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May 12, 2017

行く春


 春から夏へと季節の移り目を迎えました。今年は春らしい日が短く、冬からいきなり夏になったかのような印象すらあります。
 私ごとですが、三月から四月にかけては冬に逆戻りしたような寒さに震え、厚手のウール・ジャケットを着こんでいました。日中は温かくても朝晩冷え込むため、着るものに迷う日が多かったように記憶しています。今や、日によっては30度近くまで上がる暑さに耐えられず、麻ジャケットのクールビズスタイルで過ごしています。
 タイトルの「行く春」は去りゆく春を惜しむ想いが込められた俳句の季語ですが、今年に限って言えば「いつ春?」が私の本音です。





 閑話休題、私は連休最後の一日、趣味のバードウォッチングを楽しむため千葉県習志野市の谷津干潟を訪れました。かつて東京湾(江戸湾)にはそこここに広大な干潟があり、豊かな海の幸を育んでいました。そのほとんどが60、70年代いわゆる高度経済成長期に埋め立てられ、工場地帯へと変わっていきました。谷津干潟は、隣接する船橋沖の三番瀬とともに東京湾に残る最後の干潟のひとつです。1993年に保護すべき貴重な湿地としてラムサール条約に登録されました。

 今頃の谷津干潟の主役は、シギやチドリの仲間です。その多くはシベリアなど北の繁殖地と中国南部から東南アジアにかけての南の越冬地との渡りの途中、一時的に日本に立ち寄る「旅鳥(たびどり)」です。ちょうど満潮となる時間帯でしたが、津田沼高等学校に隣接する南東側の岸壁近くの杭や浅瀬に集まったシギやチドリの群を間近に観察することができました。なかでも鮮やかな赤茶色の翼に、歌舞伎の隈取を想わせる白黒模様の顔が印象的なキョウジョシギや、やや小柄で首から胸にかけてオレンジの羽根が目立つメダイチドリが印象的でした。そこから少し歩いた北東の岸近くでは、下向きの弧を描く細く長い嘴が特徴的なチュウシャクシギが干潟を突いてカニを捕えるところを観ることが出来ました。

20170512キョウジョシギ.jpg
キョウジョシギ   ※画像をクリックすると大きな画像で見ることが出来ます。(以下同じ)


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メダイチドリ


20170512チュウシャクシギ.jpg
チュウシャクシギ

 さきほども申し上げた通り、これらの鳥たちは南から北へ帰る渡りの途中、我が国でしばし翼を休める旅鳥です。キョウジョシギやメダイチドリはムクドリよりやや小さい20㎝前後の大きさです。チュウシャクシギはだいぶ大きく40㎝余りありますが、それでも多くのカモ類より一回り二回りも小さな体です。彼らが挑む、数千kmから1万km以上にも及ぶ命を懸けた旅路を想うと、深い感動を覚えずにはいられません。





 今からおよそ330年前、元禄2年(1689)の春、松尾芭蕉(1644~1694)は深川の芭蕉庵を引き払い、弟子の曾良とともにおくの細道の旅に出立しました。深川から舟に乗り千住で陸に上がって見送りの親しい人々と別れる際に詠んだのが、有名な次の一句です。去りゆく春を惜しむ想いを表現したものと言われます。


 行く春や鳥啼き魚の目は泪
 ゆくはるや、とりなきうおのめはなみだ


 おくの細道への旅立ちの日は、新暦の5月16日にあたります。まさに今頃のことだったのですね。芭蕉はこの折の心境を「上野谷中の花の梢又いつかはと心ぼそく」と吐露しています。すなわち「上野や谷中の桜を再び観ることができるのはいつだろうか」と心細く思ったということです。生きて帰れる保証もないおよそ5か月間、600里(約2,400km)にも及ぶ長い旅路です。自ら望んだこととは言え、老境(とは言ってもまだ40代!)の芭蕉には、相応の覚悟があったことでしょう。「行く春や」の句には、そうした気持ちが重ねられているように感じられます。





 若い時分には、過ぎ去った春はまた必ずまた巡って来るものと信じ、身近な老人たちの警句に耳を傾けることなく安閑と過ごしてきました。しかし年を重ねた今、人生に必ずまたということは無いのだというシンプルな真実を認めざるを得ません。「今を生きる」ことを大事にしていきたいと思います。







関連記事:鳥帰る春 -谷津干潟にて(2017年3月3日)


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