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February 5, 2016

アート鑑賞「わたし流」


 皆様、いつも「美術趣味」をご覧いただき有難うございます。さて、本日はアート鑑賞をテーマにお送りします。
 私は社会人となって以来今日まで、仕事としてアートと向き合う毎日を送っていますが、プライベートでは仕事とは異なるアプローチで、気軽に楽しくアート作品を「鑑賞」しています。手前味噌ながら、「わたし流」の楽しみ方を簡単にご紹介いたします。


1.頭をからっぽにして、作品と向き合う。

 美術館に展示されている作品には、説明プレートが添えられていますよね。必ず記載されているのは、作品名に作者名、制作年や材質、原寸等のスペックの三項目です。学芸員の方による解説が添えられていることもあります。
 素直に考えれば、これらはすべて、作品を正しく理解するために欠かせない情報なのですが、私は「頭をからっぽにして、作品と向き合う」ことを旨としていますので、作品と向き合う前にこのプレートを見ることは敢えて避けています。
 少し気取った表現をすれば、作品鑑賞は私にとって作品との真剣勝負です。予め色々な情報がインプットされてしまうと、自分自身の未熟さもあり、ともすれば「先入観」という名の色眼鏡をかけて作品を眺めてしまいかねません。真剣勝負の場に雑念を持ち込むことは、作品やそれを制作した作者に対して失礼なのではないかと思うのです。(学芸員の皆様ごめんなさい。わたしの未熟さ故です。)
 作品は、作者が封じた繊細な電波を自ら発しています。わたしのアンテナがその微細な電波をキャッチできるよう、日頃から感度を高める努力を重ねるとともに、雑音となりかねない余計な情報は極力排除し、真っ白な気持ちで作品と相対したいと思うのです。未熟なりに素直な、生のままの感性を、言わば「童心」を大切にしたいと考えています。


2.自分の感性を大事にする。

 「自分の感性を大事にする」とは、どういうことでしょうか。
 どなたにも経験あることだと思うのですが、著名な画家や評論家が素晴らしいと讃えたアート作品が、自分にはどこが良いのか解らない、あるいはそれほどの出来とは感じられなかったりすることがあります。ともすれば、「自分は未熟なのだ」と自分の感性を恥じてしまいがちです。
 でも、例えば音楽や演劇、文芸作品ならどうでしょう?「好き嫌い」という自分自身の感性の物差しでもっと気軽に評価できますよね。アート作品も同じでよいと思うのです。他人の感じ方を鵜呑みにする必要はありません。自分の感性を信じましょう。
 ちなみに最近のわたしのお気に入りは「現代美術」です。自己判定による今の自分のレベルは「現代美術超初心者」です。だからこそ「現代美術」が面白いのです。
 正直に申し上げて、作者の意図を正しく理解できていないだろうなと自覚しています。ですが、自分の素のままの感性を信じて向き合えば、面白い!と感じる作品に出合うことができます。
 感性を磨く努力も怠ってはなりません。矛盾するようですが、感じ方は経験を積むことで変わるものです。様々なアート体験を重ねることで、見えなかったものが見えてくるということです。その「成長過程」もまた面白いのです。
 ひねくれて感覚の鈍い大人に育ってしまいましたが、今思えば無垢な子ども時代は、今よりはるかに感受性豊かでした。アート作品にダイレクトに反応し、魂を揺すぶられるような強烈な感動を覚えることも、しばしばでした。「現代美術」作品と向き合うことで童心に還り、再び打ち震えるほどの感動を体験したいと願っています。


3.これは!と思った作品は徹底的に深堀する

 大学で美術史を学んだ経験を活かし、仕事でかかわりあう作品は「熟覧」と言われる作品実物の詳細な調査を行うとともに、出来うる限り多くの文献資料や証言等を集めて分析するのを常としています。場合によっては、作品のモチーフとなった場所を実際に訪れて作者の視線を辿る、フィールドワーク(実地調査)を行うこともあります。
 プライベートで出会った作品についても、これは!と言う作品は同様の調査を行うことがあります。言わばパズルのピースを一つ一つ探し拾い集めて、自分なりの作品像を再構成する作業です。気になる作品は次々に疑問が湧いてきますので、知りたいという欲求が高まってきます。研究というほど大げさなものではなく、ただ自分自身の「好奇心」を満たしたいがための事、所詮は趣味ですから。
 文献調査よりフィールドワークの方が楽しいことは、言うまでもありません。作品にまつわる情報の収集だけでなく、その土地の名産や料理も合わせて楽しむことができます。
昨年の12月に、「墨東の過去・現在・未来-永井荷風と藤牧義夫の視線」(2015年12月11日)という記事を載せましたが、あれは永井荷風や藤牧義夫の作品にかかわるフィールドワークをベースにしてまとめたものです。
 荷風は、二編の随筆、「深川の散歩」と「元八まん」に描かれた深川地区を作品に描かれた通りに辿るフィールドワークを複数回、藤牧義夫は「隅田川絵巻」を描く際に彼が歩んだであろうルートを辿り、藤牧の視線を追体験するフィールドワークを一回行いました。
 藤牧の調査の際は、「相生橋から浜町公園まで」と「三囲神社から白鬚橋まで」の隅田川沿いのルートを徒歩で辿りました。ついでと言ってはなにですが、藤牧もスケッチの途中に立ち寄って食べたであろう「長命寺のさくら餅」を家族へのお土産に買って帰りました。
 いずれの調査でも、作品その他の資料だけでは見えてこない様々な発見があり、それにより新たな疑問も出てきました。少し暖かくなってきたらまたフィールドワークに出かけたいと思っています。

20160205fieldwork.jpg※左上から時計回りに、三囲神社裏門、清洲橋(藤牧義夫「絵巻隅田川」の調査より)、元八幡・富賀岡八幡宮(永井荷風「元八まん」の調査より)、岡本太郎《太陽の塔》(現代美術)


 以上が「わたし流」鑑賞法のあらましですが、一言で言えば、「頭でっかちにならず、ハートで感じようぜっ!」ということです。「鑑賞」と表現するのが申し訳ないくらい「娯楽」に振った楽しみ方ですね。「正しい鑑賞法」あるとすればその真逆かもしれません。でも私の辞書には「楽しくなくちゃアートじゃない!」という言葉があります。「わたし流」が、皆様のアートライフを充実する一助になれば幸いです。

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