March 3, 2017

鳥帰る春 -谷津干潟にて


 今年は酉年ということで、前回に続き鳥に因んだ小話をまたひとつ。

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オナガガモとヒドリガモ

 鳥は私たちの身近にいつでもいるため、一般的には特に注目を集める存在ではないのかもしれません。でも、優しく可愛らしい鳥たちが実は恐竜の生き残りだと言えばどうでしょうか。恐竜は今でも地球上に存在しており、私たちと共存しているのです。

 古代の地球上を支配した恐竜はこれまで、白亜紀末(約6600年前)に起こった大量絶滅で死に絶えたとされてきました。ところが、近年研究が進み、恐竜の一種である獣脚類の一部に羽毛をまとったものがいることが明かになりました。現在では、この羽毛のある獣脚類の生き残りが鳥類であるとする見方が定説になっています。昨年末に発表された論文で、ミャンマーで発掘された琥珀(樹脂の化石)のなかに、羽根が生えた恐竜の尾が見つかったとの報告がありその写真も公開されて話題になりました。

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Tレックス!

 羽毛のある恐竜が属する獣脚類には、有名な大型肉食恐竜のティラノサウルス(通称Tレックス)や映画「ジュラシック・パーク」に登場し広く知られるようになった小型肉食恐竜のヴェロキラプトルなどが含まれています。恐竜界の帝王、巨大なTレックスは、わたしたち昔の男の子にとってはいわばスーパースターでした。モフモフの可愛らしい羽毛をまとったTレックスの想像画を見て、思わず、「これじゃない!」と叫びそうになったのはここだけの話です。







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セイタカシギの群(谷津干潟)

 写真は、二月末の谷津干潟で撮影したセイタカシギ(背高鴫)の群です。大人にまじって恐らく日本で生まれたと思われる子供たちもいました。この時期、谷津干潟に多いのは冬の渡り鳥としてシベリアから渡って来るオナガガモ(尾長鴨)やヒドリガモ(緋鳥鴨)などの淡水ガモ類とクイナの仲間のオオバン(大鷭)です。セイタカシギはカモたちに比べて小さく、個体数もごくわずかなのですが、いる場所がだいたい決まっているののと姿に特徴があることから比較的見つけやすい鳥でもあります。

 セイタカシギの主な繁殖地(子供を産み育てる場所)や越冬地はユーラシア大陸にあり、日本には旅鳥として、繁殖地と越冬地との間を移動する際に一時立ち寄る例が多いのですが、関東や中部の一部で繁殖することもあるようです。セイタカシギは環境庁のレッドリスト(絶滅危惧種のリスト)に絶滅危惧Ⅱ類として掲載されています。Ⅱ類は、絶滅の危機が増大しているもののカテゴリーです。

 豊かな自然環境は鳥だけでなく人にとってもかけがえのない恵みを与えてくれるものです。白亜紀末の大量絶滅を生き伸びた鳥たちを、私たち人類の傲慢で無思慮な行動により絶滅させることがないよう、環境の維持保全に努めるとともに、私たちの子や孫の世代まで滋味豊かな日本の自然を継承していこうではありませんか。



※当部は公益財団法人日本自然保護協会への寄付を通じ、自然保護活動の支援に継続的に取り組んでいます。

August 19, 2016

始まりの秋を探して


 いわゆる月遅れのお盆の時期(8月13日~16日)には、多くの方が夏休みを取り、帰省や家族旅行に出かけられたことでしょう。現代の感覚ですと8月は夏のイメージだと思いますが、日本古来の伝統に従えば、秋の始まる季節です。実際、二十四節季の「立秋」が8月7日(2016年の場合)ですから8月は概ね秋と言って過言ないでしょう。お盆(盂蘭盆会うらぼんえ)にしても伝統的には秋の行事とされ、俳句では秋を表わす季語とされています。そうであれば、「夏休み」と言い慣わされたお盆のお休みは、本来「秋休み」というべきなのかもしれません。

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 閑話休題。季節が巡るこの時期、訪れたばかりの秋の気配を探して田園の細道を辿る自転車の小旅行に出かけてきました。照りつける太陽の光の、身を焦がすような熱さを嫌い、しばらく足が遠のいていましたが、久しぶりに走る谷津(やつ)沿いの小路は、通い慣れているはずなのに新鮮な魅力に溢れていました。

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 谷津とは、北総地方に広く見られる台地に挟まれた細長い低湿地の地形で、江戸期まで存在した広大な内海のなごりです。古くから開墾され主に稲田(谷津田)として用いられています。谷津のほぼ中央付近には小川が流れ、台地と谷津の境目を地形に沿って曲がりくねる古道(谷津路)が走っています。谷津路沿いの台地側には点々と農村集落があり、集落の境目あたりには古い石の野仏が祭られています。いずれの仏様も今なお大切に御守りされていることが一目でわかります。

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 小川の土手など谷津田の周辺には葛や蘆、荻、野アザミなどの秋草が繁茂し、沢山のシオカラトンボが飛び回っていました。それはまるで、酒井抱一(1761~1829)が描いた《秋草図》を彷彿とさせる光景でした。

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 この日は雲間から青空が少し覗くといった曇り勝ちの天候で真夏に比べれば暑さも和らぎ、過ごしやすい一日でした。走りながら仰ぎ見れば、秋らしい巻雲が翩翻と空に浮かび、谷津田の上を数羽の白鷺が悠然と飛翔していました。重く頭を垂れて豊かに実った黄金色の稲穂は、今更ながら「豊穣の秋」という言葉を思い起こさせてくれました。お盆明けには稲刈りが行われるそうです。帰り道、農家の庭先で見つけたのは栗の木。まだ青いけれど大きな毬(いが)がたわわに実っていました。

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 秋が更に深まれば、小川沿いの谷津路は無数の昆虫たちに覆われます。それはあたかも虫たちの謝肉祭の如く、生命の最後の焔を輝かせ踊り続けるのです。その頃には、小川に沿って繁茂する荻の美しい銀色の穂波が風にそよぎ、はるか彼方まで続く光景が見られることでしょう。

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彩美版®、限定200部
上村松園 《初秋》 軸装・額装
販売価格(各)120,000円+税


<仕様体裁>
原画 古川美術館(名古屋)所蔵
監修 上村 淳之(日本画家・日本芸術院会員)
解説 古川美術館 学芸課
技法 彩美版®、シルクスクリーン手刷り
用紙 特殊絹本
限定 200部
証明 監修者承認印・限定番号入り証書を貼付
発行 共同印刷株式会社




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■額装仕様
額装 特注木製額金泥仕上げ、しぐれ袖織りマット、アクリル付き
画寸 縦43.5cm×横53.0cm
額寸 縦63.0cm×横72.5cm
重量 約4.5kg



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shoen_shoshu_kiribox.jpg■軸装仕様
箱書 上村松園(シルクスクリーン印刷)
表装 三段表装
材料 天地:利休茶色無地
   中廻:浅葱鼠色地流水文緞子
   風帯・一文字:白茶色地唐花唐草文金襴
   軸先:新牙
   箱:柾目桐箱、タトウ付き
画寸 縦43.5cm×横53.0cm 
軸寸 縦139.0cm×横72.2cm






【監修 上村淳之(うえむらあつし)】

1933年上村松篁の子として京都に生まれる。
松園を祖母に親子三代続いての画業に進む。
現在、日本芸術院会員。京都市立芸術大学名誉教授。
上村家三代の作品を展示する松伯美術館の館長も務める。
2013年には文化功労者として顕彰された。



【古川美術館のご紹介】

 古川美術館は、初代館長古川為三郎が長年にわたって収集し大切にしてきた美術品を、「私蔵することなく広く皆様に楽しんでいただきたい」という想いからその寄付を受け、平成3年11月に開館しました。
 所蔵品は2,800点にのぼり、美人画、花鳥画などの近代日本画を中心として、油彩画、陶磁器、工芸品、また西洋中世の彩飾写本など、多岐にわたります。現在は所蔵品を中心とした企画展示を行うとともに、美術講演会やワークショップなど、幅広い活動をしています。
 また、分館として初代館長が愛した数寄屋建築の居宅を、平成7年より公開、様々な企画を開催しています。

名古屋市千種区池下町2丁目50番地
ホームページ:http://www.furukawa-museum.or.jp/
お問い合わせ:052-763-1991


※古川美術館についてはこちらの過去記事もご参照ください。
なお記事中でご紹介した企画展は、既に終了しております。開催中及び今後開催の展覧会につきましては美術館のホームページにてご確認くだるようお願い申し上げます。


夏の出張、西から北へ美術館めぐり(2015年7月24日)
古川美術館vol.1 「大観・玉堂・龍子 三巨匠展」(2007年11月28日)
古川美術館vol.2 「茶の湯 インテリアデザイナー内田繁の世界」(2007年11月30日)
古川美術館vol.3 "おもてなしの心"(2007年12月3日)


November 6, 2015

ジョゼフ・コーネルの部屋を訪れた事

 
 コーネルの箱が好きである。


 ジョゼフ・コーネルは、1903年にニューヨークの裕福な家庭に生まれた。しかし父を亡くすと、家族を養うために学業を辞め織物会社で働かなければならなくなった。そして彼は家の地下室をアトリエにして箱を作り始めた。

 彼の箱は蚤の市ででも買って来た様な古びた外装で、中にはコルク玉、女優のブロマイド、図鑑から切り抜かれた動物たち、割れたグラス、地図、貝殻などが並べられている。彼の箱は言うなればガラクタのいっぱい詰まった、あるいは、それすらあまり入っていない箱である。彼の作品を目にして2秒で立ち去る人もいるが、私はそれをずっと見ていたい。彼の箱の前に立つと、既になくなってしまったチョコレートの箱の匂いを嗅ぐような、甘い寂寥感を感じる。私は中でもホテルシリーズの様なモチーフが少ないものが好きである。箱(=部屋)の中にある、かすかな手がかりから隠れた物語を探すのである。空っぽのホテルの部屋で数時間前に起こった事件を想像し、ずっと昔に起こったホテルの歴史に想いを馳せてみる。

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© OSAMU INOUE, 2015
自宅の風呂場をコーネル風にしてみた...



 千葉県佐倉市にあるDIC川村記念美術館で現在開催中の「絵の住処(すみか)--作品が暮らす11の部屋--」(2016年1月11日まで)で、ジョゼフ・コーネルの作品が見られるというので訪れる事にした。今回は立体、平面含め16点もの作品が、展示されている。「ジョセフ・コーネルの部屋」と題された一室には彼の作品だけが展示されている。その中の一つに《無題(ピアノ)》があった。箱の内側に楽譜が貼ってあり、3段に仕切られた棚には楽譜を貼付けたマッチ箱の様なものが置いてある。そして甘く切ないオルゴールの音色がエンドレスで聞こえて来る。元はモーツアルトの「ピアノ・ソナタ ハ長調(K.545)」が奏でられたそうだが、音楽に全く造詣がない私には、それかどうかわからない。しかし国内にこれだけの数のコーネルのコレクションを持っているとは、実にすばらしく、ありがたい事である。コーネルの箱をまだご覧になられた事がない方は、是非この機会に彼の部屋を訪れていただきたい。ただ彼の箱の世界に閉じ込められて、出られなくならない様にご注意いただきたい。

 ちなみにコーネルについての書物で、私のお気に入りは以下。「コーネルの箱」(チャールズ・シミック著、柴田元幸訳、株式会社文藝春秋発行)は、コーネルの箱の写真とシミックの幻想的な詩とが織りなす、まさに迷宮的世界で逸品。洋書の「Joseph Cornell : Navigating the Imagination」(Lynda Roscoe Hartigan著)は彼の作品がたっぷりと掲載されている。

 さて彼の部屋に長居をしすぎたため、少々コーネル疲れを起こした。隣接するレストラン「ベルヴェデーレ」で昼食を取る事にする。ここでは千葉の地のものを取り入れた料理をいただける。美術館のレストランに相応しく、前菜の盛り合わせの皿は画家のパレットの様にカラフルで、出て来る品々が皆目で見て美しく、そして美味しい。窓からは緑に囲まれた池の景色が楽しめる。ただし休日のランチは混雑するので、早めに入った方が良さそう。

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© OSAMU INOUE, 2015
レストランの窓から、樹々に囲まれる池を眺める



 食後に池の畔で一休みする事にする。池には白鳥が居る。白鳥というものは翼を広げて立ち上がる(元から二本足で立っているが)とかなり大きい。鳴き声も騒がしく威圧的とまで言える。一羽がこちらに向かって迫って来る。白鳥に追われ引き上げる事にした。


 尚、DIC川村記念美術館と言えば、マーク・ロスコの部屋(心臓の中の様に赤い)やフランク・ステラの部屋(体育館の様に広い)も、とてもすばらしいです。



【DIC川村記念美術館のご案内】

所在 千葉県佐倉市坂戸631番地
電話 0120-498-130(フリーダイヤル)
開館 9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館 月曜日、但し祝日の場合は開館し翌平日休館
   年末年始、展示替期間
料金 その時の展示内容により変わります。
   詳細は美術館へお問い合わせください。
交通 ◆JR佐倉駅より
   南口の「DIC川村記念美術館バス停」より無料送迎バスあり(乗車約20分)
   ◆京成成佐倉駅より
   南口の「シロタカメラ」前より無料送迎バスあり(乗車約30分)

October 9, 2015

秋を探して-田園を巡る旅


 早や10月、季節が深まってきましたね。当社周辺の銀杏並木もほんのりと色づいてまいりました。今年は10月8日が二十四節気の「寒露」にあたり、晩秋の始まりの日です。夏の喧騒のなごりは消えて、ついこの間までの暑さがうそのように朝晩少し肌寒さを覚えるようになりました。移ろい行く季節に柄にもなく、ふと感傷的気分が心を去来したりします。

20151009OOTANBA_chestnut.jpg 秋は実りの季節、豊かな自然の恵みが嬉しくて、食いしん坊揃いの我が家では今、柿や梨、みかん、栗など沢山の秋の果実が食卓を彩っています。写真は「大丹波」という、一粒が普通の三倍ほどもある大きな栗です。
 9月末の休日に、この「大丹波」を求めて、いつものように自転車で千葉県の印旛地方へ出かけてきました。あいにく前日までは雨で、当日もどんよりとした曇り空でしたので、久しぶりの谷津道はところどころ泥濘んでいました。帰宅してから自転車にこびりついた泥を拭い落とすのが大変でしたが、澄んだ田園の空気を思いっきり肺の奥底まで吸い込みながら、気持ちよく走ることができました。

20101009autumn_countryside.jpg 印旛へ行くにあたり、気がかりなことがひとつありました。今年9月10日から11日にかけて、関東や東北地方を襲った豪雨の被害です。
 利根川の下流域、印旛沼から霞ヶ浦にかけては「香取の海」と呼ばれた、古の広大な内海のなごりです。そのため土地が低くかつては大雨のたびに印旛沼が溢れて洪水を引き起こしていました。
 今回の豪雨の際は、印旛沼周辺では大規模な洪水は起きませんでしたが、付近の稲田は冠水したところもあったようで、収穫直前の黄金色に実った稲穂が、無残にもすべて倒れ伏す様子が確認されました。

20151009Shinkawa_river.jpg この日は家を出た時刻が遅く、買い物を終えてから直ぐに帰らねばなりませんでしたので、翌週末に改めて、爽やかに晴れた空のもと、印旛から利根川まで往復約100kmの道を走ってみました。
 田んぼの傍らを流れる新川はもとの穏やかな容貌を取戻し、美しい秋空を映しつつゆったりと流れていました。土手に沿って植えられた河津桜の並木は既に大方葉を落とし、春の華やかな川辺と同じ場所とは信じられないくらい、寒々とした景色に変わっていましたが、群れ飛ぶ赤とんぼや土手を跳ねるトノサマバッタなどの虫たちが、無数に息づく小さな命の存在を実感させてくれました。

20151009Persimmon.jpg 空はすっきりと晴れ渡り、美しく繊細な絹雲がかかっていました。秋空の青さは夏の青とは明らかに異なるほんのりと白を混ぜたような柔らかな青です。そこに純白の絹糸の束を浮かべたかのような、しみじみと心に沁み入る秋空の風情は、私がこの季節を愛する所以のひとつです。
 農家の庭先で見つけた小さな秋。たわわに実る柿の実の艶やかな橙色が青空に照り映えていました。思わず自転車を止めて見入ってしまいました。

 田園の美しさは、先祖代々その土地に根ざして暮らす人たちの日々の営みが自然とともに創り上げてきたものです。季節や日々の天候の変化、植物の成長などによって毎日異なる様相を見せるその景色は、例え毎週通ったとしても味わい尽くすことは出来ません。

20151009Inbanuma_lake.jpg 美しい景色に見惚れてゆっくり走りすぎたようです。利根川の畔に到着した頃には既に午後3時を回り、陽は大分西に傾いていました。印旛沼から流れ出た長門川が利根川に注ぐ河口堰の傍らで遅い昼食を摂った後、少しペースを速めて長門川沿いの道を遡り上印旛沼に出ました。湖畔では薄に良く似た葦の穂が、夕方の日の光を受けて銀色に輝いていました。

20151009sunset.JPG 当初は甚兵衛大橋の袂を抜け、印旛捷水路沿いの自転車道を使い佐倉城近くの下印旛沼へ出ようと考えていたのですが、予定を切り上げ家路を急ぎました。
 田んぼの真ん中を貫く小さな野川に沿った細道を急ぎ走るうちについに日が落ちてしまいました。周囲に人口の明かりは一切設置されておらず、唯一の灯りは自転車の頼りない小さなライトのみ、数メートル先の路面も全く見えずいささか心細い思いをしました。
 ようやく家に辿り着いたころには、とっぷりと暮れていました。それでも久しぶりの田園の旅は、私の心を暖かく満たしてくれました。


June 12, 2015

日曜の午後、東京湾を望む


20150612BeachPark1.jpeg ここは最近お気に入りの東京湾に臨む小さな公園です。近未来的な海の風景がパノラマチックに広がり、来るたびにきっと夜景が綺麗だろうなと思うのですが、未だ夜に訪れたことはありません。たまにランナーが駆け抜けるのを除けば、ほとんど訪れる人がいない隠れ家的スポットです。



20150612BeacPark4.jpeg 海を望むベンチに座ると真正面が羽田空港です。直線距離にして12、3kmあるでしょうか、大気の薄いベールを透して、独特の形をした管制塔の姿が滲むようにぼんやりと眺められます。公園上空には羽田へ降りる航空機の着陸ルートがあり、大型ジェット旅客機が徐々に高度を下げながら、行儀良くほぼ等間隔の連なりで次々と目の前を通りすぎていきます。



20150612BeachPark2.jpeg 羽田のやや右側には平成24年(2012)に開通し東京湾の新名所として知られる東京ゲートブリッジが見え、さらに右へと首を廻らせば、都内の高層ビル群と葛西臨海公園が間近に望めます。海上には大型の運搬船や漁船、タグボートなどに混じって、時折夢の島マリーナを拠点とするヨットの姿も見えます。



20150612BeacPark3.jpeg さて、この風景を眺めなら聴くならどんな音楽が合うでしょうか?好みは人それぞれですが、今までの私なら無条件でジャズだと思っていました。例えばハービー・ハンコックの名盤「処女航海」なんかぴったりだと思いませんか?ところが最近、ある現代美術の映像作品に出会ってから、クラシック音楽もいいじゃないかと思えるようになってきました。



 ジャズが合うと決めつけて他は一顧だにしなかったかつての自分は、いわば食わず嫌いだったと反省しています。決めつけずに色々と試してみたほうが楽しみが広がるようですね。所詮は趣味の問題なのですから。

 ちなみに、私の眼を開いてくれた作品、ミヤギフトシ《オーシャン・ビュー・リゾート》は、6月28日まで東京都現代美術館で開催中の「他人の時間」展で観ることができます。沖縄の離島の風景にベートーヴェン《弦楽四重奏曲第15番イ短調 第三楽章》の旋律が見事に調和しています。他にも、香港の映画スター、トニー・レオン(梁朝偉)が出演した複数の映画の名シーンをコラージュして全く別の映像作品に仕立て上げたホー・ツーニェン《名前のない人》や、明治期に米国人地質・鉱山学者が北海道夕張川で行った地質資源調査の研究をテーマに創り上げられた深い余韻の残るサウンド・インスタレーション、mamoru《THE WAY I HEAR,B.S.LYMAN 第五章 協相のためのポリフォニー》など五感を刺激する素晴らしい作品が多数出品されています。

 「現代美術」はちょっとハードルが高いかなと思った食わず嫌いな貴方にも、是非チャレンジしていただければ幸いです。

※各画像はクリックすると拡大できます。



【他人の時間|TIME OF OTHERS】

会場:
  東京都現代美術館
  東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
電話:
  03-5777-8600(ハローダイヤル)
会期:
  6月28日(日)まで
開館時間:
  10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:
  月曜日


※詳細は東京都現代美術館のホームページ等でご確認ください。

October 31, 2014

自転車散歩-江戸の風情が残る行徳界隈


 自転車を使った気ままな散歩、ポタリングが人気を集めている。江戸川を挟み東京に隣接する千葉県の行徳(ぎょうとく)はかつて多くの旅人が行き交い繁昌した宿場だった。自転車ならではの機動性を活かし江戸の風情が今も残る行徳の町を散歩してみた。



gyoutoku_benten201410.JPG 浦安市に隣接する市川市行徳地区は地下鉄東西線が開通して以来東京のベットタウンとして発展し駅の南側(海側)に向かって新しい街並が拡大している。バードウォッチングが好きな方であれば海側に宮内庁の新浜鴨場(御猟場)と市川野鳥の楽園があることをご存知であろう。東京ディズニーランドや葛西臨海公園にもほど近い。新興住宅地のイメージが強いが、本来の行徳は駅北側の旧江戸川と並行する行徳街道(県道6号線)沿いの本行徳を中心とした地域で、今も江戸の風情を残す古い町屋や社寺、古祠が多く残る。海側には、かつて遠浅の干潟を利用した大規模な塩田があった。駅前の弁天公園のあたりは弁財天を祠る鎮守の森で江戸時代は小島であったともいわれる。

 行徳は江戸から房総、常陸(現在の茨城県)方面への旅の起点となり多くの旅人や物資が行き交う交通の要所であった。今で言えば首都圏観光ガイドにあたる江戸時代末期に出版された『江戸名所図会』※には当時の行徳の賑わいが以下のように記されている。

 『行徳船場 大江戸小網町三丁目行徳河岸といえるより此地まで船路三里八丁あり。房総の駅路にして旅亭あり。故に行人絡繹(こうじんらくえき/「路行く人の往来が絶えない様」の意)として繁昌の地なり。殊更(ことさら)正五九月(1月、5月、9月)は成田不動尊へ参詣の人夥しく賑い大方ならず。』(「江戸名所図会」第7巻)

※江戸名所図会(えどめいしょずえ)
全7巻。1~3巻は天保5年(1834)、4~7巻は天保7年(1836)の刊行。江戸神田雉子町の名主を務めた斎藤長秋、莞斎、月岺の親子三代により編纂され、月岺が刊行した。挿図は長谷川雪旦。江戸文化の研究者必携の名著とされる。ちくま学芸文庫に収められているほか、原本は国立国会図書館デジタルコレクションに収録されインターネットで一般に公開されている。





常夜灯
gyoutoku_jouyatou201410.JPG 江戸市中には縦横に運河が張り巡らされ水運が盛んであったから、船を使う行徳経由のルートは人気が高く江戸から成田山新勝寺へお参りする人々で大いに賑わった。船着場の新河岸跡には『江戸名所図絵』に描かれた江戸末期、文化九年(1812)の常夜灯(市川市指定文化財)が今も残り周辺は公園として整備されている。この行徳ルートを開いたのは徳川家康と言われている。家康は新たに小名木川と新川という二つの運河を開削し日本橋と行徳の間を直接船でつなぐルートを設けた。行徳は古くから製塩業が盛んで家康は軍事的見地からこれを重視し厚く保護したと言われる。



笹屋うどん跡
sasaya_201410.JPG 当時行徳名物として親しまれたのは新河岸からほど近くの行徳街道沿いにあった笹屋うどんである。『江戸名所図絵』行徳河岸の挿絵にも「名物さゝやうんとん(饂飩)」と描かれている。笹屋のいわれは、「石橋山の合戦に敗れて安房へ落ち延びる途上行徳に着いた源頼朝一行を、うどん屋の仁兵衛がうどんでもてなし、頼朝から源氏の家紋「笹竜胆」を拝領し以後屋号を「笹屋」としたと伝えられる。残念ながら廃業して久しく、名物うどんがどんなものであったかはわからないが※、江戸時代の建物や太田南畝の筆になるという看板が今も大切保存されている。(看板は市川歴史博物館に展示)
※看板には「御膳ほしうどん」と書かれており、干麺を使ったものであったようだ。



徳願寺
tokuganji_201410.JPG 「行徳千軒寺百軒」といわれるほど数多い寺院を代表するのは、寺町通りにある徳願寺だろう。同寺は家康の帰依を受けて慶長十五年(1610)に開創され四百年余の歴史を持つ。本尊は運慶作と伝える阿弥陀如来像で江戸城に祀られていたものを当寺に移したといわれる。現存の山門と鐘楼は安永四年(1775)の建築でこちらも市川市指定文化財となっている。



成田道(なりたみち)
teramati_st_201410_02.jpg 江戸から成田方面へ向かう道には、千住、小岩を経て江戸川を船で渡り現在の千葉街道(国道14号線)を通り市川、船橋を経由して成田街道(国道296号線)へ抜ける陸側のルートと、日本橋小網町(現在の箱崎付近)行徳河岸から行徳の新河岸まで船を使い、行徳から船橋までは現在の「寺町通り」や県道179号線を経由して船橋に至る海側のルートがあり、どちらも「成田道」と呼ばれた。(両者は船橋宿の入口で一つに交わる。)



権現道(ごんげんみち)
gongenmiti_201410.JPG 行徳街道と並行するように行徳地区を縦断する「権現道」と呼ばれる狭い路地は、東金御殿へ向かう家康が通ったと言い伝えられている古道だ。行徳街道成立以前からあったといわれ、この道に沿って多くの寺社や小祠が立ち並ぶ。
 古い歴史を持つ道だが地域住民にとっては今も大切な生活道であり、車が行き交う表通りを避けてこの小路を利用する方が多いようだ。







 日本橋から行徳までは地下鉄東西線で20分余り、都心から近く手軽に楽しめる行徳はお勧めだ。行徳駅や一つ隣の南行徳駅に置かれている無料のレンタサイクルが利用できる。また市川市が作成した「歴史的街並の散歩道」と題するガイドマップを是非携帯したい。イラストで描かれた地図には見どころが満載されている。市川市役所文化振興課で無料配布されているほか市川市のホームページからダウンロードすることもできるので是非活用されたい。



プロフィール

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