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July 12, 2013

富嶽三十六景「礫川雪ノ旦(こいしかわゆきのあさ)」の謎


いつもブログ「美術趣味」をご覧いただきありがとうございます。
じりじりと太陽が照りつけ本当に暑いですね。外出時はもちろんのこと室内でも熱中症になる恐れがあります。節電は大切ですが体のためにはほとほどの冷房も必要ですね。
さて真夏に「雪の朝」とはいささか季節はずれな話題ですが、富士山がめでたく世界文化遺産へ登録されたのを記念し、当社が所在する東京小石川を描いた北斎の富嶽図をとりあげようと思います。

富士山は東京の西南西の方角に聳えています。距離にして約100km。手前に丹沢山系の黒っぽい山並みが連なりその背後からにょっきりと雪をいただく姿を覗かせています。高い建物のなかった江戸時代には坂の上や遮るものなく開けた海辺など江戸の各所から富士山が見えました。富士見坂あるいは富士坂と名づけられた坂がありますが今風に言えば富士を眺める絶好のビュースポットだったのでしょう。小石川にも当社のすぐそば東大植物園沿いの御殿坂(別名「富士見坂」)と春日通りを挟んで環三通り(桜並木)と対面に位置する藤坂(富士坂)の二つの富士見坂があります。(写真左が御殿坂、右が藤坂)
藤坂(富士坂)御殿坂(富士見坂)

都内にたくさんある富士見坂ですが、近年の高層建築ラッシュで眺望が遮られ富士が見えなくなってしまいました。最近まで富士が見えたのは日暮里富士見坂と大塚富士見坂の二つでしたが日暮里富士見坂は、世界文化遺産登録が決まる直前の今年6月20日頃、付近で建設中のマンションにさえぎられ富士の眺望を失ってしまったそうです。実に残念ですね。残る大塚富士見坂は大塚の護国寺前を通る不忍通りの一部です。当社から比較的近い場所ですのでいつか富士を眺めに行きたいものです。

本題に戻ります。天保2年ごろから天保4年ごろ(1831年ごろから1835年ごろ)にかけて刊行さた葛飾北斎の名作浮世絵版画「富嶽三十六景」は江戸を中心に各地の富士見の名所を描いた作品です。三十六景といいながら48点の作品が描かれています。好評につき後から10点追加したためで追加分は「裏富士」と呼ばれるそうです。人によって評価は異なるかもしれませんが「富嶽三十六景」48点中の代表作は「凱風快晴」「山下白雨」「神奈川沖浪裏」の三作でしょう。ことに「神奈川沖浪裏」は海外でも広く知られた代表作中の代表作と言って過言ないことと思います。

koishikawa_yukinoasa.jpg表題の「礫川雪ノ旦」はその名の通り小石川から見える冬の富士を描いた作品です。小石川のどの場所を描いたのでしょうか、何が描かれているのでしょうか?それが問題です。場所については徳川家ゆかりの名刹伝通院またはそのちかくの牛天神(北野天神)そばの茶屋付近とするのが定説のようですがだとすると当社から歩いてすぐの場所です。それだけに気になります。当時の人が見ればあそこだねと特定できる場所を選んで描いているはずです。謎を解く手がかりを見つけるために、まずは作品を仔細に眺めてみましょう。

一面の銀世界、冬の朝です。画面右のやや上に富士が描かれ空に三羽の鳥が舞っています。鳶でしょうか。左手前には切り立った崖から張り出した建物があります。飲食を供するお茶屋のようです。崖の下は家並が連なり雪をかぶった屋根屋根は美しいリズムを奏でています。崖上のお茶屋は二方が開け放たれた部屋が描かれその中に男性、女性のお客が二人づつおり、そこへお店の女性が猫足のお膳に乗せた食事を運んできたところのようです。女性客の一人が立ち上がって富士を指さしながら何か言っています。一面の銀世界の彼方に聳える富士の、この世のものとも思われぬ美しさに感動し心がはずんでいるのでしょう。
画面の中ほど、雪をかぶった屋根の波の向こうに青い広がりが見えますが川のようです。
以上から手がかりを整理すると、

① 富士が見える西側に開けた崖のある場所。
② その崖上には茶屋がある。
③ 崖の西側に川が流れている。
④ その場所は広く知られた名所である。
以上を満たす場所が作品に描かれたところということになりそうです。

ushitenjin_1842pix.jpgもう一つ手がかりとなりそうな江戸期の資料があります。『江戸名所図会(えどめいしょずえ)』です。富嶽三十六景とほぼ同時期に刊行された挿絵入りの名所案内本で、今で言えば都内とその周辺の観光ガイドです。小石川の名所も多数取り上げられていますが上記四要素をすべて満たす場所は一ヵ所だけでした。その場所とは小石川牛天神(北野神社)です。

「江戸名所図会」には南側から見える牛天神とその周辺を詳細に描いた挿絵が添えられています。「礫川雪ノ旦」とは描く向きが逆ですが情景がぴたりと一致します。西側の石段を登った右側には西南西を向いた崖に沿い茶屋が並び崖下には家並が連なっています。境内の南側には西から東へ小石川上水(神田上水)が流れています(牛天神に隣接する水戸藩上屋敷内に流れ込んでいました)。もっとも小石川上水の南側には上流の関口大洗堰で分かれた江戸川(現在の神田川)が流れていましたので「礫川雪ノ旦」画中の川が小石川上水なのか江戸川なのかは決めかねます。敢えて選ぶなら小石川上水でしょうか。小石川上水は牛天神のすぐ下を流れており川面がよく見えたはずです。江戸川はやや離れている上に間に家並もありましたので川面はあまりよく見えなかったのではないでしょうか。また作品名とも一致します。

牛天神の石段現在も牛天神は江戸時代と同じ場所にありますが富士の眺望は失われています。南側の石段は取り払われましたが現存する西側の石段が往時を忍ぶよすがとなっています。

長々と書き連ねたわりには説明をはしょり舌足らずになりましたが、まとめるとこのようになります。
葛飾北斎の名作「富嶽三十六景」中の「礫川雪ノ旦」は雪が降り積もった冬の朝に小石川牛天神から見える富士を描いた。左側に見える建物は牛天神境内の西側の崖に沿って並ぶ茶屋で眼下に流れる川は小石川上水か江戸川(現神田川)。


※『江戸名所図会』はちくま学芸文庫版(全8冊)が入手可能です。
牛天神
【小石川牛天神、北野神社のご案内】

 住 所 東京都文京区春日1-5-2
 電 話 03-3812-1862

 最寄駅 
 東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園」徒歩10分
 都営地下鉄三田線・大江戸線「春日」徒歩10分
 JR中央線・東京メトロ東西線・有楽町線「飯田橋」徒歩10分

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