦の作品コレクションを中心に公開しています。3つほどの部屋に分かれており、もと土蔵らしき1番目の部屋には和菓子の木型や技法書など、続く2番目の部屋には浮世絵、ランプ、千両箱など骨董品が展示されています。

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 さらに3番目は、格子戸をあけ靴を脱いで上がる広い部屋です。ここで橋本雅邦や他の日本画家作品が鑑賞できるのですが、他に花瓶類やアール・ヌーボー調の食器なども展示されています。博物館のような印象ですが、美術館を設立した六代山崎嘉七氏の、コレクションは全てお見せしたいというサービス精神が伝わります。雅邦の作品はこの日、恵比寿、大黒、兎、蓬莱山、そして昇龍の5点が展示されていました。昇龍は雅邦60代半ば頃の作品で、波頭を蹴って天空に昇る龍をスピード感あふれる構図と筆致で描いています。

 本物の歴史ある建物は心にしみる風情があります。鑑賞後は展示室の前で亀屋の最中とお茶をいただき、それをしみじみ味わいました。

 散策を続け、お土産に「いも恋」を買っていたときは小雨だった天気も帰り道は豪雨となりました。翌週は川越まつりがあると知り、1週ずらせば良かったと思う反面、道がすいていてラッキーだったのだと思い込むことにしました。





■ヤオコー川越美術館
 住 所 川越市氷川町109-1
 電 話 049-223-9511

 開 館 10時~17時
 定休日 月曜(祝日の場合は翌日)
 料 金 一般300円、高・専・大学生200円、
     中学生以下無料(団体20人以上は100円引き)


■山崎美術館
 住 所 川越市仲町4-13
 電 話 049-224-7114

 開 館 9時30分~17時
 定休日 木曜(祝日の場合開館)、展示替期間
 料 金 一般500円、高・大学生350円、
     小・中学生200円(団体10人以上は割引あり)

October 17, 2014

あをによし奈良の都の旅もよし。 飛鳥、そして平城宮跡を巡ってみた事。


 奈良県に行く用事が出来たついでに、飛鳥の遺跡と平城宮跡を巡ってみる事にした。奈良を訪れたのは詰襟学生服を着ていた中学生の修学旅行以来なので、かれこれ30年以上経つ。

 まずは飛鳥の遺跡を巡ってみたい。歩いて回るのは難しいと思い、橿原という駅でレンタサイクルを借りる計画を立てた。出発場所の大和西大寺駅の窓口で、駅員から切符を買おうと思うが、まず橿原(かしはら)という字が読めない。こういう時はいつものごとく、ごにゃごにゃっと頭の言葉を濁して後の原(ハラ)を力強く発音して切り抜ける。なんとか駅員から切符を買って橿原駅に到着。車重が20kgはありそうなママチャリ(変速ギアなし)を借りて秋晴れの飛鳥路をスタートした。この自転車、時速15kgも出るとクランクが空回りし、ちょっとした坂でも立ちこぎしないと上がれないスローな乗り物である。

20141017sakahuneisi.jpg まずは一番訪れてみたかった「酒舟石(さかふねいし)」に到着。周りをうっそうとした竹林に囲まれた小高い丘の上に鎮座するこの不思議な岩には、いくつもの溝が彫ってある。案内板によると、酒や薬、油などを作るときに使った道具といわれていたり、庭園の施設という説もあるとの事。今もって謎の遺跡のよう。岩には石割りの工具跡が残っているが、これは作られた時のものではなく、その後に石の一部を誰かが持って行った跡だとか。完全な形を見られないのは大変残念。この遺跡の下には平成12年に発見されて話題になった亀型石造物と小判型石造物がある。小判型石造物に溜まった水が亀型石造物の頭に流れ込み、亀の胴体を水で満たして尻尾の辺りからさらに流れ出る構造になっているなかなか凝った作りのもの。

 「酒船石」を後にして、落ち着いた佇まいの飛鳥の里をうねうねと自転車は進み、有名な「石舞台古墳」に到着。ここは観光スポットとして、かなり人が多く訪れている。周りを緩やかな山々に囲まれた巨大な天井石の姿は、現代彫刻が展示しているかのよう。遠く下の方には銀ネズ色に輝く家々の瓦屋根が見える。次は古墳のある高台から一気に下り、聖徳太子生誕の地とされる「橘寺」の「二面石」を見学。岩に彫られた二つの顔は人の心の善悪二相を表したものといわれているらしい。「橘寺」を下った所に雑貨屋さんがあったので一休みする。ここでは明日香村の果物や野菜のジェラードが食べられる。古代米(黒米)味を食べたかったのだが残念ながら売り切れ、あすかルビーというイチゴのジェラードを注文する。食感は非常にねっとりとしているが、甘すぎず、イチゴの爽やかさを味わえた。元気を取り戻し、さらに「亀石」、「鬼の雪隠(せっちん)」、「鬼の俎板(まないた)」を見て回り巨石遺跡を堪能した。

 今夜宿をとる大和西大寺に戻り夕食を摂った後、夕闇の平城宮跡に散歩に出かける。かつて天皇が国家儀式を執り行った第一次大極殿(だいごくでん)がライトアップされて明るく輝いているのが遠くから見える。近づいて見ると大極殿はかなり巨大であった。遥か南の方向にも明るく輝く朱雀門が見える。そこを目指して暗くなって人もまばらな道を進んでみる。平城宮跡は巨大な広場のようになっており、夜になるとかなり暗く、人もあまり通らない。いつまでも続く寂しい道を一人歩いていると、芥川の羅生門ではないが盗人でも出ないかと不安になって来た。明るく照らされた朱雀門に無事たどり着き、ほっと一息。かつての旅人も街の門にたどり着いた時はこのように安堵を覚えたのではあるまいか。

20141017daigokudenn.jpg 翌日、すっかり明るくなった平城宮跡に再度訪れてみた。広々とした平野に大極堂(平成22年復元)と朱雀門(平成10年復元)がかなり離れて向かい合っている。その間を近鉄奈良線が通っている景色も、のんびりとしていて良い。せっかくなので平城宮跡資料館という建物に入ってみると、ボランティアの方から展示物の説明をしていただけた。時間があまりない旨お伝えすると、その時間に収まるように要領よく説明していただけ、大変助かった。次に昨夜は外から見た第一次大極殿の中に入ってみる。高い天井を見上げると美しい蓮の花が描かれている。なんと日本画家の上村淳之先生が原画を描かれたとの事。さらに四周に巡る小壁に描かれている四神(玄武、朱雀、青龍、白虎)・十二支も淳之先生の筆によるもの。先生がこれらを描かれたのは厳冬の時期で、高い足場を組み、そこに登って描かれ大変なご苦労があったそうです。(なお繊細で色鮮やかな上村淳之先生の花鳥画は当社商品にもございますので下記をご参照ください。)大極殿を出て平城宮跡の草原に立て遥か山々を見やる。緑と水が豊富な奈良の地は、やわらかな空気に包まれて、まさしく良い土地であった。



追伸
 現在、東京近代美術館で開催中(2014年9月23日~11月3日)の菱田春草展。重要文化財の「落葉」は残念ながら13日で展示替えのため見られなくなったようですが、当社商品の「落葉」はまだ多少残っています。よろしければこちらも参照ください。



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彩美版® 菱田春草 《落葉》 左隻/右隻

【販売価格】

■15号
左右・各  本体価格 200,000円+税
左右セット 本体価格 380,000円+税

■25号
左右・各  本体価格 250,000円+税
左右セット 本体価格 480,000円+税


【仕様体裁】
原画 永青文庫所蔵(熊本県立美術館寄託)、重要文化財指定
技法 彩美版®
限定 左隻/右隻 各150部
画寸 25号 34.6×80.3cm / 15号 28.3×65.2cm
額寸 25号 52.5×98.5cm / 15号 46.0×83.0cm
額縁 特製木製額、アクリル付き(国産、ハンドメイド)
証明 所蔵者の承認印押印証紙を額裏に貼付
発行 共同印刷株式会社





-画家の夢見る世界への誘い-
彩美版® 上村淳之 《四季花鳥図》
販売価格 160,000円+税



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※背景の銀色をシルクスクリーンで再現しています。


【仕様体裁】
原画 近畿日本鉄道株式会社所蔵 松伯美術館委託
監修 上村淳之、松伯美術館
技法 彩美版®、シルクスクリーン手摺り
限定 300部 
画寸 天地25.2cm×左右65cm
額寸 天地41.4cm×左右81cm
重量 約2.3kg
用紙 版画用紙
額縁 特製木製銀泥額、アクリル付(国産、ハンドメイド)
証明 監修者の承認印押印証紙を額裏に貼付
発行 共同印刷株式会社



※「彩美版®」は共同印刷株式会社の登録商標です。


September 5, 2014

さり気なくアートな空間で一息


 お盆も終わり、夏もそろそろ名残惜しそうに後ろ姿を見せようとする頃、ふらりと映画を観に行き(るろうに剣心~京都大火編)、途中で終わった感が名残惜しく、続編を見ねばと思いつつ、さらにふらりと近くにあるアルピーノ村に立ち寄りました。

G_inside_20140905.jpg アルピーノ村とは、さいたま新都心にある、フレンチやイタリアンのお店や、お花屋さん、お菓子屋さんなどが大通りをはさんで並ぶ店舗空間で、(たぶん)知る人ぞ知る人気スポットです。実はこれが初めての訪問ですが、それぞれのお店の何ともさり気なくお洒落な佇まいが気持ちを和ませます。ヨーロッパの素敵な邸宅を想わせる「お菓子やさん」という洋菓子店に入ると、その奥に、「あるぴいの銀花ギャラリー」という画廊があります。

G_inside2_20140905.jpg 画廊といってもかしこまった感じはなく、菓子店の空間の延長で、ちょっとアートに触れられるという印象です。その時は「アイデアを具現化する-生活の道具 考案と制作と展示」という催しでした。椅子やラック、ハンガー、状差し、花瓶、カットボードなど、ユニークに設計されたデザインが、職人的技術で美しく味わい深く製品化されていました。町田市の工房団地に集まった4人の若い作家さんたちの作品だそうで、作家さんが気さくにお話をしてくれました。

karakurin_20140905.jpg ギャラリーのオーナーの方は、「画廊というと限られた人々が訪れる場になりがちだが、菓子店舗とつなげ、その境界をなくすことで、より幅広く子どもも含めたくさんの方に、気軽に作品に接してもらえることを意図した」とおっしゃっていました。そしてこのアルピーノ村の各お店には、このギャラリーと関わるアートやデザイン作品がさり気なく置かれているそうです。「お菓子やさん」にも、テーブル等なるほどと思わせる家具類が見られますが、何といっても目を惹くのが、レジの後ろ上部に掛けられた、井村隆先生の金属加工によるシリーズ作品「カラクリン」。レトロなSF的オブジェは、柔らかな手作り感と無骨さがあり、生命を吹き込まれたようで、夢と温もりにあふれています。

 さらにこのアルピーノ村を語る上で外せないのが、鈴木悦郎先生の作品だそうです。悦郎先生は大正生まれの画家・イラストレーターで、雑誌『ひまわり』『それいゆ』などの挿絵や本の装幀、バレエ美術など幅広い分野で知られています。昨年惜しくも亡くなられたということですが、お店の2階も(式場の空間のようですが)見せていただき、数点の悦郎先生の抽象作品が飾られていました。確かにお店全体を形作るVI表現というか、さり気ない装飾や包装紙、袋などの愛らしいデザインは鈴木悦郎先生の手によるものです。

 1969年に最初にフレンチレストラン「アルピーノ」が誕生し、徐々に発展してきたそうで、このギャラリーも老舗の歴史を持つわけですが、全くそういうイメージはなく、お菓子の可愛くてフレッシュな美味しさが、そのままギャラリーに息づいているようです。



■あるぴいの銀花ギャラリー
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 さいたま市大宮区北袋町1-130

 電  話 048-647-2856
 営業時間 11時~18時  
 定 休 日 火曜日

August 29, 2014

お盆の真中に東京の真中に行った事、及び自分の行動範囲はあまり変わらないことを自覚した件。


 この夏もお盆が来た。東京ではこの時期、帰省や旅行でビジネス街は人が少なくなる。そこでこの機会にいつもは人が多い東京の真中で、閑散とした街を楽しんでみようと出かける事にした。まず東京の真中とはどの辺かということになるが、ここは江戸からの中心地、皇居の辺りをそれとする事にした。皇居の住所は東京都千代田区千代田1-1だそうで、いかにも真中っぽい。

 まずは東京駅から皇居を望む。辰野金吾の設計により大正時に建てられた東京駅は、赤レンガと特徴的なドームが美しい。鉄道画家として活躍した富田利吉郎の作品「東京駅」に、そのモダンな駅舎が精緻に描かれている(本作品は当社にリトグラフの在庫がある)。行幸通りの広い道を皇居に向かい、和田倉門を過ぎて皇居の周りを時計回りとは逆に進む。皇居を一周すると約5Kmとの事。さすがにいつもはランナーでいっぱいのこの道も、走っている人はまばらで空いている。大手門、平川門を左に見ながら毎日新聞社のビル前を過ぎた所で竹橋の横断歩道を渡る。ここから緩い坂を登り、警視庁第一機動隊と書かれた怖そうな標識を過ぎ、東京国立近代美術館と、その隣の国立公文書館をやり過ごし、少し進んだ所に今回訪れてみたかった場所、東京国立近代美術館工芸館がある。

kenmochi_chair.jpg レンガ造り2階建てのゴシック様式の建物は歴史と趣があり、旧近衛師団司令部の庁舎を保存活用したそうである。工芸館という名の通りここでは主に近代美術の工芸、デザイン作品を展示している。重要無形文化財の保持者などの優れた技術と高い芸術性を持った作品が、観覧料大人は210円と非常にリーズナブルな金額で見られるすばらしい所である。しかも普段から割と空いている。今回は「もようわくわく」という様々な模様をテーマにした展示会を開催していた(2014年8月31日まで)。中でも漆を幾層にも塗り重ね、模様などを彫刻する「彫漆」の作品は、その技法と表現の妙が新鮮であった。ところで館内には所々に観覧者が休めるように椅子が置いてあるのだが、こちらがまた良い。重厚な厚板材で作られたもの、うさぎの形の様なかわいらしいものなど様々。私のお気に入りは、剣持勇の藤丸椅子。藤で編まれた丸っとした形状の中央に色鮮やかなクッションがのっている。シンプルで美しいデザインに感嘆する。

sakurada_trench.jpg さて涼しい工芸館を出て、じりじりと暑い日が差す中、皇居の道に戻り反時計回りに進む。千鳥ヶ淵の在日英国大使館の威厳ある建物を右手に見ながら半蔵門に向かう。半蔵門の辺りから霞ヶ関方面を望むと、桜田濠の深い水の色と周りの木々の緑、そして緩いカーブを描いた凹凸のある地形とが不思議な景色を見せてくれる。道は下りになり右手に国立劇場、最高裁判所が見えてくる。最高裁判所の前にある三宅坂小公園に三人の女性像が設置されている。彫刻家として活躍した菊池一雄が制作した広告記念像だそうである。広告が日本の産業文化に貢献した実績を記念し、広告功労者を顕彰する記念碑として日本電報通信社(現在の「電通」)が建てたものだそうだ。裁判所の前にあるので、正義や平等に関係する女神像かと漠然と思っていたのだが、全くの思い違いであった。いつもながらの思い込みを反省する。その背後には、「渡辺崋山生誕地」と書かれている立て札が目立たなく立っている。江戸後期の藩士、蘭学者で文人画家としても名を成した崋山は、高い写実表現の作品を描いている(残念ながら、こちらは当社に複製画はない)。

 さらに足を進めると右手に国会議事堂に続く幅の広い道が現れる。国会議事堂の前には、その名もずばり「国会前庭」という公園が北地区と南地区に分かれてある。この公園はかねてより休日に行くと非常に空いているのだが、お盆の時期は全く閑散としている。緑の多い公園に小川や池などが散在して、正しく都会のオアシス的な場所である。場所柄かトイレもきれいなので、たまに立ち寄る時は使わせてもらっている。都会生活では、「きれいなトイレがどこにあるか知っている事はとても重要な事である」と個人的に思う。公園の中程では都会の喧騒もそれほどでなく、国会議事堂のすぐ前という大都会にいる事を忘れてしまう。

 さてそろそろ皇居一周も終わりに近づいている。坂を下り終えると警視庁のある桜田門がある。門をくぐって左に進めばスタートした和田倉門に着くが、真っ直ぐ有楽町方面に向かう事にした。丸の内にフランスのクリスタルメーカー「バカラ」の店舗がある。工芸館では日本の優れたガラス工芸に触れてきたので、西洋のガラス工芸にも触れるのが良い。まだまだ残暑厳しい街に向かう。しかしよくよく考えてみたら、今日訪れた所は普段も割と空いている所であった。

 余談ではあるが今年の秋、9月23日から東京国立近代美術館で近代日本画の巨匠、菱田春草の生誕140周年を記念して大回顧展が開催される。この展覧会では菱田春草の代表的な作品が集結し、重要文化財4点全てが出品される。中でも大作「落葉」の連作5点も全て見られるとあって大変楽しみである(当社の複製画、彩美版®にも重要文化財の本作品がある)。

July 4, 2014

歴史のとけ込む不思議な街と、レトロフューチャーなタワーについて

 琵琶湖は日本一大きな湖であるという。その大きな湖の北東に長浜という街がある。旅の行程の都合で初めて訪れたが、とても魅力的な街であった。

まだ日が傾く前から宿でさっと一風呂浴びて、街の散策に出かける事にした。湖畔から街の中心に向かって歩いてゆくと、電車の線路脇におしゃれな洋館が見える。現存する日本最古の鉄道駅舎(旧長浜駅舎)だそうで、今は資料館になっている。建物には、優しいクリーム色の壁面にレンガ飾りが付いた窓が並んでいる。瓦葺の屋根にもレンガ造りの煙突が突き出ている。色も、形もとてもかわいらしい。自分の街にこのような駅舎があったら自慢である。

 さらに歩みを進めると、古い町並みが碁盤の目のように続いている。家々の壁が年季の入った黒い板塀で出来ている所がある。船板塀というらしい。

 街の繁華街までやってくると、何やら歴史を感じる、威厳のある建物がある。黒壁ガラス館というガラス細工を展示・販売している所らしい。明治時代に建てられた第百三十銀行長浜支店の建物を保存、使用しているとの事。店内には、指先程の小さい昆虫のガラス細工から、かなり値の張りそうな豪華なグラス類まで取り揃えており、とても楽しめる。今では訪れる方も増え、芸術性も高い長浜のガラス工芸も、関係者の方のご努力によってここまで創られて来たというから大変感心する。そこに住む方々の力で地域産業がアートとしても花咲いた貴重な成果である。この辺り一帯はおしゃれなガラス工芸のショップや、昔ながらの町のお店、歴史を感じる寺院などが渾然一体となり、ノスタルジーを誘う街並になっている。nagahama_Tower.jpg

 しかし長浜での出会いの中でも印象深いのが、長浜タワーである。そのレトロフューチャーな趣と、センスは秀逸である。建物は昭和の小振りなデパート風で、ギザギザ屋根のブルーのラインがアクセントとして効いている。そしてこの建物の一番の特徴ともいえるのがタワー(鉄塔)である。大きな電波塔のようなものが建物のてっぺんに付いており、そこには長浜タワーと看板文字が掛かっている。まさに昭和の夢と希望、哀愁を誘う記念碑的建造物である。



 黄昏の川沿いを歩いていくと、橋のたもとにビアガーデンがあった。長濱浪漫ビールという地ビールを飲ませてくれるお店だそうである。

Roman_beer.jpg 夕飯をここで済ませていく事にする。店内は広々として、落ち着いた雰囲気である。築100年以上の米蔵を改装して造られたそうで、店内にはビールの金属製の樽が並んでいる。ここでは日本地ビール協会金賞を受賞したエールや、ピルスナーなど4種類の地ビールが楽しめる。料理も地元の食材を使ったものを取り揃えており、夕食代わりに頼んだ近江牛のまぜご飯も美味しかった。
このまぜご飯の中に、何か赤くてやわらかい見慣れないものが入っている。かわいい店員さんに聞いてみると名物「赤こんにゃく」との事。こんにゃくといえば、灰色系で地味な色と思い込んでいた頭には、新鮮な驚きであった。

 ここの店員さんもそうだが、長浜で働いている若い人達は、とても元気がある。自分が働いている街と仕事に自信があるように感じる。

 宵の街をさわやかな風に吹かれながら宿に戻る。部屋の窓からは宵闇の湖畔にお城が見える。昭和に再興されたそうだが、秀吉が居城として初めて築いた長浜城である。秀吉の遺産を見ながら思う。この街は、戦国から明治、昭和とそれぞれの時代が今に生き続け、自然にとけ込んでいる。今日は、すばらしい長浜ワールドを堪能させてもらった。


May 30, 2014

初夏の田園を旅する


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初夏の陽気に誘われて北総の谷津道を自転車でたどる約90kmの小旅行に出かけてきました。一日戸外で過ごすと真っ黒に日焼けするほど強い陽射しですが、一旦木陰に入れば吹く風も爽やかな気持ちよい気候です。カエルのコーラスを伴奏に青々とした苗の列が田面(たのも)を渡る風に揺れています。
※各写真をクリックすると拡大します。


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「ケーン、ケーン」
突如響き渡る鳥の鳴き声。色鮮やかなオスの雉子が眼に飛び込んできました。今は雉子の繁殖期です。雉子が鳴くのはライバルが自分のテリトリーに入らぬよう縄張りを宣言しているのだとか。この日はいつもより多くの雉子を眼にしました。

さて、谷津田に沿った細道を走り抜けて行き着いた先は、印旛沼湖畔の「双子公園」です。双子公園は北印旛沼と南印旛沼をショートカットする「印旛捷水路(いんばしょうすいろ)」の南側の端に設けられ、印旛沼を周遊するサイクリストの休憩場所として親しまれています。
印旛沼は江戸時代まで南関東に存在した内海「香取の海」の名残で、かつては地を這う巨龍を思わせる広大な湖でした。戦後、食糧増産のための農地拡大や治水・利水を目的として大規模な干拓事業が行われ、その姿を大きく変貌させました。

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現在は北印旛沼、南印旛沼の二つに大きく別れ、両者を狭い水路が繋いでいます。昭和41年、台地を掘り割り北側と南側をショートカットする「印旛捷水路」の開削工事が行われていた折に現場からナウマン象の化石が発見されました。学術的にも貴重な発見であったことから、後日出土地のほど近くに双子公園が整備されると記念モニュメントが置かれました。

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双子公園を後にして印旛捷水路沿いの自転車道をたどり、北印旛沼に出ました。北印旛沼は龍の頭にあたり歪んだ四角形の形をしています。湖畔に立って北の方角を眺めると50kmほど離れた筑波山の姿がくっきりと見えます。

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湖畔に佇み、青い空にぽっかりと浮かんだ白い雲を眺めていたら日常の煩わしい悩みをすっかり忘れてしまいました。体は疲れましたが心は軽やか、洗いたての気分です。ここからもう少し足を伸ばして利根川沿いのサイクリングコースへ抜けることも可能ですが、今日はもう十分満足しました。そろそろ家路につくことにしましょう。

May 16, 2014

由緒正しい銭湯とコンテンポラリーアートの関係及び、団子坂の飴細工の事。


 銭湯のギャラリーがあると聞いたので、行ってみようと思った。

 そこでゴールデンウィークのある晴れた日に、東京の台東区、谷中に出かけた。ギャラリーの名前はSCAI THE BATHHOUSE(スカイ ザ バスハウス)と言う。まさしくバスハウス(=公衆浴場)そのものの外見であるが、中を改装してコンテンポラリーアート(現代美術)を展示しているギャラリーであった。

bath_house.jpgSCAI THE BATHHOUSE(スカイ ザ バスハウス)の入り口は、まさしく銭湯そのまま

 暖簾をくぐり、入り口を入ると小さな箱を重ねたような下駄箱が並んでいる。靴は脱がずにさらに中に進むと、昔は番台から脱衣場のあった辺りまでを貫いて、大きな空間にして作品を展示している。左の展示スペースを見ると一段高くなっており、椅子が置かれ居間のようになっている。その壁面には河原温の「日付絵画」が掲げられていた。制作した日付を書いたその作品は色が黒っぽいものでなく、初めて見る鮮やかな赤いバージョンであった。あのショッキングな「浴室」シリーズを描いた河原温の作品が、もと銭湯で展示してあるというのも、なにか運命めいたものを感じる。銭湯にでも行くような軽い気持ちでふらりとやって来たが、河原温の作品に出会うとは思ってもみなかったので少々驚いた。ここは襟を正して、気を引き締め拝見させていただく事にした。

 さらに次の展示室に進む。そこは天井が高く遥か上の方に窓があり、開放感のある部屋になっていた。明るい光のもといくつかの作品がぽつぽつと展示してある。浴槽があったと思われるあたりには壁があり、事務所になっているので見る事がかなわない。どのように改築しているのか大変興味がそそられる。以前の建物をどの程度生かしているのか。富士山のペンキ絵はかつてあったのか、あったのであれば今も飾っているのであろうかなど興味は尽きない。

 このギャラリーでは国内外の最先鋭のアーティストを紹介しているそうである。古き良き銭湯とコンテンポラリーアートが仲良く同居しているのは、新しい芸術の発信と、古き良き下町が混在する上野界隈にぴったりなように感じた。

 さてギャラリーを出る。まだ日は長いのでもう少し足を伸ばしてみる事にした。谷中霊園を右手に見ながら道は大きく左に曲がり千駄木方面に向かっている。この辺りは寺院が多く風情がある。外国の旅行者も多く、のんびりと門前の石に腰掛けて休んでいたりしている。また若い人が出している新しいお店もあり、おしゃれな自転車屋や、カフェなどもあり飽きが来ない。

 団子坂を登って頂上にたどり着く辺り、森鴎外記念館のちょっと手前に飴細工のお店があった。店内は様々な動物の飴細工が展示してあり、ムンワリとした甘い香りで満たされている。飴細工の動物たちをよく見ると、白いウサギがいろいろなポーズをしているシリーズがある。商品札に「あめぴょん」と書いてある。店員さんが出てきて、このお店の一番人気であると教えてくれる。さらに「あめぴょん」のようにかわいらしい店員さんの説明によれば、メニューの中から選んで注文すれば、目の前で飴細工の実演をしていただけるとの事。メニューには十二支やインコ、鳳凰、クワガタや人魚まである。やはり形が複雑で色数が多いものほど値段が高いようである。どのように作るのか大変興味はあるものの、一人の客(おじさん)のために飴細工を作っていただくのは、見る方も、見られる方もやや気まずいのではないかと思い、ここはご遠慮願ったしだいである。「ハートあめぴょん」を一つ購入してお店を出る。

amepyon.jpg飴細工の白ウサギ、ハートを抱いた「ハートあめぴょん」

 さらに白山方面に向かい道を進める。途中、窓ガラスの内側に沿って水を流している仕掛けの歯科があった。何となく中が見えるのだが、水のせいで室内が歪んで見えてカーテンの役割をしているようである。

 さて、そろそろお腹も空いて来たので遅い昼食を取る事にした。東洋大学を過ぎた辺りにちょうど良い感じのレストランがあった。イタリア料理「シシリア食堂」とある。外観は明るいコバルトブルーで、今日の気持ちよい青空ととても良く合う。残念ながらランチはほとんど売り切れており、トマトソースのスパゲッティのランチ一つだけであった。しばし待って出て来た料理はトマトソースをからめた細めのスパゲッティに、バジルソースが縞模様にかかっている。トマトの鮮やかな赤、バジルの濃いグリーン、お皿の白のコントラスがイタリア国旗の色彩になっており目にも美しい。初夏を感じさせる今日にはぴったりのランチであった。食後のコーヒーを飲み終えてお店を出る。都営地下鉄の白山駅まではすぐである。

January 17, 2014

いざ鎌倉へ 初詣と椿の花


いつも美術趣味をご覧頂きましてありがとうございます。
本年もなにとぞよろしくご愛顧のほどお願い申し上げます。

先日の3連休、遅ればせながら鎌倉へ初詣に行って参りました。
三が日の頃から比べれば、大分人出も落ち着いたかなと思っていれば、全然そんなことはありません。
鶴岡八幡宮、そこから一直線に伸びる若宮大路まで大混雑でした。
今年はこの混雑を避け、鶴岡八幡宮前を右方向へそれた所にある「宝戒寺(ほうかいじ)」へと向かいました。

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「宝戒寺」は鎌倉幕府とともに滅びた北条氏の霊を慰め、また国宝的人材を養成修行する道場として、後醍醐天皇が足利尊氏に命じて、北条執権屋敷跡に建立させた天台宗のお寺です。
花の名所としても知られており、春の桜、夏の百日紅や酔芙蓉、秋の萩、冬の梅、椿など境内は四季折々の花によって彩られます。八幡宮の喧噪が嘘のように落ち着いた雰囲気で、ゆったりとした時間の中で参拝することができました。

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秋のお彼岸になると境内中が白萩に埋め尽くされ、萩寺という名でも親しまれているそうですが、この時期は椿の花が咲いておりました。
また、よくこのお寺に訪れている男性から珍しい種類の椿があると紹介していただきました。
葉が金魚の形になっています。
先端が三つほどに分かれるツバキの葉を「錦魚葉(きんぎょば)」と呼ぶそうです。


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【金龍山宝戒寺のご紹介】
住 所  神奈川県鎌倉市小町3-5-22
アクセス JR横須賀線「鎌倉駅」東口より徒歩13分
開 門  8:00 閉門 16:30
拝観料  大人(中学生以上) 100円
     小人(小学生)    50円




椿は、鎌倉にゆかり深い小倉遊亀画伯が最も好んで描いた画材でもあります。
現在当社では小倉画伯が描いた「椿」の代表作の一つを彩美版として発売する予定でございます。詳細は近々当ブログにて改めてご紹介させていただきます。

今回は当社ラインナップのなかから小倉画伯の先輩、奥村土牛画伯の「椿」をご紹介させていただきます。


この作品はこちらの販売店でお求めになれます。


奥村土牛 《椿》 軸装・額装
販売価格 (各)120,000円+税




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<仕様体裁>

■軸額共通
監修 奥村 正
原画 古川美術館(名古屋)所蔵
技法 彩美版(R)、シルクスクリーン手刷り
用紙 和紙
証明 著作権者検印シールを貼付

■軸装仕様
画寸 天地36.5cm×左右52.7cm
軸寸 天地124.6cm×左右72.2cm
表装 三段表装
箱  柾目桐箱、タトウ付

■額装仕様
画寸 天地35.8×左右52.1センチ
額寸 天地55.1×左右71.4センチ
重量 約4.0kg
額縁 特製・木製金泥仕上、アクリル付(国産、ハンドメイド)


※[彩美版(R)は]共同印刷株式会社の登録商標です。

December 20, 2013

年の瀬のお祭り


いつもブログ『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。
各地では初雪が観測され段々と本来の冬らしさがやってきました。

illumination.jpgこの時期、街灯の景色がクリスマス色になり賑やかになってきますね。
各所でライトアップやイルミネーションアートで建物や大通り、動物園や神社が華やかになり私達の目を楽しませてくれます。

私の地元でもこの時期ならではのイルミネーションがお目見えし子供と一緒になって楽しんでいます。地上でキラキラ光る景色の後ろに、夜空に浮かぶ満月(写真)。何時の時代にも変わらず柔らかく輝く月を眺め、「今」「昔」と時の流れを感じさせます。





西新井大師/酉の市「納めの大師(おさめのだいし)」
【開催日時】2013年12月21日(土) 9:00~22:00   
【会場】西新井大師 總持寺境内(足立区西新井1-15-1)
http://www.nishiaraidaishi.or.jp/event/
 酉の市と言えば一般的には11月の酉の日(十二支)を祭日として、浅草の酉の寺(鷲在山長國寺)など各地の鷲神社、大鳥神社で行われるお祭りです。福を招く縁起ものの熊手や達磨などを売る露店が立ち並びます。開運招福・商売繁盛を願う祭りとして江戸時代から続く代表的な年中行事です。西新井大師では12月に行われ、1年で最後の縁日として親しまれています。




当社の豊富なラインアップのなかから新春にふさわしい作品をいくつかご紹介いたします。
いずれも、こちらの販売店でお求めになれます。




版画 伊藤髟耳 《家族》
販売価格 150,000円+税


日本美術院同人の伊藤髟耳(ほうじ)先生にお願いして、再興第87回院展作品集の表紙画をもとに版画を制作していただきました。
ほんの短い、ささやかな言葉のやりとりの中のに芽生えるあたたかな気持ちを、身近にいる「家族」に感じ、手で創られる郷土土人形のぬくもりを、手の中で感じ取られたそうです。
ひとつひとつ先生御自身が丁寧に手彩色を入れて下さいました。
伊藤先生のお人柄を反映し、暖かく穏やかな気持ちにさせてくれるまさに「特別な」作品です。


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<仕様体裁>
技法 彩美版(R)、シルクスクリーン、画家自身による手彩色(岩絵具、金泥)
用紙 版画用紙
限定 100部(作者直筆サイン、落款印入り)
額縁 特製木製額、アクリル付(国産、ハンドメイド)
画寸 天地35.5×左右37cm
額寸 天地55.5×左右55.7cm
重量 約2.5kg




鈴木其一 《歳首の図(さいしゅのず)》
販売価格 90,000円+税


新春を感じさせる梅、高く昇る旭日に一羽の鶯が飛来しています。
よく見ると、青い一文字には金泥の松葉、下方には若い笹でしょうか。
「松竹梅」と掛軸全体が年頭(歳首)にふさわしい構図となっています。
そして梅の枝には輪飾りが掛けられ...
まるで「だまし絵」の様です。
掛軸全体が本来表装裂であるところまで絵の具で描かれた「描表装」と言われる技法が用いられています。
遊び心満載な画家の作風が窺えます。


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<仕様体裁>
原画 細見美術館(京都)所蔵
技法 彩美版(R)
用紙 特製絹本
表装 描表装
軸寸 天地175.3×左右47cm
箱  柾目桐箱、タトウ入り
証明 原画所蔵者の検印入り証紙を桐箱に貼付
発行 共同印刷株式会社




富岡鉄斎 《宝船図》
販売価格 70,000円+税


原画は京都嵯峨野の車折(くるまざき)神社に併設された車軒文庫に所蔵されています。
鉄斎はかつて車折神社の宮司を務めていたことがあります。
大正7年、83歳の作品ですが、前年の大正6年に帝室技芸員に任命され8年には帝国美術院会員に就任していることから絶頂期の作品といえるでしょう。
縁起がよいとされる宝船図を墨の濃淡のみを用いた作品は、晩年の作とは思えない凛とした勢いと豪快さがあり実に見事です。
宝船の左側には、上から読んでも下から読んでも同音になる回文歌が書き添えられています。

「なかきよの とをのねふりの みなめさめ 浪のり舟の 音のよきかな」
(永き夜の/遠の眠りの/皆目覚め/波乗り船の/音のよきかな)

この回文歌も縁起がよいとされ、宝船の図によく添えられた歌でもあります。


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<仕様体裁>
原画 車軒文庫(京都)所蔵
技法 彩美版(R)
用紙 和紙
表装 三段表装
画寸 天地30×左右45.8cm
軸寸 天地122.6×左右63cm
箱  柾目桐箱、タトウ入り
証明 原画所蔵者の検印入り証紙を桐箱に貼付
発行 共同印刷株式会社




橋本雅邦 《松竹梅七福神図》
販売価格 70,000円+税


様々な福ともたらすとされる七福神。
松林に集う七福神の面々はかなり個性的です。
画面左上からやって来るのは鶴に乗った福禄寿!
福禄寿は鶴を小脇に抱いた姿で描かれるのが通例ですが、鶴に乗って飛来してやって来るお姿は愛嬌たっぷりです。ここにも画家の遊び心が窺えます。
複製にあたっては表装の裂地にもこだわり、福寿の二文字があしらわれた金襴と宝尽くしの紋様による緞子で仕上げました。


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<仕様体裁>
原画 松岡美術館(東京)所蔵
技法 彩美版(R)
用紙 特漉和紙
表装 三段表装
画寸 天地25×左右41cm
軸寸 天地118×左右60cm
箱  柾目桐箱、タトウ入り
証明 原画所蔵者の検印入り証紙を桐箱に貼付
発行 共同印刷株式会社


※「彩美版(R)」は共同印刷株式会社の登録商標です。




今年も残すところ僅かとなりました。
皆様にとって平成25年はどんな一年だったでしょうか。
来年が皆様にとってよき年となりますよう心よりお祈り申し上げます。

※次回更新は年明けの1月17日(金)を予定しております。


December 13, 2013

青と黄金のコントラスト

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いつも「美術趣味」をご覧頂きましてありがとうございます。

この写真を見て「あ、あのイチョウ並木だ。」と瞬時に思われることも多いことでしょう。青山通りから聖徳記念絵画館に向かって続く都内有数の紅葉スポット、『明治神宮外苑イチョウ並木』です。

最近は木枯らしも吹き始め肌寒い日が多いですが、青空と黄金色のイチョウで彩られる暖かなコントラストを多くの人が楽しんでいました。ただ、道行く人が立ち止まって撮影をしてしまうので、警備の人も苦笑いしながら誘導する一幕も。この光景も、日本の風物詩の一つかなと、心和みました。
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さて、この青山通りから脇道に入った住宅街の一角には、知る人ぞ知る名店『べにや民藝店』があります。(※「民藝」とは、日常の暮らしのなかで長年にわたって使われてきたもので、手仕事で作られた日用品のこと。)b-info03.jpg

ここでは、陶磁器や漆器、ガラス器、染職品等、日本各地から厳選して取り寄せた手仕事品が丁寧に陳列されており、商品のひとつひとつを眺めているだけで懐かしさを感じます。お近くにいらっしゃった際は、ぜひお立ち寄りください。b-info01.jpg


べにや民藝店のご紹介】

住 所  東京都港区南青山2‐7‐1
      ホームズ飛騨1階
電 話  03-5875-3261
営業時間 午前10時~午後7時
定休日  水曜日
Web  http://beniya.m78.com/

December 6, 2013

「冬晴」の青空


皆様いつも「美術趣味」をご覧いただきありがとうございます。

本日12月6日は二十四節気の「大雪(たいせつ)」にあたります。
「大雪」の頃には雪が激しく降り始め、鰤(ぶり)など冬魚の漁が盛んとなり、熊が冬眠に入るといわれています。
本格的な冬が到来する時期ということですね。
天気予報によれば今週末から北日本に寒波が訪れるそうです。


nastuzora.JPG田舎道を自転車で走る楽しみのひとつに空の変化があります。
季節やその日の天候、時刻によって千変万化する空は見ていて飽きることがありません。

空の色、雲の形、光が刻々と変化して行きます。

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先週末は雲ひとつない青空がひろがりました。
瞳の奥底に染み入るような、ラピスラズリにも似た美しく透明感のある青が印象的でした。

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俳句に「冬晴(ふゆばれ)」という季語があります。
冬の空といえば鈍い灰色の雲が垂れ込めた曇天をイメージするように晴れ間が少ないことから、冬には珍しく心浮き立たせるほど晴れ渡った美しい青空を表現したものです。

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先週の空はまさしく「冬晴」の青空でした。





彩美版
金島桂華 《冬晴》 軸装・額装
販売価格 軸装・額装(各)120,000円+税


晴れた青空と清らかな冷気。
ブナの林に響き渡る澄んだ小鳥の鳴き声。
透明な「冬晴」の美しさ。


【金島桂華(かなしまけいか)略歴】
1892年 広島県福山市に生まれる。
1906年 大阪の西家桂州に師事し「桂華」の雅号をもらう。
1911年 後に竹内栖鳳の画塾「竹杖会」に入会し研鑽を積む。
1925年 第6回帝展で特選受賞。
1935年 大阪高島屋で初の個展開催。
1959年 日本芸術院会員となる。
1960年 日展理事となる。
1961年 錦紅会展に本作「冬晴」を出品
1962年 高野山奥之院襖絵制作に着手。
1969年 京都文化功労賞を受賞。
1974年 逝去。享年82。


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《冬晴》はこちらの販売店でお求めになれます。


<仕様体裁>

■軸・額共通仕様
技法 彩美版(R)、シルクスクリーン手刷り
原画 華鴒大塚美術館(岡山)
限定 200部
用紙 和紙
証明 著作権者及び作品所蔵者の承認印入り証紙を貼付
解説 平野重光(美術評論家)

■軸装仕様
画寸 天地38.5×左右52.5cm
軸寸 天地133.5×左右72cm
表装 三段表装(国産、ハンドメイド)
箱  柾目桐箱、タトウ入り

■額装仕様
画寸 天地38.5×左右52.5cm
額寸 天地58.5×左右72.5cm
重量 約4.0kg
額縁 特製木製額、アクリル付(国産、ハンドメイド)

※「彩美版(R)」は共同印刷株式会社の登録商標です。


November 29, 2013

監督 小津安二郎


今年もあと残すところ一月余り。皆さまいかがお過ごしでしょうか。
さて、今回ご紹介するのは本年12月に生誕110年・没後50年を迎え各所で記念イベントが行われる、日本の誇る世界の巨匠・小津安二郎です。

小津監督は1903年12月12日生まれ。27年24歳で監督デビューを果たし、軽妙洒脱なサイレント作品で評価を確立。その後2度の応召を経験し、人間を凝視する独自の厳密な画面作りに深化。戦後は中流家庭を舞台に親と子の関係や人生の機微を描き、ローアングル撮影の技法を確立、日本映画を代表する巨匠となりました。

外国人には分からないとの誤った評価から、惜しくも海外への紹介が遅れましたが、後年その厳格なスタイルが徐々に国際的な評価を高めていき、59年には映画人初の日本藝術院会員となるなど、内外の評価も高まりましたが、1963年奇しくも自らの60歳の誕生日の日になくなりました。

『どうでもよいことは流行に従い、 重大なことは道徳に従い、 芸術のことは自分に従う』
(小津安二郎)

独創的な小津作品の評価は今も衰えるどころか新たな発見を生み、日本の監督はもちろん世界の監督たちに大きな影響を与え続けています。昨年(2012年)も「東京物語」(1953年)が世界映画史上ベストワン作品に選ばれました(英「サイト&サウンド」誌選出)。



ozu_chirasi.jpg■展覧会他情報

 展覧会「小津安二郎の図像学」が12月12日(木)から2014年3月30日(日)まで京橋の東京国立近代美術館フィルムセンター展示室(7階)で開催されます。
映画『秋刀魚の味』(1962年)で使われた橋本明治作『石橋』が今回特別展示されます(展示期間2月2日まで)。東京の神保町シアターでは現在大規模な特集上映「映画監督 小津安二郎」が行われておりますhttp://jinbocho-theater.jp/(1月中旬まで)。
監督のお墓がある北鎌倉の円覚寺でも11月30日(土)から12月8日(日)まで記念イベント「北鎌倉で小津三昧」が行われます。小津監督のお墓参りは、国内はもちろん小津を崇拝する海外からの映画ファン関係者には欠かせません。そのお墓にはただ一文字「無」という文字が刻まれております。



当社ではかつて北鎌倉・円覚寺境内にアトリエを構えた日本画家・前田青邨(せいそん)の作品を扱っております。以下にご紹介いたします。いずれもこちらの販売店でお求めになれます。




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彩美版・前田青邨 《紅葉(もみじ)》
軸装・額装

販売価格 軸装・額装(各)190,000円+税

<仕様体裁>

■共通仕様
原画 五島美術館所蔵
技法 彩美版(R)、シルクスクリーン手刷り
用紙 和紙
限定 300部
解説 秋山光和(東京大学名誉教授)
証明 著作権者及び作品所蔵者の承認印入りシールを貼付
発行 共同印刷株式会社

■軸装仕様
画寸 天地46.6×左右60.5cm
軸寸 天地135.5×左右75.5cm
表装 三段表装(国産、ハンドメイド)
箱  柾目桐箱、タトウ付

■額装仕様
画寸 天地47.0×左右60.6cm
額寸 天地66.5×左右80.3cm
重量 約5.7kg
額縁 特製木製額金泥仕上げ、アクリル付(国産、ハンドメイド)



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彩美版・前田青邨 《千羽鶴
軸装・額装

販売価格 軸装・額装(各)190,000円+税

<仕様体裁>

■共通仕様
原画 メナード美術館所蔵
技法 彩美版(R)、シルクスクリーン手刷り
用紙 和紙
限定 300部
解説 川口直宜(美術評論家、前泉博古館分館長)
証明 著作権者承認印入りシールを貼付
発行 共同印刷株式会社

■軸装仕様
画寸 天地43×左右60.5cm
軸寸 天地138.5×左右77.5cm
表装 三段表装(国産、ハンドメイド)
箱  柾目桐箱、タトウ付

■額装仕様
画寸 天地42.5×左右60cm
額寸 天地63.7×左右81cm
重量 約5.7kg
額縁 特製木製額金泥仕上げ、アクリル付(国産、ハンドメイド)



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彩美版・前田青邨 《紅白梅》
軸装・額装

販売価格 軸装・額装(各)190,000円+税

<仕様体裁>

■共通仕様
原画 石橋美術館所蔵
技法 彩美版(R)、シルクスクリーン手刷り
用紙 和紙
限定 300部
解説 石橋美術館
証明 著作権者及び作品所蔵者の承認印入りシールを貼付
発行 共同印刷株式会社

■軸装仕様
画寸 天地44×左右60.6cm
軸寸 天地135.7×左右75.7cm
表装 三段表装(国産、ハンドメイド)
箱  柾目桐箱、タトウ付

■額装仕様
画寸 天地43.9×左右60.3cm
額寸 天地65.5×左右81.9cm
重量 約5.8kg
額縁 特製木製額金泥仕上げ、アクリル付(国産、ハンドメイド)



※「彩美版(R)」は共同印刷株式会社の登録商標です。

November 22, 2013

映画「天心」と春草の名作《落葉》


いつも「美術趣味」をご覧頂きましてありがとうございます。

11月16日より公開の映画「天心」を観てきました。天心とは日本美術院を創立した岡倉覚三(「天心」は号)のことです。映画は東日本大震災復興支援映画・岡倉天心生誕150周年・天心没後100周年記念として制作されました。

主人公、岡倉天心は明治から大正にかけて伝統美術の再興に尽力し、日本近代美術の父と称されました。その天心の葛藤と創作活動を描く伝記ドラマとなっています。

東京藝術大学の前身、東京美術学校の二代校長を務め、後に橋本雅邦、横山大観、菱田春草らと日本美術院を立ち上げるなど美術界で活躍していた天心が、苦境に立ち、新天地となった茨城県五浦で新たな日本画の創造にのめり込んでいく姿を映しだします。

天心役は、数多くの作品で独特の存在感を放つ竹中直人。日本画家の大家である横山大観を中村獅童が、菱田春草を平田浩行が演じています。急速に進む西洋化の中で日本の美を守り、外国に日本の美を紹介した美術家の知られざる人生の裏側が大変興味深いものとなっています。

また、作品の舞台となっている茨城県の五浦の風景は非常に美しく、いつか訪れてみたいと感じました。太平洋に面した断崖沿いにある天心が設計した「六角堂」は東日本大震災の際津波の直撃を受け、土台のみを残して姿を消しましたが、2012年に再建されました。

さて今回は本作品に登場した画家の中で、特にスポットがあたっていた菱田春草の作品《落葉(おちば)》を紹介させていただきます。原画は明治42年(1909)、当時春草が住んでいた東京・代々木の雑木林をテーマに描かれた六曲一双の屏風です。その年の第三回文展に出品されました。心に染入る叙情と深い精神性を秘めた、早世の天才春草の代表作として、現在では重要文化財となっています。




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彩美版・菱田春草 《落葉》 左隻・右隻

販売価格
■25号版
左右セット 480,000円+税
単品(各) 250,000円+税
■15号版
左右セット 380,000円+税
単品(各) 200,000円+税

この作品はこちらの販売店でお求めになれます。


<仕様体裁>

■共通仕様
原画 公益財団法人永青文庫所蔵
技法 彩美版(R)
用紙 ハーネミューレ(ドイツ)
額縁 特製木製額縁、アクリル付(国産、ハンドメイド)
限定 右隻・左隻(各)限定150部 ※25号版・15号版の合計
証明 原画所蔵者の承認印入り証紙を額裏面に貼付
発行 共同印刷株式会社

■25号版仕様(左右共通)
画寸 天地34.6cm×左右80.3cm
額寸 天地52.5cm×左右98.5cm
重量 約4.5kg

■15号版仕様(左右共通)
画寸 天地28.3cm×左右65.2cm
額寸 天地46.0cm×左右83.0cm
重量 約3.7kg

※「彩美版(R)」は共同印刷株式会社の登録商標です。




【永青文庫のご紹介】

公益財団法人 永青文庫(えいせいぶんこ)
 住 所: 東京都文京区目白台1-1-1
 電 話: 03-3941-0850
開館時間: 10:00~16:30(入館は16:00まで)
 休 館: 月曜日(祝日の場合は開館、翌火曜日に休館)、展示替期間、年末年始
アクセス: JR目白駅前より都営バス新宿駅西口行きにて「椿山荘前」下車徒歩5分
      東京メトロ有楽町線「江戸川橋駅」下車1a出口より徒歩15分
      東京メトロ副都心線「雑司が谷駅」下車3出口より徒歩15分

November 15, 2013

冬の気配


いつもブログ『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。

急に寒さが厳しくなってきましたね。
東京では今週、11月11日に「木枯らし1号」が吹きました。昨年より7日早い観測だそうです。
立冬も過ぎ、これからいよいよ冬到来と冷え込みそうです。

iroduku_ichou.jpgこの急激な寒さのせいか去年より早く近所の公園の銀杏が黄色く色づきはじめました。
朝の空気は寒く冷たいのですが、清々しい青い空に華やかに輝く黄色が映えてまるで一枚の絵を見ている様です。
朝のほんのひと時ですが、身近にある風景に季節を感じて小さな発見を楽しんでいます。

そろそろ山茶花や椿が咲き始める季節ですね。
今回は奥村土牛《椿》をご紹介いたします。
画家が特に好み、よく写生していたという花が椿だったそうです。凛としてあたたかい、土牛が描く紅白斑の椿を是非お手元に。
この作品はこちらの販売店でお求めになれます。


奥村土牛 《椿》 軸装・額装
販売価格 (各)120,000円+税




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<仕様体裁>

■軸額共通
監修 奥村 正
原画 古川美術館(名古屋)所蔵
技法 彩美版(R)、シルクスクリーン手刷り
用紙 和紙
証明 著作権者検印シールを貼付

■軸装仕様
画寸 天地36.5cm×左右52.7cm
軸寸 天地124.6cm×左右72.2cm
表装 三段表装
箱  柾目桐箱、タトウ付

■額装仕様
画寸 天地35.8×左右52.1センチ
額寸 天地55.1×左右71.4センチ
重量 約4.0kg
額縁 特製・木製金泥仕上、アクリル付(国産、ハンドメイド)


※[彩美版(R)は]共同印刷株式会社の登録商標です。





【今日の谷根千】

千駄木の森鴎外記念館で以下の展覧会が開催中です。

特別展「鴎外と画家 原田直次郎~文学と美術の交響(シンフォニック)~」

会場 文京区立森鴎外記念館
   東京都文京区千駄木1-23-4
   電話 03-3824-5511
会期 2013(平成25)年9月13日(金)~11月24日(日)
開館 10:00~18:00(最終入館は17:30)
会期中の休館日 第4火曜日)
観覧料 一般500円、中学生以下無料
アクセス 東京メトロ千代田線「千駄木」駅1番出口徒歩5分

November 1, 2013

秋の谷津田とコスモス畑


みなさま、いつも当ブログをご訪問いただきありがとうございます。
今日から11月ですね。朝晩肌寒く会社の前の街路樹も少しづつ色づき始めています。

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ところで私事で恐縮ですが十代の頃からサイクリングを趣味としており、週末は雨の日を除き100kmほどの距離を走っています。いつも走る千葉県北部の北総地方には自然豊かな里山と谷津田が広がっております。谷津田というのは丘陵に挟まれた湿地帯である谷津(やつ)を開拓して稲田としたものです。

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北総の谷津田の大部分は利根川下流一帯に広がっていますが、そこにはかつて広大な内海「香取海(かとりのうみ)」がありました。霞ヶ浦や印旛沼はそのなごりです。面積は東京湾ほどもあったといわれています。北総の谷津田の多くは江戸時代に香取海を干拓し新田開発したものです。

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谷津田に沿い曲がりくねりながら続く狭い谷津道を美しい風景を眺め自然を満喫しながら、またかつての香取海に想いを馳せながらのんびりと走る時間は、何ものにも代えがたい至福のひと時です。毎週出かけるたびに谷津田や里山の姿が変化し、いつも新鮮な驚きと発見があります。

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千葉県では概ね9月上旬に稲の収穫を終えるのですが、一部では二期作が行われています。先週末走った谷津田でも水が張られ青々とした苗が風にそよいでいました。休耕田には澄んだ青空に映える色とりどりのコスモスが満開に咲いていました。

「秋桜」とも呼ばれるコスモスの原産地はメキシコです。わが国には明治時代にヨーロッパ経由で伝えられたといいます。田畑は使わないでおくと荒れるため収穫を終えた畑や田んぼにコスモスが植えられるようです。今の時期は北総の田園のあちこちでコスモス畑を見ることができます。




当社では当代随一の人気を誇る日本画家、中島千波画伯が描いたコスモスの作品を販売しております。場所を選ばず飾りやすいコンパクトサイズで価格もリーズナブル。
中島先生から「まるで本画のようだね」とお褒めいただいた彩美版を材料や仕上げにこだわった手仕上げの特製額(国産)で念入りに装丁しました。作品には画伯ご自身による解説が添えられております。
この作品はこちらでお求めになれます。

中島千波 《秋櫻花(コスモス)》 (「四季の花がたり」特装版より)
販売価格 70,000円+税



中島千波《秋櫻花》


<仕様体裁>
監修 中島千波
限定 300部
技法 彩美版(R)、シルクスクリーン手摺り
用紙 版画用紙
証明 作者承認印、限定番号入り証書を額裏に貼付
額縁 金泥仕上げ特製木製額(国産・ハンドメイド)
画寸 20.5×25.0cm(2号)
額寸 39.5×44.0cm
重量 約2.0kg
発行 美術趣味(共同印刷株式会社)

October 24, 2013

秋の国際映画祭


台風の進路が気になる今日この頃。
皆さまも十分お気をつけ下さいませ。

本ブログ執筆現在(24日)、東京六本木では≪第26回東京国際映画祭≫が開催中です-会期は10月17日(木)から25日(金)まで-今年はゲストスターも多数来日し、六本木ヒルズで連日華やかな宴を繰り広げているようです。

yamagata1.jpgかくいう私は先日、山形の≪山形国際ドキュメンタリー映画祭2013≫に行ってまいりました。映画祭は1989年の第1回開催から隔年で、今年で13回を数えます。山形市の公民館をメイン会場に、世界的にも優れて評価の高い、強い個性と歴史のある国際映画祭です。また映画祭自体の魅力はもちろん、市を挙げてのホスピタリティの質の高さで、海外から多数のジャーナリストが訪れることでも知られております。10月は気候も良く、山形名産のお酒に山形牛や蕎麦、果物等々が美味しく、グルメでも十分満足出来ること受け合いです。

yamagata2.jpg今年の≪山形≫では、ジョン・レノン&オノ・ヨーコの伝説の実験映画や、「ラ・ジュテ」で知られる仏の映画作家クリス・マルケルの追悼特集上映など注目のプログラムが目白押しでした。なかでも日本初上映の審査員作品、ジャン=ピエール・リモザンの日本を舞台にしたドキュメンタリー「YOUNG YAKUZA」(2008年)が私には強く印象に残りました。リモザン監督は北野武のドキュメンタリー作品や吉川ひなの主演の「TOKYO EYES」(1998年)等で著名な、日本とも縁の深いフランス人監督ですが、そのタブーをものともしない映像作品には心底驚嘆いたしました。たった2日の短い滞在でしたが短編を中心に映画を7本も鑑賞し、芸術の秋を心行くまで楽しんで参りました。



●≪山形国際ドキュメンタリー映画祭2013≫は平成25年10月10日[木]―17日[木]に山形市中央公民館他で開催。映画祭は隔年毎に開催されており、次回開催は平成27年を予定。




尚、当美術商品部では、山形県に因んだ下記の洋画複製作品を取り扱っております。



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向井潤吉 《聚落(しゅうらく)
価格:105,000円(税込)

≪聚落≫は日本各地の民家を描き続けた向井潤吉画伯が1966年(昭和41年)、山形県朝日村田麦俣(現・鶴岡市)の懐かしい風景を描いた作品です。
その昔、田麦俣(たむぎまた)は湯殿山神社への参拝客が立ち寄る宿場町として栄えました。冬は雪深い風景となる土地柄、「田麦俣多層民家」(重要文化財指定等)と呼ばれる四層式の立体建築様式は、積雪時に備えたその地方固有の風土と人々の生活の中から生まれました。
本作は生命力溢れる夏の集落の風景。藁葺の民家が、眩しいほど生き生きとした緑に囲まれています。


<使用体裁>

監修・原画所蔵: 世田谷美術館
技法: 彩美版(R)
限定: 100部
画寸: 天地34.8×左右45.2cm
額寸: 天地48.8×左右59.2cm
重量: 約2kg
額縁: 国産ヒノキ製、アクリル付(ハンドメイド)
解説: 橋本善八(世田谷美術館)
発行: 共同印刷株式会社

※「彩美版(R)」は共同印刷株式会社の登録商標です。

October 17, 2013

紅葉の上高地


いつも美術趣味をご覧頂きましてありがとうございます。
上高地10月の3連休、山を彩る紅葉を楽しみに上高地へ行って参りました。

皆様ご存じかもしれませんが、上高地は長野県西部の北アルプス南部梓川上流部、標高約1,500mにある景勝地であります。奥穂高岳を中心とする穂高連峰や槍ヶ岳の登山口としても知られています。

また、「かみこうち」の名称は本来「神垣内」の漢字表記ですが、後に現在の「上高地」の漢字表記が一般的となったようです。「神垣内」とは、穂高神社の祭神・「穂高見命」(ほたかみのみこと)が穂高岳に降臨し、この地(穂高神社奥宮と明神池)で祀られていることに由来するとのことです。

穂高連峰私が訪れたこの10月の連休というのは、バスの運転手さんの話によると1年の中でもっとも混雑が激しい時期のようです。確かに一般車両の入場制限のある沢渡駐車場はほぼ満車状態でした。上高地へ到着すると前夜は吹雪いた様子で、うっすら雪化粧した穂高連峰が迎えてくれました。

都内では先週まで季節外れの真夏日が続き、一昨日の台風が過ぎていよいよ秋本番かと思っていれば、山の季節の進み具合に驚かされます。それでも、河童橋を中心とする梓川周辺の色づく木々に心が癒されました。

さて今回は、川の流れと紅葉に彩られた木々、その美しい風景を愛した奥田元宋の作品《秋渓淙々(しゅうけいそうそう)》をご紹介させていただきます。


奥田元宋《秋渓淙々》特別版

奥田元宋 《秋渓淙々》 特別版
販売価格 126,000円(税込)


<仕様体裁>

原画 長野・水野美術館所蔵
限定 500部
技法 彩美版(R)、シルクスクリーン手刷り
用紙 版画用紙
額縁 木製金泥仕上げ、アクリル付
画寸 天地26.5cm×左右60.5cm
額寸 天地40.0cm×左右74.0cm
重量 約2.5kg
証明 著作権者承認印、限定番号入り証紙を額裏に貼付

October 11, 2013

お祭りだ!

万国旗

いつもブログ『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。
10月に入りようやく秋の気配が感じられますね。それでも日中が夏日のように暑い日もあり体調を崩しがちですが気を付けたいものです。

先日、子供の運動会を見に行きました。当初の予定日が雨で延期となったので天気の心配をしていましたが、清々しい秋晴れのお天気の中運動会をする事ができました。

小さい子供ながらも一生懸命踊ったり走ってたりしている姿に目を奪われます。また、普段の生活とは違って、皆で合わせて踊る緊張感が伝わってきます。そして終わった安堵感・達成感も伝わり感慨深いものです。

普段の「日常」と「非日常」を表すのに、日本人の伝統的な世界観に「ハレとケ」があります。ハレ(晴れ、霽れ)は儀礼や祭り、年中行事の「非日常」、ケ(褻)はふだんの生活である「日常」を表しているそうです。ハレの場においては、衣食住や振る舞い、言葉遣いなどを、ケとは画然と区別したみたいですね。普段の日常と違った運動会、お祭りは一種の発散の場でもある様ですね。

nezumi_bubun2.jpgさて今回は、お祝いやお祭りにちなんだ名作、伊藤若冲《鼠婚礼図》をご紹介いたします。婚礼の宴のねずみたちが、格式高い儀式が終わったのかやんややんやと祝杯を挙げています。嬉しいお祝いだ!と大盛り上がり。たのしいひと時を想像させられる逸品です

十二支の先頭に数えられるねずみですが、もともと「子」の字は種子のなかに新たな命が萌し始める状態を表し「増える」という意味がある(『漢書』)そうです。そこで子沢山のねずみがあてられたと言われています。また十二支の「子」は北の方角を表すことから北方を護る五穀豊穣の神・大黒天の使いとされ、台所の守り神として大事にされてきました。

このように、小さくも働きもののねずみには招福と子々孫々までの家門の繁栄を願う気持ちが込められているのです。

吉祥の画題に合わせて軸装の裂地にもこだわり、中廻(ちゅうまわし)には縁起物の「花篭」と「巾着蓑」の紋様をあしらいました。また一文字・風帯の金襴には「福」、「寿」の文字が並ぶ福寿の紋様、天地には宝冠牡丹紋を用いました。また飾りやすい額装仕様も用意いたしましたのでお好みでお選びいただけます。

めでた尽くしの「鼠婚礼図」をぜひお手元でお楽しみください。





鼠婚礼図(軸)


鼠婚礼図(額)


伊藤若冲 《鼠婚礼図》 軸装・額装
販売価格(各)73,500円(税込)
鼠婚礼図(部分)

<仕様体裁>

■軸・額共通仕様

原画 京都・細見美術館所蔵
技法 彩美版(R)
用紙 和紙
証明 所蔵者検印証紙を貼付
解説 山下裕二

■軸装仕様

画寸 天地27.0×左右46.3cm
軸寸 天地114.3×左右64.5cm
表装 三段表装(国産、ハンドメイド)
材料 天地:地変宝冠牡丹緞子
    中廻:金茶地花籠紋緞子
    風帯・一文字:牙地小石畳地福寿紋金襴
    軸先:牙代用
    箱 :柾目桐箱、タトウ入り

■額装仕様

画寸 天地27.0×左右46.3cm
額寸 天地45.0×左右64.2cm
重量 約2kg
額縁 特製木製額(国産、ハンドメイド)

※彩美版(R)は共同印刷株式会社の登録商標です。


【伊藤若冲について】

正徳六年(1716)京都に生まれる。実家は青物問屋「桝源」。四十歳を機に家督を譲り仏門に帰依、絵師として本格的な活動を始める。鹿苑寺(金閣)、相国寺、金刀比羅宮に作品を寄進するなど活躍。寛政十二年(1800)、八十五歳で死去。
代表作に全三十三幅から成る《動植彩絵》(宮内庁三の丸尚蔵館)、《釈迦三尊像》(相国寺)、《紫陽花双鶴図》(プライス・コレクション)、《鶏図押絵貼屏風》(細見美術館)など。近年大規模な展覧会がたびたび開かれており注目が集まっている。

【細見美術館のご紹介】

細見家三代による日本美術のコレクションを中心に年間数回の企画展を開催しています。日本の美術工芸のほぼすべての時代、分野を網羅する所蔵品は重要文化財三十数点を含め約1千点。日本有数の伊藤若冲作品のコレクションでも知られます。

住所 京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
電話 075-752-5555

September 13, 2013

藤子・F・不二雄ミュージアム


いつも美術趣味をご覧頂きましてありがとうございます。
朝晩の涼しさに、秋の気配を感じるようになってきました。
さて、今回は川崎の郊外にある藤子・F・不二雄ミュージアムをご紹介させて頂きます。
こちらはオープン二周年を迎え、入場は完全予約制となりますが、早い時間帯のチケットは未だ入手しづらいと行った盛況ぶりです。
藤子先生は皆様もご存じの通り、「ドラえもん」を始め様々なキャラクターを描かれており、その内容に、読まれた方は勇気・希望・感動などをもらった方も多いのではないでしょうか。

場内は、作品原画の展示は勿論のこと、藤子先生の仕事部屋の再現、また至る所にキャラクターが配置され、訪れる人々を飽きさせることはありません。
人気のカフェは1時間以上の待ちは当たり前ですが、遊び心あるメニューが多数あり思わず微笑んでしまいます。
また、グッツ販売も非常に充実しておりミュージアム限定商品など購買意欲を掻き立てられます。
是非足を運んで頂き、忘れていた子ども心を取り戻すのも良いかもしれません。

ミュージアムまでは登戸駅から直通のバスも出ていますが、向ヶ丘遊園駅から徒歩で行くことがお薦めです。途中途中の道端にキャラクターのブロンズ像が設置してあり、入場前からテンションがあがること間違いなしです。


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【藤子・F・不二雄ミュージアム】

所在地:〒214-0023 神奈川県川崎市多摩区長尾2丁目8番1号
開館時間:10:00~18:00
休館日:毎週火曜日、年末年始(12月30日~1月3日)
※臨時休館日は事前にホームページにて案内
※ゴールデンウィーク(4月29日~5月5日)及び夏休み期間(7月20日~8月31日)は開館

予約制:入館時間は1日4回。(入れ替え制ではありません。)
(1)入館指定時間 10:00 / 入館締切時間 10:30
(2)入館指定時間 12:00 / 入館締切時間 12:30
(3)入館指定時間 14:00 / 入館締切時間 14:30
(4)入館指定時間 16:00 / 入館締切時間 16:30

入館料:大人・大学生 1,000円
高校・中学生 700円
子ども(4歳以上) 500円
※3歳以下は無料です
※チケットはローソンチケットにて販売



September 5, 2013

秋めく街


いつもブログ『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。
今年の夏は何時になく酷暑がつづき、9月に入ってからというもののスッキリしない気候でまばまだ暑く心身とも堪えました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

fujibakama.jpg耳をすますと朝夕と蝉の鳴き声から鈴虫の鳴き声に代わり、それだけでもようやく秋を感じられるようになりました。
足を止めると夏に咲いていた「ムラサキシキブ」が花を落し、美しい紫色の果実を実らせていました(写真上)。この果実、10月~11月頃まで楽しめるそうです。

nichinichisou.jpg夏から秋にかけて咲くニチニチソウ(写真下)は日本では耐寒性がなく、春播き一年草として花壇や鉢植えによく見られます。
花の色は桃、白、赤等あり、葉色との対比が美しく綺麗です。また夏の炎天下は公害に強い花と知られ、可愛らしい花を見るとなんと健気で逞しい!と感じます。


ところで「春の七草」は無病息災を願って「七草粥」として食べますが、「秋の七草」についてはご存じでしょうか。

「秋の七草」は、
 ①萩(ハギ) 
 ②尾花(オバナ)=ススキの事 
 ③葛(クズ) 
 ④撫子(ナデシコ)
 ⑤女郎花(オミナエシ) 
 ⑥藤袴(フジバカマ) 
 ⑦桔梗(キキョウ) 
と、観賞して楽しむ植物の事です。古く『万葉集』に収められた山上憶良(やまのうえのおくら)の歌に「萩の花 尾花(をばな)葛花(くずはな) なでしこ花 をみなえし また藤袴(ふぢはかま) 朝顔(あさがほ)が花」と詠まれたことに始まるそうです。ここでの「朝顔」はムクゲ説・ヒルガオ説・アサガオ説とあるそうですが、キキョウ説をとる場合が多いそうです。 これから秋の花を目にする機会がふえて来ますね。

さて今回は、尾花=ススキが背景に自然への情景が際立つ、酒井抱一「月に兎」の複製画をご紹介いたします。雅やかな風情、江戸の粋人が描く奥床しさと無垢なるものへの慈しみを感じさせます。


酒井抱一《月に兎》
販売価格 94,500円(税込)


<仕様体裁>
原画 松岡美術館所蔵
技法 彩美版(R)
用紙 特製絹本
証明 原画所蔵美術館検印入り証書を貼付
画寸 天地80cm×左右35cm
軸寸 天地172.9cm×左右51cm
表装 三段表装
箱  柾目桐箱、タトウ付


※「彩美版」は共同印刷株式会社の登録商標です

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【今日の谷根千+上野界隈】

上野・東京都美術館で「再興第98回 日本美術院展(再興院展)」東京展が開催中です。

■展覧会期: 平成25年9月1日(日)~9月16日(月・祝)

■開催時間: 9:30~17:30 (入場は16:30まで)
        ※ 最終日入場は13:30まで 閉会は14:30

■休館日: 平成25年9月2日(月)

■観覧料: 一般900円(700円)/大学生・高校生600円(400円) 
       ( )内は団体料金(10名以上)
       70歳以上の方700円
       中学生以下・障害者手帳をお持ちの方と付添(1名) 無料

August 29, 2013

アートインボックス(立体絵画)に魅せられて


有楽町の東京交通会館で開催されている、芳賀一洋(はがいちよう)先生の展覧会へ行ってきました。
皆さま、「アートインボックス(立体絵画)」をご存じでしょうか?
写真をご覧ください。なんとこれらは全て、手作りのミニチュアなのです。
今回の展覧会のテーマは「1940年代のパリの街角」だそうです。
ひとつひとつのモチーフに宿るノスタルジックな世界観が、見事なまでの精巧な技術で再現されていました。
作品の配置やライトアップにより、実に巧妙に展示されており、部屋の奥にある小さな家具までゆっくりと作品を楽しむことができました。
今後も、銀座伊東屋や渋谷パルコ等、様々な個展が開催されるとのこと。
芳賀一洋先生の作品、皆さまも是非一度ご覧になってください。


【はがいちよう展&渋谷クラフト倶楽部展のご紹介】

会期 8月25日(日)~8月31日(土)
      午前11時~午後8時 (25日は午後1時開場)

会場 東京交通会館 地下1階ゴールドサロン
   東京都千代田区有楽町2-10-1

交通 JR「有楽町駅」京橋口または東京メトロ「有楽町駅」D8出口徒歩1分

内容 ■1940年代のパリの街角"アートインボックス作品"
      (1/12スケール)25点展示
    ■昭和初期の日本の原風景"ストラクチャー作品
      (1/80スケール)10点展示
    ■はがいちようクラフト教室の現役生徒・OB氏らによる作品

入場料 無料



●以下の写真はすべて芳賀先生の作品です。


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July 12, 2013

富嶽三十六景「礫川雪ノ旦(こいしかわゆきのあさ)」の謎


いつもブログ「美術趣味」をご覧いただきありがとうございます。
じりじりと太陽が照りつけ本当に暑いですね。外出時はもちろんのこと室内でも熱中症になる恐れがあります。節電は大切ですが体のためにはほとほどの冷房も必要ですね。
さて真夏に「雪の朝」とはいささか季節はずれな話題ですが、富士山がめでたく世界文化遺産へ登録されたのを記念し、当社が所在する東京小石川を描いた北斎の富嶽図をとりあげようと思います。

富士山は東京の西南西の方角に聳えています。距離にして約100km。手前に丹沢山系の黒っぽい山並みが連なりその背後からにょっきりと雪をいただく姿を覗かせています。高い建物のなかった江戸時代には坂の上や遮るものなく開けた海辺など江戸の各所から富士山が見えました。富士見坂あるいは富士坂と名づけられた坂がありますが今風に言えば富士を眺める絶好のビュースポットだったのでしょう。小石川にも当社のすぐそば東大植物園沿いの御殿坂(別名「富士見坂」)と春日通りを挟んで環三通り(桜並木)と対面に位置する藤坂(富士坂)の二つの富士見坂があります。(写真左が御殿坂、右が藤坂)
藤坂(富士坂)御殿坂(富士見坂)

都内にたくさんある富士見坂ですが、近年の高層建築ラッシュで眺望が遮られ富士が見えなくなってしまいました。最近まで富士が見えたのは日暮里富士見坂と大塚富士見坂の二つでしたが日暮里富士見坂は、世界文化遺産登録が決まる直前の今年6月20日頃、付近で建設中のマンションにさえぎられ富士の眺望を失ってしまったそうです。実に残念ですね。残る大塚富士見坂は大塚の護国寺前を通る不忍通りの一部です。当社から比較的近い場所ですのでいつか富士を眺めに行きたいものです。

本題に戻ります。天保2年ごろから天保4年ごろ(1831年ごろから1835年ごろ)にかけて刊行さた葛飾北斎の名作浮世絵版画「富嶽三十六景」は江戸を中心に各地の富士見の名所を描いた作品です。三十六景といいながら48点の作品が描かれています。好評につき後から10点追加したためで追加分は「裏富士」と呼ばれるそうです。人によって評価は異なるかもしれませんが「富嶽三十六景」48点中の代表作は「凱風快晴」「山下白雨」「神奈川沖浪裏」の三作でしょう。ことに「神奈川沖浪裏」は海外でも広く知られた代表作中の代表作と言って過言ないことと思います。

koishikawa_yukinoasa.jpg表題の「礫川雪ノ旦」はその名の通り小石川から見える冬の富士を描いた作品です。小石川のどの場所を描いたのでしょうか、何が描かれているのでしょうか?それが問題です。場所については徳川家ゆかりの名刹伝通院またはそのちかくの牛天神(北野天神)そばの茶屋付近とするのが定説のようですがだとすると当社から歩いてすぐの場所です。それだけに気になります。当時の人が見ればあそこだねと特定できる場所を選んで描いているはずです。謎を解く手がかりを見つけるために、まずは作品を仔細に眺めてみましょう。

一面の銀世界、冬の朝です。画面右のやや上に富士が描かれ空に三羽の鳥が舞っています。鳶でしょうか。左手前には切り立った崖から張り出した建物があります。飲食を供するお茶屋のようです。崖の下は家並が連なり雪をかぶった屋根屋根は美しいリズムを奏でています。崖上のお茶屋は二方が開け放たれた部屋が描かれその中に男性、女性のお客が二人づつおり、そこへお店の女性が猫足のお膳に乗せた食事を運んできたところのようです。女性客の一人が立ち上がって富士を指さしながら何か言っています。一面の銀世界の彼方に聳える富士の、この世のものとも思われぬ美しさに感動し心がはずんでいるのでしょう。
画面の中ほど、雪をかぶった屋根の波の向こうに青い広がりが見えますが川のようです。
以上から手がかりを整理すると、

① 富士が見える西側に開けた崖のある場所。
② その崖上には茶屋がある。
③ 崖の西側に川が流れている。
④ その場所は広く知られた名所である。
以上を満たす場所が作品に描かれたところということになりそうです。

ushitenjin_1842pix.jpgもう一つ手がかりとなりそうな江戸期の資料があります。『江戸名所図会(えどめいしょずえ)』です。富嶽三十六景とほぼ同時期に刊行された挿絵入りの名所案内本で、今で言えば都内とその周辺の観光ガイドです。小石川の名所も多数取り上げられていますが上記四要素をすべて満たす場所は一ヵ所だけでした。その場所とは小石川牛天神(北野神社)です。

「江戸名所図会」には南側から見える牛天神とその周辺を詳細に描いた挿絵が添えられています。「礫川雪ノ旦」とは描く向きが逆ですが情景がぴたりと一致します。西側の石段を登った右側には西南西を向いた崖に沿い茶屋が並び崖下には家並が連なっています。境内の南側には西から東へ小石川上水(神田上水)が流れています(牛天神に隣接する水戸藩上屋敷内に流れ込んでいました)。もっとも小石川上水の南側には上流の関口大洗堰で分かれた江戸川(現在の神田川)が流れていましたので「礫川雪ノ旦」画中の川が小石川上水なのか江戸川なのかは決めかねます。敢えて選ぶなら小石川上水でしょうか。小石川上水は牛天神のすぐ下を流れており川面がよく見えたはずです。江戸川はやや離れている上に間に家並もありましたので川面はあまりよく見えなかったのではないでしょうか。また作品名とも一致します。

牛天神の石段現在も牛天神は江戸時代と同じ場所にありますが富士の眺望は失われています。南側の石段は取り払われましたが現存する西側の石段が往時を忍ぶよすがとなっています。

長々と書き連ねたわりには説明をはしょり舌足らずになりましたが、まとめるとこのようになります。
葛飾北斎の名作「富嶽三十六景」中の「礫川雪ノ旦」は雪が降り積もった冬の朝に小石川牛天神から見える富士を描いた。左側に見える建物は牛天神境内の西側の崖に沿って並ぶ茶屋で眼下に流れる川は小石川上水か江戸川(現神田川)。


※『江戸名所図会』はちくま学芸文庫版(全8冊)が入手可能です。
牛天神
【小石川牛天神、北野神社のご案内】

 住 所 東京都文京区春日1-5-2
 電 話 03-3812-1862

 最寄駅 
 東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園」徒歩10分
 都営地下鉄三田線・大江戸線「春日」徒歩10分
 JR中央線・東京メトロ東西線・有楽町線「飯田橋」徒歩10分

June 21, 2013

花まつり


いつもブログ『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。
梅雨に入りじめじめと蒸し暑い日々が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

ここ東京小石川では紫陽花の花が美しく咲き始め通り行く人々の心を和ませています。 花といえば文京区の代表的なイベント「文京 花の五大まつり」は区内に数多いお寺や神社の境内で開催されます。2月の梅まつり(湯島天満宮境内)に始まり、さくらまつり(播磨坂さくら並木)、つつじまつり(根津神社境内)、あじさいまつり(白山神社境内)、11月の菊まつり(湯島天満宮境内)までの5つからなるものです。

このほか今の季節ですと7月上旬に光源寺駒込大観音で「ほおずき千成市」が、7月下旬には徳川家ゆかりの伝通院や源覚寺(こんにゃく閻魔)境内で「文京朝顔・ほおずき市」が行われます。夏の到来を告げる素敵な催しですね。

【文京区内・7月の花まつり】

ほおずき千成市

開催日 7月9日()、10日(
※曜日を誤って表記しておりました。
 お詫びして訂正いたします。
会 場 駒込大観音光源寺
    東京都文京区向丘2-38-22


文京朝顔・ほおずき市

開催日 7月20日(土)、21日(日)
会 場 伝通院(朝顔市)
    文京区小石川3-14-6

    源覚寺(ほおずき市)
    文京区小石川2-23-1



【当社商品のご紹介】
さて今回ご紹介するのは、奥村土牛「朝顔」です。



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奥村土牛 《朝顔》
販売価格 99,750円(税込)


<仕様体裁>
技法 彩美版、本金泥手彩色
原画 華禽大塚美術館所蔵
技法 彩美版(R)
画寸 天地38.2cm×左右52.8cm
額寸 天地57.5cm×左右71.5cm
重量 約4kg
用紙 版画用和紙(鳥の子)
額縁 特製木製額、アクリル付(国産、ハンドメイド)


※「彩美版」は共同印刷株式会社の登録商標です。
※本作品は軸装仕様もございます。

May 17, 2013

身近な場所で始まりの「夏」を見つける


いつもブログ『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。

立夏を迎え野山が新緑に彩られ、里では田植えも終わり蛙が鳴き始めました。だんだんと夏の気配が感じられるような季節になりましたね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

当社のある東京小石川界隈では桜の季節から今はツツジが色鮮やかに咲き乱れ、季節の移り変わりを感じさせませす。ふと足を止めると紫陽花が咲きだしていました。まだ小さいつぼみが多い紫陽花でしたがこれから咲くのが楽しみでもあります。

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さて今回は、額紫陽花を描いた作品、中村岳陵「八仙花(はっせんか)」をご紹介いたします。
院展を経て日展で活躍した画伯は、線描を中心とした伝統的な日本画の技法に西洋画の近代的感覚を加え斬新な画風を築いた画家でもあります。これは昭和12年頃の作品で、卓抜した線描と清明な色彩で清々しい紫陽花を描いています。
葉の上では麦藁トンボが羽を休めていて、凛とした空気を感じさせます。

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中村岳陵《八仙花》
販売価格 126,000円(税込)

<仕様体裁>
原画 華鴒大塚美術館所蔵
技法 彩美版(R)
画寸 天地42.6cm×左右52.6cm
額寸 天地60.7cm×左右70.8cm
重量 約3.6kg
用紙 特製絹本
額縁 特製木製額、アクリル付(国産、ハンドメイド)

※ この作品は軸装もございます。
※ 「彩美版」は共同印刷の登録商標です。


【今日の谷根千】
千駄木界隈では今こんな展覧会が開かれています。
谷根千(谷中・根津・千駄木)へお越しの際は是非お立ち寄りください。


【特別展 鴎外の見た風景~東京方眼図を歩く~】

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会場 文京区立森鴎外記念館
   東京都文京区千駄木1-23-4
   電話 03-3824-5511
会期 2013年4月19日(金)~6月23日(日)
開館 10:00~18:00(最終入館は17:30)
会期中の休館日:5月28日(第4火曜日)
観覧料 一般500円、中学生以下無料
アクセス 東京メトロ千代田線「千駄木」駅1番出口徒歩5分

May 13, 2013

旧川合玉堂別邸《二松庵》に行ってきました


皆さま、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたでしょうか。

わたしは、横浜市金沢区富岡にあり毎月1回(第一土曜日)のみ一般公開されている旧川合玉堂別邸《二松庵》に行ってきました。川合玉堂(1873-1957)は昭和15年に文化勲章を受章した日本画の巨匠ですが今年は生誕140周年にあたる記念すべき年だそうです。

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《二松庵》は、故川合玉堂が富岡に構えた別荘です。大正中期から昭和初期の富岡の別荘建築の雰囲気を遺す貴重な遺構として、平成7年11月、横浜市の有形物文化財に指定されています。自然の趣をふんだんに取り入れた造園を抜けると、主屋が佇んでいました。


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川合玉堂は、この別邸を夏冬の画室としてよく活用したとのことです。邸内に枝振りのいい2本の老松があったため《二松庵》と名づけられたといいます。そのため、画室から見える風景や周辺の人物や景色を描いた作品も多いそうです。





JR奥多摩線の「御嶽(みたけ)」駅前には玉堂を顕彰して建てられた《玉堂美術館》があります。玉堂は現在の新宿区若宮町にアトリエを構えていましたが戦争が激しさを増した昭和19年夏に御嶽へ疎開しそのまま終生の住処としたことからここに美術館が建てられました。

仕事柄訪問する機会が多いのですが美しい奥多摩の風景に抱かれた瀟洒な美術館で玉堂芸術を堪能するひとときの素晴らしさは格別です。皆様にも是非ご体験いただけることを願っています。

四季それぞれの味わいがありますが新緑の美しい今は特にお薦めです。


【旧川合玉堂邸(二松庵)のご案内】
 住 所 横浜市金沢区富岡東5-19-22
 電 話 080-1241-0910(開園時のみ)
 最寄駅 京浜急行「富岡」駅東口下車徒歩2分
 開園日 毎月第1土曜日
     ※第1土曜日が1日から4日にあたる場合は翌週(第2土曜日)開園


玉堂美術館のご案内】
 住 所 東京都青梅市御岳1-75
 電 話 0428-78-8335
 最寄駅 JR奥多摩線「御嶽」駅前
 休館日 月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)、9月初旬、年末年始
 Web http://www.gyokudo.jp/

April 25, 2013

小石川歴史散歩━手塚治虫「陽だまりの樹」の巻


「美術趣味」をご訪問いただきありがとうございます。
今年はマンガの神様、手塚治虫の記念イヤーであることはご存知でしたか?
代表作「鉄腕アトム」がアニメ放映50周年、「ブラックジャック」がマンガ連載40周年、そして「リボンの騎士」がマンガ連載60周年にあたっています。
記念イベントが各地で開催されていますが、東京では6月29日から9月8日まで東京都現代美術館(木場公園内)で「手塚治虫×石ノ森章太郎 マンガのちから」と題する展覧会が開催されます。是非足をお運びください。


播磨坂さて当社の西側に「播磨坂」という長い坂があり桜の名所として知られています。坂の名はこのあたりに屋敷を構えた常陸府中藩主・松平播磨守に因むものです。
手塚治虫の先祖は代々松平家に仕える藩医で、藩邸の傍当時「三百坂下通り」と呼ばれた道沿いに屋敷を構えていました。徳川家縁の名刹伝通院(でんづういん)の裏手にあたり、現在東京学芸大学付属竹早小・中学校の校庭の一部となっています。
三百坂下通り手塚治虫は「陽だまりの樹」という作品で医師・蘭学者として活躍した曽祖父・手塚良庵(良仙)光享の姿を活き活きと描きました。「陽だまりの樹」は昨年NHKのドラマ(BS時代劇)となりましたのでご覧になった方も多いことと存じます。原作のマンガは小学館文庫に収録されておりますので未だの方は是非お読みください。
良庵は大阪に上り緒方洪庵が開いた「適塾」という蘭学塾で学びますが同門の先輩に慶応義塾を創設した福澤諭吉がいました。諭吉の「福翁自伝」には良庵との交流に関わるいかにも若者らしい逸話が記されています。手塚治虫もずいぶん参考にしたそうです。「福翁自伝」は岩波文庫から出ておりますのでご興味のある方は是非お読みください。

当社周辺には歴史や小説の舞台となった場所が数多くあります。浅学ではありますが今後もエピソードを交え少しずつご紹介してまいりますのでご期待ください。


【展覧会情報】

「手塚治虫 × 石ノ森章太郎 マンガのちから」展

会場 東京都現代美術館
    東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
    03-5245-4111(代表)   03-5777-8600(ハローダイヤル)
会期 2013年6月29日(土)から9月8日(日)まで
休館 月曜(7月15日は開館)、7月16日

April 19, 2013

春の美術館廻り ━ 《エドワード・スタイケン写真展》


スタイケン展ポスター.jpg先日、駆け込みで写真展に行って来ました。砧の世田谷美術館で開催された《エドワード・スタイケン モダン・エイジの光と影 1923-1937》です。

ポスターのビジュアルをご覧下さい。モデルは誰あろうハリウッド・スターのグロリア・スワンソン(1899-1983)。ビリー・ワイルダー監督の名作「サンセット大通り」(1950年)で、晩年の大スターを地のままに演じきった名女優です。老醜をさらけ出したその凄絶な演技が今も強く印象に残りますが、若かりし頃のこのポートレートは実に可憐。でも、この眼差しの強度は只事ではありませんね。思わず魅かれてしまいました。

エドワード・スタイケン(1879-1973)は欧州ルクセンブルク出身でアメリカを代表する写真家として知られます。展覧会は若き日の写真芸術を志した時代から、20-30年代のゴールデン・エイジに商業写真に身を投じモードやセレブのポートレイト写真で隆盛を極めた時代、そして晩年、大戦後のニューヨーク近代美術館(MOMA)のディレクター就任時代までをクロニクルで紹介します。中でも本展の白眉は、「ヴォーグ」や「ヴァニティ・フェア」を飾ったスターの肖像写真。グレタ・ガルボ、リリアン・ギッシュ、フレッド・アステア、ジョーン・ベネット、ジョージ・ガーシュイン、ハロルド・ロイド、アーヴィング・タルバーグ(ラスト・タイクーン!)・・・煌めくようなハリウッド・セレブたちがスタイケンのアーティスティックな眼差しで銀塩フィルムに焼き付けられておりました。アート愛好家はもちろん、映画好きにはたまらない実に見応えのある展覧会でした。

世田谷美術館写真.jpg東京・砧の世田谷美術館は用賀駅よりプロムナードを抜け徒歩約15分。広大な砧公園の一角にあります。皆さんも春の日差しを浴びてぶらりお散歩なんていかがですか。アートと公園緑地でのんびり優雅な時間を過ごせます。




※世田谷美術館で開催の《エドワード・スタイケン写真展》は会期終了。4月20日(土)より《暮らしと美術と高島屋》展を開催―出品作の竹内栖鳳筆「アレ夕立に」(高島屋史料館所蔵の名品)は必見です。

April 10, 2013

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2013


いつもブログ『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。
事務所の窓から入る風も心地よくなり、過ごしやすい季節となってきました。
さて今、私が気になっているのは・・・このイベントです。

「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2013」!

「ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)」は、1995年フランス北西部の港町ナントに誕生したクラシック音楽祭です。日本には2005年に東京へ初上陸し、現在では世界でも最大級の音楽祭に成長しています。
このイベントの楽しみは、誰でも、気軽に、自由にクラシックを楽しむことが出来る、というところでしょうか。
会期中、丸の内界隈でたくさんの音楽イベントが開催されますが、メイン会場である東京国際フォーラムでは、1コマ45分のコンサートが一日中行われ、格安で生の演奏に触れることができます。
毎年、異なったテーマが設定され、今年は「パリ・至福の時」というテーマでフランス音楽を堪能できる3日間になるようです。
ちなみに毎年作られるロゴタイプやポスターも、センスがあって素敵なので注目です!

会場からは三菱一号館美術館なども歩いてすぐなので、今年のゴールデンウィークは、丸の内へお出かけついでにふらりとクラシック音楽や美術を楽しんでみてはいかがでしょうか。


【ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2013 概要】
日程: 2013年5月3日(金・祝)から5月5日(日)まで
会場: 東京国際フォーラム、よみうりホール 及び 東京・丸の内エリア
公式サイトURL: http://www.lfj.jp/lfj_2013/


LFJ2013_poster.jpg

April 5, 2013

リトグラフ 岩澤重夫 《山水清韻》 のご紹介

元荒川堤の桜並木花咲く元荒川堤の桜

いつもブログ『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。
当社のある東京小石川界隈では満開だった桜も大方散って若々しい緑の葉が目につくようになりました。目が覚めるように美しい新緑の季節を迎えるのも間もなくですね。
私の地元埼玉県越谷市では今が桜の見頃です。写真は北越谷の元荒川堤の桜です。この桜並木は約2kmにわたり大小およそ350本のソメイヨシノが咲き乱れちょっとした名所でもあります。


さて今回は新緑、初夏の作品の内から岩澤重夫先生の版画「山水清韻(さんすいせいいん)」をご紹介いたします。
岩澤先生は日展を舞台に活躍された日本画家で日本芸術院会員となられました。山間に住まわれていた先生はアトリエから見える山々を眺められては365日、日々変化のある景色を観察し、自分が見えている世界と見えない世界、そのすべてを少しでも一枚の絵として描きたいと語られておりました。
朝もやの中でしょうか、目に鮮やかな青々とした山間に一筋の滝が流れる静かで雄大な景色が広がります。まるで生き物のように立ち上がる霧は山全体を包みながら山に命を与え天に昇りやがて雲になりまた雨となって地上へ還り...永久に循環する自然の物語を感じさせる絵でもあります。

すこし季節が早いかもしれませんが、絵画の中の「初夏」を感じてはいかがでしょうか。


岩澤重夫_山水清韻400pix.jpg

岩澤重夫《山水清韻》
販売価格 262,500円(税込)


<仕様体裁>
限   定 100部
技   法 リトグラフ
       作者直筆サイン・落款印、限定番号入り
版数色数 24版24色
用   紙 ヴェランアルシュ
額   縁 特製木製額金箔仕上げ(国産、ハンドメイド)
画   寸 天地35.5×左右53.0cm
額   寸 天地59.3×左右77.5cm
重   量 約3.1kg
収納ケース クロス装タトウ
工   房 株式会社フジグラフィックス
発   行 共同印刷株式会社

山水清韻_タトウ.jpg

March 28, 2013

春爛漫、播磨坂の桜が満開です!


「美術趣味」をご覧いただきありがとうございます。
共同印刷のすぐそばの【播磨坂】沿いの桜並木は都内指折りの桜の名所です。
春爛漫、今なら満開の桜を見ることができます。
今年は例年よりも開花が早いようですね。
お近くにお寄りの際はぜひ春の息吹を楽しんでください。
なお、3月30日(土)、31日(日)の両日「第42回文京さくらまつり」が開催されます。


【播磨坂】はりまざか 
共同印刷前の「植物前」交差点から春日通りの「小石川五丁目」交差点まで到る長い坂です。
江戸時代、このあたりに水戸徳川家から分かれた松平播磨守(常陸府中藩)の屋敷がありました。



播磨坂の桜並木
桜の花
文京さくらまつり

February 15, 2013

小さい春一番

光源寺の紅梅.jpg

瑞泰寺の象.jpg

まだまだ寒さが厳しい日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。今回は当社界隈でもある、文京区小石川・白山から駒込・千駄木近辺をご案内いたします。

ここ文京区は、森鴎外や夏目漱石、樋口一葉、石川啄木など名だたる文豪、文化人が活躍した所として知られ作品には文京区内の坂や池、神社・寺院の名前が数多くでてきます。今は「散策マップ」なる地図を手に、道沿いに点在するな文人たちの旧居跡や文学碑を眺めながら、散策を楽しむ人達でにぎわっています。

さて朝夕千駄木から白山方面へ到る団子坂を通りながら道沿いのお寺に咲く梅の花の様子を目で追い、「もう春なんだな...」と心和ませてもらっています。夏目漱石『三四郎』には駒込【光源寺】の大観音のことが書かれいますが、この「駒込大観音(こまごめおおがんのん)」は、境内に梅の巨木があることから「梅の大観音」とも呼ばれています。私が毎朝夕前を通る梅のお寺はまさにこの【光源寺】でした!

明治の文豪もこの梅の花を見ていたのかと思うとなんとも不思議な感じがいたします。画家も魅了する春の訪れを、文豪も同じように感じていたのかしらと思いました。

※象の写真は、200mほど白山寄りにある【瑞泰寺】の門です。


光源寺  東京都文京区向丘2-38-22
瑞泰寺  東京都文京区向丘2-36-1

       ※最寄駅  南北線「本駒込」、三田線「白山」、千代田線「千駄木」

January 11, 2013

東京の地下鉄

東京メトロ東西線の「葛西駅」に隣接する「地下鉄博物館」を訪問しました。
現在『地下鉄誕生展』を開催中です。

1863年1月に世界初の地下鉄であるロンドンの「メトロポリタン鉄道」が開通するまでの数々の困難や、それに尽力した人々の功績をはじめ、日本の戦前戦後の地下鉄の歴史など、写真パネルや模型により、わかりやすく展示していました。

英語圏では、"Subway"や"Underground"と呼称するのが一般的なのですが、地下鉄を意味することも多い"Metro(メトロ)"の語源は、この「メトロポリタン鉄道」に由来すると言われているようです。

このあと、竹橋の東京国立近代美術館に向かい『美術にぶるっ!ベストセレクション日本近代美術の100年』を観たのですが、「地下鉄博物館」から「東京国立近代美術館」までは東西線を使いわずか19分で移動することができました。

私は、数年前に旅行をしたロンドンのことを思い出しました。東京と同じように様々な路線が交差するロンドンの地下鉄を乗り継いで移動し、滞在時間の短い中、多くの観光地へ行くことができました。その利便性は、今でも強く印象に残っています。



<ご紹介した展覧会について>

地下鉄誕生展ーロンドンの地下鉄開通から150年ー

会場: 東京メトロ・地下鉄博物館(東西線「葛西駅」隣接)
期間: 2012年11月20日(火)⇒2013年1月14日(日)

美術にぶるっ!ベストセレクション日本近代美術の100年

会場: 東京国立近代美術館(最寄駅 東西線「竹橋駅」)
期間: 2012年10月16日(火)⇒2013年1月14日(月)

January 7, 2013

正月だるま

正月だるま.jpg

明けましておめでとうございます!
本年もよろしくお願いいたします。

年末年始と皆様いかがお過ごしでしたか?
のんびりした方、田舎に帰省された方、旅行された方と思い思いに過ごされたかと思います。

初詣に行かれた方が多いかと思いますが、私の地元埼玉県越谷市では正月初日!元旦マラソンが開催され、親子で初めて参加しました。元旦から1,000人以上の参加者が集まる中、川沿いの道を子供と手をつないで500mを走るだけですが子供の限度を知らない元気な走りっぷりについて行くのがやっとで、正月早々参ってしましました。

完走すると参加賞として越谷市の民芸品でもある「越谷だるま」を受け取りました(写真)。
越谷だるまは、色白で鼻がやや高く上品でやさしい顔立ちが特徴だそうです。張子だるまとしては全国初、埼玉県から伝統的手工芸品に指定され、川崎大師、柴又帝釈天、西新井大師など関東一円をはじめ、全国に出荷され広く親しまれているそうです。

参加賞の手のひらサイズのだるまに願をかけて目玉を片方入れるとなんとも愛らしいお顔になり、子供も怖がらすにニコニコしながら目玉を入れていました。親子マラソンから地域文化を身近に感じさせる体験ができ新しい発見をしました。


「だるま」...と聞いて、ふと「達磨」が見られる展覧会が開催中ですね!

白隠展 HAKUIN
禅画に込めたメッセージ

会期 2012年12月22日(土)⇒2013年2月24日(日)
会場 Bunkamura ザ・ミュージアム(東京渋谷)


美術館や博物館もお正月からこちらで「初詣」はいかが?と目白押しです。
ちょっと凛々しい達磨様や美術に会いに行くのもいいかもしれませんね。

December 20, 2012

深谷のミニシアターで新作仏映画を見る

深谷シネマ写真.jpg埼玉県深谷に初訪問です。大宮から電車で更に1時間程。赤い煉瓦作りのクラシックな駅舎が出迎えてくれます。東京駅を思わせるその瀟洒な佇まい、かつて煉瓦の町として栄え、歴史的建造物の残る深谷の町のシンボルだそうです。ときめきで期待も高まります。

映画の前のお楽しみは市内グルメ散歩。地元の雄・渋沢栄一翁が好物にしたという煮ぼうとう(野菜たっぷり平打ち麺)は食べられませんでしたが、地元の老舗食堂の黄色いカレー(とってもスパイシー!)や洋食屋さんのオムライスは感涙ものの美味しさでした。深谷では町おこしに力を入れていて、市内各所に置かれた無料タウン誌『深谷BIIKI』が、お店の場所や情報の収集にとても役に立ちました。

当日のメインイベントの映画館は、旧中山道沿い300年の歴史を持つ酒蔵の跡地に立つ、実に趣きのある外観の小劇場です。かつては映画館が複数あったというこの町も、今は有志によるNPO法人が運営する「深谷シネマ」を残すのみ。劇場内はゆったりした造りの整った設備で、都内のミニシアターと全く遜色はありません(というかそれ以上です)。

上映作品の仏映画『愛のあしあと』(クリストフ・オノレ作品)は本年制作の最新作です。衛星放送のWOWWOWが「旅するW座」と銘打ち、全国にある個性的な単館小劇場を貸し切って、一日興業をするというユニークな企画。第一回の作品はカトリーヌ・ドヌーブ母娘が共演のヌーヴェルヴァーグの流れを汲む、ちょっと過激な?愛の編年記スタイルのフレンチ・ミュージカルです。劇中でも娘役のキアラ・マストロヤンニが最高に美しく、そのアンニュイな表情と演技が、自由気ままな趣きの映画にピッタリとマッチし、実に見事な出来映えでした。入場無料はありがたく、レアな上映にもかかわらず告知も行き届き、地元の熱心なファンで60席余りの場内は満員。映画好きの私にはなんとも心強い限りでした。

今回は映画目的で慌ただしく、駅周辺の探訪しかできませんでしたが、かつての宿場町・深谷に残る伝統と郷土愛は好印象で、なんとも貴重な忘れがたい映画体験となりました。


<酒蔵の映画館 深谷シネマ>

■住所
〒366-0825  埼玉県深谷市深谷町9-12
TEL: 048-551-4592  FAX: 048-551-4593
旧中山道沿い七ッ梅酒造跡
JR高崎線深谷駅より徒歩約10分
商店街無料駐車場あり

December 13, 2012

日本橋三越 《彩煌会 日本画展》


『美術趣味』をご覧頂きましてありがとうございます。12月12日(水)から、日本橋三越の特選画廊で開催されている≪彩煌会 日本画展≫へ行ってきました。
現代日本画壇を代表する作家11名の新作がずらりと並び、立ち寄ったお客様方を魅了していました。
歴史ある公募展『院展』で同人としてご活躍されている、田渕俊夫先生や那波多目功一先生、清水達三先生、そして本年度の文化勲章を受章された松尾敏男先生の作品もありました。
当部では版画・複製画以外にも、『院展』の作品集なども制作させて頂いております。
そのため先生方の作品を観る機会は多いのですが、やはり洗練された筆使いや気品ある色合いは、いつ観ても心を動かされ、ずっと眺めていたい美しさに時間が経つのを忘れてしまいそうになります。
すべての作品に共通して、描く対象に対する真摯な眼差しと敬意が感じられました。それらが、芙蓉の瑞々しさ、糸菊の伸びやかさ、小鳥の愛らしさ、雪のきらめき、富士の壮大さなどに表れ、観る者を感動させるのかな、と思いました。
会期は短いですが、年末に向けてのお買い物に行った際は是非!クリスマスムードが漂う日本橋は賑わっており、道行く方々がとても楽しそうでした。
日本橋三越のクリスマスツリーもとっても素敵でした。夜はライトアップするそうです。

《彩煌会 日本画展 開催情報》

会場  日本橋三越 本館6階 特選画廊(入場無料)

会期  2012年12月12日(水)⇒18日(火)最終日は午後4時閉場

December 7, 2012

「水戸徳川家墓所」特別参拝記

私どものお得意先である、公益財団法人徳川ミュージアム様より、「国指定史跡水戸徳川家墓所」の特別参拝にご招待いただきました。

普段は一般公開されてはおりませんが、今回特別に現地のご担当者様から詳細な説明を受けながら参拝させて頂く機会を得ました。

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November 28, 2012

行く秋

行く秋1.jpg急に寒さが厳しくなり、雪が降りだしそうな気配を感じます。

それでも最近まではぽかぽかとした陽気で、寒暖差も手伝って近所の公園の銀杏が黄色く色づきはじめました。

4歳になる子供と銀杏の木を見上げて
「きれいだね!」
と一緒に声を上げて見入っていました。



行く秋2.jpgふと、子供が見て感じとる「色」と、私が見て感じとる「色」は決して同じではないんだろうなと思いました。

それでも「いいな」「きれいだな」と思う感じ方は一緒がいいな...と、ぼんやり銀杏を見ていたら、
二枚の銀杏の葉をもって、

「チョウチョだよ!」
と教えてくれる子供の発見に感動!

どうやら子供のほうが、四季で一番色づく秋を楽しんでいました。

November 20, 2012

深川・亀久橋のステンドグラス

夜の木場公園先日木場の東京都現代美術館へ「アートと音楽」展(注1)を観にいってきました。閉館ぎりぎりまでねばり外に出ると、もう日が落ちていました。
木場公園のつり橋の上で来し方を振り返ると明かりのともった東京スカイツリーが見えます。このつり橋は公園を南北に分かつ仙台堀川の上に架けられています。このまま真っ直ぐ帰宅したのでは何だか物足りない気がするので夜の散歩を楽しみましょう。仙台堀川を西へたどり富岡八幡宮方面へ抜けることにします。
仙台堀川は江戸時代に開削された運河で仙台藩蔵屋敷(注2)沿いを流れていたことから仙台堀と呼ばれました。江戸市中で消費される米の多くは仙台藩からもたらされましたが、海路江戸まで運ばれ深川の蔵屋敷に運び込まれたそうです。元禄2年(1689)、松尾芭蕉は深川から弟子の曾良を従え「奥の細道」へと旅立ちます。旅の始まりは隅田川を遡って千住へ向かうため仙台堀で舟に乗ることでした。

亀久橋のステンドグラスさて仙台堀川に沿って隅田川方面へと歩むうちに古い鉄橋のたもとに色鮮やかな明かりが点るのを見つけました。まるで闇に輝く一握りの宝石のような光は亀久橋(注3)です。
関東大震災の復興事業として深川、城東地区には150を超える橋が架けられました。隅田川の永代橋、蔵前橋、厩橋などが有名です。仙台堀川の亀久橋もそのひとつとして昭和4年に竣工しました。
橋の四隅に色鮮やかなステンドガラス照明が設置されています。当時世界的に流行していたアール・デコ様式を取り入れデザインされたもので、粋でモダンな下町の雰囲気にマッチしています。
戦災にも耐え、今なお竣工時そのままの美しい光を楽しむことができるのは奇跡と言って過言ありません。日中なら恐らく気付かずに通り過ぎていたことでしょう。夜の散歩ならではの嬉しい発見かもしれません。

(注1) 東京アートミーティング《第3回》 アートと音楽‐新たな共感覚をもとめて
     会場  東京都現代美術館
     会期   平成24年10月27日(土) から平成25年2月3日(日)まで

(注2) 仙台藩蔵屋敷跡  東京都江東区清澄1-2
     江戸時代の地図『明和江戸図』(明和8年・1771)には「松平陸奥蔵」と記されています。

(注3) 亀久橋(かめひさばし) 東京都江東区平野二丁目・冬木
     江東区指定「都市景観重要建造物」 江戸時代からここに同名の橋が架けられていました。
     『明和江戸図』に「カメ久ハシ」、安政5年(1858)の『本所深川絵図』には「亀久橋」と記されています。

October 16, 2008

画家はなにゆえ茄子を描く。

焼き茄子企画のツネです。
 
空気は涼しく、日が沈むのも早くなり、秋らしい日が続くようになりました。
 
そして、ナスの美味しい季節になりました。
この時期のナスは、お嫁さんにもちゃんと食べさせてあげたいほど美味しい!ですよね。
 
そのナス、実に多くの日本画家が描き、作品を残しています。
 
横山大観、速水御舟、奥村土牛、安田靫彦、小林古径、
徳岡神泉、福田平八郎、さらには御舟に日本画を学んだ洋画家・岸田劉生・・・
 
展覧会で、図録で、いくつも見つけることができます。
 
考えてみれば、ナスは、季節感を重んじる日本画にもってこいの画題です。
 
夏から秋にかけて登場し、夏の季語には「茄子苗」というものもあります。
「茄子紺」と呼ばれる魅力的な色は、発色の美しい天然の岩絵具でこそ描かれるものでしょうし、
ぷるんとしたそのかたちは、線描の腕を試すにはうってつけですよね。

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September 4, 2008

缶ビールを10倍美味しく飲む方法

ビール(琉球ガラス)企画のツネです。
 
暑い季節です。
アートと同じくらい、ビールが好きです。
 
最近家で飲むときは、瓶のビールはもちろん、缶ビールでも、コップに注いでから飲んでいます。
缶そのままで飲むよりも、断然美味しい!
 
登場回数が多いのは海の色をした琉球ガラスのコップ。
まあるい形をしているから、コップを口に近づけるとふわっと香って、たまらない。
 
同じビールでも、飲み方一つでこんなに味が変わるものかとつくづく思い知った次第です。
 
また、缶ビールもなかなか奥が深く、コップに注いで味わうことで、各銘柄の味・香り・製法の違いが感じられるようになりました。
だからますますやめられません。

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August 7, 2008

華岳の観音像 と 『白樺』

観音之図(聖蓮華)
企画のツネです。
 
発売以来ご好評いただいている、村上華岳《観音之図(聖蓮華)》
本当にいいお顔をした観音様です。
 
気高く、どこか聖性を帯びていて、かつ温和で、近寄りがたさはない。
お顔の周囲に配された白い花弁が、いっそう雰囲気を引き立てます。
 
本作の監修をしてくださった立命館大学教授の島田康寛先生も、後期画業を代表する作品、と本作の解説の中で書かれています。
 
 
ところで、華岳について興味深い論文を見つけました。

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July 3, 2008

「筆ネイティブ」。

「筆ネイティブ」企画のツネです。
 
最近、美術評論家の山下裕二さんが「筆ネイティブ」ということばを盛んに使っています。
 
子どもが自然に母国語を覚えるように、物心ついたときから絵筆を握り、筆によって表現することが血肉化した、そんな傑出した人を「筆ネイティブ」と呼ぶそう。
(ちなみに、山下教授の造語だそうです。)
 
確かに、山下教授が「最後の筆ネイティブ」と呼ぶ上村松園や鏑木清方は、その線を一目見ただけで誰が描いたものかわかるような、その人にしか引けない魅力ある線を描きます。
 
山下教授はこの「筆ネイティブ」ということばを用いて、雑誌『Brutus』642号(マガジンハウス)では、漫画家・井上雄彦さんについて、
『アート・トップ』2008年7月号(芸術新聞社)では画家・町田久美さんについて、評論しています。
 
・・・一見すると、パウル・クレーの言葉「線に夢見る・・・」の焼き直しかな、と思ってしまいますが、そうではない。

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June 30, 2008

ニューヨークに 帰りたい

グッゲンハイムのマグ企画のツネです。
自称、国際人です。
 
人生の中で、幾つかターニングポイントとなる美術の体験がありましたが、
中でもニューヨークで訪ねた美術館の数々は強烈でした。
 
この写真は、グッゲンハイム美術館で購入したマグカップ。
グッゲンハイム・ニューヨークの、あの特徴的ならせんの形を模したものです。
 
グッゲンハイムのグッズは日本国内ではほとんど取り扱いがなく、貴重です。(自慢です。)

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June 23, 2008

蕪の葉の料理 ― から美術を読む

かぶの写真企画のツネです。
 
さて、唐突ですが、 
一枚の写真(右)と二つの文章があります。
 
どちらの文章が、この写真により相応しいと思いますか?
(正解は、末尾にて)
 
【1】
茹でたてのかぶの葉に、胡麻ドレッシングをかけて食べる。切り方も茹で加減も最高! 「自分で自分を誉めてあげたい」...
あっという間に完食。

 
【2】
一人で食べるご飯は、やっぱりどこか寂しい。
野菜をさっと茹でてさっさと食べ終える。お皿は今日も一枚で片付いてしまった。

 
 
写真と共に【1】の文章を読むと、料理して、食べて、お腹いっぱい...という満足感が、伝わってきます。
片や【2】の文章からは、食事を独りで摂ることそのものへの寂しさが感じられます。
 
同じ写真でも、付くキャプション(説明)が違うだけでそれを観るひとの印象はまるで変わります。
これは、展覧会場での絵も彫刻も同様。

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June 5, 2008

細川家のお姫さま

企画のツネです。
梅雨にも負ケズ、美術館を巡り回っています!
 
東京・目白の永青文庫では、特別展「細川のお姫さま 華やかなるプリンセス・ライフ」を開催中です。
(本年6/22(日)まで。月休)
 
細川家の代々の女性にまつわる豪奢な美術品、工芸品の数々が展示されています。
 
実はこの展覧会、昨年同館で開催された「細川家歴代の肖像画400年」展を観たお客様からの、「女性の肖像画をもっと見たい!」という意見がきっかけとなって企画されたそうです。
 
私は特別に、学芸員の三宅さんのお話をうかがいながら観覧しました。

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May 26, 2008

『たいせつな風景』

企画のツネです。
 
皆さん、夢はありますか
私には大きな夢と、小さな野望が幾つかあります。
 
その小さな野望の一つに、神奈川県立近代美術館の広報誌『たいせつな風景』に寄稿する、というのがあります。
 
『たいせつな風景』『たいせつな風景』は、単なる広報誌というよりも上質なエッセー集、といった趣き。
毎号テーマを設け、美術館の所蔵作品にまつわるエピソードや、テーマに沿った寄稿を掲載しています。
 
毎号の特集も「木」、「土」、「耳」などとてもユニークです。
「雲」をテーマにした第8号(2007年9月刊)では、表紙には浜口陽三、紙面にはジョアン・ミロ、谷中安規、ジョン・ラスキンらの作品が掲載されています。
なんとも渋いセレクション!

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May 19, 2008

待ち遠しいどころじゃない ピカソ

企画のツネです。
 
待ち遠しい、どころではありません。
いつ観に行こうかな、ではなく、何度観に行こうかな、と、今から思案中です。
 
今秋、東京・六本木の2つの美術館で、
ピカソの展覧会が同時開催されることが発表されました!!
 
○ 国立新美術館で開催予定 「巨匠ピカソ 愛と創造の軌跡」
(10/4-12/14、火休)
 
○ サントリー美術館で開催予定 ピカソ展「魂のポートレート」
(10/4-12/14、火休)
 
今年から来年にかけて世界を巡回するパリのピカソ美術館所蔵品展が、日本でも開催されるわけです。
私は今からそわそわしています。

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May 12, 2008

深呼吸できる場所 ― 日本民藝館

日本民藝館 ちかく企画のツネです。
 
大型連休、ゴールデン・ウィークも終わってしまいました。
わたくし、GW最終盤の3日間で、6つの美術館やギャラリーを回りました。
ヒマ人…? いえ、勉強熱心と呼ばれたい。
 
その中でとりわけ気持ちのいい空間だったのは、東京・駒場の住宅街にたたずむ 日本民藝館
民芸運動の創始者、柳宗悦が集めた日本全国、そして世界各国のすぐれた民芸品を蒐集し、展覧しているところです。
 
今回の展示は特別展、「琉球の織物」。(6/8まで。月休)
 
数ある展示作品の中でも、「苧麻(チョマ)」という琉球の織物が素晴らしかった。
それも、粗末なものほど美しいのです。
 
おそらく数十年前に織られたであろう、その布を観ていると、機織りの音が聞こえてくるような、
身にまとったときに涼しく吹き抜ける風が感じられるような。
 
70年前に建てられた民芸館の建物は、歩くと、ぎしぎし音が鳴ります。それが展示ケースや作品にも合って、すごく気持ちがいい空間。
団体のお客さんがわいわい喋りつづけていても、不思議とうるさく感じない。
 
展示を見ながら深呼吸をしたくなる、素敵な場所です。
全国選りすぐりの民芸品が集められたミュージアムショップもおすすめです!
 
 
日本民藝館日本民藝館
東京都目黒区駒場4-3-33
TEL: 03 - 3467 - 4527
http://www.mingeikan.or.jp/

April 14, 2008

メゾティントの"魔力"

企画のツネです。
当初は「メゾティントの魅力」というタイトルで文章を書いていたのですが、
「魔力」に変えました。
 
浜口陽三の版画作品が持つ、観る人をとらえて離さない力、
それは魔力と呼ぶに相応しいほど強烈です。
 
世界を舞台に活躍した版画家、浜口陽三(1909−2000)。
「カラーメゾティント」と称される新たな銅版画を開拓し、素晴らしい作品を残しました。
 
漆黒の背景に浮かぶ赤や青。
宙や水中に浮かんで(或るいは沈んで)いるかのような静物が、息を呑むほど美しい。

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March 13, 2008

奥入瀬にいってきました。

奥入瀬 1企画のツネです。
 
昨年、休暇を利用して奥入瀬渓流にいってきました。
 
奥田元宋(おくだ げんそう)画伯が秋の奥入瀬を描いた代表作、「秋渓淙々」の複製画を製作・販売したことから、実際にその地を見てみたいと思い、足を運んだのです。

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February 13, 2008

アートの「接近・展開・連続」

企画のツネです。
 
美術館で絵や彫刻を観るときも、「接近・展開・連続」が大切です。
(サッカー日本代表・岡田監督の名言。)
 
作品にぐっと近づいて(接近)観る、
作品とそれが飾られた壁面、また展示室の雰囲気を楽しむ(展開)、
作品の並べられた順番(連続)に、展覧会を企画した学芸員の意図を汲み取る…
 
作品に接近してじっとよく観ているひとは大勢いますが、絵の飾られた壁や展示室、また展覧会全体の雰囲気まで意識して観るひとはそう多くはいないでしょう。
実はそこが、美術鑑賞のおもしろいところ。いわば魚のアラのような、鑑賞のポイントです。

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December 25, 2007

クリスマス、ユトリロ、浜口陽三

おはようございます。企画のツネです。
24歳、仕事が恋人です。
 
その意味において、私はクリスマスを恋人と一緒に過ごすことができます・・・
メリー・クリスマス!
 
クリスマスは、本来はキリスト教の祭日であり、イエス・キリストの生誕を祝う日です。
だから日本のクリスマスの盛り上がりは、もはや日本独自の文化、と言ってもいいのかもしれません。どこへ行ってもクリスマス商戦。
 
そんな中で、我々美術業界はこのクリスマス・ブームから取り残されています。
今後は何か便乗した商品展開や販促などを仕掛けるべきでしょうか?
 
当社の主力分野である日本画と、クリスマス、ちょっと結びつきませんが・・・

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December 7, 2007

湯タンポの描き方


こんにちは、営業のクロです。
 
マスク率が高くなっていく美術商品部、
みなさまは体調を崩されたりしてませんか??
 
夜は特に冷える今日この頃、
実家の母親から湯タンポが送られてきました。
わーい!
 
手書きのメモ付き。

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December 3, 2007

古川美術館 vol.3  “おもてなしの心”

古川美術館への訪問インタビュー、今回が最終回です。
数多く開催されるワークショップの成果と意義、そして美術館や学芸員のお二人の今後の目標についてお聞きしました。
 
 
―― 古川美術館ではワークショップをたくさん開催していますが、そうした企画の狙いと、これまで特に反響が大きかったものを教えてください。
 
浅野 今年の夏に大変好評を頂いたのが、子供向けの美術館探検、学芸員体験というワークショップです。普段は見ることはできない美術館の裏側を、私たちと一緒に探検してもらい、学芸員の仕事を実際に体験してもらうという企画です。(古川美術館のブログも参照:http://www.furukawa-museum.or.jp/photo/2007/07/
小学校の高学年を対象に、学芸員体験として展覧会チケットのもぎりをしてもらったり、爲三郎記念館でお出ししているお抹茶のサービス係を体験してもらい、美術館にはどのような人がいて、どのような仕事があるのかを知ってもらいました。
お客様のいる現場に出ることは貴重な体験になったと思います。「ごっこ遊び」をする時期を経て、実社会に出て人の役に立つという実感を得ることができたのではないでしょうか。
 
古川美術館 ミュージアムショップ  こうしたワークショップを開くときにまず考えなければいけないのは、学校現場では子どもに対して何が求められていて、何が実現されていて何が実現されていないのか。実現されていないことに関して美術館はどう働きかけることができるか、そこがまず重要だったんです。

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November 30, 2007

古川美術館 vol.2 「茶の湯 インテリアデザイナー 内田繁の世界」

古川美術館へのインタビュー、第2回目。
美術館の分館・爲三郎記念館で開催されている企画展について、引き続き学芸員のお二人に話を聞きました。
現代的な茶室の展示。しかしここでも苦労が絶えなかったようで・・・
 
 
展示風景 1―― 現在、爲三郎記念館で開催されている「茶の湯 インテリアデザイナー内田繁の世界」(12月6日まで)も非常にユニークな企画ですね。
 
浅野 当初、爲三郎記念館が持つ数奇屋の空間を生かした企画を考えていたんです。爲三郎記念館は茶事を目的として建てられた建物ですので、茶の湯をキーワードに、空間を全体的に演出するような企画を検討しました。そこで、茶の湯を通してインテリアやデザインの可能性を追求されている内田繁先生に演出をお願いすることになりました。
内田先生は茶の湯に大変造詣が深い方なので、現代ならではの茶室の展示ができると思ったんです。
 
  展示は大掛かりになりました。伝統的な爲三郎記念館の設えとは全く違う演出が施されています。新しく生まれた空間と伝統的な空間が、きれいに融合されています。
 
浅野 爲三郎記念館の特徴は、大きな広間があることと伝統的な四畳半の小間(こま)の茶室があること。小間の茶室はそのまま伝統的な設えで活かしす一方、広間はがらっと建具を変えたり、スクリーンを使うことで大きく変える試みをしています。
内田先生の「仮設の茶室」をご存知でしょうか? 組み立て式の茶室で、どこへでも茶の湯の空間を作り出すことができるというものですが、そちらを記念館の前の庭園に展示し、記念館にある国宝の如庵(じょあん:16世紀、茶の湯の創世期に織田有楽斎(おだ うらくさい:織田信長の弟)が建てた茶室。愛知県犬山市の有楽苑)を写した茶室と併設することで新旧の茶室を対比を楽しんで頂く、というのが今回の内容です。

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November 28, 2007

古川美術館 vol.1  「大観・玉堂・龍子 三巨匠展」

近・現代の日本画を中心に幅広いコレクションを誇る古川美術館。
「大観・玉堂・龍子 三巨匠展」を開催中(12月16日まで)の美術館にお邪魔して、学芸員の浅野さんと林さんのお二人にインタビューしてきました。(全3回)
初回のインタビューでは、美術館の特徴と開催中の展覧会の見所、また、学芸員ならではの苦労話を教えて頂きました。
 
 
―― まず、古川美術館の特徴を教えてください。
 
古川美術館 館内浅野 当館のコレクションは、近・現代の日本画など初代館長の古川爲三郎が蒐集したものが中心であるため、個人の趣向が強く出ているのが特徴です。
例えば爲三郎は富士山がすごく好きでしたので、富士の絵は画家を問わずたくさんあります。爲三郎は元々実業家でしたので、さらに上を目指す、常に自分に飽きたらずに前進していく姿勢を、日本一の高さを誇る富士山に重ねていたのだと思います。
また、爲三郎は地域の芸術の振興を大変推奨しておりまして、地元の若い画家の支援もしていました。その爲三郎の志を受け継ぎ、市野龍起先生をはじめ愛知県ゆかりの画家の作品を数多く所蔵し、現在も展覧会を開いております。
名古屋市内に美術館があることの意味も踏まえ、地元の画家を取り上げることには大きな意味があると考えております。
 
―― それでは、開催中の「大観・玉堂・龍子 三巨匠展」の見所を教えてください。
 
  大観と玉堂と龍子はそれぞれ全然違う道を歩んでいます。院展と、文展と、在野の青龍会。その彼らがある時期、合作を作ります。その合作が、調べたところ10作品もなく、しかも所蔵者がわかるものはさらに少ない。当館ではその内の3作品を所蔵し、今回展示しておりますので、それが一番の見所です。
また、三人の初期の作品から晩年に描いたものまで網羅でき、画家としての歩み始めから筆が立ってくる円熟の時期、そして三人の合作に到るまでの流れがおわかり頂けるかと思います。
あとは・・・川端龍子の作品が、東海地方であまり見られないんですよね。展覧会は東京での開催ばかりなんです。

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November 22, 2007

勝手に仙厓  2

企画のツネです。
勝手に仙厓 1」のつづきです。
 
落書きか童画のような仙厓の絵が、実は巧みな筆使いによって描かれていることに注目してみましょう。
 
例えば、「指月布袋画賛」(出光美術館所蔵)に見られる明暗の描き分け。
(お手元に展覧会カタログ等をご用意ください。)

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November 21, 2007

勝手に仙厓  1

企画のツネです。
実は、福岡出身です。
 
だからというわけではありませんが、仙厓義梵(せんがい ぎぼん)の大ファンです。
 
仙厓は、「伝える」よりも「伝わる」メッセージを絵や書に託すことができたひとだと思います。
 
いたずら描きのような絵も、簡素で強烈な讃や書も、仙厓にしか描けない「厓画」の世界。
 
先日まで東京の出光美術館で開催されていた、没後170年記念の「仙厓展」。
展覧会のポスターに使われていた代表作、「指月布袋画賛」を見てみましょう。
(作品の画像を掲載することができないので、わたくしのイラストでご堪忍ください。)

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November 19, 2007

伊藤若冲「日出鳳凰図」

営業のクロです。今日は…寒いですね!
ペンよりも、カイロを握り締めるのに忙しくなりそうな一日です…
 
伊藤若冲 日出鳳凰図さて、伊藤若冲の「日出鳳凰図」は毎年この時期からよく売れ始めます。
アメリカ・ボストン美術館の正式な許可をいただき、当社で制作いたしました。
 
真っ赤な太陽を背に鳳凰が舞う吉祥の絵柄。
新年のご自宅を飾るのにぴったりな画題ですよね。
 
若冲がこの「日出鳳凰図」を描いたのは、およそ30歳半ばごろと推定されています。
細密な描写のいっぽうで、どことなく鳳凰の表現が「硬い」かもしれません。
 
この絵を描いてから50年も経つと、画風はこんな風に変わります…

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November 16, 2007

シジュウカラの目

金島桂華 冬晴
企画のツネです。
 
絵は、見れば見るほど発見があります。
 
たとえば校正作業(原画と複製画サンプルとの比較作業)のために、一枚の絵と数十分にわたってにらめっこしたりします。
金島桂華画伯の「冬晴」の校正作業に行ったときにも、発見がありました。

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November 12, 2007

そば屋のかつ丼と 彫刻

企画のツネです。
 
そば屋のかつ丼(あるいはカレー)が例外なく美味しいように、
彫刻家が描く絵には、絵画を本業とするひとの作品とは違う魅力があります。
 
今年の7月末まで、神奈川県立近代美術館にて「20世紀美術の探求者 アルベルト・ジャコメッティ」展が開催されていました。
 
細い、線のような人物彫刻で知られるジャコメッティですが、この展覧会では彫刻に加え、油彩画やデッサンも展示されており、ひじょうに興味深い展示でした。
 
中には葛飾北斎の作品の模写など、非常に珍しい作品も。
いわば、そば屋が、揚げ物屋を真似て絶品のからあげをつくったようなものでしょうか・・・

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November 9, 2007

奥村土牛の『栗』

こんにちは。営業のクロです。
 
実りの秋、というと何を思い浮かべるでしょうか。
年中なんでも手に入る今日ですが、やはり季節を象徴するものってあると思います。
 
栗もそのひとつ。
天津甘栗とは違う、秋の情緒をご紹介します。

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November 7, 2007

伊藤髟耳先生インタビュー vol.3(全3回)

日本画家・伊藤髟耳(ほうじ)先生へのインタビュー、今回が最終回です。
先生が画家として今後描きたいもの、大切にしていることをうかがいました。
画家の方々を始め、美術に携わる全ての方、必読です。
 
 
―「家族」で郷土玩具を描かれたというお話はたいへん興味深いものでした。それでは今後、描いてみたいものはありますか?
 
伊藤 これからは、もう何でも描いてみたいと思っています。地球上の全てのもので絵にならないものはない。全部、絵になるはずなんです。それも自分で描くのではなくて、描かせてもらう、題材から教えてもらう、ということです。
・・・と偉そうなこと言うけれども、先日、湯河原で写生をしたんですが、全然描けませんでしたね。みじめでしたよ。
 
―描けない、というのは、思い通りに描けなかったということですか?
 
伊藤先生のスケッチブック伊藤 思い通りどころか、どう描いていいのかわからなかったんです。だからね、私、だめだなーと思いましたよ、今回。
でも、だめだ、ってことに気付いたこと自体まだ良かった。思うように描けない事を自覚できたからです。自分では描けると思い込んでいる人はたくさんいます。
話が前後しますが、写生に行かずに写真一枚を題材に絵を描くひとが多いんですよ。だけど、これでは絵にならない。写生に行って、如何に自分が思い通りに描けないかを知る、こういう仕事も必要。本当だったらもっともっと取材に行かなきゃいけない。

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November 5, 2007

伊藤髟耳先生インタビュー vol.2(全3回)

日本画家・伊藤髟耳(ほうじ)先生へのインタビュー、第2回目。
「家族」に描かれた伊藤先生ならではの家族の表現。モデルになったのはどなただと思いますか?
この絵のモデルとなったもの、また、日本画を描く上で大切なことをお聞きしました。
 
 
―今度は「家族」のモデルについて教えてください。
 
郷土玩具 1伊藤 これは会津の郷土人形なんです。
私が(日本美術院の)同人になって間もない頃、仏像の絵をたくさん描いていた時期なんですが、郷土玩具にも興味を持ち始めたんです。
私が仏像を描いている時に思ったのが、仏師の方は、一生一代の大仕事という気持ちで仏像を作りますよね。とにかく、力作、会心作を作ろうとして。私はそれをまた写生して、絵にする。
その一連の作業の中には、人間の持っている業(ごう)が渦巻いてることに気が付いたんです。
業っていうのは確かに魅力があります。強い意志はインパクトが強いから。でも、それだけではよくない。業を少しずつ捨てていってもいいかなと思い始めた時に、浜松にある方広寺(ほうこうじ)で五百羅漢を見たんです。五百羅漢というのは、何か子供っぽい穏やかな表情で、にこやかにするものだと思ったから。それを描きに行くうちに、今度は郷土玩具には業が無い、と思ったんです。
郷土玩具というのは、農閑期に、縁側で、みんなで作るようなもので、一世一代の芸術品を作ろうなんて気持ちは全然ない。私はこれと触れ合うことで自分の業も消えてほしいという願望があった。それで興味を持っていたら、会津若松の山奥で、一人で郷土玩具を作っている人を知ったんです。

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November 1, 2007

伊藤髟耳先生インタビュー vol.1(全3回)

日本美術院に所属し、同人として活躍される伊藤髟耳(ほうじ)先生。若手の画家を交えて研究会を開くなど、常に熱心な創作活動を続けてらっしゃいます。
当社では先生の版画作品「家族」を発売したばかりですが、この度先生のアトリエにうかがい、インタビューをさせていただきました。3回に分けて掲載いたします。
 
 
―まずは、この「家族」を制作されたきっかけを教えてください。
 
「家族」伊藤 2000年の12月に入院し、手術をすることに決まったんですが、その年明けから、21世紀は「家族の時代」「手の時代」になると思い始めたんです。それが大事になる時代だと。
その年の春に(院展作品集の)表紙絵を描いて、秋にもまた表紙を担当する年だったんですね。春は花の絵を描いたんですけれど、秋は何にしようかな、と思って。退院したばかりだし、自分のうちにあるものを見たら、郷土玩具がある。
・・・私ね、とにかく郷土人形の庄屋さん夫婦に興味を持ったんです。それを使って「家族」を表現してみたいと。その中にうさぎさんも入れて、と。
 
―同じ年の院展出品作も、「家族」でしたよね?
 
伊藤 そう、そっちに描いたのは本当の家族。(笑)家族というテーマをずっと表現したくて、院展に出品したんです。
だけどある方に、「院展も変わった作品を描くひとが出てきたのねえ」と言って驚かれました。珍しかったんでしょうね。
 
―絵の背景の、鮮やかで不思議な模様、こちらはどのようにして生まれたのでしょうか?
 
伊藤 対象の中の形を表現していくうちに、自然とそうなりました。
あるとき、日本画の絵具っていうのは、印刷のインクでは出せない発色だということに気が付いたんです。すごく輝く。発色がものすごいんだっていう。
それを意識しているうちに、同じ色を何回も重ねていくことできれいに発色する、いい作品になる、って気が付いたんです。

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October 24, 2007

山種美術館 3  「誰もが気楽に入れる美術館」へ

全三回の山種美術館インタビュー、最終回。
館長お気に入りの作品や、愛用のミュージアムグッズ、美術館の目指す方向性について、山崎館長と学芸員の櫛淵さんにお聞きしました。
 
 
―― コレクションのうち、館長が特に思い入れのある作品はありますか?
 
速水御舟 炎舞山崎 速水御舟の「炎舞」です。あの作品は何度見ても飽きません。以前、額のアクリルを外して見たことがあるんですが、背景の色がなんとも言えずきれいで・・・引き込まれるようでした。絹が染めてあるかのように、色が乗ってるんです。
炎と、それに群がる蛾というモチーフ自体も珍しいですね。御舟以前にも以降にも同じ画題はない。そういうものを選んだこと自体が御舟のすごいところだと思います。
私が御舟の奥様に伺ったお話では、軽井沢に家族で滞在中、毎晩たき火をして、そこに群がる蛾を観察したそうです。おもしろいことに、蛾のスケッチはたくさん残っていますが、炎のスケッチは一枚もない。炎は完全に御舟が作り上げたものなんです。観念的というか、実際に写生した炎ではないんですね。そこに写実的なものと装飾的なものが合わさっている。神秘的な絵です。
本当に何回見ても飽きません。閉館後にお客様がお帰りになってからライトを消すと、真っ暗な中に「炎舞」が浮かび上がるようで。そういうものを見られた時は学芸員冥利に尽きるなと・・・(笑)
 
―― さすがに御舟先生の話は盛り上がりますね。(笑)(注:山崎館長は御舟の研究で広く知られています。)他の作家の作品では?
 
山崎 奥村土牛さんの「醍醐」も好きです。綿臙脂(わたえんじ)という、今はなかなかないピンク色の絵具をふんだんに使っていて、すごくきれいな桜の絵です。土牛さんの人柄が出ているような気がします。
 
竹内栖鳳 班猫櫛淵 私は竹内栖鳳の「班猫」が大好きです。初めて見たときは鳥肌が立ちました。猫の目に射貫かれたみたいに、動けなくなってしまって・・・ぞくぞくしましたね。
それから猫の毛が、金で描かれているのですが、これもライトの当て方一つで違って見えました。展示のやり甲斐も大きい、そういうおもしろさもある作品です。

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October 22, 2007

山種美術館 2  コレクション紹介

山種美術館インタビューの第二回。
今回は、山種コレクションの特徴や展覧会の裏話、子ども向けの企画について聞きました。
 
 
―― 山種コレクションの特徴を教えてください。
 
山崎 コレクションは1,800点余りで、近・現代の日本画を中心に蒐集しています。特に40年前の創立当時は近・現代の日本画だけを収集した美術館はなく、非常に珍しいと言われました。現在でも皆様に評価していただいています。
先日(9月14日)亡くなられた高山辰雄先生が平成3年から当館の理事を務めてくださいまして、あるとき、「山種さんほど近代日本画の蒐集の素晴らしいところはないんだから、作品を大切にしなきゃいかんよ」と仰っていただきました。その言葉を真摯に受け止めて、これからもずっと忘れずにいたいと思っております。
 
―― 「山種美術館」の文字を揮毫されたのは、安田靫彦先生ですよね。(注:美術館の看板の文字。写真参照)
 
山種美術館 揮毫山崎 ええ。あれは私の父(山崎富治さん、前館長)が何度も大磯の安田先生のお宅に伺って、お願いして、やっと書いていただいたものです。
安田先生は良寛さんを見出した事で有名で、良寛さんの書の鑑定などでご自身の制作以外にもお忙しかったと思うんです。なかなか一回では「うん」と言っていただけなくて、父は何回も伺ったらしいです。
あの書は本当に素晴らしいと皆さんに言っていただいています。これからも大切にしていきたいです。

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October 19, 2007

山種美術館 1 「川合玉堂展」

美術館紹介の第一回は、近・現代の日本画を中心とした日本有数のコレクションを誇る山種美術館。
川合玉堂展を開催中(11/11(日)まで)の館内で、今年5月に新館長に就任された山崎妙子館長と、学芸員の櫛淵豊子さんにインタビューしました。(全3回)

「川合玉堂展」館内「川合玉堂展」館内


―― まずは、開催中の「川合玉堂展」の見どころを教えてください。
 
山崎 創立者の山崎種二が玉堂さんと大変親しく交際していたため、当館では70点の玉堂作品を所蔵しております。そのうちの約60点を今回一堂に会することができたので、非常に見応えのある展覧会になっていると思います。
 
―― 玉堂さんと種二さんの親交について、エピソードをお聞かせください。
 
山崎 戦時中、玉堂さんは青梅に疎開してらしたんですけど、種二がその疎開先に俵のままお米を運んでいっただとか、いつも支援していたと聞いております。
非常に親しくて、忙しい合間をぬって玉堂さんに会いに行っていたようです。玉堂さんは性格も温かい方で、先日お会いした(玉堂の)お孫さんが、「祖父は温和な人柄で、でも、芯には強いものを持っていた」と仰っていました。

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October 17, 2007

秋恋し / 栖鳳の妙技

企画担当の「働きマン!」、ツネです。
ようやく涼しくなってきた昨今、当部では来春に発売する作品の選定や、秋〜冬柄商品の販売促進を進めています。
季節をほんのちょっと先取りする仕事なので、頭と体の季節感は終始ずれっ放しです・・・
 
竹内栖鳳 錦秋図京都画壇を代表する画家、竹内栖鳳の「錦秋図(きんしゅうず)」です。
 
くるりと返ったシジュウカラがかわいらしい。
えさでも啄ばもうとしているのでしょうか、上下さかさのすがたに愛嬌があります。
 
そのシジュウカラの留まっている枝の表現に、画家・栖鳳のひと工夫があります。

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October 12, 2007

日展鑑賞 / 中村彝「少女」

企画のツネです。
 
日展鑑賞記、第二回。中村彝(つね)「少女」
 
彝が想いを寄せていた女性、相馬俊子を描いた作品です。
 
中村彝は新宿中村屋(あのカレーの中村屋)裏のアトリエに居候していました。
そこで俊子と出会い、モデルとして絵を描き、恋に落ち、恋に破れ、後に中村屋を出ることになります。

病弱だった彝が、俊子に恋をして幸せだったごくごく短い期間に描かれた秀作の一つ、それがこの「少女」です。
 
しばしばセザンヌの影響を受けた画風を指摘されますが、
しかし、恋愛感情を抱いていた女性をセザンヌ風に描いた、というだけではない作品です。

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October 9, 2007

「石橋美術館と子どもたち」

美術の世界のさまざまな方によるエッセー。
今回は、石橋美術館の学芸員・平間さんに、美術館の子ども達に向けての取り組みについて書いていただきました。

 
 
「石橋美術館と子どもたち」  学芸員 平間理香(へいま りか)


最近の子どもたちは、忙しいのだと聞きます。小学校にあがる前から数種のお稽古事に、学校に通い出してからは塾に行ったりと、放課後や休日もスケジュールが詰まっているそうなのです。
(「忙しい」という漢字のつくりを考えると、子どもたちに対してばかりでなく、あまり用いたくないことばですが...。)
石橋美術館で、子どもたちを対象にしたプログラムを始めた当初は、そんな事情もあって、なかなか頭数のそろわないものでした。それから5年が経過、プログラムの存在も認知され、美術館も子どもたちのスケジュールに組み込んでもらえるようになりました。

写真 1

今年の夏休みは、「コレクションによる旅 美術街道十三次」という旅をテーマとした展示に合わせ、通行手形(ワークシート)を手に、子どもたちにも「仮想の旅」をしてもらいました。

「夏休みこどもプログラム2007」リーフレットとワークシート

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October 3, 2007

日展鑑賞 / 竹内栖鳳「アレ夕立に」

企画担当のツネです。

国立新美術館で開催された「日展100年」展を鑑賞しました。(現在全国を巡回中。)

美術の教科書の中に迷い込んだかのような、名品の数々。
数回に分けて、気に入った作品を勝手に解説します。
 
第一回。竹内栖鳳「アレ夕立に」
 
青い着物の女性が腰を落とし、扇で顔をかくしています。
突然の夕立に思わず顔を覆い、「アレ」と一声。

この妖艶さは、英訳の「Caught in a shower」では表現できません。


出品時に大評判になったというこの絵のあちこちに、栖鳳の技量が発揮されています。

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プロフィール

共同印刷株式会社SP&ソリューションセンター アート&カルチャー部では、日本画を中心とした複製画や版画の制作、販売をてがけています。制作の裏側や、美術に関係したエッセーを続々とアップしていきます。尚、このサイトの著作権は共同印刷株式会社又は依頼した執筆者に帰属します。

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